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俺は普通の高校生なので、  作者: 雨ノ千雨
1章 俺は普通の高校生なので、魔法少女とは出逢わない
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1章11 after school ③


「失礼します」



 心にも思っていない挨拶を告げて、その言葉の真贋を見極められる前に戸を閉める。



 職員室から出てきたのは弥堂 優輝(びとう ゆうき)だ。



 昼休み後の数学の授業を担当していた権藤に、放課後に自分のところに来るようにと命じられていたからだ。



 部活を理由に一度断ったのだが、どうやら事前に弥堂の所属するサバイバル部の部長である廻夜朝次(めぐりや あさつぐ)に今日の活動予定を確認してきていたようで、弥堂としては悪手を選ばされた形になった。



 内容としてはとるに足らないもので、ちょっとした確認と擦り合わせのようなものだった。



 無駄な時間をとらされたと内心で唾を吐き、弥堂は昇降口棟へ向かって歩き出す。



 本日の放課後はサバイバル部の活動も、風紀委員会のシフトもない。



 だが、かといって完全にオフなわけでもなく、今日の放課後は来週からの『寄り道はやめようねキャンペーン』に備えて、自身が狩り場にする予定の新美景駅周辺を下見する予定だ。



 職員室のある事務棟と昇降口棟を繋ぐ空中渡り廊下へ入ったところで弥堂は足を止める。



 前方に立ち塞がるように二つの人影が進路の先、廊下の真ん中で立っていたからだ。



 通常であれば前方に人が居ただけのことで弥堂がいちいち足を止めることなどない。


 ここで今そうしたのは、そこに居る者どもがこの場に似つかわしくない者たちだったからだ。



 眼を細めてその異質な存在を視る。



 まずパっと見で最初に目を惹くのは服装だ。



 メイド服。



 学生服でも教職員のような服装でもなくメイド服だ。


 高校生を通わせる私立美景台学園高等学校の校舎内の廊下に、メイド服姿の二人の人物が居る。



 だが、それはまだいい。



 この学園では専属の清掃員が雇われていて、その清掃スタッフたちのユニフォームのようなものにこのメイド服が採用されているようだ。


 入学したばかりの頃、一番最初に校内でメイドを見かけたときはなにかの見間違いかとも思ったが、それが高等学校というものの一般的な光景なのかという点はともかく、数週間もすればすぐに見慣れた。



 だからこの場に居る目の前の二人のメイドどもに関して問題視すべき点は服装ではなく、その年齢だ。



「いよぉ、“ふーきいん”。久しぶりダナァ? こんなとこで会うたぁ奇遇じゃあねえか。なぁ? “うきこ”?」


「それは違う。私たちはお嬢様から言伝を預かってここで“ふーきいん”を待っていた。もう忘れたの? “まきえ”」


「あぁ? そうだっけかぁ? こいつと戦うために待ち伏せしてたんじゃねぇのか?」


「お嬢様からそんな命令は受けていない。やるなら勝手に一人でやればいい。そして泣かされればいい」



 弥堂を待っていた。


 そんなようなことを言いながらも、弥堂をそっちのけにそのまま言い合いのようなものを始める二人のメイドの顏を見るために、弥堂は視線を大分下方に下げた。



“まきえ”と呼ばれた、威勢のいいガラの悪い話し方をする赤い髪のメイド。


“うきこ”と呼ばれた、表情のない顏で無機質に囁くような青い髪のメイド。



 まるで生き写しのようにそっくりな顏の造型をしていながら、その髪色と立ち振る舞いからその双子のメイドは対照的に映る。


 そして問題は彼女らの幼げな見た目だ。


 二人はどこからどう見ても完全に女児だった。



「あぁ? 誰が泣かされるって? テメー、ナメてんのか? “うきこ”。オレはサイキョーだぜ?」


「それは違う。むしろ“まきえ”が勝ったところを私は見たことがない」



 まるでチンピラのような口調で『オレ』などというその声は、言葉のガラの悪さとは裏腹にまったくドスの効いていないソプラノボイスで。


 その声に淡々と落ち着いた口調で返すもうひとつの声も、無機質ながらもどこか気だるげな印象の話し方だが、その声は鈴が鳴るように可憐だ。



 キンキンと耳に煩い甲高い声で言い合う2匹の女児に、弥堂は不快げに眉を歪めた。



 目の前で子供がケンカをしていたら、止めてやるのが年長者としてとるべき行動だが、弥堂は彼女らとは既知の間柄であり、このちびメイドたちは会うたびにいつもこうして言い合いをしているので、特になにもせず経過する秒数を数えてやり過ごそうとする。



 弥堂から見ても少々『まとも』ではないと感じるこの学園において、この女児メイドたちの異質さは最たるものだ。



 別に学校にメイドが居ても構わないとは思う。



 しかし、本来どう見ても義務教育の課程の只中にある小学校中学年程度の子供を、平日の昼間から小学校に通わせるどころか高校に行かせて高校生が汚したものを清掃する仕事に従事させるなど、どう考えても尋常なことではない。



 弥堂は自身の持つ経験から、このことに『人身売買』に類する犯罪の匂いを嗅ぎつけ、一度理事長を問い質したことがある。



 義務教育の大切さと児童虐待の凄惨さを説明し、このままでは正義感によって齎されるストレスに耐えきれず然るべき場所に相談をしてしまいそうだと訴える弥堂に対して、この私立美景台学園の所有者である理事長は、弥堂の手に包みを握らせてただ「大丈夫です」とだけ言った。



 そして弥堂は、学園の持ち主が大丈夫だと言うのなら大丈夫なのだろうと十分に納得をした。


 決して手渡された物の中に、弥堂にとって十分に満足のいくものが包まれていたからではない。


 目上の方がそうと謂えばそうなのだ。



 礼儀を弁えた高校生である弥堂は目の前のちびっこたちに意識を戻した。



「あぁん? テメー生意気だぞ“うきこ”。ぶっとばされてーのか?」


「それは違う。生意気なのは“まきえ”の方。馬鹿のくせに偉そう」


「アァっ⁉ んだコラァっ!」



 淡々と言い返す“うきこ”を“まきえ”が大声で恫喝する。


 初見の者には剣呑にも映る光景だが、これもいつものことだ。



 赤髪のメイドの“まきえ”は短気で好戦的だ。


 青髪のメイドの“うきこ”は口調こそ穏やかなものの言葉は刺々しく、そして口が減らない。



 弥堂から視ればどちらも生意気なクソ餓鬼なのだが、この二人はいつもこうしてマウントをとり合っている。



 弥堂が知る限りでは、大体好戦的な“まきえ”の方からこうして諍いを仕掛けるのだが、その“まきえ”には致命的な欠陥があった。



「テメー、“うきこ”。自分の立場がわかってんのか? テメーはオレの妻だろ。オレの三歩後ろで黙ってろよ」


「そう。そうする」


「あ?」



 端的に了承の意を告げた“うきこ”は、ちっちゃなお手てをギュッと握り、短いその腕をぶんっと振った。



「ゴハァ――っ⁉」



 10歳前後に見えるちっちゃな肉体から繰り出された幼気な拳が、後方斜め下から突き上げるように“まきえ”の脇腹にめりこんだ。



 “まきえ”は脇腹を抑えながらよろめくように三歩前に進むと膝を着き蹲る。


 その姿勢のまま顏だけ振り向くようにして“うきこ”を睨みつけた。



「テ、テメーいきなりなにを――」


「――えいっ」


「――ぶげぇっ⁉」



 突然の暴力に対する抗議を言い切るよりも早く、人中を狙って無造作に爪先を伸ばした“うきこ”の無慈悲な追撃が顔面にぶっ刺さる。


 あまりの痛みに“まきえ”は顔面を抑えて悶絶する。



「な、なにするんだよぉ……」


「言われたとおりにしただけ」


「オレを蹴れなんて言ってないもん…………うぇ、えぐっ……」


「ふっ、“まきえ”は“ざこ”」



 鼻面を抑えながら非情な暴力により中断させられた抗議を再開するが、その声は先程までとは対照的に随分と弱気だ。


 ポロポロと涙を溢し嘔吐く“まきえ”はもう既に泣きが入っている。



「ひっく…………こんな、本気でぶたなくたって、いいだろ……?」


「本気じゃない。“まきえ”ごときに本気はださない」


「ウソだよ……だってほら。鼻血でてるだろ」


「それは鼻水」



 やたらと挑戦的な言動で、弥堂にも出会うたびに戦いを挑んでくる好戦的な彼女だが、その最大の欠点として『致命的に弱い』という点があげられる。



 彼女のパートナーである“うきこ”に対しても、高圧的な発言をしてはこうしてよく泣かされている。そして泣き止めば全てを忘れたかのように元の粗暴キャラに戻るのだ。



 そして、“まきえ”のそんな習性を最もよく見ているであろう“うきこ”は、彼女の見た目の年齢にそぐわない冷酷な目で、頭の悪い自身のパートナーを見下ろす。



「私に三歩後ろにいろと言ったのは“まきえ”。下がるのが嫌だから“まきえ”を三歩前にぶっとばした」


「頭おかしいこと言うなよ! こえぇよ! …………おいっ! “ふーきいん”!」


「…………なんだ?」



 自身のパートナーの欠落具合に戦慄した“まきえ”は、途中で弥堂へ水を向ける。



「お前のせいだぞ、“ふーきいん”!」


「ふーきいんではなく、ふうきいいん、だ」


「うるせー! んなこたどーでもいいんだよ! お前のせいで“うきこ”の頭がおかしくなってってんだ! こいつどんどんお前みたいになってんだよ!」


「“まきえ”。まるで私がそこの薄汚い雄犬の真似をしているみたいな言い方はやめて」


「まるで俺が普段から頭のおかしいことをしているみたいな言い方はやめてもらおうか」



 涙ながらに訴えられる“まきえ”の切実な声は、常識のある者がいないこの場では満場一致で否定された。



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