1章09 lunch time ①
昼休みに組み込んでいたタスクを予定通り消化した弥堂は手早く昼食を摂る作業に移る。
コンビニのビニール袋から本日も取り出したのは『Energy Bite』だ。
弥堂が嗜食しているスティック状の栄養バランス食品で、人間が活動する為に1日のうちに必要だと謂われるあらゆる栄養素を、この1本の中に親の仇のように凝縮して詰め込んだ科学の結晶だ。
スッと目を細め『ここから開けられます』の文字を視る。
外袋に入った切れ込み部分をそっと指で摘まみ軽く引っ張ると、まるで果物の皮を剥くようにペリリリリッ――と袋が裂ける。
そして中身が取り出しやすいところまで袋が開くと、弥堂が摘まんでいる部分と外袋本体は分離せずに裂けるのが止まる。
外袋は一つのまま。つまりゴミは一つだ。二つではない。
鳥肌がたつほどに美しいその機能美に触れ、弥堂は背筋がブルリと震えそうになるのを意識して自制した。
この形状であればゴミを捨てるという作業の回数は一度で済む。切り離された切り取り部分を本体と別で捨てなくて済むし、その切れ端のようなゴミがどこにいったかを探すような事態も起こらない。つまり効率的だ。
内容物一本で総ての栄養を摂れるだけでなく、その外袋までもが効率的に創られている。
パッケージから取り出したそれを目線の高さより少し上に持っていき、光に透かして視る。
正六面体のブロックが6つ連なって棒状に形成されている。
一辺も違うことなく正確に製造された六面体のクオリティは紛うことなく機械生産によるものだ。
人間の手ではこうはいかない。
もしかしたら中には手作業で同じことをやってのける者もいるのかもしれないが、そうだとしても数は決して多くはないはずだ。大量生産にまでは至らない。
弥堂 優輝は特定の者しか持ち得ない、特別な技術や才能というものに然程は重きを置いていない。
確かに天才と呼ばれる者たちには、弥堂のような凡百には無い優れた能力がある。
しかし、奴らは数が少ない。
全体の運営を彼らの才能に依存するような形態にしてしまえば、彼らが居なくなった時に立ち行かなくなる。
だからこの商品を製造している機械のように、部品に故障が見られれば速やかに交換できる体制を整えておく必要がある。
換えのきかない部品など使うべきではないのだ。
弥堂は手の中の商品の生産工場の内情など寡聞にして知らないが、眼球の水晶体の表面に映った正六面体の向こう側の背景を勝手に想像して勝手に決めつけた。
とはいえ、そういった全体の構造を作ったり整理したりするのも優秀な者たちのすることだ。
その中の一握りの天才はその画期的な発想を以て社会全体に革命を齎し、人類全体に進化を齎す。
換えのきかない部品ではあるが、彼らもまた種には必要な存在なのだろう。
だが、どんな天才であろうとも進化と謂える程の成果を生み出すのは、その生涯を通してもいいところ一つや二つ程度だろう。
つまり、何らかの成果を挙げたら天才と謂えどももう用済みということになる。
過剰に持て囃し続けるべきではないと弥堂は考える。
どんなに素晴らしい部品でも必ず老いる。
特別の人間が居なければ生きていけないなどという状況は極力減らすべきだ。
今こうしてこんなことを考えているのは、昨日の帰りがけに正門付近でした希咲との会話のせいなのだろうかとふと思いつく。
『――違うわ。優秀な人が言ってたからとかじゃなくて。『あんたは』どう思う?』
昨日の希咲 七海の言葉。
どう思うもなにもない。
優秀な者が仕組みを提示し、そうでない者が労働力を提供する。
その結果、前者が富と名誉を手にし、後者は楽と日銭を得る。
それで分相応だ。
足りない頭を捻ったところで碌な答えは出てこないし、それは間違っている可能性の方が高い。
『だから。それを、あたしと、あんたで、一緒に確かめましょって話じゃん? そうすれば、あんたも誰かに言われたらーとか、そいつの方が優秀だからーとか、なっさけない理由じゃなくって、ちゃんと自分でどういうことかわかるでしょ?』
記憶に記録された彼女の言葉。
そんなのは時間の無駄だ。
自分がこれまで生きてきてわかったことは一つだけだ。
人は死ぬ。
生きていれば必ず死ぬ。
優秀な者も、無能な者も。
天才だろうが、凡才だろうが、そんなことは関係なく生きている以上必ず死ぬ、ということだ。
だから、換えが効く数だけは多い無能にも価値はあるし、換えが効かない天才が居なければ成り立たない仕組みには価値がないのだ。
昨日の自分の言葉を彼女がどう解釈したのかはわからないが、どこか自分を気遣うような素振りがあったように思える。
コンプレックスを患った者を慰めるような。
確かめる気はないが、そうだったとしたらそれは勘違いだ。
自分が無能であるということはただの確定した事実だ。
そこに劣等感を感じることは今更ない。
無能であったとしても、劣っていたとしても、それでも天才や優秀な者たちとある意味では対等だからだ。
なぜならば、人は死ぬ。
死ぬということは殺せるということだ。
極端に拡げれば、生きている以上誰であろうと殺せることになる。
どれだけ頭がよかろうが、どれだけ肉体が強かろうが、どれだけ権力が大きかろうが。
殺せば死ぬ。
ならば、自分と大して変わらないどころかむしろ――
頭を振って思考を切る。
とっくの昔に出したものと同じ結論に辿り着いた。これ以上は考えても意味がない。
やはり、特別な者を利用はしても依存するべきではないということで答えは変わらない。
しかし、弥堂の上司であるサバイバル部の廻夜部長の意見は違った。
『特別じゃないことを特別にしてくれる特別な人を探そうよ』
彼はそう言った。
弥堂自身は全くそうは思わないし、思えない。しかし――
『キミはきっとそんなもの必要ないって言うんだろう? でもね。きっといつか特別を決めなきゃいけない。キミの『共犯者』をね。キミにはそんな日がいつか来ると思うよ。これは助言だし、預言だと言ってもいいかもね。僕は確信してる。』
こうとも言っていた。
これにも弥堂は個人的な考えとしては同意しかねるのだが、これまでにもこのようなことがあった場合、ほぼ彼の言うとおりの事態になってきた。
だからきっとそういうことなのだろう。
だが、現時点で弥堂にそれがいつどのようにそうなるのかを測り知ることは出来ない。
ならば考えるだけ無駄であり、それはそうなってから対応すればいい。
それでも気に掛かるのは、彼は『誰かを選ばなければならない』と言っていた。
選ぶということは何らかの選択肢が存在することになる。
『特別な人』
弥堂が既に出会っている人物の中からそれを選ぶということなのだろうか。それともこれから誰かが現れるということなのか。
そんなことをしなければならないような出来事など全く想像すら出来ない。
記憶の中に記録された全ての人物の中でその『特別』とやらに該当しそうな者は誰かと考えてみると、やはりエルフィーネが最初に浮かぶ。
以前に自分の師のような存在であり、恋人のような存在であった女だ。
彼女はやはり特別な存在だった。
なぜなら彼女は自分に特別な技術を与えてくれたからだ。
誰であろうと殺しうる技術。
それのおかげで『世界』に贔屓され『加護』を得た、才能に満ちた化け物のような連中ともどうにか渡り合って生き延びてこられた。
しかし、そんな特別な人のような彼女自身は特別な力など必要ない、大事なのは基礎であると、そう言っていた彼女の言葉を思い出す。




