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俺は普通の高校生なので、  作者: 雨ノ千雨
1章 俺は普通の高校生なので、魔法少女とは出逢わない
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1章03 Good Morning ②



 自分たちを不躾に一瞥だけしてそのまま淀みのない歩調で通り過ぎていった長身の男の背を、興味深げに紅月 望莱(あかつき みらい)は見ていた。


 すると傍らの天津から声をかけられる。



「どうした、みらい? 何か気になるのか?」


「んー?」



 その言葉にコテンと首を傾げる。



 イケメン野郎の後ろの席に配置されたせいで、意図せずとも美少女たちが頻繁に周囲に訪れるという加護を得た出席番号3番の小野寺君が、彼女のその仕草を見上げハフハフとした。



 そんな背後の変態には全く気付いていないといった風に、望莱は天津へ言葉を返す。



「ねぇ真刀錵ちゃん。あのひとが噂の狂犬さんですよね?」


「む? まぁ、そうだな。そのように呼ばれているようだ」


「へぇー。ということはお強いんですよね? 我がハーレムの狂犬担当の真刀錵ちゃんとしては襲い掛かったりしないんですか?」


「む? そうだな……」



 さらっとにこやかな表情で狂犬呼ばわりされた天津だが、特に気分を害する様子もなく少し思案する。



「……なにか奴に興味を持ったようだから釘を刺しておくが。関わらん方がいいぞ」


「あら」



 警告をするような天津の言葉に望莱は意外そうに目を丸くする。



「真刀錵ちゃんにしては慎重なお言葉ですね。珍しいこともあるものです」


「お前は私を何だと思っているのだ」



 望莱から帰ってきた言葉に今度は不快感を顕にし眉を寄せる。



「だってだって、真刀錵ちゃんは戦闘狂キャラじゃないですかぁ? いつも『オラわくわくしてきたぞ』とか言っては、人々に襲い掛かってるじゃないですか」


「そんなことをしたことは一度もない」



「えー?」とまたも首を傾げる後輩に天津は呆れたような目を向ける。



「私が戦いを挑むのは強い者だけだ」


「へー。強い者だけ、ですか」


「……何か含みがある言い方だな」


「いーえ。そんなことありませーん」



 幼馴染とはいえ自らの先輩にあたる人物に鋭い視線を向けられてもまるで物怖じせず、望莱は完璧に造られた笑顔でクスクスと清楚に笑う。



「でもでも、あのひとお強いんですよね? だったらマッチング成立じゃないんですか?」


「いかがわしい言い方をするな。だが、そうだな……」



 言葉を探しながら返答をする。



「……確かに奴にはある程度以上の実力があるだろう。だが、恐らく奴の強さは種類が違う」


「種類、ですか?」


「あぁ。実際確かめたわけではないから明確には説明できんが、後腐れなく手合わせを、なんてことは奴とは成立しないだろう。一度攻撃を仕掛けるか仕掛けられるかしたら、その後は完全に敵対することになる」


「えーと……つまり?」


「やるなら完全に潰すつもりでやるしかないということだ」



 剣呑な色を潜ませた眼光を向けられ望莱は「んー?」と唇に人差し指を当て、今度は逆サイドへ首を傾げる。


 はらりと髪が重力で垂れさがり、左目の目尻下の泣きぼくろが露わになる。



「それってぇ、確実に潰せる自信がないってことですよねぇ……?」



 黒曜石のような瞳の奥に種火のようなワインレッドが揺らめいたのを見て、天津はうんざりとしたように息を吐く。



「……潰すという意味合いの深さが違う」


「えー?」


「まず、それをするなら大義名分が必要になる。そして今私が言っている潰すとは……」


「とはとはぁ……?」


「…………」


「…………」



 二人ともに目線を合わせたまま沈黙する。



「……もしかして喋るの飽きちゃいました?」


「あぁ。もういい」


「んもぅ。真刀錵ちゃんのいけずぅ」



 少し緊張感の漂ったような二人の雰囲気だったが、すぐに張り詰めたような空気は霧散した。



「私の話はいい。で、お前はあの男の何に興味を持ったんだ? 余計なことはするなよ?」


「んー。あのひとにっていうかぁ……わたしがあれぇー?って思ったのは七海ちゃんなんですけどぉ……」


「七海だと?」



 二人同時に天津の左隣に立つ希咲へと顔を向ける。



「ねぇねぇ、七海ちゃん。七海ちゃんってばさっきあのひとと目と目で…………おやぁ?」



 まるで途轍もなく面白いものでも発見したかのように瞳を輝かせて希咲に話しかけた望莱だが、その相手である希咲の様子を見て途中で言葉を止める。



 希咲は眉根を寄せて不機嫌そうに表情を歪めながら唇を波立たせている。



「どうした、七海?」


「あれは言いたいことあるけど言い辛くて、どうしようか優柔不断してる時の顏ですねぇ」



 怪訝そうに希咲へ声をかけた天津に答えを齎したのは本人ではなく、とても楽しそうな笑顔で人差し指を立てて解説する望莱だ。



 そして希咲は自らのすぐ横でそんなやりとりをしている二人には気付かず、しばらくすると「あぁ、もぅっ!」と苛立たしげに床を一度踏み、その勢いのまま歩き出した。



 そんな彼女の剣幕に天津だけでなく、二人で談笑していた紅月やマリア=リィーゼも不思議に思い視線で希咲の背を追う。


 ただ一人、望莱だけが実に楽しげな笑顔のまま口元に手を当て、「あはぁ」と愉悦の笑みを漏らす蕩けた唇の形を隠した。



 グングンと机と机の隙間を縫って進み、希咲が踊り出たのは今まさに自席へとたどり着こうとしていた弥堂の前だ。


 彼の進行を妨げるように希咲は不機嫌そうな顔で立ち塞がった。



 疎らに戻ってきていた教室中の談笑の声がピタリと止んだ。




 つい先ほど『昨日のことはなかったことに。関わるな』ということで合意を得たばかりと思っていた少女が突然進路に立ち塞がり、弥堂は眉を僅かに跳ねさせる。



(どういうつもりだ……?)



 怪訝な眼を向けてみたものの、思わず足を止めざるをえないほどの眼前に飛び出してこられ、しかしこのまま馬鹿のように黙っていても埒が明かないので仕方なく口を開く。



「……なんだ?」



 弥堂のその言葉に希咲はすぐには応えず、周囲の生徒たちがハラハラと様子を見守る中、スーハースーハーと気持ちを落ち着けるように深呼吸をしてからキッと強気で挑戦的な眼差しを弥堂へ向けた。



 その視線を受け、どうやら心変わりをして昨日の続きでもするつもりになったらしいなと弥堂は判断し、右足を悟らせぬよう僅かに後ろに退き油断のない鋭い視線を返す。



 突如高まる二人の間の緊張感が重圧となって周囲の者たちに圧し掛かり各々顔を青褪めさせていった。



 少し遠巻きに自席でその様子を見ていた天津が椅子から腰を浮かせようとすると、背後に立つ望莱が彼女の肩をやんわりと抑える。


 天津が肩越しに視線で制止の意図を問うてきたが、ただニコーと笑顔だけ返した。




 弥堂が次の希咲の行動を慎重に待っていると、徐に握った右手を自分の口元に持って行った彼女は「んんっ」と喉の調子を整え――




「おはよ。弥堂」




 不機嫌そうな顔でそう言った。



「…………?」



 ただ疑問符だけを浮かべた弥堂だったが、この時に限っては珍しく教室内の他の生徒さんたちも彼と同じ気持ちだった。



「あによ。おはよ、ってゆってんじゃん」


「あ? …………それがどうした?」


「はぁ? 挨拶されたら挨拶しなさいよ。ほら、あたしにおはよってゆって!」


「何言ってんだ、お前?」



 彼女の言うことは正論ではあるのだが、この時ばかりは他の生徒さんたちも弥堂の言葉に同意見で何名かは「うんうん」と頷いていた。



「なにって、だから挨拶でしょ。朝の挨拶」


「……お前マジで何言ってんだ……?」



 すぐに弥堂が怒り狂って希咲と喧嘩になるのではと不安に駆られていたクラスメイトたちだが、弥堂が彼に似つかわしくなく口を開けて、これまで見せたことのないような表情でぽかーんとしている様に意外そうな目を集中させる。



「あんたもわかんない子ね。朝にクラスメイトに会ったらおはよって挨拶する。普通のことでしょ?」


「……そう、なのか……?」


「そうよ。そういうもんなのっ」


「そうか。なら、仕方がないな」



 これまた意外にも希咲の言うことに納得する様子を見せた弥堂に驚愕し、クラス中の「えっ⁉」という視線が二人に突き刺さった。


 唯一このクラスの者ではない望莱だけが、この上なく楽し気に目尻を垂れ下げ笑顔を維持したまま状況を鑑賞している。



「そうよ。仕方ないのっ。だから…………ほらっ?」



「あぁ。おはよう、希咲」



 まさか弥堂が素直に他人の言うことを聞くとは想像だにしていなかった周囲の者たちは、一体何が起こっているのかと、今度は彼らがぽかーんとした顏で二人の創り出す状況に飲まれていた。



 弥堂から要求通りの反応を引き出した希咲は――



「んっ。おはよ」



 再び彼へと挨拶を述べ、



「よろしい。じゃっ」



 不機嫌そうな顔のままシュバっと片手を上げると、用は済んだとばかりに踵を返す。



 状況に着いていけていない教室中の生徒たちを置き去りにしたまま、何事もなかったかのように弥堂は自席に着こうとし、希咲は元居た場所へ戻ろうとする。



 その時、突如として大きな音をたてて教室の戸が開かれ、今度は希咲が「わっ」と声をあげ驚きに足を止めることになった。



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― 新着の感想 ―
>一度攻撃を仕掛けるか仕掛けられるかしたら、その後は完全に敵対することになる 読み返し中ですが所々張ってるんですね
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