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俺は普通の高校生なので、  作者: 雨ノ千雨
1章 俺は普通の高校生なので、魔法少女とは出逢わない
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1章12 Out of Gate ②

 ズッズッ、と複数の男たちが靴を引き摺って歩く音が近寄る。



「いよぉ、七海ぃ~」



 ピクと瞼が反応する。


 手の中で弄っていたスマホの画面に爪が当たりカツと音が鳴った。



 勝手にファーストネームを呼び捨てにしてくる気安さが癪に障り、反射的に睨みつけそうになるがどうにか自制する。



 こうして直接話しかけられている以上、もはや無駄な足掻きにすらなっていないのだが、ワンチャン諦めるか怒るかして立ち去ってくれないかと一縷の望みを指先に絡め、イケるとこまで無視してみることにする。



「オイっ! シカトこいてんじゃねーよ、希咲ぃっ! “サータリ”くんが話しかけてんだろうが!」


「おいおい、よせよヒデ。まぁ、いいじゃねーか。なぁ、おい七海よぉ~、ちょうど今オレらよ、オメーの話をしようとしてたんだよ」


「あ゙?」



 思わずギョロっと目玉を向けた。



 イケるところまで無視するという方針はもう台無しだが、もはやそれどころではない。



 自分の記憶が正しければ、彼らは『比較的性に関して奔放ともいえるような側面をもち、相対的に貞操について無頓着とも見えるような部分もあるかもしれない女性』について会話していたはずだ。



 逸りそうになる右足の膝に手を当ててグッと押し留める。


 そして超速で思考を回転させて、記憶に瑕疵がないかを確かめる。



 先程のこいつらの最後の会話はこうだったはずだ。




「そういや、“サータリ”くんよぉ。『比較的性に関して奔放ともいえるような側面をもち、相対的に貞操について無頓着とも見えるような部分もあるかもしれない女性』といえばよぉ……」


「ん? おぉ、ヒデ。ピンときたぜ。ちょうどオレも同じこと思いついたとこだ。昨日のことだろ? 『比較的性に関して奔放ともいえるような側面をもち、相対的に貞操について無頓着とも見えるような部分もあるかもしれない女性』といえばあいつよぉ…………おっ?」



 一部の不適切な汚い言葉が検閲が入った後に適切な表現に置き換えられているが、彼らの会話はこれで間違いなかったはずだ。



 解せぬのはこれらのやりとりの後に『なぁ、おい七海よぉ~、ちょうど今オレらよ、オメーの話をしようとしてたんだよ』と言われたことだ。



 意味がわからない。



 今の話の流れからの連想で自分の名前が出てくるということは、まるで『比較的性に関して奔放ともいえるような側面をもち、相対的に貞操について無頓着とも見えるような部分もあるかもしれない女性』といえば、まず希咲 七海の名前があげられる。そういうことになってしまう。



 だが、そんなはずがない。そのような事実はない。



 希咲は自分で自分が『比較的性に関して奔放ともいえるような側面をもち、相対的に貞操について無頓着とも見えるような部分もあるかもしれない女子高生』ではないということをよく知っている。



 大変不本意ながらこのような誤解をうけ、事実とまったく異なる誹謗中傷をうけることは、希咲の学園生活の中でままある。


 そのようなレッテルを受け入れるつもりはカケラもないが、しかし慣れてきているのもまた事実だ。


 だから今更この程度のことでカっとなって声を荒げたりすることもない。ムキになっては相手の思うツボなのだ。


 それに、重ねて言うがそのような事実はない。ないのだ。



 ない、が。



 だが、それはそれとして可及的速やかにこいつらの下顎の骨をパキャッと小気味よい音を鳴らして粉砕してやらねばならない。



 何故だかそのような衝動に駆られて、そうしなければならないと使命感のようなものを強く感じて、希咲は腰掛け代わりにしていたガードレールから尻を離そうとする。



 そうしようとして立ち上がる寸前でハッとなった。



(いやいやいやっ! なに考えてんの⁉)



 今しがたの自身の身の内から湧き上がる衝動に任せた思考に戦慄する。



(確かにめちゃくちゃサイテーだけど! ありえないくらいサイアクだけど! だからってちょっとムカつくこと言われたから顎砕いてやるってヤバイでしょ⁉)



 あまりに暴力的で短絡的な行動を軽率に起こそうとしていた自分に驚く。



(こんなの……あいつじゃあるまいし……っ!)



 昨日深く関わって無意識下でかなり強い影響を受けていたのか、例の風紀委員のクソ野郎の顏が浮かび上がる。



(そうよ、絶対あいつのせいよ…………もうっ! なんなの……⁉)



 衝動を宥めるように胸に手を当て、気を落ち着けてから座り直す。


 そして何事もなかったかのようにスンと表情を落としてまたスマホを見下ろした。



 結局無視された格好の“サータリ”たちだが特に怒り出すような様子はない。ただでさえ目力の強烈な希咲がガンギマリの瞳を向けていきなり立ち上がろうとしたものだから、虚を突かれた上に気圧されて半歩身を引くような体勢になっていた。



 遅れて、自身がビビっていたことを自覚した彼らはそれを誤魔化すように若干引き攣った笑みを浮かべて口を開く。



「……へっ。な、なんだよ……聴こえてんじゃねーか……」


「スッ、スカしてんじゃねーよ、このヤリ――ヒッ……っ⁉」


「…………チッ」



 またも最低な言葉を口出しそうになったヒデを反射的に睨みつけてしまい、希咲は自分が下手を打ったことを自覚し、そして舌を打って観念した。



「なによ? 話しかけないで欲しいんだけど」



 この時点で彼らは希咲に対して若干ビビっていたが、それでも学園でトップクラスに可愛いと評判のギャルがおしゃべりしてくれたことでテンションが上がる。


 気を取り直して再びにやにやと卑しい笑みを浮かべた。



 性欲は時に恐怖を凌駕するのだ。



「へへ、オメーこんなとこでなにしてんだよ?」


「カンケーないでしょ」


「ツレネーこと言うなよ。オレらよー、これからカラオケ行くんだ。一緒に来いよ」


「イヤ」


「そう言うなよ。ちょっとだけだからよ。付き合えよ」


「絶対にイヤ」



 にべもなく断られるのだが彼らはこの程度のことではヘコたれない。



 希咲としては僅かな望みも抱かせないように分かりやすく冷たく対応するように心掛けているのだが、こと女をモノにしたいという欲望に関しては彼らはアスリート並みのメンタルを誇っていた。



「こんなとこでボーっとしてんだからよ、どうせヒマなんだろ? ちょっとくれーいいじゃねーか。試しに遊んでみようぜ?」


「ヒマじゃないわ。人待ってんの。どっか行ってよ」


「あぁ? なんだ? オトコでも待ってんのか?」


「カンケーないでしょ。ほっといて」


「オトコじゃねーなら女が来るのか。ちょうどいいじゃねーか、そいつらも一緒に連れて来いよ」


「…………カレシ待ってんの。勝手に期待されても合コンみたいなのには協力しないから」



 普通は待ち合わせをしていると言えば引いてくれるものなので適当にあしらったら、思ってもみなかった方向に展開される。まかり間違っても他の女の子を巻き込むようなことにはしたくはないので方針を変えて嘘を吐く。



「あぁ? 彼氏だぁ? マサトくん来んのかぁ?」


「だから付き合ってねーっての。それに聖人は部活」


「んだぁ? じゃあ浮気かよ」


「なんでそうなんのよ。聖人とはカンケーないって言ってんじゃん」


「へへっ。まぁ、知ってっけどな。なんせ前に一緒に合コンしたもんなぁ~?」


「だからなによ。あれは仕方なくだから」


「一回やってんだからいいじゃねーか。また遊ぼうぜ」


「キモいんだけど……あんたもわかんないヤツね。あの時はあの子たちにどうしてもってお願いされたから仕方なく行っただけ。もう二度としないって言ったでしょ」



 以前に女友達に頼まれてこの連中との合コンに嫌々参加したことがあったのだが、その時のことが希咲には苦い経験となっていた。


 数合わせのつもりで行ったら、参加していた男連中のほとんどが希咲狙いだったのだ。


 はじっこで終わるまでボーっとしてやり過ごそうと思っていたのに、引っ切り無しに次から次へと違う男に絡まれ、必然的に他の女子たちは男連中から放置気味になり、結果として彼女らからも恨まれるハメになったのだ。



 その時の経験から、合コンなどの類にはもう二度と参加しないと心に決めていた。



「一回も二回も変わんねーだろ?」


「しつこい。言ったでしょ? カレシがいるって。聖人じゃなくて、別にちゃんとしたひとがいるの。あんたなんかと絡んでて変な誤解されたくないからあっち行ってよ」


「あぁ? おい、マジな話なのかよ。いつの間にオトコできたんだよ」


「カンケーないでしょ」


「なんだよ。絶対ぇオレの方がイイからよ? 一回試してみようぜ?」


「クソウザ。マジでありえねーから。キモすぎ。あんたと、とか絶対ねーわ」


「絶対とまで言うとは相変わらず強気じゃねーか。あんまチョーシのんなよ?」


「チョーシのってんのはどっちよ? 話しかけんな。つまんねーのよ、あんた」



 しつこく誘いをかけてくる連中に希咲の苛立ちは募り、口の悪さが加速していく。


 そしてメンタルが強かろうとも無駄にプライドの高い男たちも、生意気な女の態度に剣呑な空気を発し始める。



「……テメー。ヒルコくんやマサトくんの手前オレらが何も出来ねーとでもタカくくってやがんのか?」


「はぁ? 知ったこっちゃねーわよ。あんたらが勝手にあいつらにビビってるだけでしょ。ダサっ」


「そうかよ…………テメーがそういう態度とんならオレらにも考えがあるぜ……?」


「勝手にすれば? てか、いちいち報告してくんな。キョーミねーっつーのよ」


「……上等だよ」


「つかさ、あんた誰? あたし、あんたの名前も覚えてないんだけど? 知らないヤツとはあたしもう喋んないから。どっかいって」


「テメェ……ナメんのも大概にしとけよ……?」


「…………」



 言葉通り希咲はもう会話には応じない。



 目の前でスゴんでいるのにも関わらずまるで自分の周りには誰も存在していないかのようにスマホを操作し出した彼女の態度に不良たちはヒクっと頬を引き攣らせた。


 反射的に怒鳴りそうになるが寸でで飲み込み、代わりに“サータリ”は仲間たちに目配せする。


 そして彼らは再び下卑た笑みを浮かべて希咲を取り囲んだ。



 彼らへ目も向けずに宣言通り無視している希咲だが、当然そんな彼らの動きには気が付いている。



(まぁ、そうなっちゃうわよね……)



 ある意味予測通りではあるので、心中で溜め息を吐き、穏便に済ませることはもう諦めた。


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