第一話 おまじない
ピリリリリ!ピリリリリ!
うるさい...
ピリリリリ!ピリリリリ!
あ~もう!
ピリリリリリリリリリリリリリリ
「うるさーい!鳴りやめ!私の安眠の邪魔をするなぁ!!!」
目覚まし時計の場所を手で探ってボタンのあたりをバシバシ叩く。あっ静かになった。もうちょっと眠れる…お休みなさい…ぐう…
「うるさいのはアンタよ!さっさと起きなさい。遅刻するよ!」
お母さんの声が聞こえて目を無理やり開けると、遅刻という単語とともに急に焦燥感がこみあげてくる。急がなくちゃ!
身支度オーケー、学校の持ち物オーケー、朝ご飯をかきこんで…食べ終わった!よし!
「行ってきまーす!」
「はーい、行ってらっしゃいね!」
時間は無いけど、ポストの中身を確認しないと。
…あ!あった!
『時光未希様』と書かれた封筒をポストから取り出し、かばんに突っ込む。よし、早く学校に行こう!
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「はぁ~~~~」
思わずため息が口からもれる。昼休みだからお弁当を広げたは良いけど、食欲が出なくてさっきから箸が進んでいない。
「そんなに落ち込む必要無いだろ、未希。」
隣の席の男子、関口聖夜がうっとうしく話しかけてくる。
「うるさい…留学行きが決まってるアンタに私の気持ちなんて分かんないでしょ。」
あ、今の言い方ちょっとキツかったかな。でも正直今は話しかけないでほしい。特に聖夜には。
もう一度封筒の中に入っていた紙を見返す。
『厳正なる検査の結果、あなたに特別枠における真界留学資格を与えることは出来ないと判断しました。再検査の申し込みは2月9日までに異世界友好奨励団体、AWFEPまで。』
「だいたい、特別枠なんてそれこそ魔力とか持ってないと通らないだろ?良いじゃん、お前頭はそんなに悪くないんだし東高校にいけば。」
「でも…」
お兄ちゃんを探しに真界に行きたい。
心でそう思っても、現実問題、一般人が真界に行くのはそんなに簡単なことではない。
交流が始まって100年と少し。何か華々しい実績があるとか、特殊な能力を持っているだとか。そういう限られた人にしか、まだ真界に行ける資格なんて得られないんだ。
私もお兄ちゃんみたいに魔法が使えれば良かったのに。
「せっかく共通語も勉強したのになぁ~」
ぐちを言っても仕方ないけど、つい口をついて出てしまう。
「共通語使える人材、将来的に重宝されるはずだろ?良い会社入ってそれから真界に来いよ。俺はそれまでに『天才魔具開発士、関口聖夜』として一足先を行ってるからさっ」
そう言いながら、聖夜は教室を出ていってしまった。
「…それじゃ、遅いんだよ。」
私のつぶやきは、誰に聞かれることもなく教室内の会話の渦に消えていった。
真界に留学中だった徹お兄ちゃんが、行方不明になってからもうすぐ9年が経つ。
当初はニュースに取り上げられたりなんかもしたけど、すぐにテレビでその話は流されなくなったらしい。そうお母さんが言っていた。
お父さんは私が生まれてくる前に亡くなっていたから、忙しくしていたお母さんの代わりに、お兄ちゃんがよく一緒に遊んでくれた。まだ小さかったから記憶はだいぶん薄れてしまったけれど、行方不明になる直前にしたお兄ちゃんとの会話は今でも鮮明に覚えている。
『どんなに時間がかかっても、絶対また未希と会えるように頑張るから。』
9年間も、きっと頑張ってるはずなんだ。大人になるまでなんて、待たせていられない。
「でもそのお兄さん、果たして今でも生きているのかしらねぇ?」
聞きなれない女性の声がして、思わず振り返る。今は放課後。一人で悶々と考えながらゆっくりと帰り道を歩いていたから、もう周りには同級生の姿は無い。
代わりに立っていたのは、独特な雰囲気をまとった30代くらいの女の人だった。って、え…?今、お兄さんって…
「ふふっ、やっぱりこういう反応を見るのって楽しいわね~こっそりあなたの心の中を覗かせてもらったわ。ごめんなさいね。」
心の中を、覗いた…?そんなことができるなんて、そんなの!
「真界の魔法使い…とでも思った?残念!私はただの日本人よ。仕事柄持ってる魔具をちょっと使ってみただけ。」
「なにが目的ですか!?仕事柄で魔具を持ってるなんてそれこそ…」
嫌な予感がする。9年前にお兄ちゃんからの忠告を聞いてから、必要最低限のかかわりしか持とうとしてこなかった団体名。地球と真界間の交流を一任する組織。
「AWFEPの方じゃ…ないですか?」
女の人は、薄ら笑いをうかべている。
「それは少し早とちりじゃないかしら?あなたは若いから知らないかもしれないけど、魔具って意外と色々な場面で使われ始めているのよー?まぁ、私が本当にAWFEPの人でも、そうだ。と答える気は無いのだけれど。」
女の人は、一拍置いたかと思うととんでもないことを聞いてきた。
「時光未希さん。で合ってるわよね?」
つい体をこわばらせてしまった。こんな反応、自分が未希だと認めているようなものなのに。
私の反応をまじまじと確認して、女の人がまた口を開いた。
「驚かせてしまったおわびと言ったらなんだけど、一つ素敵なおまじないをしてあげるわ。」
「お。おまじない…ですか?」
声がうわずる。怖い。
「そう、おまじない。あなたの潜在能力を引き出す魔具を使わせてあげる。ひょっとしたら魔法の才能が開花しちゃったりするかもしれないわよ~?」
魔法。その言葉に、わずかに反応してしまった。
魔法が使えれば、私でも…?
って、なに考えてるの!
こんな人、信用しちゃいけないのに。今すぐ逃げ出さないと駄目なはずなのに。
私の動揺している様子を見てか、それとも心の中をまた覗いたのか。女の人は手提げバッグから手のひらに収まるくらいの透明な玉を取り出した。
「この玉を、あなたの体にちょんっと触れさせる。それだけよ?ものは試しと思って、せっかくだから試してみない?」
脳の危険信号と同じくらいの強さで、胸が高鳴る。
少し触れるだけで、絶対に行けないはずの真界に行ける可能性ができる…?
お兄ちゃんを、今の私でも探しに行ける…?
よろよろと、足が勝手に進み始める。
見るからに怪しい女の人に、一歩、二歩と。
気づけば、私の指先はちょんっと玉に触れていた。