1章09 lunch time ③
眼に映る映像を認識する。
眼球を右、左と動かす。
ここは体育館裏の自分の一人飯スポットだ。
制服の胸ポケットからスマホを取り出しY’sへ宛てて『M(ikkoku)N(etwork)S(ervice)』の運営を命じる文面を作成し送信した。
すると受信箱に未読の返信メールが来ていることに気が付く。
送り主はY’sで、MNSとは何かと説明を要求されている。
いくらなんでも返信が早い。
よく見れば今自分が送ったメールよりも先にこの返信メールが届いている。
(まさか――)
弥堂は素早く眼球を回し周囲に監視カメラや学園の警備用ドローンがないか確認する。
奴は昨日、学園の警備ドローンの操作の乗っ取りに成功したと言っていた。
先程までのやりとりをそれで監視していた可能性がある。
自分にはない技術を味方が持っているのは悪いことではないが、あまり調子にのり過ぎるようであれば処分することも検討しなければならない。
弥堂は脳内の『始末リスト』のランキング上位にY’sの名前を入れた。
とりあえず今は泳がせておいてやると、メールの時間差には触れずに、予め作成しておいたMNSの概要を記したメモファイルを奴に送り付けた。
スマホの画面を落としたところでもう片方の手にEnergy Biteの外袋が握られていることに気付く。
空だ。中身はない。
そういえば自分は食事中だったと思い出す。
たしかEnergy Biteを食べながら恵みを与えてくれた神への感謝の祈りを脳裏で捧げていたはずだ。
弥堂自身は存在もしていない神への感謝の念などこれっぽっちもないが、彼の師であるエルフィーネが大層信心深い女で、彼女がそうしていたので毎回ではないが食事の際には同じ祈りを捧げるようにしていた。
何故かその食事と祈りの途中で、脳に強烈なインパクトが生じ意識を失っていたような気がする。
しかし、そのような事実は記憶の中には記録されていないので気のせいだろうと思考を切り捨てた。
食事の作業を終えたのであれば、とっとと次の作業にとりかかるべきだ。
水無瀬に持たされていた袋から弁当箱を取り出し、昨日同様に箸で一頻り中身を掻き混ぜてから内容物をビニール袋に捨てる。
近くの水道で箱と箸を濯いでから、これもまた昨日同様に弁当の中身を移したビニール袋を持って焼却炉へと近づく。
炉の扉を開け手に持った袋を放り入れようとしたところで、ガサガサと葉擦れの音がする。
すぐ近くの茂みだ。
そちらへ眼を遣ると茂みの中から細長い白い尾が出ている。
そういえばさっき――
そう記憶を探るよりも早く、その尾の持ち主が茂みの外へと踊り出てきた。
彼、もしくは彼女は弥堂の顏を一瞥すると「むぁ~ん」と一泣きし、その場でコロコロと転がり始めた。
『ねっ、ねーねー、知ってるー? この学園の中に猫いるんだって!』
『の、野良猫みたいね。白猫らしいわ』
そういえばさっき教室を出る直前に早乙女と舞鶴がこのようなことを言っていたなと思い出す。
ゴロンゴロンしながら徐々に弥堂の方へ寄ってきている足元の獣を視る。
『だ、誰か餌付けしちゃったのかなー。本当はよくないんだろうけど、猫かわいいもんねー』
野崎さんの言葉通り、人間に餌を貰い慣れているのだろう。
初見のはずの弥堂にも全く恐れる素振りを見せない。
だが、毛つやがいいとまでは言えない。
弥堂はスッと眼を細めてから猫を視るのをやめ、周囲に目を走らせる。
そして若干うんざり気に鼻から細く息を吐くと、足元の猫を雑に拾い上げ茂みの裏へと強制連行する。
ガジガジと親指を甘噛みして抵抗してくるケダモノをぺいっと地面に放る。
着地するや否や、再度背を地面に擦り付け始める彼の前に弥堂はしゃがみこんだ。
浮き出たあばらを見ながら手に持ったビニール袋を逆さまにして中身を地面にぶちまける。
身を翻し立ち上がった彼はそれに近づくとクンクンと鼻を鳴らし、弥堂の方へ顔を向けて「むぁ~ん?」と問いかけるように鳴く。
ペットなど飼ったことのない弥堂は、人間が食べる用に作られた餌が猫の体調にどのような影響があるのかといった知識は寡聞にして知らない。
だから――
「それはお前にやった物ではない。俺はただここにいらない物を捨てただけだ。それをどうするかはお前が好きに判断をしろ」
何の感情も映さない瞳を向け平淡な声で告げると、彼はもう一度鳴き声をあげ、『ちょっとなにを言ってるかわかりませんね』とばかりに肉に喰らいついた。
彼にとってはもう弥堂は用済みなのだろうが、弥堂は彼の食事の様子をジッと視る。
歯を突き刺し引っ掛けてから顎を閉めて持ち上げ、首を振って引き千切り口の中に残った物を申し訳程度に磨り潰し飲み込む。
繰り返されるその動作と彼の様子を眼を細めてただ視る。
食事の様子を不躾に観察してくる男には構わず、彼は夢中で摂取している。
多少身体に悪かろうとも飢えるよりはマシとでも考えているのだろうか。
それとも学園の生徒たちに定期的に餌を分け与えられていて、人間の食事を食べ慣れているのだろうか。
それなりに痩せているように見えるが、目の前に食べ物を出されて即座に食らいつかないくらいの余裕はあるようだった。
黄ばんだように汚れた白い毛並みの獣が地面に散らかった残飯に顔を突っこむ様子をしばし観察して、特に何も起きなそうだと判断し、そっとこの場を離れる。
ほぼ空になったゴミ袋だけを焼却炉に放り込み、荷物を回収して教室へと戻るルートを踏む。




