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俺は普通の高校生なので、  作者: 雨ノ千雨
1章 俺は普通の高校生なので、魔法少女とは出逢わない
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1章11 after school ⑤


 放課後の廊下にハッ――ハッ――と小気味よく息を吐き出す声が響く。



「ピキって! “うきこ”! 股がピキっていった!」


「“まきえ”の嘘つき。股は喋らない」


「嘘じゃねーって! ムリっ! もうムリっ!」


「やっぱり嘘つき。『無理』は嘘つきの言葉ってネットで見た」



 ガニ股スクワットに励む“まきえ”が限界を訴えるが“うきこ”は取り合わない。



「嘘つきには罰を与える」



 それどころか“まきえ”の腿に足をのせさらに負荷をかけた。



「ギャアアァァァッ⁉」


「“まきえ”。うるさい」


「ハムストリングが! ハムストリングがビリビリする!」


「忠誠心はハムストリングに表れる。この程度で壊れるなら“まきえ”のお嬢様への忠誠はその程度」


「“ふーきいん”! たすけてくれっ!」



 グッグッと甚振るように体重をかけられ“まきえ”は堪らず弥堂へ救助を要請する。



 か弱き子供に助けを求められた風紀委員の男は、その人格に欠片ほどの正義感もヒーロー性も構成されていないため、ただ冷たい瞳のまま無言で踵を返した。



「お、おいっ、待てよこの野郎っ! 無視すんなよ!」


「失礼する」


「なにバックレようとしてんだ! テメーに用があるって言っただろ!」


「バックレようとしてるのは“まきえ”。これは罰。逃れられない」


「え? そ、そうなのか? おい、“ふーきいん”。スクワット終わるまでちょっと待ってろよ!」


「失礼する」


「あっ⁉ テメー! 待てって言って――ギャアアァァァァッ⁉ つった! あしつったーーーっ⁉」



 ゴリ押しでこの場を辞そうとする弥堂を慌てて追いかけようとした“まきえ”は、負荷がかかっている時に急に体勢を変えたためか、足に激痛を感じゴロゴロと床を転がる。



「フフッ。“まきえ”、すごくいい。殺虫剤かけた蝿みたいで可愛い」


「“うきこ”助けて! グッてして! 足グッてして!」


「フフッ」



 応急処置を求められた“うきこ”は、藻掻き苦しむ“まきえ”のふくらはぎに足を乗せ一度グニグニと踏み躙る。


 音量の上がった悲鳴に満足そうに笑みを浮かべる。それからようやく“まきえ”の足首を雑に掴み、彼女の身体を足でひっくり返して仰向けにさせた。


 ピンと伸びた爪先を戻してやりながら体重をかける。



「うぅ、イテェよ…………なんでこんなヒドイことすんだよぉ……」


「フフッ。“まきえ”ださい。はしたなくてお似合い」


「おい! オレの足で遊ぶなよ!」



 もう片方の足首も持って“まきえ”の両足を開いたり閉じたり動かして遊ぶ“うきこ”へ抗議をするが、彼女は聞いてくれない。


 無表情で平坦な口調だが、その声にはどこか悦に入ったような色がある。



「フフ。“まきえ”みっともない。“ふーきいん”に見てもらうといい。黄色い線が入った“まきえ”のダサい“こどもぱんつ”を」


「誰が見るか。そんな汚いもの」


「アァっ⁉ 汚くねーよ! テメー“ふーきいん”、ふざけんなよ? ちゃんと見ろよ! オレはションベンなんか漏らしてねーだろ!」



 弥堂を社会的に失墜させるような発言をする“うきこ”に対しての反論だったが、まさかのご本人から完全にアウトなことを要求された。



 弥堂は溜め息を漏らすと“まきえ”の足で遊ぶ“うきこ”をどかして、適当に襟首を掴んで“まきえ”を立たせてやった。



「お? アリガトな! “ふーきいん”」


「あぁ。もういいか?」


「ダメだ! 必殺技教えろよ!」


「あれは必殺技ではない」


「こまけーこたいいんだよ! テメーはほんとダメな! 屁理屈ばっかで!」



 彼女のしつこさにどうも逃げきれそうにないなと弥堂は嘆息する。



「お前には無理だ」


「はい、嘘! 『無理って言うヤツは嘘つき』ってさっき“うきこ”が言ってたぜ!」


「俺があれを教わった時は、まず自分がくらって覚えるという手順だったんだがいいのか?」


「あぁ? ナメてんのかテメー。そんなのでオレがビビると思うなよ?」


「ゲロ吐くぞ」


「え……? マジかよ……オレ、ゲロはやだよ…………やっぱやめようかな……」


「そうすることをお勧めする」



 威勢のいいことを言っていたわりにすぐに“まきえ”は引き下がろうとする。


 彼女の人としての品性や女性体としての恥じらいなどに一切の期待をしていなかっただけに望外のチャンスだが、このままお流れになることを弥堂は期待する。


 しかし、それを邪魔する者がある。



「バカにしないで、“ふーきいん”。“まきえ”はゲロくらいでビビらない」


「えっ⁉」


「…………」



 “うきこ”のフォローを受けて“まきえ”は驚愕に目を見開き、弥堂は胡乱に眼を細めた。



「“まきえ”ならイケる。“まきえ”はサイキョー」


「え? そうか?」


「そう。それに。もしもお嬢様が“ふーきいん”に必殺パンチされそうになってたら“まきえ”はどうするの? ゲロ吐きたくないからって逃げるの? “まきえ”は腰ぬけ」


「アァン⁉ 逃げるわけねーだろ! ナメんなよ!」


「でも“まきえ”はビビった」


「ビビってねーよ! おい“ふーきいん”! こいよ、撃ってこいよ!」


「…………」



 極めて容易に操られた“まきえ”にノーガードの腹を押し付けられ、弥堂は“うきこ”の方に迷惑そうな視線を送る。



「フフッ。“ふーきいん”やっちゃって。大丈夫。“まきえ”は頑丈。絶対に壊れない玩具。壊れても直る玩具」



 よほど自身のパートナーが苦しんでいるところを見るのが好きなのか、弥堂の方へ向ける“うきこ”の平坦な表情の中で、その瞳だけが隠しきれない期待でキラキラと輝いている。



 弥堂はうんざりと息を漏らし――



「いいだろう」



――承諾をした。



 こいつらとはいずれ敵対することもあるかもしれない。


 試しに一回殴っておいても損はしないだろうと判断をした。



「お? マジか! アリガトな! “ふーきいん”!」


「…………」



 自分から殴ってくれと頼んできて、これから殴られるとわかると礼を述べる。


 信じ難いほどに頭の悪い子供を視て、弥堂はやはりここでメイドの仕事をさせるよりも義務教育を受けさせるべきだと思ったが、まぁ関係ないかと切り替える。



「もう少しこっちに来い」


「おぉ! へへっ、ひとつ頼むぜ」



 無防備に寄ってきた女児の前で片膝をつき、左手で彼女の肩を掴み右手を腹にあてる。


 すると“まきえ”はグッと腹に力をこめた。



「おい、“ふーきいん”。どーよ、オレの腹筋は! かてーだろ? 鍛えてんだ!」


「…………立派だな」



 言われて彼女の腹を少し押してみるとぷにぷにとした感触が返ってきたが、弥堂は適当に返事をした。相手は満足そうな表情だ。



「一応手加減はしてやる」


「なんでだよ。本気でやれよ! “ふーきいん”、テメーはいつもそうだ。効率とかわけわかんねーこと言ってすぐに手を抜こうとするんじゃねーよ。全力でこい!」


「…………」



 何故にこいつはこんなにも自分に殴られたがっているのか。



 この生き物の考えることが理解しがたいが、どうせ考えても理解できるはずがない。


 効率のわるいことはすべきではないと考えないようにする。



 そもそも、本当に全力で“零衝”を打ち込めば絶命させてしまうのだが――チラリと“うきこ”の方へ視線を遣る。


 “うきこ”は何やら意味ありげな顏で『わかっている、大丈夫だ』とばかりに頷いてきた。



 弥堂は意志の疎通を図るのは諦める。



 どうせ自分の技量では片膝をついたままでは大した威は生み出せないし、それに、まぁ最悪の場合でも、二人いるし一人居なくなっても別にいいかと投げやりに結論付けた。

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