1章13 Cat on site ③
昨日に引き続き、めんどくさいことを言って迷惑をかけてくるメンヘラ女を追い詰めていく。
目の前の顏を僅かに赤らめる少女が両手で抑えるスカートの中から伸びるふとももに、弥堂が一分の隙も伺わせない鋭い眼差しを触れさせると視線の圧を感じたのか、希咲は内腿をすり合わせて居心地が悪そうにした。
「そういう目で見るなって言ったでしょ! キモいっ!」
「生憎こういう眼しか持っていないのでな。まさか気に食わないから抉り出せとでも言う気か?」
「うっさい! ヘリクツゆーな! どうせまたえっちなこと言って有耶無耶にしようとしてんだろっ!」
「……そんなことはない。俺はただ心配をしただけだ」
「嘘ばっかつくな! あんたがあたしの何を心配するっていうのよ!」
「なに、ここでもしお前が俺にパンツを見られてしまったら、昨日のお前の言葉に照らし合わせればパンツを穿き替えなければならなくなるのだろう? 今から校舎の便所に戻ってパンツを穿き替えるなど非効率極まりないからな。どうだ? 俺は優しいだろう?」
「やらしいっ! 勝手にあたしのパンツの心配すんなっ!」
「さらにもしも、替えのパンツがなかったらもっと大変なことになるしな。ちゃんと替えのパンツは持っているのか? どうなんだ?」
「なっ、ななななななな――っ⁉」
もはやセクハラの範疇を超えているのでは、という程に直接的で猥褻な質問をされ、希咲は瞬間的にカッと全身に熱が入る。
反射的に怒鳴り散らしそうになるが、希咲はハッと気が付いて言葉を呑んだ。
(ダメ。ダメよ、七海。このままじゃアイツの思うツボよ)
スーハースーハーと息を整えて怒りを鎮める。
同じクラスの男の子に『替えの下着は持っているのか』などと面と向かって尋ねられるという、衝撃的な初体験をして混乱しそうになったが、このままでは昨日と同じだ。
これがヤツの手口なのだ。
(なにか――なにか話を変えて反撃しなきゃ……)
「おい、どうした。答えられんのか? 貴様まさか予備のパンツを持っていないのか? 『おぱんつレス』は校則違反になる可能性がある。運がよかったな。俺に感謝するといい」
希咲が逡巡して黙っているのをいいことに、クズ男は好き勝手なことを言う。
(なにが『おぱんつレス』だっ! またキモイこと言って……って――あっ⁉)
ヤツが何気なく口にしたセクハラに一筋の光明が見えた。
昨日に引き続き、悪逆非道なセクハラ攻撃をしかけられる劣勢の中で、希咲は反撃の狼煙をあげる。
「もしも『おぱんつレス』の校則違反をしていたら、お前を速やかに風紀の拷問部屋に連行して俺の手で無理矢理にでもパンツを穿かせなければ――」
「――掟」
「――あ?」
白目を剥きながら適当なことを連ねる弥堂の話に言葉を割り込ませた。
「あんたさっきから掟は?」
「なんの話だ?」
「女の子のパンツはリスペクトして『おぱんつ』って言わなきゃいけないんでしょ? あんたさっきからずっとパンツって言ってんじゃん。ちゃんと掟を守りなさいよねっ」
「…………」
「てか、あんた今日はずっと『パンツ』って言ってない? どうせ掟ってのも嘘なんでしょ? フツーに考えてそんなの決まりにする頭おかしい人いるわけないしっ」
「嘘ではない。掟は存在する」
「じゃあ、あんたは掟違反ねっ。わけわかんないイチャモンつけて校則違反ーっとかって脅す前に、自分がちゃんと掟守りなさいよ!」
「…………」
ズビシッと指差してやると相手は沈黙し、「お? これは効いてるのでは?」と希咲は調子づく。
「あ~あっ! 弥堂くん、い~けないんだぁ~っ! あたしゆっちゃおうかなぁ~。あんたんとこの部長さんに。『弥堂くんが掟破ってパンツをリスペクトしてませんでしたぁ~』って!」
「…………」
これは勝った! と、希咲は得意げに「ふふーん」と鼻を鳴らす――しかし、
「――フっ」
弥堂は心底下らないとばかりに嘲笑った。
「むーーっ! なによその笑い方っ! てか、笑ったのよ、ね……? ちゃんと顔も笑いなさいよ、こわいんだけど……」
「うるさい黙れ」
物事を表面的にしか見ることのできない哀れな女を見下す。
「俺は掟を破ってなどいない」
「はぁ? だって『おぱんつ』って言ってないじゃん」
「『御』はリスペクトをする際に付けるものだ」
「どういうこと……?」
「ふん……知りたいか?」
「…………いや、冷静に考えたら全然知りたくないんだけど、ここで退いたらあたしの負けになるのよね……? あんたホンっト、ムカつくんだけど……っ!」
「それは負け惜しみか?」
「ちげーし」
ジト目を向けてくる希咲に対して、一度だけ「ふん」とつまらなそうに鼻を鳴らすと弥堂は周囲へ眼を向ける。
その視線の動きにつられて希咲も辺りを見回し――
「ゔぇっ――⁉」
とても嫌そうな顔で呻いた。
よく見れば、周囲にはまた面白がった野次馬たちが集まってきて、学園内でもなにかと目立つ可愛いギャルと悪名高い風紀の狂犬の口論を鑑賞していた。
結構な人数が集っており、その中には下校の通り道で何か騒ぎが起こっていたから、ただ何事かと足を止めただけの者も居る。
「ちょ、ちょっと弥堂っ。場所変え……ってゆーか、この話もうやめ――」
我に帰ったらとんでもなく恥ずかしくなってきた希咲は弥堂に休戦を申し出るが、彼はその要請を無視して野次馬たちの方へ近づいていく。
観客たちは頭がおかしいことで有名な男が突如接近してきたことに焦り逃げ出そうとするが、それなりの人だかりが形成させれている為、お互いの身体が邪魔になり咄嗟に身動きをとることは叶わなかった。
弥堂はその群衆の中の一人の生徒の前で立ち止まる。
女生徒だ。
「おい、貴様」
「ヒッ――な、なんですか……?」
冷酷な瞳、無表情、愛想のない口調で突然話しかけられた女生徒は怯え、恐る恐る返事をする。
「貴様は校則違反をしていないか?」
「え……? こうそ、く……って、あの……?」
不幸にも絡まれてしまった女生徒は状況を把握しきれていないようだ。
弥堂は懐から風紀委員の腕章を取り出し、腕に取り付けながら再度問い直す。
「風紀委員の審問だ。貴様は模範的な生徒かと訊いている」
「あの……はい。私は校則違反なんてなにも……」
「そうか。で、あれば、これから俺のする質問にも答えられるな?」
「な、なんなんですか……? 私、風紀委員に怒られることなんて何も……」
「答えられるのか答えられないのか、どっちなんだ? 何かやましいことでもあるのか?」
「あ、ありませんっ。答えられます!」
弥堂はつまらなさそうに鼻を鳴らし、何の感情も灯さない渇いた瞳を無実の生徒へ向ける。
「貴様。『おぱんつ』は穿いているか?」
「な――っ⁉」
「…………えっ……?」
無関係な赤の他人へと放たれたコンプライアンスの欠片もない質問に希咲は驚愕し、問われた女生徒は固まった。
一週間の終わりを迎える素敵なはずの放課後に突如現れた変質者の存在によって、その場に居合わせた生徒たちのどよめきが学園の正門前に拡がっていった。




