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俺は普通の高校生なので、  作者: 雨ノ千雨
1章 俺は普通の高校生なので、魔法少女とは出逢わない
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1章78 弥堂 優輝 ⑥


 皇宮に着いた俺はセラスフィリアが会談中だという部屋に乗り込んだ。



 扉を蹴り開けて部屋のど真ん中に手に持っていた物を放り投げる。


 突然の闖入者に護衛たちが殺気立つが、放り込まれた魔族の首と、それを持って来た俺の姿を見て鎮まる。



 そしてそんな彼らを視て、俺も「はて?」と首を傾げた。



 会談というから、てっきり大臣や騎士団長などの国の重鎮か、セラスフィリアの血族などが居るものだとばかり思っていたが、その場に居たのが全く見覚えのない連中ばかりだったからだ。



 どうやら協力関係にある各国のお偉いさんや教会の関係者だったらしい。


 そんな賓客たちの前でとった俺の行動は万死に値する無礼だ。


 そもそも厳重な警備体制が敷かれている場にこんな風によく乱入出来たものだと自分でも思うが、ここまで案内してくれたのは顔見知りのメイドで、この扉を守っていたのも顔見知りの騎士だったおかげだろう。つまり運がよかっただけだ。



 彼らの持つ俺への認知は、気弱でオドオドとしているが礼儀のある子供だ。


 ここへ戻った俺の汚い恰好と顔つきに怪訝そうにしてはいたが、まさかこんな蛮行をしでかすとは思わなかったようだ。


 すなわちこれは彼らの失態ということにもなる。



 だが、部屋の中のお偉方は、そんなことが気にならないほどに別のことに気を取られていた。



 魔族の首だ。



 有名な魔族の将軍という話だったが、本当に顔でそれとわかるほど有名だったらしく、その生首を見た彼らは動揺していたのだ。



 というのは、後で記憶の映像を視たから気付いた彼らの様子であり、俺は俺でこの時別のモノに夢中になっていた。



 それはセラスフィリアだ。



 愛しの皇女殿下は俺を視てギョッとしたツラをしていた。


 傍に控える冷血メイドも、護衛の騎士も似たようなツラだ。


 その顔に俺は堪らなく気持ちよさを感じていた。



 呆気にとられて開いたままのセラスフィリアの口の中で小さく言葉が鳴る。



 どうして――と。



 その言葉に俺の眉が顰められる。


 そして続いた言葉に俺は完全に不機嫌になった。



「……ルビアは?」



 セラスフィリアは俺にそう問うた。



 俺はベッと唾を吐き捨て嗤い顔を作り、椅子に座るイカレ女を見下してやった。


 ルビアがよくそうしていたように。



 セラスフィリアは頭がいい。そして無駄を嫌う。


 だから答えのわかっていることをいちいち聞いたりなどしない。


 そして大体のことの答えを彼女は知っている。



 そんな彼女が質問の形をとって話しかけてくる時は、その答えを聞きたいわけでも知りたいわけでもなく、相手にその答えを教えてやり言わせる為だ。


 そのセラスフィリアが不愉快そうに不可解そうに俺を睨んでいる。


 頭のいいこの女は全ての答えを知っている。なのにその瞳には確かな疑念があった。


 彼女のこんな顔は視たことがなかった。



 つまり、本当にルビアの安否を俺に聞いているのだ。



 不敬な態度をとりつつ、内心で俺は困ったぞと思った。



 セラスフィリアが口にした最初の「どうして」は「どうしてお前が生きている」だろう。


 これは別にいい。


 殺すつもりがしくじったことに対する驚きなだけで疑問ではない。



 だがその後の――



「ルビアは?」



――これは頂けない。



 ルビアがどうなったかを知らないのだ。



 もしも彼女にルビアを害するつもりがあったのならその成否を必ず確認するだろう。ルビアが死んだ戦いから俺がここに着くまでに2週間近くかかっている。


 その間何も調べていないなんてことはありえない。



 何故なら、俺のような何の脅威もないカスならともかく、ルビアの戦力は強大だ。


 もしもセラスフィリアがルビアを害そうとしてそれに失敗したら、ルビアは必ずその落とし前をつけさせに来るだろう。


 だからルビアを殺せたのか殺せなかったのか、それを知らないはずがないのだ。



 つまりこの女はシロであって、俺はそのことに困ってしまった。



 確かにこのイカレ女が俺を殺そうとしたことで、それを助けようとしたルビアが死んだ。それは事実だ。


 だが、イカレ女がルビアも含めて殺そうとしたのなら、ルビアの死の責任をイカレ女に半分は問うことが出来るが、これではせいぜい2割ほどしか問えない。


 それどころかルビアの死はこいつにとっても想定外のようなリアクションだ。



 せっかくのイカレ女と刺し違えにいく口実が無くなってしまい、俺は乗り込んできたのはいいものの何もすることがなくなって困ってしまったのだ。



 そもそも最初の「どうして」も「どうしてお前が生きている」ではなくて、「どうしてアナタがここに戻ってるの?」かもしれない。


 俺はセラスフィリアが嫌いなので、今回のことを考えれば考えるほどにこの女が怪しいと考えてしまう。



 彼女が悪いという結論ありきで状況証拠を並べて思い込みを補強してしまうのだ。


 そこにはそうであって欲しいという願いがある。


 そして実際この女ならやってもおかしくないというイメージもある。



 それでも無理矢理そういうことにして襲い掛かることも出来なくはなかったのかもしれないが、あの女のリアクションが俺にとっても意外だったのだ。


 あの女は何でも知っていて全てが計算ずくで、いつだってイケすかないスカしたツラをしていやがる。


 まさかこんなに“イイ顏”をしてくれるなんてまるで想像していなくて、彼女の顏に俺はつい興奮しちまい、その分萎えてしまったのだ。



「ユ、ユーキくん……?」



 どうしたものかと天井を仰いでいると、後ろから控えめに袖が引かれる。


 不安そうな顔をしながら俺の横に立ったこの赤みがかった髪の少女というか、女はリンスレットという名前で旅の行商だ。


 彼女がこの皇都まで俺を連れてきてくれたのである。



 最前線から皇都へ帰ると言っても、歩いて行ったら何十日かかるかわかったものではない。だから俺は街道を歩いて通りがかった馬車をヒッチハイクすることにしたのだ。


 臆病で引っ込み思案なクソガキにヒッチハイクなんて真似は以前だったら出来なかっただろう。


 だがルビアが死んだことで色んなものがどうでもよくなっていたので、何の抵抗もなくチャレンジできた。



 こうしたらどうなるだろう、こう言ったらどうなるだろう、そういった不安や恥など、以前までなら考えていたことが全てどうでもよくなっていた。



 だが返り血塗れで片手に生首を持った小汚いガキを乗せてくれる馬車などない。


 イライラしてきた俺は次に現れた馬車を操縦する者に向けて魔族の生首を投げつけた。


 するとその女は泡を食って悲鳴をあげて、急停車をしてくれた。


 その馬車を操縦していたのがリンスレットだ。



 俺は彼女が冷静さを取り戻す前に勝手に隣に座り、呆ける彼女から生首と手綱を奪い取り勝手に馬車を再発進させた。


 暫くしてから彼女はパチパチとまばたきをして、それから文句を言ってきた。


 煩いから彼女にまた生首を持たせてやったらもっと煩くなったが、やがて彼女は白目を剥いて失神してくれたので静かになった。



 俺は一定の満足感を得て手綱を振る。


 しかし5分くらいして自分がどこに向かって走っているのかわからなくなったので、仕方なく女を起こすことにした。



 どうも生首のグロさというよりも、それが魔族のモノだから発狂するほど恐ろしかったらしい。


 この世界の人間は本気で魔族というものを化け物のように恐れているようだ。



――といった風なことを俺が座る御者席の後ろの荷台から、下着を穿き替えながら彼女が聞かせてくれた。失神のついでに失禁もしてしまったようだ。



 俺もこの生首将軍が火達磨になって追いかけてきた時は本気で恐ろしかったので、それには素直に頷けるものがあった。



 俺は生首将軍をグイグイ押し付けながら、皇都へ行くようリンスレットを脅迫した。


 彼女は嫌がったが渋々従う。


 少しすると、強盗の類ではないとわかって生命の危険はないと判断し安心したのか、彼女はどんどんと俺に話しかけてくるようになった。



 彼女はリンスレット=グロウベルと名乗った。


 俺は「グローベル?」と首を傾げる。



 俺のような外様でも聞き覚えのある、この国でも一、二を争うほど大きな商会の名前と同じだったからだ。


 彼女はそんな俺の顔を見て得意げに笑う。


 どうもリンスレットはその商会のボスの娘らしい。


 しかし、娘といっても正妻の娘ではなく、数いる妾の中の一人の娘で、商会の中での立場としては端っこもいいところだそうだ。



 大して興味がないので生返事をする俺に彼女は聞いてもいない話を聞かせてくる。彼女は気さくで人懐っこい性格のようだ。



 このグロウベル商会というのは少し特殊な昇進システムがあるようで、基本的には正妻の息子に跡を継がせるのだそうだが、他の子供たちにもチャンスは与えられるらしい。


 商会の傘下ではあるが独立して、自力で会長が認めるほどの商会を創り上げればグロウベル商会のトップに就かせてやるというものだ。


 常に最も優秀な子供が跡を継ぐべきという考えで、商人のくせに獅子のような生き方をしている一族とのことだ。


 そして俺よりも少しだけ年上の彼女は野心を燃やしそのチャレンジの真っ最中で、あちこちの国を行き来する行商をしながら、地道に顔を売っているらしい。



 この世界の女は逞しいなと、そんなどうでもいい感想を頭の中で浮かべていると、一通り自分のことを話し終えたのか、今度は俺のことを聞いてくる。


 俺は喋るのがひどく面倒だったのだが、まぁ、彼女の立場からしたら突然馬車をジャックしてきた生首ホルダーの正体が気になるのも仕方がないと納得した。



 もしも彼女がこの先の協力を拒否すれば、俺は彼女を殺して馬車と金品を奪わなければいけなくなる。


 俺はルビアに教わって一応馬には乗れるようになってはいたが、馬車の操縦というのはあまり得意ではない。それに皇都までの道もわからない。


 なので、それは出来るだけしたくなかった。



 俺は彼女と友好的な関係を築けるよう自分のプロフィールを話すことにした。



 この時、俺は包み隠さずに自分のことを話した。


 自分はグレッドガルド皇国の姫殿下に異世界から召喚されたのであると。



 何故正直に話したかというと、面倒くさかったし、どうでもよかったからだ。


 ノープランで馬車をジャックしたので、上手い説明を用意していなかったこともある。



 当然彼女は信じなかった。


 嘘が下手過ぎるとケラケラ笑った。



 俺は彼女に聖剣を見せてやった。


 するとリンスレットの顔色が変わる。



 彼女はどうやら目利きに関する加護のようなものを持っているらしく、一目でそれが尋常な代物ではないとわかったそうだ。


 続けて俺は胸を開けて聖痕も見せてやる。


 それで彼女は俺を信用した。



 この世界では初代の武勇伝が物語として広く知られていて、『異世界』『聖剣』『聖痕』そして『グレッドガルド皇国の召喚』、これらがキーワードとなっているそうだ。



 俺は第一王女のセラスフィリアから与えられた任務中で、最前線まで行ってこの魔族の将軍の首を獲って来いと命じられたと嘘を吐いた。


 そして激戦の中で味方は全滅し、一人生き残った俺は何としてでも皇都へこの首を持って行かねばならないと続け。


 さらに、この任務に協力してくれたらお前にはグレッドガルド皇国から恩賞と報酬が与えられ、さらにさらにこの俺の権限で国のお偉方やセラスフィリアにお前を会わせてパイプを作ってやると嘘を吐いた。



 そんな風にベラベラと嘘を並べ立てながら心中で「はて?」と首を傾げる。


 クソガキは小心者だったので、今までこんな風に適当でいい加減な嘘を言ったことがなかったからだ。


 何もかもどうでもいいと考えると、どんなことでも言えるようになるのだなと少し感動を覚えた。



 俺の話を聞いたリンスレットは「ふんふん」と頷きながら瞑目する。


 そして頭の中で高速で算盤を弾いた。



 彼女はカッと目を開けると瞳をキラキラさせながら「ぜひ協力させてください!」と俺の手を両手で握ってきた。


 こんな馬鹿な女に大商会のトップは無理だろうなと内心で思いながら、俺も彼女の手を握り返した。



 ちょうど各地・各国の有力者とコネを作っている最中だったからと、彼女は大層喜んだ。


 いくら大商会の娘だからといって、こんなに若い妾の娘にそんな偉い奴らが会ってくれるものなのかと俺は疑問を持った。


 すると彼女は得意げに答える。



 直接アポをとるのは無理だから、彼らのパーティに参加できる人にまずは取り入るのだそうだ。そしてそのパーティでこのワタシの美貌で大物を釣るのだと豪語した。


 冗談で言っているわけではなく、彼女はそうやって各地の権力者のパーティに潜り込み、時にはベッドの中に潜り込み、着実にコネを拡げていっているらしい。


 そうして行商としてだけでなく、そこで手に入れた情報やゴシップも金に換えているのだそうだ。



 本当に逞しいなと感心する。



 だが一方で、「男はベッドの中が一番口が軽くなる」とイキる彼女に、リスクが高いんじゃないのかと聞いてみる。


 大きな物事を成そうとしても上手くいきっこないと、俺はまずそう考えるようになっていたからだ。



 すると彼女は「ワタシなら上手くやれる」と、自信に溢れた笑顔でそう言い放った。


 そんな彼女に「キミなら出来ると信じているよ」と俺は心にも無いことを言いながら爽やかに笑った。



 彼女はきっと俺と一緒にセラスフィリアの前に出た時に殺されるだろう。


 反逆罪とか不敬罪とかなんかそんなので。



 やはり理想など描くべきではないし、夢など見るものではなく、分相応にやるのが正しいなと――夢見がちなお花畑女が燥ぐ姿を見て強くそう思った。



 さすがにグレッドガルド皇国のセラスフィリア皇女殿下などという大物中の大物はリンスレットのコネの中にもいないらしい。


 人生に一度あるかないかのチャンスだと大喜びする女の顔を視る。


 こんなにキラキラとした笑顔をしているのに数日後には自分が処刑されてしまうことも知らずに。


 なんて生命の価値が軽く儚い世界なんだと虚しくなった。


 そして眠くもなったので馬鹿な女商人に手綱を渡して、俺は荷台で眠りについた。




 あの時はあんなにテンション爆アゲだったリンスレットは、今やその顔を青褪めさせている。


 どうもこの部屋にいる連中は各国の王族も混じっていて、想像の何倍もVIP度が高すぎた為にドン引きしてしまったらしい。



 そんな馬鹿な庶民を俺が呆れた眼で視ていると、そのVIP達が騒ぎ出す。



 これはあの不敗のディオス将軍……⁉ だの――


 これがあの魔族軍の切り込み隊長の⁉ だの――


 これが人間を10万人殺したという⁉ だの――と。



 こいつそんなにスゴイ奴だったのかと俺もドン引きする。


 確かにあの酷い発熱と発火で身体の内と外も熱くなっているというのに、ゲロ吐いてウンコ漏らしながら追いかけてくる気迫はマジで恐かった。


 俺が小中とスポーツに打ち込み基礎的なスタミナをつけていなかったら、きっとあのマラソンバトルに敗れて殺されていたことだろう。



 そう安堵していると自然と俺に注目が集まる。


 今度は、彼は一体何者なんだという話になる。



 全員の視線が俺に向いた瞬間、セラスフィリアの顔が歪んだ。


 ギリッと歯軋りが聴こえてくるような憎悪が顔に溢れていた。



 状況が全くわからないが、何故かセラスフィリアが苦しそうなので俺は気分がよくなる。


「さぁどうするんだ」とばかりに嘲笑を浮かべてやった。


 ほんの一秒ほど考えたセラスフィリアは、俺の紹介を始める。



 実は異世界からの召喚をもう成功させていて、この時のために準備をしていた。


 今回最前線の戦況を良くするために、彼には秘密裏にディオス将軍の首を獲ってくるよう命じていたと――



 すると何故か拍手喝采が起きる。


 よくわからないがセラスフィリアが称えられている雰囲気だったので俺は気分を害した。



 後日聞いた話だと、この時魔族の攻勢が強まってきたので『召喚の儀』を行うべきではないかと各国首脳陣が集まってこのグレッドガルド皇国へ要請をしに来た――


――ここはそういう場だったらしい。


 どうもセラスフィリアの計画では、この時に各国からの要請を受けたという体で、召喚を行った――そういうことにするつもりだったらしい。


 上手くタイミングが噛み合えば俺が死んでいて新しい奴を召喚出来るし、その為のコストとしてここに来た国たちから金を毟る予定だったらしい。



 そうしたら最悪のタイミングで最悪の乱入者――俺だ――がここに現れてしまったということらしい。


 それを瞬間的に切り替えて、「皆さまがそう仰られることはわかっていました」という風を装って、さらに自分が予め召喚しておいた者が既に大殊勲を挙げてきたというストーリーに書き変えていけしゃあしゃあと謳ったらしい。


 恐ろしい頭の回転の速さと恐ろしい判断力だ――バケモノめ。



 この情報は数日後にリンスレットに聞いた話だ。


 この時に処刑されるだろうなと思っていた彼女は、ちゃっかりと各国のお偉いさんと顔見知りになりいくつか関係を作って情報を集めたらしい。


 馬鹿だと思っていたがこいつも凄いなと驚いた。



 ここから俺の御用達の情報屋兼便利屋としてリンスレットとの関係も始まる。


 2年くらいの間だけだったが――




 セラスフィリアと眼が合う。


 今度は彼女が「どうするの?」とばかりに得意げで挑戦的な目を向けてきた。



 やはり俺はノープランだったのでどうしたものかと困る。


 しかしあのイカレ女にやり込められたような感じで終わるのはムカつくなと考えていると、俺の立つ位置にほど近い場所に座っている女と目が合う。


 俺よりも少し年上くらいの高貴そうな雰囲気のその女は、俺を見てあからさまに顔を歪めた。


「不潔な……」という声が聴こえた。



 それは実際言われても仕方がない。


 時間の無駄だからと道中にある町に泊まることを許さず、馬を使い潰す勢いでリンスレットに強行軍をさせたせいで、俺はずっと身体をまともに洗っていない。


 川べりで休憩をとる時に一応水浴びくらいは軽くしたのだが、なにせ町一つ焼き払ったのだ。石鹸もなしで洗ったくらいでは汚れは落ちない。


 鏡なんて見ていないからわからないが、どうせ顔も煤塗れだったことだろう。



 だからこの女の感想は正しいのだが、俺はここでいいことを思いつく。


 もちろんセラスフィリアへの嫌がらせだ。



 俺はクルっと身体を横に向けてリンスレットの両肩に手を置く。


「へ?」と驚く彼女にしっかりと俺の方を向かせる。


 そしてリンスレットの目の前で跪き、彼女のスカートの中に手を突っ込んで、淀みの無い動作で下着をズリ下ろした。



 驚愕に目ん玉を剥くギャラリーとリンスレットを尻目に、俺は彼女から剥ぎ取ったおぱんつで、汚れた自分の顔を拭く。


 顔の汚れは女のおぱんつで拭くとよく落ちると学んだからだ。



 そして目と口を開いたまま固まるどう見てもどこかのお姫様にしか見えない女に爽やかな笑顔を向けると、「失礼、レディ」と囁いて彼女の手に使用済みの下民おぱんつをそっと握らせた。


 どっかのお姫様っぽい女は、その高貴な脳みそで想像出来る範疇を遥かに超えた無礼を受けて、ゴーンっと白目を剥いた。



 あまりに非常識な行動に呆気にとられて誰もが動けない中、俺は部屋の真ん中を堂々と歩いて進む。



 右足を軽快に踏み込み、床に落ちている生首を左足で救い上げるようにして蹴る。


 腐りづらくしろとリンスレットに命じて処理させた魔族の首が、放物線を描いてセラスフィリアの隣に座っていたハゲ親父の膝に落ちる。



 そのハゲ親父は悲鳴をあげて生首を両手に持ったまま立ち上がった。


 俺はその男に近づきながら、こいつ見たことあるな、誰だっけ? と思い出そうとする。


 すると魔眼がこのハゲに関する記憶を俺に視せてきた。



 俺はハゲから生首を奪い取りながら聖剣でその首を切り飛ばした。



 再び周囲で悲鳴が上がり騒然となるが、俺は首のもげた男の身体をドッと中央のテーブルに蹴りつける。


 テーブルの上の調度品も料理も何もかもが血塗れになり、シンっと静まった。



 荒事に慣れた騎士や兵士たちが動き出す前に、俺はセラスフィリアの前で跪き首を垂れる。


 俺の行動が理解出来ず誰も動けない。


 俺も自分が何をしているのかよくわかっていない。



 だが、あのハゲは前に俺が城に居た時に、なんかルビアの傭兵団の悪口を言っていたのだ。特に殺す必要も意味もないし、そんなことはしない方がいいのだが、ムカついたのでつい殺ってしまった。


 あの傭兵団は下衆で野蛮で低能ばかりだとハゲは言っていた。


 それは確かに反論の余地もなく揺るぎのない事実なのだが、この時の俺にルビアたちへの悪口はご法度だ。だから殺してやった。



 俺は適当に口を回す。



 皇女殿下様、ご命令通りに裏切者を始末しました――と。


 このハゲは魔族と内通していて、こいつのせいで町を一時奪われ仲間は全滅しましたと。


 おまけに住人は憎き魔族に皆殺しにされ、残酷なヤツらが町中に火を放ったせいで何もかも消し炭にされてしまいましたと。


 この何とか将軍がそう言っていたので間違いがないと。


 正義の怒りに燃えた俺は一人でどうにか敵軍を皆殺しにして土地は奪い返しましたと。


 住人達もきっとあの世で神と皇女殿下に感謝をしていることでしょうと――



 ベラベラと嘘を並べた。


 言いながらスゲエ嘘だなと自分で笑ってしまいそうだった。もしかしたら半笑いだったかもしれない。



 だが俺には何故か確信があった。


 セラスフィリアはこの嘘に乗るしかない、この女はこの場で俺に罪を言い渡して俺を処分することが出来ないと――



 思った通り、彼女はパーフェクトスマイルを浮かべて俺を褒め称えそして労った。


 目だけは笑うことが出来なかったようで、死者を悼み泣くフリをして隠していた。


 俺も仲間を殺されて悔しい、魔族を許せないと男泣きに泣くフリをした。笑いが堪えきれなくなったからだ。



 すると俺たちに同情したのか、各国の首脳陣も死した兵と民たちに同情し、神に祈りを捧げてから順番に遺憾の意を表明した。


 俺が思わずブッと吹き出してしまうとセラスフィリアに足を踏まれる。



 なんだ、育ちの良い悪いに関係なく、貴族や王族でも大人って意外とバカなんだなと新たな気付きを得た。



 気分がよくなった俺はハゲが座っていた椅子をガンっと蹴って、隣のセラスフィリアの座る椅子に乱暴にくっつける。


 その椅子に無作法にケツを落とした。


 さらに、戸惑うセラスフィリアの肩をガッと抱き寄せる。


 そしてダンっと音を立てて両足を血塗れのテーブルにのせる。



 お偉いさん方の目の前で、まるで俺の女のように扱ってやって恥をかかせてやった。



 この行動は単に調子にのっていただけで何も計算などしていなかった。


 だが、特に咎めることもなくセラスフィリアは大人しくしていた。



 これも後で聞いた話なのだが、英雄を召喚した女が皇位を継承する理由だ。


 英雄が武功を挙げていくとそいつを皇帝にとの声が必ず民や家臣から上がるそうだ。



 だから、皇族の女に召喚をさせて、そうなりそうだったらその女と結婚をさせることで皇位を他所の血に禅譲することを防ぐのだそうだ。そして一代限りにして次の皇位は他の皇族に継がせる。


 そうやって国を英雄から守るのだそうだ。



 ということで、最悪そのプランを実行しなければならないセラスフィリアは、他国の重鎮の前で俺との不仲を疑われるようなことを出来ない。


 他国に取り込まれても困るからだ。



 顔は穏やかに微笑んではいるが、触れている肩は緊張に固まっている。


 俺はもっとこのイカレ女に嫌がらせをしたくなった。



 この場でこいつを怒らせて俺を殺させればきっと愉快なことになるに違いないと、俺自身はその結果を確認することは出来ないが、そう思いついたのだ。



 さてどうしてくれようかと考えると、近い位置で彼女と目が合う。


 殺意のこもった瞳の光に、俺は最高の嫌がらせを思いついた。



 俺はセラスフィリアの顎を掴み、その整えられた唇に俺の煤塗れで荒れた唇を押し付けてやった。



 超至近距離で彼女の目が見開かれ身体に力がこもる。



根源を覗く魔眼(ルートヴィジョン)】にイカレ女が魔術を使おうとする流れが映る。


 いいぜ、やってみろよと、よく手入れされた綺麗な髪を汚い手で撫でてやる。



 だが、あの女は身体から力を抜き完璧に演じきった。


 俺の胸に置いた彼女の手から冷気が伝わってくる。



 唇を離してどんな顔をしているか視てやろうとする。



 すると、ほんの一瞬――



 本当に僅かな一瞬――



 セラスフィリアの瞳に恐怖の色が映った。



 性的な乱暴を受けたことに対する恐怖ではない。


 初めての唇を嫌いな男に奪われたショックなどでも当然ない。


 この女はそんなタマじゃない。



 それは理解が及ばないモノへ向ける恐怖――



 それが絶対的な強者で俺の支配者だったはずの女の目に映った。



 だがそれも納得だ。


 彼女らの知っている俺は――クソガキはこんな大それた行動はしない。


 出来ない。


 彼女らから見た俺はまるで何かに憑りつかれているかのようにまったくの別人と化しているのだ。



 この場が終わった後にエルフィーネに言われた。



「ルビアの真似をしているのですか?」と――



 言われて俺も納得をした。


 俺も彼女たち同様に、自分で自分がこんな行動をする人間だとは思っていなかったからだ。


 人間何もかもどうでもよくなると何でも出来るものだと思っていたが、そうか俺はルビアの真似をしているのかと、だから出来たんだと、少しだけ嬉しくなった。




 セラスフィリアの唇が動く。


 密着している俺以外には聴こえない小声で彼女は囁いた。


 伝えようとして口にした言葉ではないだろう。



「アナタは誰……?」



 思わず言ってしまったのだろう。


 彼女は自分でそれに少し驚き、そしてすぐに表情と振る舞いを完璧に取り繕った。



「いいだろう」



 俺に戻る道が無いように、この女ももう退けなくなったのだ。


 ここから俺とセラスフィリアの何年にも渡るチキンレースが始まる。


 最初に退いた方が、泣きを入れた方が負けだ。



 俺は椅子に踏ん反り返りながら部屋を睥睨する。


 各国のお偉い面々を見渡すとその後ろでリンスレットが白目を剥いて引っ繰り返っていた。



 ハッ――と、ルビアのように嗤う。



 こういう時どうしたらいいか――



 俺はもう彼女に教わっている。



 俺はこの場にいる全員へ向けて声を張る。


 顔には友好的な笑みを浮かべ、



「初めまして皆さん。俺はセラスフィリア皇女殿下に異世界から召喚をして頂いた者です。名前はユウキビトー。邪悪な魔族から皆さんを救うためにこの世界に来ました――」



 耳触りのいい言葉で堂々と挨拶をする。



 だが、これは宣戦布告だ――



 突き飛ばすようにセラスフィリアを放すと、テーブルから足を下ろし代わりに上体を乗り出す。



 魔族の首をテーブルに置いて、聖剣の切っ先をそれにぶっ刺した。


 下のテーブルごと不自然に真っ二つに割れる。



「うるせえ黙れ――」



 ざわつく彼らを黙らせ――



「いいか、テメエら――」



 彼女に教わったとおり、誰にもナメられないよう――



「――俺は抜かずに三発出せる」



――自分に出来る最大に凶悪な笑みを浮かべて、俺は異世界に自分が何者であるのかを紹介してやった。



 この場に居る全員がゴーンっと白目を剥いた。



 見てるか? ルヴィ。


 言われたとおりにカマしてやったぜ。俺もちゃんと出来るだろ?


 見ろよこのクソッタレどもの吠え面。最高だろ?



『ハッ――最高だぜ! やるじゃあねえかクソガキ!』



 彼女が褒めてくれた――



 そんな声が聴こえた気がした――


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