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俺は普通の高校生なので、  作者: 雨ノ千雨
1章 俺は普通の高校生なので、魔法少女とは出逢わない
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1章11 after school ⑥


「よっしゃあ! こい! “ふーきいん”」



 気合十分のかけ声には応えず、弥堂は無言で技を行使した。



 空中渡り廊下の床に着けた右膝から捻り、膝を立てた左の足首、腰、肩と捩じる。


 それによって生じた威をメイド服ごしに彼女の腹部へ、薄い肌と筋肉の奥へと徹す。



「ぼげぇっ――⁉」



 奇怪な悲鳴をあげて“まきえ”は吹っ飛び、すぐ背後にあった壁にぶつかった。衝突のショックで背中が弓反りになり後頭部をゴチンと壁に打ち付けると、“まきえ”は後頭部と背中を抑えてのたうつ。



「イテェっ! あちこちイテェっ!」


「…………」



 陸に揚げられたエビのようにビッタンビッタン暴れる彼女には一瞥もせず、弥堂は自身の右手を視る。



(…………ミスったか……?)



 想定していた手応えとは乖離があり、不審に思う。


 また想定していた結果とも実際に起こった現象にはズレが生じていた。



(奴の体内に衝撃を徹したつもりだったが……)



 実際は今目の前で苦しむ彼女が抑えている背中の方に衝撃は徹ったようだ。



(無理な体勢で行使したせいか、単純に俺の技量不足か…………)



 思案し、そこでようやく彼女を視る。



「フフッ。まきえ。痛い?」


「イテェよ! めちゃくちゃ! 助けてくれ!」


「任せて。とぅっ!」


「ぐぺっ――⁉」



 助けを求めるパートナーの顔面へ向けて“うきこ”は容赦なく爪先を刺した。


 “まきえ”はブリッジのような体勢で顔面を抑えて仰け反る。



「ギャアアァァっ!」


「エビの次はカメ。ひっくり返ったカメみたい。“まきえ”は芸達者」


「鼻血がーー! 鼻血でたっ!」


「大丈夫。それも鼻水」


「な、なにすんだよ⁉」


「“まきえ”が助けてって言うから楽にしてあげようと思った。でも“まきえ”が頑丈なせいで意識を刈り取れなかった。“まきえ”のせい」


「ムチャクチャ言うんじゃねーよ! テメー、マジで“ふーきいん”の真似はやめろよ! 頭おかしすぎてコエーよ!」


「真似じゃない。私はこんな男の真似なんてしない」



 ごもっともな非難を受けるも“うきこ”はツーンと澄まして聞く耳をもたない。



「真似してんだろ⁉ テメー前まではそんなじゃなかったじゃねーか! このクソ野郎と会ってから無表情作ったり喋り方変わっ――」


「――ていやっ」


「――ぅぼっ⁉」



 “まきえ”の口から語られる証言は、無慈悲な飛び蹴りが鳩尾に突き刺さり途中で切られた。


 極めて高精度な照準で水月を直撃されたことにより、“まきえ”の言葉どころか息が詰まる。



 悶絶して沈黙した自身のパートナーを尻目に、“うきこ”は手近な窓をカラカラと開け放つ。


 そして床に転がる“まきえ”の襟首と腰元のエプロンの結び目を乱暴に掴むと彼女を持ち上げた。



「ぽいっ」



 “うきこ”は、今目の前で起きたことは見間違いかと錯覚するような可愛らしいかけ声で“まきえ”を窓の外へ投げ捨てた。



「…………」



 弥堂は一応生死くらいは確認すべきかと窓へ向かいそうになったが、そういえば前にこいつらに遭遇した時も屋上から“うきこ”が“まきえ”を投げ捨てていたなと思い出す。


 その後もこうしてピンピンしていたなら今回も別に問題ないだろうと、進みだそうとしていた足を止めた。



 どうせ問題があっても自分のせいではないし、関係ない。


 相手が子供の姿をしていようとも彼はブレなかった。



 それよりも――



「フフッ。やっと二人きりになれた」



 こちらに向けられるジト目の中に隠れた嗜虐的な光から目を離すべきではない。そう判断をした。


 生贄が居なくなった以上、この頭のおかしいメス餓鬼の次の標的は自分になる可能性が高い。


 弥堂は警戒心を強める。



「そのためにわざわざこんな回り道をしたのか? ご苦労なことだな」


「勘違いしないで。別にあんたと二人きりになりたかったわけじゃないんだからね」


「二言目で発言が矛盾するのはどういうことなんだ」


「フフッ。これはサービス」



 どこかで聞いたような言い回しを棒読みで発する女児に眉を顰める。



「サービスだと?」


「“ふーきいん”はツンデレ好き。サービス」


「オレの人生の中でそんなものが好きだった時間は1秒たりともない」


「フフッ。強がっちゃって。“ふーきいん”可愛い」



 会話を成立させることが絶望的に難しいちびメイドに弥堂は激しく苛立つ。


 彼女の場合、本気で対話が不可能なのか、こちらをおちょくっているのか、その判断がしづらいことが余計に厄介だ。



「…………生徒会長閣下からの言伝、だったか」


「フフッ。いつもそうやって素直に聞けばいい」



 適当に誤魔化して彼女らの用件を無視するつもりでいたのだが、それを看破されてこのように誘導されたのかと疑心を抱く。



「“まきえ”ではないけれど。“ふーきいん”。お嬢様に少し気に入られているからってあまり調子にのるな」


「…………」


「お嬢様には私たちがいれば足りる。お前がお嬢様への敬意を欠くこと、お嬢様の不都合なことをするようなら、私がお前を殺す」


「そうか。善処しよう」


「フフッ。怯えてるの? “ふーきいん”。可愛い」


「さぁな。試してみるか? だが、それはお前の用件だろう? お前のお嬢様の用件ではない。簡単な伝言すら果たせずに自分の欲求を優先させるような間抜けが配下ではもの足りないから彼女は俺を使うんじゃないのか」


「“ふーきいん”は本当に口が減らない。泣かして言うことをきかせる」



 変わらない平坦な表情と口調。


 だが確かに空気を通してヒリつくような殺意が伝わってくる。



 そのことを心中で『素人め』と見下しながら弥堂は右肩を引いて半身になる。




 両者しばし無言のまま対峙する。




 そして弥堂はさりげない動作でポケットに手を入れ、取り出した物を“うきこ”の目の前にぶちまけた。



「――っ⁉」



 “うきこ”は反射的にごく短く息を呑み、ジャラジャラと目の前に散らばる小銭にバッと飛びついた。



「“ふーきいん”。お前はヒキョーもの。こんなことで許しを乞うなんて。浅ましい」



 浅ましく床に這いつくばり、こちらを見もせずに夢中で小銭を拾い集めてはエプロンのポッケにせっせと詰めていくちびメイドに弥堂は胡乱な瞳を向けた。



「――あ、お嬢様が“ふーきいん”に来て欲しいって言ってた」



 さも大事な伝言かと勿体つけていた用件を、ついでのように告げられた。



「まったく“ふーきいん”はしょうがない男。でもお前の気持ちはわかった」



 常軌を逸した速度で全ての小銭を拾い終えた女児は立ち上がると、パンパンになった前掛けエプロンのポッケを満足げに撫でながらそう言ったが、弥堂には彼女の言うことが何一つわからなかった。



「“ふーきいん”は要するに私と“ぱぱかつ”がしたい」


「あ?」



 やっぱり何を言っているのかわからなかった。



「“ふーきいん”にそこまで求められたら私も吝かではない。都度7k、おにごっこのみ」


「何言ってんだお前」


「“ふーきいん”はやらしい。仕方ない。どうしてもと言うなら、おままごとホ別30k、別途おぷしょん。特別に交通費は込みにしてやる」


「意味がわからん。わかる言葉で話せ」



 聞き覚えのない言葉の羅列に苛立つが、何故か弥堂はその意味をあまり知りたいと思えなかった。



「私もわからない。でも。こう言えば年上の男から金を貰えるとネットで見た。“ふーきいん”は私に金を払うべき」


「…………」



 変わらず意味はわからなかったが、弥堂は数々の修羅場を潜り抜けてきたその経験から、意味を明らかにすることに多大な危険があると察知し、黙って胸元の内ポケットを探る。



 そうして取り出した一万円札を“うきこ”の目の前に差し出し、よく見えるようにゆっくりと左右に動かす。


 彼女の目線はそれに釘付けで、万券の動きに合わせて眼球の向きを変える。



 弥堂が万札を彼女の目の前に吊るしたままゆっくりと窓の方へ歩き出すと、彼女は両手を伸ばしながらフラフラと着いてきた。



 弥堂は慎重に“うきこ”の全身の動きを監視しながらタイミングを測り、一万円札を窓の外へ放った。



「とぅっ」



 全く気の入っていないような声をあげ彼女は重力に引かれる日本銀行券を追って窓の外へ消えていった。



「…………」



 弥堂は酷く気怠さを感じながらも努めて自制をし、無言でカラカラと窓を閉ざし鍵をかける。



 そして一歩下がって閉じた窓の様子を数秒監視し、何事も起きないことを確認すると目的地へと向かって空中渡り廊下を歩き出した。



 何歩か進んだところで、背後からパリンと乾いた音が鳴る。



 素早く身を翻すと、うっとりとした表情で一万円札に頬ずりをする“うきこ”が窓枠から校舎内へ上半身を乗り出していた。


 窓付近にはガラスの破片がいくらか散らばっている。



「フフッ。“ふーきいん”。お嬢様は生徒会室」


「…………そうか」


「怖がらなくていい。“まきえ”が下で干からびたカエルみたいにひっくり返ってたから、私はこれから撮影で忙しい。今日は見逃してあげる」


「そうか」



 言葉通り特に交戦の意志はなさそうだったので、弥堂は構えを解き窓枠のクソ餓鬼に背を向けて再び歩き出した。



「せいぜいお嬢様の役に立つといい。そうすればご褒美にかくれんぼで遊んであげる」


「…………」



 弥堂はその言葉には応えず無言で、しかし背後に意識を向け続けながらこの場を離れていく。



 少しして背後に変化を感じ肩越しに視線を遣ると、窓際にはもう誰もいなかった。



「…………」



 目を細めて数秒視て、また昇降口棟へと歩く。



 空中渡り廊下が終わり、床の継ぎ目を踏んで昇降口棟へ入る。


 そのまま2階の廊下を歩いていくつかの部屋の前を横切って行くと、『生徒会室』と書かれたルームプレートが見える。




 弥堂はそのプレートから目線を切り、そのまま生徒会室を通り過ぎた。




 そして1階へ繋がる階段を降りて下駄箱へと向かう。




 生徒会長閣下が何か自分に用件があるようだったが、自分は特に彼女に用はないので今回は無視する。



 これであのちびメイドどもの信用は落ちるだろう。



 会長閣下は優秀な女だが、昔からお付きのメイドとして使っているあのメイドどもに甘すぎるようだ。


 こうしてコツコツと閣下の周辺の人物の信を落としていけば、誰が真に自分にとって役に立つ者なのかが彼女にもわかるだろう。


 そうすれば弥堂にとってより良い条件や待遇が引き出せるはずだ。



 それがスパイである自分にとっての正解の行動であると弥堂は心中で確認し、シューズを履き替えて校舎を出た。



 昨日同様に、シューズロッカーを開けた際にまた色々と中に混入されていた物が床に落ちたが放置する。



 こうして、あの遊んでばかりいる無駄飯喰らいのちびメイドどもに仕事を与えてやるのは、目上の者としての正解の行動だ。


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