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俺は普通の高校生なので、  作者: 雨ノ千雨
1章 俺は普通の高校生なので、魔法少女とは出逢わない
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1章68 破滅の入口 ④


「――行ってこい……っ!」



 背後からその声が聴こえたとほぼ同時、パァンっと勢いよく背中を叩かれる。


 衝撃にたたらを踏むとそこは下り坂。


 押された勢いを制することは出来ず、止めたいはずの足は勝手に回転し始めそのまま坂を下ってしまう。



「う、うわあああぁぁぁっ……⁉」



 悲鳴をあげて見つめる先には大勢の人。


 それらが武器を振り回して殺し合う戦場だ。



 慌てて自分も武器を抜こうとするが半ばパニック状態になり上手く剣を取り出せない。


 そして無手のまま混沌の中に突っ込む寸前――目の前に火柱が立つ。


 血を焼いた煙が噴き上がった。





 記憶の再生が終わると目の前には細い煙が上がっている。


 火元は弥堂自身の手だ。



 特殊な葉と草を細かく砕いて自分の血と混ぜる。


 それを右手の甲の上に特定の文字を描くようにして乗せて燃やしている。灸に似ている。



『――忘れちゃやだ……っ!』



 戦場に入る前に少し準備時間が出来てしまい、その時に水無瀬の言葉を思い出した。



『ゆびきり、してくれる……?』



 結果として彼女のその要請に応え、弥堂は彼女のことを決して忘れないと約束をしてしまった。


 だからといって自分自身の意思でどうこうなるものではないのだが、一応やれることはやっておこうと思い立った。



 現在行っているのは“刻印魔術”の仕込み作業だ。



 “刻印魔術”とは、予め文字や図形に魔術式を書きこんでおき必要な時に任意もしくは自動で用意していた魔術を発動させる、そういう類の魔術だ。


 魔術式には、どういった魔術かという定義が記されている。


 例えば火の魔術だったらどれくらいの規模の、どれくらいの温度の、どういった形で――等の条件を設定する。


 刻印に魔力を流して発動させれば、それ通りの効果が発揮される。



 通常の魔術では、リアルタイムにその魔術式を組んで魔方陣を構成し、魔術的に効果を生み出す。


 この“刻印魔術”というものは、その工程を上手く速く出来ない者や、アドリブの効かない者――つまり魔術行使の才能と技術に乏しい者が使う種類の魔術であり、弥堂が以前に居た環境では蔑まれる魔術であった。


 道具に刻印をして魔道具を創ったりすることも出来るので、素晴らしい作品を創りだせる者は一流の錬金術師としてリスペクトされることもある。


 だが、そうではなくこれを自身の身体に刻んで戦闘に行使するのは主に使い捨ての暗殺者に多く、それが疎まれ蔑まれる理由であり、有用であったとしても普通の魔術師には嫌厭されていた。



 弥堂は魔術の才能に乏しい側の人間なので、まともに使える魔術はこの“刻印魔術”くらいしかない。


 ただ、予め刻印を刻んで用意しておく必要があるので、戦闘中に急に新たな刻印が必要になってもすぐに使えるものではない。


 “神薬(パルスポーション)”にも使われている魔力を多く含んでいるとされている薬草を磨り潰して自身の血と混ぜてから燃やし、それを灸のようにして自身の身体に刻むのだ。



 本来はそれで火の魔術や氷の魔術などで攻撃を放ったりも出来るのだが、弥堂にはそれも出来ない。


 自身の身体の外の『世界』に干渉する類の魔術には致命的なまでに才能がない。



 弥堂に出来るのはせいぜいが、自身の筋力や反応を高める系統の身体強化魔術、ほんの僅かに治癒能力を高める魔術、自分の心理的ブレーキを外す暗示の魔術などだ。


 これらは主に任意で発動して使用している。



 もう一つ弥堂が使っている“刻印魔術”で、特定条件下で自動的に発動するものがある。


 例えば、自身の“殺傷可能範囲(キリングゾーン)”に侵入されていて、その対処に身体が反応出来ない時に、自身の身体にある特定の技能を行使させるもの。


 その特定の技能が使えない時には、無理矢理左腕を動かしてそれを犠牲にしてでも防御行動をとるもの。


 こういったものがある。



 まともな魔術師がこれを使おうと思えば、自動で攻撃魔術や防御魔術を発動させることも出来るのだが、弥堂にはやはりそれは難しく、自身の身体を無理矢理動かす程度のことしか出来ない。


 また、“刻印魔術”のこの自動発動の技法は“反射魔術(アンダースペル)”と呼ばれていて、多くの魔術師には下賤の使う外法だと見下されている。


 魔術師には特権階級の生まれが多く、そのため特権意識が高い者が多い。また魔術師の理念として『魔術は自らの知性を以て理性の元に意思を発して操るべし』というものがあるので、反射反応で発動する“反射魔術(アンダースペル)”は酷く忌み嫌われ、『呪文以下のゴミ』として蔑まれているのだ。



 弥堂も弥堂で、そんな魔術師たちのことを、才能はあってもやれることをやる前に死ぬ役立たずのクズだと、逆に見下してもいた。



 ともあれ、現在の弥堂は水無瀬との『忘れないで』という約束を履行するために、“反射魔術(アンダースペル)”の刻印を即席で右手に刻んでいた。


 実際にこれが必要になるかはわからないが、たまたま突入前に時間が出来てしまったので、念のための仕込みとしてやっていた。



 すると今度は、葉が燃え尽きるまでの時間が空いてしまい、プスプスと燻る煙を見ながら、昔の戦場に突入する前のことを思い出してしまった。



 昨夜夢に見た初めての戦場からしばらくの間は、戦場を前にすると怖気づき足が竦んでしまって前に進めなくなるというのが常であった。


 そんな情けないクソガキの――弥堂の背中を毎回叩いて戦場へ走らせていた者がいた。


 それが当時世話になっていた保護者のような女であり、弥堂が配属された傭兵団のボスであるルビア=レッドルーツだ。



 一人では戦場まで歩いていくことすら出来ない役立たずのガキを、どうにか一端にしてやろうとルビアが面倒を見てくれていたのだ。



 あの時も――


『行ってこい!』



 この時も――


『とっとと行けよクソガキ!』



 その時も――


『オラ、いっちまえよユキちゃん!』



 そして――


『死ぬんじゃねェぞ、クソガキ。死んだら負けだからな』




 結局彼女には最後まで随分と手間をかけさせた。


 その後彼女と別れてからもう5年ほど。


 今でも一端になれたかどうかは自信が無いが、少なくとも一人で戦場まで行くことは出来るようになった。



 この国に流れ着くように帰って来てこの一年、普通の高校生と為って生活するよう心掛けていたはずが、何の因果かまた戦場へと出戻りだ。


 しかもそれが魔法少女と悪魔との戦いという訳のわからない戦場であるなんて、とんだ笑い種だ。


 もしもルビアにこれを話したら鼻からエールを吹き出して笑い転げるだろう。



『いや、そこまでは面白くねェよ』



 全くフラフラと恰好のつかない立ち回りを何年も続けてしまったと自嘲する。



 だが、それも――



「――終わりだ」



 口に出すと同時、手の甲から上がる煙が消える。


 刻印が完了した。



 フッと息をかけて燃え尽きた灰を飛ばす。


 そうすると、手の甲に黒い入れ墨のような文字が刻まれている。



 わずかに魔力を流すとその入れ墨が薄く発光し、魔力を止めると光が消えてから入れ墨も消えた。


 “刻印魔術”で刻んだ刻印は普段はこうして見えないようになっており、使用時に黒い入れ墨が浮かびさらに自身の魔力光で発光する。弥堂であれが蒼銀の色の光だ。


 使用時に浮かんで使い終わればまた見えなくなる。



 だが、今回弥堂が刻んだのは一回こっきりの使い捨ての“反射魔術(アンダースペル)”だ。


 弥堂自身がある特定の言葉を発声したら発動し、弥堂の身体に特定の動作をさせ、そしてその後は術式も刻印も消えて二度と発動しないように設定している。



 これで弥堂の方の準備は完了だ。


 あとは――



「――おい、兄さん! 待たせたな! 準備出来たぜ!」



 ちょうどいいタイミングで先程助けた作業員の男から声がかかり、弥堂は立ち上がった。



「さっき教えたとおりにやれば動かせる。一気に言っちまったけど覚えてるか?」


「俺は記憶力が人よりもいいんだ。だから忘れない」


「そうか? じゃあ、悪いけど……」


「あぁ。もういいぞ。手間をかけさせたな」


「うん? いや、助けてもらったからな! これくらいいいってことよ!」


「そうか」



 弥堂はずっと男に背を向けたまま一瞥もしないで答える。


 誰に向けたかもわからない言葉を。



 先を見つめていると男の足音が遠ざかっていき、やがて居なくなった。



 視線の先には戦場。


 そこへ足を踏み出す。



 脳内でイメージ上のキックスターターを蹴り下ろし、ドルンッと心臓に火を入れる。


 送り出される血液の中の魔素の流れを意識し、スゥっと息を吸う。身体を廻って心臓まで還ってきた血液中の自身の生命より生成された魔素と、呼吸によりとりこんだ大気中の魔素とを混ぜ合わせて自らの魔力とする。


 その魔力の流れを操作し、自身の右眼へと送り込んだ。



根源を覗く魔眼(ルートヴィジョン)


 眼球に薄い蒼銀の膜が張られ、普段は見えないものが映し出される。



 大気中に漂う魔素。


 それが不自然に視える場所を探す。



 弥堂たち人間が棲息する現実世界と悪魔たち“非実在生物”が棲息する別次元。


 それらの境目――何処でもない異界。


 そこへと繋げられた場所を視破る。



 一定の範囲を外部から知覚されないように隔離し閉じ込めるのではなく。


 別の次元へと繋がる入り口を創り出し、そこへの扉を開く。


 それが魔法少女や悪魔たちの使っていた“結界”の本質だ。



 弥堂の【根源を覗く魔眼(ルートヴィジョン)】には最初からずっと、その異界と此処との境界が視えていた。



 もうすぐ其処にある境界を睨み、首から提げた赤黒い血涙(ティアドロップ)が吊るされた逆さ十字に触れる。


 それはロザリオへと姿を変えた聖剣――



「――エアリスフィール」



 その名を呼ぶと血涙(ティアドロップ)の中に蒼い焔が揺らめく。


 そして逆さ十字を境界に触れさせた瞬間――



切断(ディバイドリッパー)


 聖剣に宿った“加護(ライセンス)”が発動する。


 触れた物を切断するという権限を『世界』が聖剣(エアリスフィール)に許し能えている。



――バチィッと電気が奔ったような音が鳴り、目の前の空間が縦に3mほど裂けた。



 それは異界への入り口。



 そして――



――戦場への入り口だ。










「――お父さん、お母さん……っ!」



 両親を呼ぶ少女の悲痛な声が戦場に木霊する。



 メロが囚われていると思っていた黒い檻の中には、水無瀬の父と母の姿があった。


 水無瀬は咄嗟に飛行魔法へこめる魔力を強めて飛び出しそうになる。



「――止まりなさい」



 しかしアスの制止の声に出鼻をくじかれた。



「アスさん……、どうして……っ⁉」



 アスは薄く笑う。



「これは異なことを」


「え?」


「アナタ自分で本名、通う学校を喋っていたじゃないですか。何故それで自宅は掴まれていないと考えるのです?」


「そ、それは……っ」


「安易に個人情報を公開するべきではないという学びになりましたね。これを活かす次の機会があるかはわかりませんが」


「ま、待ってください……! それじゃあ、メロちゃんはどこに……⁉」


「さぁ? どこでしょうね。ですが、アレはちゃんと生きている。それだけはお伝えしておきましょう、フフフ……」



 嘲笑し、それから冷たい眼差しで今一度通告をする。



「さて、もう一度言います。地上に降りて変身を解除しなさい」


「……っ」


「ちなみに。これは命令であり通告であると伝えましたが、別に従いたくないのならそれでも構いませんよ?」


「え……?」



 自分自身の発言を無意味にするようなアスの言葉に水無瀬は怪訝な顔を向けた。



「もちろん。その時はこの夫婦を殺しますがね」


「そ、そんなの……っ!」



『選択の余地がないではないか』


 水無瀬のその考えを見透かし、そしてその上でアスは鼻で嘲笑う。



「別にいいではないですか?」


「い、いいって、どういう意味ですか……?」


「考えてみても下さい。この二人はアナタのご両親ですが、もうアナタのことを覚えてはいないのですよ?」


「――っ⁉」



 その言葉に水無瀬は一瞬息が止まった。



「どうせもう二度とこの先の時間を共に過ごせはしないのです。それはここで死に別れることと何が違うのですか?」


「な、なにが……、ちがう、って……」


「さらに付け加えるのならば、やはりどうせもう忘れているのです。もしもアナタがこの二人を見殺しにしたところで、この夫婦は自分の娘に見捨てられたなんて思いませんよ。なにせ、自分たちに娘がいたことすら覚えていないのですから……、ククク……」


「…………」



 そのあまりの言い草に水無瀬は言葉を失い目を見開く。


 キュゥと胸が締め付けられる痛みを感じて、反射的に左胸を手で押さえた。



「さぁ、好きな方を選びなさい。より多くの人間を救うために自分の両親を犠牲にするか。或いは、自分の親を生かすためにそれ以外の人間を犠牲に捧げるか。私はどちらでも構いませんよ? ククク……、フッハハハハハ……ッ!」



 水無瀬にはアスの高笑いがどこか遠くに聴こえる。


 自分自身の心臓の鼓動と、荒い息遣いが耳の奥で鳴っていた。



 途轍もなく重い選択を迫られている。


 その重圧と、両親に忘れられたという事実を再認識させられたことによる心の苦痛、それらに苛まされる。



 アスは哄笑を続け、そんな水無瀬を嘲笑う。


 しかし、壊れたように嗤っているようで、その目はどこか冷たく冷静で、どこか慎重に水無瀬の様子を探るような色もあった。



 やがて、何秒かが過ぎて――



――水無瀬は魔法のステッキを持つ手を下げた。



 そしてゆっくりとその場で高度も下げていく。



「チッ」



 それを見たクルードはつまらなそうに舌を打ち踵を返す。


 進行方向にいるゾンビを押しのけながらアスが立つ場所へと歩き出した。



 水無瀬は地上に降りると同時に魔法少女の変身を解除する。


 元の美景台学園の制服姿に戻った。



「フフフ、それがアナタの選択ですか。なるほど……」


「……っ」


「自分の肉親を優先させて、他の生命はどうなってもいいと」


「ち、ちがいます……っ!」



 当然、水無瀬はアスの言うように他の人間を犠牲にして自身の両親を救おうと考えたわけではない。


 そして、水無瀬自身にもここで戦う力を自分から手放しては、あっという間にゾンビにやられてしまい、街の人間を守ることは出来ないとわかってもいる。



 だが、それでも、今目の前で脅かされている人を彼女は優先してしまうのだ。


 弥堂のように人の生命を数字で数えて、どちらを選んだ方が成果が多いか、効率が良いかなどという考え方をしない。


 だから無謀でも無鉄砲でも、自身の身の安全を犠牲にしてしまうのだ。



 アスはガラス製のベルをチリンッと鳴らす。


 ゾンビたちが再び水無瀬へ向けて進軍を開始し、また一部は結界の外へと向かった。



「あっ……⁉ うぅ……っ」



 逃げなければならない。追わなければならない。


 そしてそのどちらも出来ない。



 魔法がなければただの少女だ。



「気が変わったのなら、いつでも変身して戦っていいですよ。ただし、もちろん、その時は……、ククク……」


「…………っ!」



 心を揺さぶるようなアスの言葉に、水無瀬は悔しげに歯噛みする。


 しかし、だからといってどうすることも出来ないし、アスの言うとおりに戦うことも出来ない。



 まずは迫りくるゾンビから逃れなければならない。


 だが――



「ど、どこに……」



 迫ってくるゾンビの群れは今や見渡す限りの大軍となっており、まるで隊列でも組んでいるように横一列に広く拡がり、右から左まで全てがゾンビだ。


 映画で観たことのある大昔の原始的な戦争の風景を想起させられた。



 逃げ場など何処にも無い。



「さて、どうしますか?」


「くぅ……」



 水無瀬は迫る選択と敵の大軍に圧され後退る。


 アスは嬉しげに笑った。



「まず自分の身が大切でしょう? あれらはアナタを喰らいますよ? さぁ、変身を…………、なんです……?」



 愉悦の混じった目で嬲るようなことを口にしていたアスの表情が怪訝なものに変わる。



 どこか遠くから異音が近づいてきていた。



 低いエンジン音。


 パラパラパラッと何かが連続で捲れるような音。


 時折キィッと耳障りな甲高い音が混じっている。



 それらは総じて機械音だ。



 水無瀬にもアスにもその音の発生源が掴めて、同時に顔を同じ方向に向ける。



 ゾンビの軍勢の左翼側から黄色い車体、高さ3mほどの車輛が近づいて来ている。



「あれは――」



 工事現場などでよく見られる建機――油圧ショベルだ。


 それはこの魔法少女とゾンビと悪魔が戦う結界の中では、圧倒的な異彩を放っており、とても歪な存在に映った。



 その違和感に水無瀬もアスも呆けてしまう。



 そしてその間にバックホーは時速40㎞ほどの速度でゾンビの軍勢に側面から突っ込んだ。



「な、なにっ……⁉」



 アスは驚きに目を見開く。



 バックホーはアクセル緩めることなく、車体の前にぶら下げたバケットでゾンビを薙ぎ倒し、キャタピラで轢き殺して磨り潰しながら中央へ走ってくる。



 目を凝らしてその運転席を見れば――



「あ、あの男は……っ」


「あ、うそ……、なんで……っ」



 アスは驚きに、水無瀬は呆然と、その男の――弥堂 優輝の姿を目に映した。



 油圧ショベルの運転席に座り、付け焼刃で習った運転をする弥堂はいつも通りの無表情。


 視界一杯に広がるグールの大軍にも、車体周囲に飛び散る血肉にも顔色を変えず、目標とする地点へ真っ直ぐに鋭い眼を向けている。



 目標――つまり、水無瀬の居る場所だ。



 レバーを目一杯に倒して、彼女の元へ車輛を走らせる。



 グールの隊列に左翼側面から突っ込み、その先頭の列をなぞるようにして撥ね飛ばしながら水無瀬を目指す。


 重い車体は全開で走らせても大した速度が出ないので、そのことに少し苛立っていた。



 やがてこの戦場で学生服を着たまま棒立ちになっているバカの姿が近づいてくると、弥堂は運転席左側のドアを開いて外へ身を乗り出した。



「――手を伸ばせ!」


「弥堂くん――っ!」



 そして、目の前を通り過ぎざまに伸ばされた彼女の手首を掴み、地上から高さ2mほどの運転席へ引っ張り上げた。



「びとう――」


「ドアを閉めろ!」


「は、はいっ!」



 水無瀬は慌てて外開きのドアへ手を伸ばすが、彼女の短い腕では届かなかった。



「もういい!」


「あっ」



 車から落ちられでもすれば面倒だと弥堂は彼女に密着しながらドアを閉める。水無瀬は反射的に彼にギュッと抱き着いた。



「び、びとうくん、どうし――」


「喋るな。そのまま掴まってろ!」


「え?」



 弥堂はそのまま車輛を走らせてさらにグールを轢き殺しにかかる。


 鋼鉄のバケットで殴られ、重い車体に撥ねられ、さらにキャタピラでミンチにされるグールたちの肉片が飛び散る。


 それらがフロントガラスにビチャビチャっと貼りつくと、水無瀬はフッと意識を遠のかせた。



「寝るな!」


「ぁいたぁーっ⁉」



 弥堂は彼女にゴチンと頭突きをお見舞いする。



「な、なんでぶつのぉ……?」


「うるせえ!」



 おでこを押さえて涙目で見上げてくる彼女をパワハラで黙らせた。



「お前なんで生身なんだよ⁉」


「え?」



 車内は喧しいエンジン音が響いているため、弥堂も珍しく声を張り上げて喋る。



「だってだって、私ゾンビさんじゃないし……!」


「そうじゃねえよ! なんでまだ変身すらしてねえんだ⁉ お前は馬鹿なのか⁉」


「あ、そういうことか。あのね……?」



 水無瀬はアスの居る方を指差して、両親を人質に取られていることを説明する。


 弥堂も運転をしながらそちらへチラリと眼を遣った。



「あれは……」



 大きな黒い檻。


 地面に突き立つ異常な杖。


 そしてその近くにはアスと銀色の髪の女児。



 次いで自分たちの場所とアスが立つ場所の大体中間点を視る。



「あのデカイのがクルードか⁉」


「そうなの! とっても強いの!」


「そうだろうな」



 視ただけでわかる。


 あれは次元の違う存在だ。



「変身やめないと、二人をこ、殺すって……!」


「変身をやめたら皆殺しにされるだけだろうが!」


「そ、そうだけど……!」


「軽々しく悪魔と約束なんかしてんじゃねえよ! それで契約が成立しちまったら厄介なことになるぞ!」


「え? 悪魔……?」


「あっちにいるのは全部悪魔だ!」


「そ、そうだったんだ……、ゾンビさんたちも⁉」


「こいつらは“屍人(グール)”だ!」



 慣れない運転をしながら状況を把握していく。


 どうやらまず彼女の両親をどうにかしないとならないようだ。



「私、お父さんとお母さんが……、どうしたらいいかわかんなくなっちゃって……っ!」



 水無瀬の声が切羽詰まったものに変わる。



 戦いが劣勢なだけでなく、両親のこともあって精神的に追い詰められたのだろう。



 弥堂は彼女のその心情よりも、悪魔たちが搦め手のようなものを使ってきていることに違和感を持ち関心を向ける。


 戦って勝つことが奴らの目的なのか、ここが本当に決戦の場なのか、そこに疑いを持った。



「も、もうダメかと思って……、そしたら弥堂くんが……っ!」


「おいっ!」



 感極まってしまったのか水無瀬が首に抱き着いてくる。



「び、弥堂くん……、どうして……、来ちゃ危ないって言ったのに……っ!」


「いいから離せ……っ!」


「え……? あわわわ……⁉」



 水無瀬がしがみついてきたことで運転の手元が狂い、左右のレバーを滅茶苦茶に動かしてしまう。



 すると、キャタピラの上に乗る運転席がグルングルン旋回を始め、同時に前方のアームもヘッドバンキングを始める。


 周囲のグールもある者は振り下ろされるバックホーのアームに叩き潰され、ある者は横殴りにバケットにぶっ飛ばされ、滅茶苦茶な殺し方をされた。


 血肉のシャワーが降り注ぐ。



「た、たいへんだぁ……!」


「お前のせいだろうが!」


「ご、ごめんなさぁーい!」



 ようやく水無瀬を離して、弥堂は機動を立て直した。



 滅茶苦茶な運転をしてしまったバックホーは奇しくもゾンビの群れから少し離れ、真っ直ぐ水無瀬の両親のいる方を向いていた。



「ちょうどいい」


「え……?」


「行くぞ」


「わわっ……⁉」



 改めてアクセルを全開にすると水無瀬がバランスを崩す。



 膝の上で彼女を抱えるようにしながら弥堂は車体を操る。


 向かう先はグールの大軍の真正面だ。



「親を助けるんだろ?」


「び、弥堂くん……?」


「突っ込むぞ……!」


「わっ、わ……っ、きゃわああぁぁぁ……っ!」



 開戦の雄たけびとしては気が抜けてしまう水無瀬の間抜けな悲鳴を聴き流しながら、弥堂は彼女とともにグールの大軍へと二度目の突撃を開始した。



 バックホーのキャタピラが石を飛ばし砂を巻き上げ、死人の群れを磨り潰す。


 役者の揃った戦場に開戦の血煙(のろし)が噴き上がる。



 弥堂にとっては見慣れた光景。


 懐かしさを覚える光景。



 ついにここに帰ってきたと、そんな達成感にも似た感情が胸の奥底に在った。



 燃え尽きぬ怨嗟はもう戦場には無くこの眼には映らない。



 ただこの魂の底で火勢を上げ始めた。


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