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07

 

 羊に弁当を奪われ、踏みつぶされて半ベソをかいていたジェリーだったが、牧場で売っている『絞りたてミルクと産みたて卵のカスタードプリン』を買ってやったらようやく笑顔を取り戻した。ベルは狂喜しながら牛舎の中へ消えた。


 木陰の草の上に直に腰を下ろし、ジェリーの口にカスタードプリンを入れてやる。見下ろしたジェリーのブラウスの隙間から、少しだけ覗く華奢な鎖骨に思わず見入ってしまう。


 いかんいかん!


 俺は思いっきり頭を振った。


 いくら中身が違うからといっても外見は妹だぞ!


 何を考えているのだ!


「兄さま、寒いのですか?」


「い、いや、大丈夫だ。」


「さあ、これを。」


 ジェリーは頭につけていたスカーフを外し、俺の肩にかけてくれた。


 プリンを食べ終え、俺はジェリーの横に寝そべった。昼間はジェリーの相手に、夜は日雇いの仕事。そろそろ疲れが溜まってきていたから、こんなふうにのんびりできるのは有難い。


「この前手紙をくれた親友ってどんな娘? レディ・ジェラルダインとか言う。」


 ふと、そんな言葉が口をつく。そんな事を聞いてどうする気だと自問しつつ。


「話す事なんてありません。何の取り柄もないつまらない子なんです。」


 ジェリーは少し間をおいて言った。


「学院でもヘマばかりでみんなの足を引っ張って。例えば、薬草学の宿題で回復薬を調合しなければならないところをうっかりエリクサーを作ってしまったり、ガマガエルを召喚したつもりが双頭の大蛇を呼び出してしまったり。」


「う、うっかりエリクサーを作ったり、大蛇を呼べるもんなの?」


「なぜかそうなってしまうんです。けれど、意図的に作ろうとしてもダメなんです。エリクサーを作ろうとすると毒薬になってしまうし、大蛇を召喚する代わりに大量のヤマビルが降ってきたり……あれはクラスのみんなに大ひんしゅくでした。

 だから、実習では誰にもペアを組んでもらえないんです。当然ですけど。

 でも、ステラはそんな私を面白がってくれて、進んでペアになってくれて。

 ……私、魔道学院の初等科からお友達なんて一人もいなかったけれど、ステラと出会えた高等科の三年間は人生で最も幸せな日々を送ることができました。」


 ジェリーははっと口を押さえて慌てて俺を見たので、俺は眠りこけたふりをした。


「兄さま、眠ってしまわれたの?」


 ジェリーは俺の鼻をぎゅうぎゅうつまんだ。そんな事されたら本当に眠っていても起きるだろうが。


「兄さま。」


 ジェリーが俺の胸元に頭を乗せた。


 身体が硬直して鼓動が早くなる。この動揺をジェリーに悟られまいと、俺は必死に大量のヤマビルにたかられる場面を想像して心を落ち着けた。




 いつだったか、ジェリーに伴われ図書館へ行った時、俺はこっそり『王室ジャーナル』という読み物を手に取ったことがある。最新号に、『ジェラルダイン公爵令嬢、魔導学院家政科を優秀な成績でご卒業、御学友でもあられる隣国の第二王子ヘンリー殿下とのご婚礼を控え花嫁修行中』という記事をみつけた。


 レディ・ジェラルダインとされる少女の挿絵、おっとりとした顔立ちで口元に微笑を浮かべ、濃い金髪、たっぷりとした黒いまつ毛に囲まれた蒼い大きな瞳に、俺は目を奪われた。


 辺境を守る戦士は聖都におわす聖女様を心の恋人と定め、辛い役を務める。もとより聖女様のお姿など拝めるはずもなく、皆思い思いの姿の聖女様を心に抱いている。


 レディ・ジェラルダインは正に俺の思い描く聖女様そのままの姿だった。


 こんなに美しく高貴な人が俺の側にいて、寝食を共にしているとは。


 とても信じがたい話だ。


 あっちで書物をひっくり返して司書に説教されている残念な女の子と同一人物とは、とても思えない。


 そんなふうに思ったものだ。




「ステラ、ステラ。」


 俺はヨダレをたらして眠りこけているジェリーを揺り起した。


「はい、兄しゃま。」


 ジェリーは目をごしごしとして、ついでに俺のシャツでヨダレを拭いた。


「そろそろ帰ろう。日没を過ぎたら転送魔法でも街の中に入れないよ。」


「はい、わかりました。」


 ジェリーが牧場の土産物屋を名残惜しそうに見ているので、仕方なく店に寄る。ジェリーは目を輝かせ、買い物かごに卵と牛乳とチーズとヨーグルトとソーセージとハムとサラミと


「そんなに買っても食べきれないだろ。」


 俺はジェリーを止めた。


「はい、兄さま。」


 ジェリーはしょんぼりとヨーグルトとソーセージとハムとサラミを棚に戻した。が、俺の目を盗んでソーセージをもう一度買い物かごに入れた。


「あんた、お尋ね者の魔導士を早技で捕まえたんだって?」


 土産物屋の店主が言った。


「はあ、まあ。」


「さすが、都会の戦士様は違うね。ウチの村にもそんなすご腕の戦士様が用心棒に来てくれたら助かるんだけどなあ。最近は組織ぐるみで家畜や作物を盗んで密売する奴らがいるから困ってるんだ。」


「へえ、そりゃあ大変だなぁ。」


 俺は適当に相槌を打つ。


「まだ、モンスターの方が可愛げがあるよ。あいつらは自分らが食べる分しか盗らないからね。けど、こんな田舎じゃ大した給料も出せないし。食べ物だけは美味しいんだけどね。」


 店主は誰に聞かせるでもなくそう言うと溜め息をついた。


 おや、これは伏線だな、と思ったら大間違いだぞ。俺が欲しているのは堅実で安定した職だ。用心棒がやりたきゃとっくに街の酒場の扉を叩いている。それに、俺はまだ聖都での仕官の希望を捨ててはいないのだからな。


「用心棒と悪党どもが互いに潰しあって最後に笑うのは村の衆ってか。」


 邪悪な羽音をさせていつの間にやら戻って来たベルが茶化した。何だかツヤツヤしていて近寄りたくない。



 ジェリーは牧場の羊や牛の群れを愛おしそうに眺めながら村を後にした。


「こういうのどかな土地で動物さんに囲まれて生活するのも楽しゅうございましょうね。」


「羊に踏まれてたじゃないか。」


「兄さまのいじわる。」


 ジェリーはほっぺたをぷうっと膨らませた。


 か、かわいい!


 不覚にもそんな事を思ってしまう。


 妹に対しても、公爵家の令嬢に対しても、決して抱いてはならない感情なのに。


 ジェリーは慣れた手つきで魔法陣を描き、俺達は再び青い光の中へ消えた。



「ぎゃーーー!!」

「ふぇぇぇー!!」


 そして俺達は街のドブ川のど真ん中に転送された。


 慣れた手つき、というのを警戒すべきだった。剣術でも魔術でも何でもそうだが、ヘタな奴に限ってちょっと慣れてくると途端に上級者ぶってヘマをするものだ。


「アハハ、ウフフ……。」


 朝露と戯れる妖精のようにはしゃいでいるのはベルだけだ。


「……お前、もう俺の肩に乗るな。」


 やはり用心棒よりドブさらいだ。インフラ整備は大切な仕事だ。と、俺は思った。



「うえーん、兄しゃまぁー、ベトベトして気持ち悪うごじゃいましゅぅー。」


 全身、泥とヘドロにまみれて異臭を放ち、泣きベソをかいているジェリーを見て俺は少し安心した。


 聖女様のように麗しいのはもってのほかだが、普通の少女のように可愛らしいのも困る。


 妹として一緒に暮らすなら、これくらい残念な子の方が有難い。


 それに、自分はベトベトになりながらも土産の食品は死守したようだ。いまいち残念なところに根性をみせる姿も、妹として付き合うには好ましい。


「もう泣くな。帰ったらお前が必死になって持ち帰ったソーセージ入りのスパゲティを作ってやるから元気を出せ。」


「わあ〜♪ 夕ごはんは〜♪ 大きな〜大きな〜♪ ソーセージ〜♪ 豚さんの〜♪ おにく〜♪」


 ジェリーの調子の外れた残念な鼻歌を聴きながら、ベトベトの二人と一匹は夕暮れの中、家路についた。


「兄さまの〜♪夕ごはん〜♪ソーセージ〜♪兄さまの〜♪大きな〜♪」


「これ、そんな歌を歌うな!! 」


「ふええー。」


 俺に叱られ、ジェリーはまた泣きベソをかいた。




いつめ読んでいただきありがとうございます!

あと二話でおしまいです。


引き続きお楽しみいただけたら嬉しいです。

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