1章08 Let's study ⑥
「おいクズども。いいか、まとめるぞ。お前らのやることは大きく3つだ。まず、札を売りつつ会員を増やすこと。これはお前らと親交のある比較的関係性の良好な者を選ぶといいだろう」
「あぁ、そうか。そうだな……!」
「わかったぜ! ビトー君!」
「次に二つ目。密告だ。当会員でもないのに学園の指示に従わずに表をデカいツラして出歩いている間抜けを見つけ出して報告をしろ。これは主にお前らと敵対関係にある者たちを選ぶのが後腐れがなくていいだろう」
「おぉ! 任してくれ!」
「そして3つ目。俺への上納金だ。忘れるなよ」
「ん……? 上納金……?」
「すまない、噛んだ。『ロイヤリティ』だ」
「あぁ!『ロイヤリティ』か! 大丈夫だ」
「アンタの顏に泥は塗らねえよ」
「ぶっちゃけおっかねーしな!」
「あぁ。もう殴られたくねえよ!」
「お前らのやることは以上だ。やれと言われたことをやり、やるなと言われたことはやらない。どうだ? 簡単だろう?」
「おおよ! オレらに任してくれ!」
「上等だぜ!」
自身の存在価値が整理され彼らは快諾した。
「では、最後に連絡方法だ。ID交換をしよう。お前らみたいな者でもedgeくらいはやっているだろう?」
「あぁ。ちょっと待ってくれな」
「スマホだすぜ」
いそいそとスマホを取り出す彼らを見ながら、弥堂もズボンの尻ポケットから自身のスマホを取り出す。
「――よし、これでいいな。このIDに連絡をするのは緊急性のある密告だけにしろ。俺は忙しい。下らんメッセージなど送ってきたら1件につき1本指を圧し折るぞ」
「わ、わかったよ……」
「メッセくれえでそんなキレんのかよ……おっかねえな……」
「通常の密告はこのメールアドレスに送れ。会員ナンバー、報告者名、対象の名前、場所、時間を簡潔に書け」
「会員ナンバー?」
「よく見ろ。札に一枚一枚番号が書いてあるだろ? この登録書を渡しておく。コピーして使え。コンビニなどでコピーしたら必ずデータ消去をしろ。会員を増やしたら、必ず番号と名前を紐づけて記録して報告しろよ」
「おう。わかったぜ」
「な、なんか本格的だな……」
「あぁ。オレちょっとワクワクしてきたぜ!」
「これビトー君のアドレスなのか?」
「いや、情報を統括する専門のオペレーターの連絡先だ。だからといってナメたマネをするなよ?」
弥堂はそう言ってメモ紙に書いたY’sのメールアドレスを勝手に拡散した。
「あぁ。気を付けるぜ!」
「お、オペレーターだってよ……カッケーな!」
「これが『Mikkoku Network Service』略して『MNS』だ」
「え……MSN……?」
聞き違いをした者の胸倉を弥堂はガッと乱暴に掴みあげた。
「MNSだ。貴様……侮辱しているのか? いいか? 二度と間違うな。殺すぞ」
「ゴ、ゴメ……ゴメンなさい……」
「悪気はなかったんだ」
「……てゆうか、なんでオレらキレられたんだ……?」
「ば、ばか! いいから謝っとけって……」
弥堂は神に唾を吐くに等しい無礼を働いた者へ厳重注意を与え解放してやった。
「では、以上を以て勉強の時間は終わりだ。各人所属クラスへ戻れ。一人一人バラけて別々のルートで帰るんだぞ? 万が一囚われても情報は絶対に漏らすな。裏切者には死んだ方がマシという地獄を見せてやる」
「わ、わかってる」
「オレらぁ絶対にアンタを裏切らねえぜ!」
「よし。精々励んで稼ぐといい。貴様らの働きに期待する。では、いけ」
「あぁ! じゃーなビトー君!」
「待っててくれな!」
「いつかナイトプールで一緒にランコーしような!」
「ビトー君にもグラドル紹介してやっからよ!」
彼らはニコやかに手を振り希望を抱いた未来へとそれぞれの道を走り出した。
どの道もその先には必ず鑑別所という名の奈落があるとも知らずに。
そんな存在する力の脆弱な頭の悪い者どもの背中を弥堂は無感情に見つめ、手に持ったスマホを尻ポケットに仕舞い、続いて上着の胸ポケットへ手を伸ばす。
今しがた入手した個人情報をY’sへと送るためにスマホを取り出した。
ディスプレイを覗くと画面には『通話中』と表示されていた。
端末を耳元へ持っていく。
「なんだ。切っていなかったのか? かけ直すつもりだったんだが」
『ククク……まぁな。下手な動画見てメシ食ってるよりよっぽど面白かったぜ。兄弟。やっぱオメーはサイコーだ』
「そうか」
放置していた通話相手は電話を切らずに、受話口ごしにこちらのやりとりを聞いていたようだ。
「聞いていたのなら話が早い。そういうことだ。お前らの都合など知らん。俺は俺で勝手にやる」
『カーーーーっ! オメーも素直じゃねえ男だな。結局は同じことじゃねえか』
「それは違う。勘違いをするな。いいか? 俺はお前らの『依頼』を受けて仕事をするのではない。あくまで風紀委員として必要な業務を行うだけだ」
『そうかい』
「半グレや外人街に手を出すなだと? ふざけるな。俺は俺の邪魔をする者を五体満足にしてはおかない。そしてそのための手段は問わない」
『…………ククッ。さっきのガキどもじゃあねえが、兄弟。やっぱオメーはおっかねえぜ……イカレてやがる……』
「それは侮辱か?」
『いいや。サイコーだって言ってんのさ!』
「……まぁいい。そういうことだ。俺は俺で好きにやる。お前らの一員としては動かないが、積極的にお前らの邪魔をすることもしない。お前らはお前らで好きにやれ」
『ありがたくそうさせてもらうぜ』
「本音を言え。奴らの牛耳るシマやシノギを根こそぎ奪い取りたいんだろう?」
『ハッ――そいつはいいねえ…………だが、まぁ現実的じゃあねえな』
「そうだな」
『とりあえずやれそうなとこってことで、どうにか拮抗状態を作り出してえ』
「…………」
『オレら。路地裏の半グレども。そして外人街。できればもう1勢力育てておきてえ……』
「そうか」
『悪ぃな、兄弟。気ぃ遣わせたかよ……?』
「なんのことだ」
「……ククク、まぁいいぜ。そういうことにしといてやる」
「そうか」
『経過はまた報告しよう。何か必要な物があったらこちらで用意する。シャブでもチャカでも身代わりでも何でも言ってくれ』
「必要があればな」
『おう。んじゃな兄弟。死ぬなよ?』
「それは運次第だな。俺の知ったことではない」
『ハッ――ちげえねえ』
「それよりも一ついいか?」
『なんだ?』
「俺はお前の兄弟になった覚えはない」
そう言って通話を終了させると、すぐにメールアプリを立ち上げ、先程入手した不良たちの個人情報をテキストに変換する。名前の横にはそれぞれ『白』と入力する。
そして『M(ikkoku)N(etwork)S(ervice)』の運営を命じる文面を作成し、Y’sへと送信した。
短く息を吐く。
教室でクラスの女子たちと親交を深めるよりも、こうして校舎裏で非合法な者どもとやりとりをしていた方が居心地の悪さが少ないのは自分でもちょっとどうかとは思うが、そういう性分なのだから仕方がない。
そういう風に出来ているのだからもう取り返しがつかない。
スマホを仕舞い、それを持っていた自分の手を視る。
自身を定義づけ構成する『魂の設計図』は何一つ変わってはいない。
そのことにも、そう考えてしまったことにも、今更もう失望もない。




