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08

悪役令嬢?登場です。


 長いと思っていたジェリー嬢の"休暇"も、今日で終わりだ。明日の午前中にはここを立ち、公爵家のステラは魔導大学へ、ここにいるジェリーは公爵家のレディ・ジェラルダインに戻り、本来の生活を取り戻すことになるのだろう。


 俺とジェリーはいつものように居間で朝飯を食べ、後片付けをしている間に台所でベルが人形用の食器で朝飯を食べる。


 その後弁当を持ってプリンセス・ビクトリア記念植物園で午後を過ごし、市場を冷やかしながら夕飯の材料やちょっとした日用品を買って家路に就く。


 夕飯はジェリーの大好物の、刻んだソーセージをたくさん入れたスパゲティだ。ジェリーもベルも口の周りを真っ赤にしてしまうので、俺がナプキンで拭いてやる。


 部屋を石鹸のお香で満たしてジェリーを寝かしつけた後、いつものように俺は深夜の採掘場の吸血コウモリの駆除の仕事に出かける。


 家を出ようすると、わーんと邪悪な羽音と共にベルがやってきて、肩にとまった。


「おっさん、結局、仕官はできそう?」


「どうかなあ。まあ、なるようになるさ。」


「そっか。励めよ、おっさん。」


 ベルは大きく欠伸をすると、わーんと音をさせてどこかへ行ってしまった。



 帰宅して居間に灯りを灯すと、ジェリーが自室から顔を出した。


「どうしたの? 眠れないの?」


「はい。ちょっと……。」


 ジェリーは俯いて何か言いたげだ。


「眠れなくても、横になっていた方がいいよ。明日はもう立つんだから。」


「兄さま、今日は一緒に寝て下さる?」


「ふぁっ!? 」


 ジェリーの思いがけない申し出に俺は面食らう。面食らうなんてもんじゃない。かっと体が熱って汗が吹き出し、オヤジ臭が加速してしまうではないか。


「兄妹なんですからおかしくないでしょう? 親友のジェリーは、兄さまとよく一緒に寝ていましたよ。」


 ジェリーは俺の手を引き部屋へ招き入れた。


「そ、それは、ずっとずっと小さな時だろう?」


「そうですけど、兄さまはもう何年も前にお家を出ておしまいになったんだもの。もし近くにいらっしゃれば、きっと今でも一緒に寝てくださいます。と、親友のジェリーは言っていました。」


「えーと、いやでも、俺はひと仕事終えた後だし、汗臭いぞ。足も臭いし、おっさん臭も……。」


 いかん。自分で言ってて泣けてくる。


 しかし、ジェリーはいつものようにおっとりと優しく笑って俺の近くに顔を近づけ、鼻をすんすんとさせた。俺は思わず身を引いてしまう。


「兄さまは優しい匂いがします。お陽さまの匂いと、雨上がりの土の匂い。この前お昼寝した牧場の匂いが。」


 言い方が違うだけで、ようは家畜と同じ臭いじゃないのか?


 しかし、俺はジェリーの隣に身体を横たえた。ジェリーだって、本当ならば最後の休暇をその兄さんと過ごしたかったろうに、何の因果でこんなおっさんと暮らさねばならなかったのか。


 せめて兄の代わりとなってやろうと俺は思った。これは就活などではなく、純粋に妹を想う兄の心だ。


 笑いたければ笑え。シスコンだろうが何だろうが、言いたい奴には言わせておけだ。


「その、ジェリーって言う女の子。」


「はい。」


「同級生の王子様と結婚するんだってね。ヘンリー王子はとても秀麗で頭も良いと王室ジャーナルには書いてあったよ。」


「兄さま、詳しいんですのね。」


 ジェリーは言う。結婚を控えた娘が、自分の結婚の話題にこんな寂しそうな顔をするものだろうか。


「その子は何の取り柄もないから、せめて王室のために有意義な結婚をすることでしか、国民の皆さまのお役に立つ方法がないのです。」


 そう、ヘンリー王子は秀麗で頭が良い。しかし、王室ジャーナルに書かれていたのはそれだけではなかった。『ヘンリー殿下、留学先の聖都でちょっぴり羽目を外される!? 』『ヘンリー殿下の次なるお相手は、なんとご婚約者、ジェラルダイン公爵令嬢のクラスメイトのジョーシー嬢!? 』……。


 ベルによれば、ジョーシー嬢はジェリーをいじめていた首謀者だ。自分の婚約者をいじめていた奴とそんなスキャンダルを起こして、ヘンリー王子は一体何を考えているのだろうか。


 しかし、『!?』が表しているように、必ずしも事実とは限らない。こう言った読み物はそうやって部数を稼ぐものだ。


 例え事実だったとしても、結婚すれば落ち着くとも考えられなくもない。世の中にはそういう男はゴマンといる。俺にはその気持ちはわからないけれど。


 俺はジェリーを励ました。


「その子はきっと幸せになれるよ。自分ばかりか、王子を幸せにすることができるさ。それに、結婚しても、ステラが遊びに行けば寂しくないだろ?あいつは、いや、お前は怖いもの知らずだから、隣国の王宮でもお構いなしに転送魔法を使って毎日だって会いに行けるさ。」


「ステラが、遊びに。」


 その考えにジェリーは少しだけ元気になったようだ。顔を上げ、甘えるように俺の顔を覗き込む。


「その時は兄さまも一緒に来てくださる?」


 一瞬、チャンスだと思った。


 親友の兄として、輿入れに同行を願い出ればおそらく簡単に叶うだろう。


 しかし、こんなに不安がっているジェリーにつけ込むようで、とても残酷なことに思えた。それでなくとも、この娘は自分の人生を散々政治に利用されているのに。


「ドブさらいの仕事があるから、日帰りならね。」


 俺はやっとそれだけを言うことができた。


「きっとね。」


 ジェリーは頭を俺の胸に乗せ、目を閉じた。



 明け方、俺の胸にすがっているジェリーの腕をそっと外してベッドを抜け出した。俺のシャツは涙とハナミズとヨダレでガビガビになっている。


 期待を裏切らない残念さに、思わず顔がほころぶ。



 ドブさらいの仕事を終え、いつものパン屋でパンを買う。ジェリーの大好きなクロワッサンと、ベルのお気に入りのブリオッシュ。


 ジェリーはクロワッサンひとつも食べきれないが、何だか満たされない思いを埋めるような気持ちで、袋にいっぱい買った。


 街が目覚めるひと足先に仕事を始める人々が忙しく行き交う。


 しかし、今日は何だかいつもより街がざわついている。


 口々に皆が同じ話題をしている。


 「聖都」「婚約破棄」「公爵家令嬢」「隣国の王子」「魔導士団の元幹部」そんな言葉が噂話を飛び交っている。


 俺は道端に落ちていた昨日出たばかりの王室ジャーナル臨時号を拾って唖然とした。


 大急ぎで新聞屋へ行き、目ぼしい読み物を片っ端から漁る。王室ジャーナルに留まらず、様々なところから号外が出ていた。


 それらの記事を読み合わせると、おおよそ次のようになる。




 何でも、隣国のヘンリー王子は自国にいる時からの遊び癖が祟り莫大な借金をこさえていたそうだ。頼みの綱は婚約者レディ・ジェラルダインの莫大な持参金だが、借金が表沙汰になれば結婚自体が白紙になってしまう。


 それにつけ込んだロイドという男が、借金を肩代わりする代わりに娘のジョーシー嬢を第二夫人にするよう持ちかけた。


 ジョーシー嬢の父親ロイドは金で爵位を得た商人上がりの下位貴族だ。それ自体は何ら問題はないのだが、どうやら方々で横領、収賄、密売などを働いていたらしい。借金で首根っこを抑えた第二王子の妾として娘を送り込めば、隣国への太いパイプを持つことになると考えたのだろう。


 そんな折、魔導学院高等科の卒業と同時に性格が豹変したレディ・ジェラルダインによりロイドの数々の汚職とヘンリー王子との癒着が明らかにされた。


 しかし、金とジョーシー嬢の蠱惑的な魅力に目が眩んでいるヘンリー王子は、事実無根の捏造だとレディ・ジェラルダインを激しく批判し、隣国からも厳しい抗議があった。


 隣国の王子の名誉を汚し、下位貴族いびりという公爵家令嬢にあるまじき振る舞いをしたとして、レディ・ジェラルダインはその場で婚約は解消、私有財産は全て王子への名誉毀損の賠償金に充てられる事となり、公爵家はもちろん聖都からも追放となった。


 しかし、これで全てが終わったと思われた時、オーランド山の麓の農村でほったらかしにされていた元魔導士のアースラが聖都へ移送されて来た。アースラの供述により、ロイドの罪状は明白となり、芋づる式にヘンリー王子との関係も公のものとなったのだ。


 逃亡を計ったヘンリー王子とロイドは、蠅の王ベルゼブブ配下の蠅騎士団により早々に取り押さえられた。ベルゼブブがなぜ人間の揉め事に干渉したのかは不明だが、魔物とは本来不可解なものだ。


 ロイドは捕らえられ、爵位は剥奪、ジョーシー嬢は母方の実家預かりとなるが、逃亡を防ぐためにジョーシーの周りを大量の蠅が飛び交い監視しているという。


 自国に帰されたヘンリー王子は出家させられ修道院に永蟄居の身となったが、こちらも蠅の監視付きだ。


 そして、レディ・ジェラルダインの潔白は証明されたものの、世間を騒がせた責任をとり、公爵家と聖都追放の罪を甘んじて受ける事となる。


 自ら"悪役"を買って出て、世を正したレディ、いや、今はただのジェラルダインだが、人々は称賛を込めて呼ぶ。


 悪役令嬢と。




「ステラのやつめ。何が悪役令嬢だ。」


 俺はひとりごちた。


 しかし、ジェリーにとってはそれがいちばん幸せなのかも知れない。辺境で大好きな兄さんと一緒に暮らせるのだから。



 俺は家へ戻っていつものように朝飯の支度をする。


 二人で、いや、ベルもいたな。二人と一匹でする朝食も今日が最後だ。


 そう言えば、ベルが見当たらないな。大捕物のねぎらいに、もう一度くらい屠殺場に連れて行ってやりたかったが、なにぶんお呼びがかからないのだ。許せよ。


 カチャリと扉が開く音がして、ジェリーが黙って居間に現れた。いつもより髪がきちんと梳かされていて、俺が買ってやった髪飾りもきれいに留めてあった。服装もずいぶんとマシになっているが、ブラウスの一番上のボタンだけ、留め忘れていた。


「なんだ、一人でできるようになったじゃないか。」


 俺は近づいてブラウスのボタンを留めた。


 いつもなら、ふんわりとした顔で「良い朝でございますね。」なんて言うくせに、今日は黙りこくっている。それどころか、顔を背けて耳まで赤くしている。


 ふと、たっぷりした赤褐色の髪の中に、ベルが隠れているのが見えた。


 そういうことか。


 ジェリーにお別れを言えなかったのは残念だが、まあいいか。きっと今頃は辺境で兄さんとの再会を喜んでいる事だろう。


 俺はぽんと頭を叩いた。


「おはよう、悪役令嬢さん。」


「な! ち、違うし!」


 真っ赤な顔をさらに赤くしてステラは言った。


「朝飯食うか?」


「べ、別に食べたくないし!」


「そりゃあ残念だな。せっかくコーヒー牛乳淹れたのに。見よ、このラテ・アートを。タイトルは不死鳥の復活だ。」


 ステラはちらっとコーヒーカップを盗み見た。


「ふぉぉ〜っ……はっ、ち、ちょっ、バカ!? 頼んでないし!」


「わかったよ。ベル、お前は食うだろ?」


「さんきゅー、おっさん。」


 わーん、と邪悪な羽音をさせて、ベルは俺の肩に乗った。


「ちょっ! たっ、食べないとは言ってないし! 食べたくはないけど! 食べてあげても良いけど! 暇だし! かっ、勘違いしないでよね! 牛乳がもったいないだけだからね! むぐっ!」


 俺は早口でまくしたてている妹の口にクロワッサンを押し込んだ。


 何しろ山ほど買っちまったからな。


お読みいただきありがとうございます。

次章はエピローグです。

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