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俺は普通の高校生なので、  作者: 雨ノ千雨
1章 俺は普通の高校生なので、魔法少女とは出逢わない
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1章07 lunch break ③


「あ、ありがとう……! ビトーくん!」


「あぁ。気にするな」


「じゃ、じゃあ、オレらはこれで――」


「待て」



 すぐに倒れた仲間を回収してこの場を立ち去ろうとした彼らだが、弥堂に呼び止められ肩を跳ねさせる。



「誰が行っていいと言った?」


「え……? でも…………」

「勘弁してくれるって……」


「あぁ。許してやると言った。だが話が終わったとは言っていない。終わりかどうかを決めるのは俺だろ? なに勝手に終わらせてんだ? お前ら俺をナメてるのか?」


「ヒッ――ちがっ……!」

「わ、悪かったよビトーくん……オレらそんなつもりじゃ……」



 助かったと安堵していたところから、理不尽に難癖をつけられ彼らは顔を青褪めさせる。



「お前らは俺に借りがある。そうだな?」


「え……? 借り……?」

「ま、まってくれよ……なんのこと――」


「――あ?」


「――ヒッ……⁉ ま、まって……怒らないで……っ!」

「バ、バックレてるわけじゃねーんだ……! マジでなんのことか……」



 怯え戸惑う彼らを弥堂はそのまま数秒ほど無言で視る。


 弥堂に借りなど彼らには心当たりがないが、彼が齎す重圧の中で必死に記憶を探る。



「俺はお前らの頼みをきいてやっただろ。これは借りじゃないのか?」


「た、たのみ……?」

「な、なんのことだよ……⁉ オレらそんなの――」


「――『許してくれ』と言われて許してやっただろ? 『頼む』といったのはお前らだ」


「そっ、それは――⁉」


「つまり、だ。今、俺が一方的にコストを強いられ、お前らが一方的に得をしていることになる。そんなのは不公平だよな? そうは思わないか?」


「ム、ムチャクチャだろ……っ!」

「テっ、テメーあんまチョーシに――」



 弥堂は反抗的な態度をとった者の二の腕を掴み、筋と筋の間に親指を食い込ませて強く握る。



「アイデデデデッ――やべっ……やべで…………っ!」


「なにか不服なのか? それとも踏み倒すつもりか? 俺をバカにしているのか?」


「ま、まって! ちがうっ……! アンタに逆らう気はねぇっ! はなしてやってくれっ……!」



 弥堂は止めに入った者の目をジロッと見遣る。



「それは『頼み』か?」


「え……? あ、いや…………それは……」



 言葉に詰まり逡巡するが痛みに悶える仲間の絶叫にハッとなり、否が応にも選択を強いられる。弥堂と仲間の顔を見比べながら彼は目に涙を浮かべた。


 その情けない顏を数秒無感情に見つめてから弥堂はスッと手の力を抜いて捕らえていた男子生徒を解放してやる。



「冗談だ」


「え?」


「冗談だと言ったんだ」



 茫然とこちらを見上げる男を弥堂は乱暴に突き飛ばす。彼は体育館の外壁に強かに肩をぶつけ顔を顰めた。


 続いて二の腕を抑えて痛みに身体を丸める男の髪を掴むと、ガッと顔を上げさせて無理矢理視線を合わさせる。



「今のはサービスにしといてやる。どうだ? 俺は優しいだろ?」



 無表情のまま口の端だけを持ちあげてそう嘯き同意をするように圧力をかける。


 冷酷な眼差しに射抜かれた彼は鼻水と涎でグチャグチャの顏を泣き笑いのように歪めてヘラッと笑った。



「笑ってんじゃねえよクズ」


「あぎぃっ――⁉」



 スッと表情を戻した弥堂が彼の腿に膝を突き刺す。



「ギャアアアアアアアっ――あじぃっ……⁉ イダイッ! イダイィィィィっ!」



 男はアフターチャージを受けた南米の選手のようにゴロゴロと地面を転げまわって激痛と悪質さを訴えた。


 しかしここにはレフェリーは居ないので特に弥堂にカードが提示されることはなかった。



 しかし、それは仕方がない。



 彼ら自身が好んで、この人通りが少ない場所、他の生徒や大人の目の届かない場所を選んだのだ。


 それは同時に、自分たちを助けてくれる者もこの場には訪れないということにもなる。



 地を転げる男の涙と鼻水と涎に塗れた顔が、一回転するごとに徐々に土埃で汚れていく様がちょっと面白くて苛ついた弥堂は、腹いせに彼の尻に蹴りを一発ぶちこんで強制的に動きを止めさせる。


 そして、先程壁際に突き飛ばした男へ眼を向けた。



「ヒッ、ヒィィィ……っ! や、やめて……っ! 殴らないで……っ!」



 すっかり怯えきってしまった男は頭を丸めて座り込んでしまう。


 彼に近づいた弥堂は特に暴力は振るわず、ドカッと彼の隣へ腰かけた。ガッと彼の肩に腕を回して引き寄せる。



「というわけだ。お前らは俺に借りがある。当然返してくれるよな?」


「……なんで……なんでこんなことに…………」


「おい、聞いているのか?」


「ヒッ――ま、まってくれよビトーくん。オレならなんでも言うことをきく……でも、オレらの頭はモっちゃんだ……! 勝手なことはできねえ……っ!」


「そうか。随分頑張るじゃないか。立派なことだな。いいぞ。俺も俺でお前に負けないよう努力をする。お前らが俺の言うことを聞きたくなるような最大限の努力をな」


「――イっ……⁉ イダイイダイイダダダダダッ、ダイッ!」



 自分たちのリーダーに筋を通そうとする不良生徒の肩を抱いたまま、彼の鎖骨に指を引っ掛けて力づくで圧し折りにかかるが――



「――待ってくれっ‼‼」



 そう声をあげ震える足を叱咤し、ゲロと泥の中で立ち上がる者がいた。その男は――



「モっ、モっちゃーーーーーんっ‼‼」



「ヘッ…………待たせたかよ?」



 脂汗を浮かべながらニヒルに笑ってみせた。



 そして、仲間のために立ち上がる者は一人ではない。



「ジョオオオオオトオオオオオオオオっ――‼‼」


「うおおぉぉぉぉ――っ‼‼」


「サトルぅっ! タケシぃっ!」



 膝をガクガクするサトル君と、身体を螺子って肛門を抑えるタケシ君だ。


 彼らはヨタつきながらもモっちゃんの隣に立ち、肩を貸しあいながら弥堂へ対峙する。しかし足は内股でガクガクだ。



「ビトーよー。今日のところはオレらの負けだ。それが貸しだってんなら、しょうがねえ。要求は呑んでやんよ……だがな――」



 モっちゃんは目に力をこめ弥堂を睨みつける。



「だがよぉ、クスリやパー券サバけってハナシならきけねぇぜ? そいつはオレらの流儀じゃあねえ。どんだけボコられても出来ねえもんは出来ねえ」


「…………」



 モっちゃんは真っ直ぐな眼差しで、自分たちのような不良にも譲れない正義はあるのだということをアピールした。



 生命知らずの信念など下らないとばかりに弥堂はフンと鼻を鳴らす。



「勘違いを――」

「――さっすがだぜ、モっちゃん! シビィぜ!」

「おお! チョーイカシてるぜ!」


「…………」



『勘違いをするな』と言おうとした弥堂だったが、それよりも先に酷く興奮した様子でモっちゃんを称賛するサトル君とタケシ君に発言の機会を奪われる。


 激しく苛立ち思わず無言になってしまうと、ドンっと突き飛ばされた。



 油断をしていたとしか言いようがないが、拘束していた腕の中の男がダッと仲間の元へ駆け出していた。


 彼は仲間たちのもとへ辿り着くと、彼らと一緒に自分たちのリーダーを褒め称える。



「へっ、よせよお前ら…………前にも言ったろ? オレぁハンパはしねえってよ…………」

「カカカカカッケェーー! モっちゃんカッケェーーー!」

「ハンパねーよ! モっちゃんの上等ハンパねーよ!」

「なんつーかよ……オレらっみてーな不良でもよ? ゆずれねーセイギ? みたいなもんはあるんだなって感じがしたぜ! 一生ついてくぜ、モっちゃん!」


「つーわけだからよぉ、ビトーっ! オレらぁカンタンにはテメーのグンモン? にはクダらねーぜ……っ!」



 モっちゃんは両足をガバっと開き前に出した左足の爪先を敵へ向ける。上体はやや反るようにしながら顎を上げ見下ろすようにガンを飛ばし、両手で横髪を後ろへ流してビシッとリーゼントをキメた。


 他のメンバーも彼の半歩後ろでそれぞれポケットに両手を突っこんでガバっと股を開き上体を反る。ポケットの中で一生懸命に手でスボンを外側に引っ張り、縄張り争いをするクジャクの羽のようにボンタンを広げて弥堂を威嚇した。



「…………」



 弥堂は無言だ。



 ゆっくりと立ち上がり、ポンポンと尻の埃を払う。顎に手を当てゴキリと一度首を鳴らした。



 顔面神経痛にでもなったかのように表情筋を歪めてこちらにイカつい眼光を向ける彼らを尻目に背後へ振り返る。


 肩幅より少し足を開き、今しがた背を着けていた体育館の外壁へ拳を押し当てる。



 瞬間――



 ボゴォっ――と壊滅の鈍い音を立ててコンクリートが内側から弾け飛び押し当てていた拳が減り込む。それを中心点としてコンクリート製の壁に蜘蛛の巣状に亀裂が走った。



零衝(ぜっしょう)



 弥堂が師より習得を命じられた技術で、足の爪先から拳までの各関節を適切に捻り稼働させることにより、大地より生み出した威を体内で加速・増幅させ適格に対象の内へと徹す技術であり、必殺の(いち)だ。



 普通に生活をしていたらまず目撃することのない破壊現象をまざまざと見せつけられた不良たちは、凶悪な破砕音に思わず真顔になり反射的に『きをつけ』の姿勢をとった。



 弥堂が壁から拳を引き抜くとパラパラとコンクリの破片が地に落ちる。


 彼らはそれを真顔で見る。



 そして真顔のまま仲間たちと目を見合わせると一瞬でアイコンタクトを成立させ、一度だけ強く頷きあう。



 それから責任ある立場に就く者として、モっちゃんが代表して一歩進み出ると、弥堂へと真っ直ぐな眼差しを向けた。



「なんでも言ってくれ、ビトー君。オレらはアンタの便利なパシリだ」


「ランコーか? 親戚のおっさんが余らせてるマンション部屋いつでも借りれっからよ。防音効いてっからシャブもオッケーだ。パーティ会場なら任せてくれよ」

「それとも売春(うり)か? ちょうど家出した中坊どものコミュニティにアテがある。女なら紹介するぜ?」

「チャリなら何台でもパクってくるぜ? マッポくれー上等だからよ!」



 口々に協力を申し出てくる物分かりのいい生徒達に、弥堂は満足気に鼻を鳴らす。



「いい心がけだ。だが俺は風紀委員だ。お前らが好むような下衆な犯罪に手を染めるわけがないだろう。俺を侮辱しているのか?」


「ふ、うき…………? えっ……?」

「――あっ! そういえば……」

「わ、わるかった……そんなつもりじゃなかった」

「悪気はねえんだよ……」



 まるで弥堂が風紀委員であることに今始めて気が付いたかのように取り繕ってくる彼らに、弥堂は非常に不愉快になった。



「じゃ、じゃあオレらに一体何をさせようってんだ……? 心配しなくても今日のこの場でのことは誰にも言わねえぜ」



 不安を滲ませながら顔色を窺ってくる男をつまらなそうに見下す。



「逆だ」


「えっ?」


「お前らには今日のことを大勢に言い触らしてもらう」



 弥堂はそう言ってスマホを胸ポケットに仕舞い、意図が掴めず困惑する彼らに座るよう命じた。


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