1章08 Let's study ①
教室でクラスメイトの女子たちが輪になって親交を深めていた一方その頃――
「――つまりだ。学園の不良どもに街をうろついてるとビトー君にボコられるって言って回ればいいってことか?」
「そうだ」
弥堂は人気のない体育館裏でヤンキーたちとしゃがんで輪になりながら業を深めていた。
この場にはただ、物騒な雰囲気だけが漂っていた。
「一応確認だが。何の為にそうするかはお前らのような低能にも理解が出来ているか?」
自然体で自分たちを見下し罵倒してくる男に不良たちはカチンとくるが、喧嘩しても絶対に勝てないので表情に出さぬよう耐えた。
「も、もちろんだ。あれだろ? HRで言ってた道草すんなってヤツだろ?」
「そうだ」
意外と彼らはきちんとHRに出席し、先生の話を聞いているようだった。
「だけどよ――」
「あ?」
弥堂にジロリと眼を向けられるとモっちゃんはわかりやすく肩を跳ねさせる。
「ま、まってくれ。口答えをするわけじゃねえんだ……っ!」
「言いたいことがあるならさっさと言え」
「あ、ああ…………こう言っちゃなんだが、それで従うヤツばっかじゃあねえぜ? もちろんオレらは言われたとおりにするが……」
「そんなことはわかっている。だが、間引きは出来るだろう?」
「間引き?」
「そうだ。言えば従うレベルのヤツは減らせる。いくらなんでも放課後に街で全校生徒を殴り倒すのは効率が悪い。必要があればそれもやるがな」
「そういうことか」
「あぁ。それにこれには反乱分子を炙り出す目的もある」
「うん?」
弥堂の口から告げられる、普通に生活をしていたらちょっと聞くことのない物騒な単語に彼らは困惑した。
「いいか? 全校生徒への連絡として『放課後の寄り道はやめよう』と伝達された。そこに重ねてお前ら不良品どもを対象に風紀委員である俺から警告もした。その上で街に出たのならば、それは現政権への反乱行為とみなす」
「は、ん、ら……ん……?」
真顔で告げる弥堂を、彼らは馬鹿のように口を開けてぽかーんと見る。
「俺は一切手抜きをしない。街で当学園の制服を見かけ次第問答無用で武力制圧する。二度と歯向かう気が起きないよう念入りに痛めつけてやる。それでも反抗意思のある不穏分子は地下牢に監禁をして、生徒会長閣下への忠誠と信仰を誓うまでしっかりと教育をしてやる」
絶句する彼らへ告げる。
「俺はお前らの脳みそを一切信用していない。口頭で伝えてやって従わないのであれば俺もやり過ぎるだけだ。徹底的にな。街に出るなという指示で足りないのであれば、街全体をお前らが出歩きたいと思えなくなるような地獄に変えてやる。そうすれば、『放課後の寄り道はやめよう』という目的は達成される」
きっぱりと言い切った弥堂に不良たちはしばし茫然とし、そしてヒソヒソと相談を始める。
「お、おい、サトル。何言ってっかわかるか……?」
「わりぃ、モっちゃん。オレ馬鹿だからよー、あいつが何言ってんのか全然わかんねーんだわ……」
「な、なんだよ……地下牢って……このガッコそんなもんあんのか……?」
「ハハッ……バカだなタケシ…………いくらなんでもそんなもんあるわけないだろ……? ハハハ…………」
「で、でもよぉ、モっちゃん! このガッコちょっとおかしいし……てか、こいつ頭おかしいよ……っ!」
すぐ目の前なので彼らの囁きは丸聞こえなのだが、そんなことにも気付かずに相談を続ける彼らを弥堂は冷ややかな眼で視る。
どうせ鶏以下の知能しか持たないこいつらも、土日の休みを挟んで来週になればこの場での出来事を忘れて、元気いっぱいに放課後の非行活動に勤しむであろうと予測をする。
(虫を殺し尽くすことはできない)
弥堂は考える。
学園や風紀委員がどれだけ努力をしたところで、取り締まる対象が完全にいなくなることはないのだ。決してゼロにはならない。
弥堂はそのことをよく知っていた。
(だが、絶対にその方法がないわけではない)
弥堂程度でも思いつく方法は二つもある。
一つは生徒を皆殺しにすること。
生徒数をゼロにすれば必然的に寄り道もゼロになる。
だが、これは生徒会長にとってあまり好ましくはないだろう。
生徒が居なくなれば収益も減る。
もう一つの方法の方が現実的かと弥堂は思考する。
その方法とは、街を焼き尽くし地図上から消すことだ。
生徒の方をゼロに出来ないのであれば、奴らの行先を失くしてしまえばいい。
それにこうすれば、当学園の生徒が迷惑だとクレームを入れてくる目障りな市民どもも同時に消すことが出来る。
非常に効率がいい。
あくまでも最終手段ではあるが、いざという時にこれらの手段を選択肢として持っているだけで自身が持ち得るアドバンテージに大きな差が出る。
今回の自分の目的は、『放課後に寄り道をする生徒を無くす』ことであり、『生徒の安全』でも『街の平和』でもない。
究極的には寄り道をする者かクレームを入れる者のどちらかがこの世からいなくなれば目的は果たされることになり、それ以外の殆どのことはどうでもいいということになる。
目的を達する過程と結果で何が起ころうとも、それは自分の知ったことではないし、自分が考えるべきことでもない。
弥堂 優輝という男はそのように出来ている。
(その為の手段は問わない)
眼を細め、一週間後にはもう生きていないかもしれない者たちを視る。
それから弥堂は目的達成の為の手を打つことにする。
パァンっと――
手と手を打ち合わせて音を鳴らすと、不良たちは大きく身体を揺らして驚き、慌てて体裁を繕う。
「すっ、すまねえ、ビトー君。それで? オレらがするのはそれだけでいいのか?」
「あぁ」
弥堂の即答に彼らは顔を見合わせて表情を輝かせた。
が――
「――もちろん、そんなわけがないだろう?」
見事に上げてから落される。
「お前らあれだけ俺にナメた真似をしてこれだけで済むと思ってるのか?」
「ま、まってくれよ! アンタに逆らう気はねえって…………でもよ、おかしいだろ?」
「何がおかしい? 言ってみろ」
「だってよ…………そもそも俺らまだ何もしてねえだろ⁉ てかよ、オレらなんで殴られたんだ……⁉」
モっちゃんが悲痛な叫びをあげるとその仲間たちもハッとする。
「そ、そういやそうだぜ!」
「オレらただここに居ただけじゃねーか!」
「上等か⁉ 上等コイたんがいけねーのか⁉」
今初めて気付いたとばかりに己の不遇を訴える。
弥堂はそんな惨めな存在を見下した。
「まさか自分たちの罪を自覚していないとはな。低能め」
「お、オレらがなにしたってんだよ!」
「いいか? お前らの罪は『喫煙』と『放課後の寄り道』だ」
「はぁっ――⁉」
不良たちは身に覚えのない自分たちの罪状に驚愕した。
「ま、まってくれよ……! オレらヤニなんか吸ってねーぜ⁉」
「周り見てくれよ! スイガラ落ちてねーだろ⁉」
無罪を訴える被疑者たちを弥堂はつまらなそうに見ると、右手の指を二本立てて手の甲を彼らの目の前にスッと差し出す。
すると、懐から素早くタバコのパックを取り出したタケシ君が中央のラベル部分をトントンと叩き、取りやすいように2本ほど突出させた状態でスッと弥堂の前に差し出す。
ほぼ同時に、懐から100円ライターを取り出したサトル君がライターを握る右手に左手を添えてスッと脇に控えた。
「…………」
弥堂は無言で見下ろしてから、彼らの顔面をガッと掴んだ。
「持ってんじゃねーか、クズが」
「ギャアアアアア! イデエエエェェェェっ⁉」
「ヤベデっ! ハナヂデっ! ハナヂデっ!」
彼らは訓練された下っ端なので、目上の方がヤニを求めたら自然と差し出すように出来ているのだ。
「おい、持ってるタバコを全部よこせ。ライターもだ」
風紀委員の権限により弥堂は自身の仕事道具にも使えるタバコとライターを無料で手に入れることに成功した。
「ヒデエよビトー君……確かにヤニ持ってっけどまだ吸ってなかったのに……」
「そうだよ……寄り道どうのってのも来週からだろ……?」
ヤニを奪われた彼らは悲しげなお顔で不満を述べた。
「ふん、バカめ。順番などどうでもいい。いいか? お前らは今タバコを吸っていなくてもどうせ後で吸うだろう? さらに、もしも今日この場で俺と出会っていなければどうせ来週寄り道をしただろう? 今殴るか後で殴るかだけの差だ。同じことだろうが」
「そ、そんなのムチャクチャだろ⁉」
「全然同じじゃねーよ!」
「何故俺に余計な手間をかけさせる? 無限に湧いてくるゴミ虫相手にいちいち現場を抑えてなどいられるか。俺はお前らのような者を見かけたら、何もしていなくてもとりあえず前倒しで殴るようにしてるんだ。その方が効率がいいからな」
「ヒドすぎるぜ!」
「そうだ! オレらだって生きてるんだ!」
「うるさい黙れ」
口々に文句を言うものの、結局彼らは強い者に従うのですぐに大人しくなる。
「それで、結局どうすれば勘弁してもらえんだ?」
尋ねるモっちゃんに弥堂は世の中の道理を教えてやる。
「うむ。お前らは先程俺に仕事をさせたな?」
「え? いや、そう……なのか……?」
「そうなんだ。つまり俺は労働をした。労働には報酬が支払われるのが常識だ。故に俺に仕事をさせたお前らには俺に金を支払う義務がある。そうだな?」
「な、なんだそりゃ!」
「おかしいだろ!」
「なにもおかしくなどない。世は資本主義の世界だ。資本主義こそがこの世界を支配している。お前らはそれに逆らうのか?」
「な、なに言って――」
「――で、でもよ、モっちゃん! 資本主義はハンパねーって社会のセンコーが言ってたぜ?」
「た、たしかに……資本主義はスゲーって俺も聞いた!」
「きっと資本主義は全國制覇してんだよ!」
「マ、マジかよ……資本主義ヤベーな……」
何故か勝手に納得しだした頭の悪い者たちを弥堂は満足気に見下す。




