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プロローグ



 小さい街ではあるものの、中央広場へ続く目抜き通りは今日も人でごった返している。


 この辺りは若者の、しかも女の子に人気のある地区なので、大半が若い女の子か、若い女の子を連れた若い男達だ。


 そんな中、俺、リチャードは、女子に混ざり最近街で流行っているスイーツ、【まるで飲み物!しゅわしゅわ・ふるふるカステラ】の屋台の行列に加わっている。


 正確には全然混ざっていない。


 きっちりと分断されている。


 係の人が大声を張り上げ、間隔を開けずに並んで下さいと言っているのにも関わらず、俺の前後左右には模範的とも言えるソーシャル・ディスタンスがしっかりと保たれている。


 無理もない。


 【まるで飲み物! しゅわしゅわ・ふるふるカステラ】は、俺のような三十過ぎのおっさんが加わるのにおよそ相応しい行列とは言えない。


 おっさんにも色々あるから、稀にスイーツの似合うイケオジもいるかも知れない。


 しかし、自分で言うのも切ないが、俺は決してそう言う種類のおっさんではない。


 生まれこそこの街だが、辺境地区の警備のためその人生の半分を荒地で過ごして来た。


 長年、俺にとってのスイーツとは砂漠に生えているサボテンの実だった。


 したがってスイーツよりもどちらかと言うと肉が似合う。


 肉は肉でも、囲いの中で大切に育てられた仔牛や仔羊ではなく、サボテンの実を食べに来るイグアナの肉だ。


 そんな俺がなぜ、若い娘さん達の冷たい視線に耐えながらこんな行列に加わっているのか。


 笑いたければ笑うがいい。


 他人には解らないかも知れないが、これがおれの就活なのだ。



 さて、やっとの事で順番が回ってきたので、売り子の「ご注文をどうぞ」との声を合図に、俺は予め用意しておいた文言を声を張り上げ唱えた。


「しゅわふるカステラプレーンとチョコのハーフ&ハーフ、トッピングはバニラアイスとバタースコッチソース、あとタピオカとピーナッツとタロ芋、それと生クリーム多めで。」


 ふう、と、額の汗を拭う。


 昔から呪文は苦手だ。


 上手くいったのだろうか。


「はい、お待ちどうさま。」


 売り子から受け取ったソレを見ても、正しく詠唱できているのかどうかわからない。


 とりあえず俺は店を離れ、広場に並んでいるテーブル席へ向かって歩いた。


 目指すテーブルには、俺と同じ赤褐色の髪の少女が座っている。


 もっとも、俺と同じと言っても、俺の髪はドラゴンに焼かれてしまったので何も生えていないのだが。


 少女は背筋をぴんと伸ばし、靴の爪先をきちんと揃え、両手を膝に乗せて椅子に浅く腰掛けている。彼女の身につけているごく安物の服や靴におよそ相応しくない、きちんとした姿勢だ。


 しかし、屋台の行列を離れて向かって来る俺を見つけると、弾むように立ち上がり、手をぶんぶん振った。


「兄さま、こっち、こっち。」


 そう、この少女こそ、我が妹、ステラ。


 親子ほどは流石に言い過ぎだが、俺とこの妹はかなり年が離れており、妹はつい先日魔導学院高等科を卒業したばかりの18歳。


 兄の俺が言うのも何だが、妹は目鼻立ちも整っており、大層可愛らしく、お袋を疑いたくなるくらい俺とは似ても似つかない。


 妹は俺の持ってきた「しゅわふるカステラ以下略」を前にして、大きな瞳を輝かせた。


「うわあー、これが、噂の【まるで飲み物!しゅわしゅわ・ふわふわカステラ】ですね!美味しそう。早速、いただきます。」


 そう言うと目を瞑って口をあーんと開けた。


「………。」


「………。」


 暫しの沈黙の後、妹は


「兄さま。」


 と、少しだけ咎めるような目を俺に向ける。


「早くしないと、アイスが溶けてしまいます。」


 俺はがっくりとうなだれだ。


 やはりそうか。そうなのか。


 仕方なく、俺はスプーンでカステラをすくって妹の口に放り込んでやる。


 妹は小さな口を思いっきり開けて、ぱくっとスプーンを口に入れた。


「おいしいっ! 『プリン?いいえ、これはカステラです』と言う宣伝文句に嘘はありませんね! 口の中でしゅわしゅわとけて、本当に飲み物みたい。」


 と、頬に手を当てうっとりとする。そしてまた親鳥から餌をもらう雛鳥のようにあーん、と口を開ける。そんな事を何回か繰り返したのち。ふと俺の手からスプーンを取った。


「兄さまもひとくちいかが?」


 妹はそう言って、スプーンに山盛りのカステラをすくって俺の顔の前に差し出した。


「はい、あーん。」


 と、首を少し傾げ、口を少しだけ開けこちらに顔を向けている。


 まさかとは思うが、俺に食べさせようとしているのか!?


「あほたれ! んなことできるか!」


 慌てた俺は思わず大きな声を出してしまう。


 妹は一瞬目をキョトンとさせたが、俺の言葉の意味が解ると大きな瞳からはらはらと涙を落とし、さめざめと泣き出してしまった。


 他のテーブルについている人々が心配そうにちらちらこちらを見ているが、でかい図体のおっさん(俺だ。)が恐ろしくて口出しできないでいる。


 俺もさすがに慌てる。


「ちょっ、ばっ、泣くな!! 」


「だって、だって、兄さまが、兄さまが……」


「泣くな、そんなことで!! 」


「ごめんなさい、涙が止まらないの……どうしましょう、兄さまに嫌われちゃう、くすん、くすん……。」


 その時、ぶーん、と羽音がしたかと思うと、でっかい羽虫みたいな奴が俺の周りをわんわんと飛び回りだした。


「わわっ。」


「ちょっと! おっさん! ジェリー様を泣かせたらどうなるかわかってるでしょ!」


 ちっ、出やがった。


 そいつは、小指ほどの大きさに、背中に翅を持ち、一見すると妖精の少女のようにも見えるが、妖精と呼ぶには邪悪すぎる羽音でもって俺を威嚇する。


「わかった、わかったよ、食うよ、食えば良いんだろ! だからそんな風に俺にたかるな! 何か汚い奴みたいだろうが!」


 俺の「食べる」と言う言葉に反応し、妹はぴたっと泣きやみ笑顔を取り戻した。


 そして改めてスプーンを俺に突き出した。


「はい、兄さま、あーん。」


「…………。」


 俺は仕方なくカステラを口に入れる。


「兄さま、美味しい?」


「はい……。」


(何? あのおじさん。あんな若い子に食べさせてもらってる……親子?)


(にしても寒すぎ。女の子可愛そう。)

 

 ヒソヒソと話し声が聞こえる。


 俺は周りの視線が突き刺さり味も何もわからない。



 改めて言おう。


 これは大切な就活中なのだ。

 

 そして改めてもう一度言おう。


 この俺の口にスプーンを突っ込んでいるその少女こそが、我が妹、ステラ。


 ただし、外見だけだ。


 中身は公爵家の令嬢、レディ・ジェラルダイン。


 妹のステラと、レディ・ジェラルダインの中身が入れ替わっている、らしい。


 そして先程俺の周りを飛び回っていた羽虫みたいなのは妹の使役動物のベルだ。


        ⁂⁂⁂⁂⁂



 俺の名はリチャード。


 ただのリチャードだ。


 長年、辺境地区の警備を担ってきた。


 頼れるアイテムは自分のこの腕のみ。目の前の敵は魔物だろうがモンスターだろうが剣で真っ二つにしてきた男だ。


 しかし、ここ最近は聖都におわす聖女様のご加護も厚く、魔物や外敵に脅かされることもほとんどなくなった。


 そんな訳で俺は辺境警備の任を解かれ、数年ぶりに故郷であるこの街へ帰還して早、数ヶ月が過ぎようとしている。


 泰平の世なのは喜ぶべきことではあるが、剣術しか能のない俺は他に何かできることもなく、なかなか定職にありつけないでいる。


 そんな折、年の離れた妹、ステラが三年間の留学を終え聖都から戻って来た。


 魔力などカケラもない俺と違い、妹は生まれながらに魔法の才能に長け、奨学金を取って聖都に在る魔導学院高等科に行っていたのだ。


 王族、貴族に、幼い頃から英才教育を受けた裕福な家庭の奴らがほとんどの魔導学院に庶民の妹の入学が許可されるだけでも珍しいのに、奨学金まで獲得するのは大変稀なことだと言う。


 上流階級や金持ちばかりの学院で浮きまくってカースト上位の悪役令嬢にいびられなければ良いが、などと余計な心配をしたこともあったが、意外なほどの適応力を発揮して楽しく有意義な学院生活を送ることができたばかりか、ジェラルダインとかいう、さる公爵家の令嬢と意気投合したらしい。


 下町で男の子に混じって犬のように転げ回って大きくなり、その外見と頭の良さとは正反対の雑な育ち方をしてきた妹と、真綿にくるむように大切に育てられたしとやかなレディ・ジェラルダインではあるが、正反対の性格故に互いに惹かれ合うものがあったのだろう。


 何でも、おっとりしすぎて少々トロくさいレディ・ジェラルダインが、成り上がりの貴族の娘のイジメの標的になっていたところを妹が助けてやったのが縁だと言う。


 以来、宿題を手伝ってやったり何かと面倒を見てやっていたようだ。


 我が妹ながら、なかなか良いところがあるではないか。



 レディ・ジェラルダインは魔導学院高等科を卒業したら数ヶ月の花嫁修行ののち、他国へ嫁ぐ取り決めになっていると言う。


 それ自体は仕方がないが、嫁ぐ前に少しの間だけ自由気ままな暮らしをしてみたい。


 そう考えたレディ・ジェラルダインは、親友であり魔導学院主席のステラの力を借り、憑依魔法を用いてしばらくの間互いの身体を入れ替えたのだった。


 つまり、妹のステラはレディ・ジェラルダインとなり、今は聖都の公爵家屋敷に在り、レディ・ジェラルダインはステラとなり、こうして俺とスイーツを食べているという訳だ。


 そして、使役動物ベルは、レディ・ジェラルダインとして生活している本物の妹ステラが遣わした、いわゆる監視役だ。不思議なことに、妹になりすましているレディ・ジェラルダインにはベルの姿は見えないようだ。


 ステラの学院での様子やレディ・ジェラルダインとの関係も全てこのベルの情報によるものだ。何しろ、年が離れすぎているせいか、離れて暮らす時間が長すぎたのか、妹は全く俺に懐いていないのだ。


 


「ご主人様から聞きましたが、おっさんは無職のニートの穀潰しなんでしょ?」

 

 使役動物ベルは言う。


 ご主人様と言うのは、妹のステラのことらしい。


 何という言い草だ。妹の奴は他所で俺のことをそんな風に言っているのか。しかし本当のことなので反論できない。


「ジェリー様のお世話を立派にお務めすれば、聖都で仕官するのも夢ではないですよ。ジェリー様は気が弱いですから、ちょっと強く言えば何でも言うことを聞いてくれますからね。」


 こんな羽虫みたいなのにえらい言われようだ。きっと学院でも意地悪な下位貴族に小遣いをたかられたり、パシリなどをさせられていたのだろう。俺はレディ・ジェラルダインに密かに同情を寄せる。


 けれども、聖都で仕官とはごく魅力的な話だ。気の弱い令嬢に強引にゴリ押しをするのは可哀想だが、覚えを良くして取り立てていただくのは構わないだろう。


「ところで、ジェリー様ってのは何だ?」


「ジェラルダイン様だからジェリー様です。ご主人様はそう呼んでいたので私もそう呼ばせてもらっています。」


「なるほど。では俺もそう呼ばせてもらうか。貴族の名前は長すぎるから、呼ぶのも覚えるのも面倒くさい。」


「言っておきますけど、ジェリー様は立派にご主人様になりすましているつもりなので、おっさんが正体を知っていることを悟られないようにして下さいね。私の存在もジェリー様には内緒ですよ。ジェリー様はご結婚を控えた大事な身なんですから、こんな事が表沙汰になったら大問題になりますからね。そうなったらおっさんも永遠に無職でニートの穀潰しのままですよ。」


「わかったよ。」


 そんな訳で、現在、俺は妹になりすました公爵令嬢、ジェリーと暮らしている。


 断っておくが、これはあくまでも就活だ。


 無職生活を抜け出し、憧れの聖都へ仕官する為の夢への第一歩なのだ。


 外の世界は何があるかわからないから、婚姻を控えた令嬢の御身をお守りするためにはある程度過保護になるのは仕方がない。


 シスコンではないのだ。断じて。


 


 


 

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