1章06 School Days ②
すると、もう一人集団の会話に参加していない者が目に入る。
視界の外から聴こえてくる「おいこら、シカトすんな」という声を聞き流し、水無瀬 愛苗を視る。
彼女はシームレスに会話を繰り広げるクラスメイトたちの話をよく聞きながら何かタイミングを計っているような様子に視える。
早乙女がおかしなことを言って日下部さんが叱る。それによって周りが笑ったタイミングで何かを言おうとするがその前に舞鶴がシニカルに茶々を入れ、また次の会話が始まり水無瀬はガーンとショックを受ける。
めげずに再度チャレンジするようで、舞鶴にお説教をする野崎さんを日下部さんが宥めたタイミングで身を乗り出そうとし、しかし次の発言を早乙女に掻っ攫われてシュンとする。
それでも何やら「うんうん」と頷き自らを鼓舞して顔を上げるが、舞鶴が自身のスマホの画面をみんなに見えるように向けており、それに一緒になって見入ってみんなと一緒のタイミングでドッと笑う。そのままツボに入ったのかしばらくクスクスと笑い続けてから、自分がまたも発言の機会を逸したことに気付きハッとなる。
「…………」
その様子を弥堂は眺め、どうやら女という性別に生まれただけであの会話に着いていけるだけの『加護』を『世界』から与えられるわけではないのだと知る。
一生懸命に会話に加わろうとしているようだが、どんくさい彼女には少々荷が勝つようだ。
だが、自分には関係ないと弥堂は見限る。
水無瀬から顏を逸らしてしまったことで、視点が希咲の方へ戻ってしまい弥堂は己の浅薄さを呪って舌を打った。
チッと音が鳴り、それをまた彼女に詰られさらに面倒になるかもしれぬと軽率に軽率を重ねる自身に失望したが、どうも聞き咎められずに済んだようだ。
希咲はこちらには注意を払っておらず、チラっと水無瀬を見ると、すぐに今度は集団の方へ目線を振って僅かに目を細め人差し指で浅く唇を撫でる。
「へー。いつのまにかそんなの出来てたんだ。小夜子知ってた?」
「いえ、私も初耳だわ」
「えーー⁉ そんな知名度ないんだー、ちょっとショック! ちょうどいいからみんなで応援しようよー。絶対かわいいからっ」
「いや、ののか。あれ絶対かわいくないって……なんか怖いんだけど」
希咲はそこで口を挟んだ。
「あーー。あたしも知ってるそれ!」
「ほんとーー⁉ 七海ちゃんも知ってる⁉」
「知ってる知ってる。ってもあたしは愛苗に教えてもらったんだけどぉ……えーと、あれなんだったっけ……? ねー愛苗ー? あのちょっとキモイゆるキャラ。あれ名前なんだったっけ?」
顏ごと水無瀬へ方向を変え、会話をそちらへ動かす。
釣られて全員が水無瀬の方を見た。
しかし――
「――あっ……⁉ え、えっと…………えっと……」
待望の発言機会のはずだが、予期していなかった為か当の本人は言葉が出てこない。一頻り狼狽え、そして――
「――わ、私はLaylaさんの動画が好きっ……‼‼」
全員目が点になる。
どうも先程の動画配信者についての話題の時に思いついたが言いそびれてしまったことが咄嗟に出てきてしまったようだ。
皆にキョトンとした目で見られ、遅れて水無瀬も「はぅあっ⁉」と己がしくじったことを悟る。希咲さんは思わず目を覆った。
だが、それを咎める者はおらず、二人の仕草を見て少女たちはクスクス笑いだす。
「もうっ、あんたはぁ~。今そんな話誰もしてなかったでしょ……っ。どんくさいんだから……このこの……っ」
「いひゃいっ⁉ いひゃいよひゃひゃみひゃん……っ!」
希咲は水無瀬の顏に両手を伸ばし、むにむにとぷにぷにほっぺをいじめる。
そこに他の少女たちも寄ってくる。
「まなぴー! Layla好きなんだー? 意外ー」
「う、うん……こないだね、ななみちゃんに教えてもらって好きになったの……」
「確かに意外かも。ちょっと暗い歌が多いから……」
「あのね、すごくさみしい感じがしてキューってなるのっ」
「そう。ところで愛苗ちゃん? プリメロは好き?」
「え? うん! 私ね、フローラルメロディが好きだよっ!」
「ふふふ……お姉ちゃんは今、愛苗ちゃんにキュンとなっているわ……」
「おねーちゃん……? 私はプリメロじゃないよ……?」
「……ちょっと軽率に飛び降りてくるわ…………」
「舞鶴さん⁉ どうしちゃったの⁉」
意図したものではないだろうが、女子たちの誰かにドンとお尻で突き飛ばされ弥堂の腿に机の角が突き刺さる。
激しく苛立つがすっかりお喋りに夢中な彼女たちは誰も弥堂になど関心を持っていない。
仕方がないので、誰がやったのか記憶に記録されていないかと犯人を捜しながら彼女らの様子を見る。
「日下部さん……! 離してちょうだいっ。私のような心が穢れた女は死ねばいいのよ……っ!」
「何言ってるのっ⁉」
「まーまー二人とも。てかさ、愛苗? なんで急にLayla?」
「うっ…………あのね……さっきみんなが動画のお話してた時に私も混ぜてもらいたかったんだけど……お話に入るタイミングわかんなくて……」
「お? なんだー? まなぴー、ののかとお喋りしたかったのかー?」
「う、うん。もっとなかよしになりたかったの……」
「……やべぇ…………軽率に抱きてぇ…………じゅるり……」
「ちょっと、ののか? これだけは言っておくけど解釈違いよ」
「舞鶴さん! 顏……っ! 顏っ!」
「……でも、ののかは手あたり次第に流行りに手出しそうだからアレだけど、日下部さんも好きなんだ。ちょい意外」
「え? あー……ふふふー。私も一応JKだからねー。ちゃんと流行ってるのは網羅してるよー。希咲さんには敵わないだろうけど……」
「あ、七海でいいわよー。あたしも真帆って呼んでい? ……それがそうでもないのよ。バイトと家事で忙しくってさ。たまたまこないだバズってたから知ったばっかでニワカよ」
「もちろんいいよー。……そういえばそっか。大変よね。なんか常に最先端いってるイメージもってたわ」
「あはは。ジッサイは全然よ」
「ちなみにー、マホマホはこう見えてガチ勢だよー。初期から全曲聴いてるんだってー」
「へー、そうなんだ。じゃあさ、愛苗におすすめ教えてあげてよ。あたし詳しくないからさ」
「おけー、いいよー。水無瀬さんどんなのが好き? ……あ、愛苗ちゃんって呼んでいい? 私のことも名前でいいよー」
「う、うん。真帆ちゃん。あのね、やさしーのが好きっ」
「あーー! ずるーい! まなぴー! ののかとゆるキャラ語ろうぜー! あ、そういえば『まなぴー』って呼んでもいい? もう勝手に呼んでるけど」
「ふふ……じゃあ私のことはおねーちゃんって呼んでもらおうかしら」
地に堕ちた蛾の死骸に集る蟻のように、あっという間に少女たちは水無瀬へ群がるようになった。
そんな状況の中で、弥堂は希咲 七海を視ていた。
昨日、数時間だけのことだが、希咲と行動を共にした。
その中で抱いた彼女への印象は、ひっきりなしのお喋りで、おまけにいちいち口煩い、そんな女だという印象だ。
だが、現在の女どもが犇めく姦しい状況下においての希咲は、弥堂が抱いていたイメージほど積極的に喋ってはいないように思えた。
どちらかというと、半歩ほど集団から退いた視点を保ち、誰かに同意をしてみせ空気を温め、誰かの悪ノリが過ぎればさりげなく話題を転換させ全員の興味を移す。
そして、会話に入れない者がいれば発言の機会を持たせてやり、最終的には他の者がその者に話しかける状況にする。
弥堂にはそのように見えた希咲の立ち回りが総て意図的なものかどうかは知れないが――
(――上手く、やるものだ)
全体を操り、全体に目配せをし、そして修正する。
これらは弥堂には恐らく絶対に出来ないことであろうし、実際に苦手な作業だ。
人によっては『打算的』だとネガティブに捉えるかもしれないが、それをこうも見事にやってのけるのならばそれはもう――
(――素晴らしい技術だ)
弥堂は脳内で希咲 七海に対する評価を二段階ほど上方修正した。
だが、普段は水無瀬と二人きりで昼休みを過ごすことの多い彼女が、今日に限って何故このようなことをしているのか、そこに疑問を感じた。
「……希咲に呼ばれた――と言ったな……?」
「え……? あぁ、うん。そうだよ。今日はみんなでランチしようって誘ってもらったの」
呟くような問いに答えたのは、いつの間にか弥堂のすぐ隣に立っていた野崎さんだ。
彼女の友人である舞鶴 小夜子の痴態に額を抑えていた野崎さんは、弥堂の声にすぐに表情を改め答えをくれた。
なるほど、そういうことか――と得心する。
昨日の法廷院 擁護の言葉ではないが――
「……過保護なことだ」




