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三国志の関興に転生してしまった  作者: タツノスケ
第四部・赤壁炎上編
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89.関羽、曹操を見逃す

曹魏の水軍を燃やし壊滅させた勢いに乗って、周瑜は劉備とともに水陸から江陵に攻め寄せた。守る曹仁との死闘を制し、江陵を占領した周瑜のもとに、思いもよらぬ報せが届いた。


「なに!?曹魏によって丹陽・呉郡・会稽が奪われ、都の建業も陥落しただと?

 馬鹿馬鹿しい!孫呉軍にこれ以上侵攻されるのを食い止めるために、曹操が流した偽報に違いあるまい」


周瑜は捨ておいたが、その噂は本当だった。

孫策の忘れ形見で今は行方不明となっている孫紹が――正確に言えば、孫紹と名乗る者が守兵のいない丹陽・呉郡・会稽の郡城を次々に占領し、瞬く間に孫呉の都・建業を()としたという。


孫紹は本物か、偽物か?

いや、それよりなぜ孫紹が孫呉を攻撃する?


◇◆◇◆◇


時計の針を、曹操が病に倒れた時点に巻き戻そう。


医者の張仲景が烏林の陣営を訪れ、苦しそうに()している曹操を診察した。


「間違いなく傷寒病ですな」


「……治るのか?」


「病人を隔離して煎じた漢方薬を服用させ、生水を飲まず消毒を徹底し衛生的な環境で静養させれば、助かる見込みは六,七分、と言ったところでしょうか」


「わしはまだ死にとうない!頼む、御礼ならなんでもするぞ」


曹操は張仲景にすがる。


「私は医者です。患者を助けるのが私の使命。それよりも、病で苦しむ丞相のもとに、傷寒病の専門医の私を派遣してくださった関興殿に感謝なさるのですな」


「なにっ、秦朗が?!まさか……」


説明しよう。


『傷寒論』を書いた医者の張仲景は三国志には登場しないけれども、漢方の世界では“医聖”と崇められる存在であり、荊州・長沙の太守を務めたこともあるそうだ。前世の知識で疫病の流行を知っていたオレは、あらかじめ関羽のおっさんに長沙で張仲景を捜すように頼んでおいた。


言っておくが、オレは曹操の命を救いたいと願う忠臣なんかじゃないぞ!

九つの州を掌中に収める曹操が今死ねば、天下は再び分裂し董卓跋扈の頃のような大乱に陥ってしまう。無辜の民が家を焼かれ飢餓に襲われ、人が人を食うような地獄は二度と繰り返してはならない。


三国志演義の中で諸葛亮も言っていた、「曹操の天命はいまだ尽きておらぬ。殺す事は不可能であるし、下手に殺せば今度は孫呉が強大になって対抗できなくなるだろう」と。


……というのは表向きで、傷寒病の流行を利用して、俺が構想を温めていた天下三分の計(改)――赤壁の戦いで敗れた曹魏軍の損耗を最小限に(とど)めて曹操に恩を着せるとともに、関羽のおっさんを(かつ)いで荊州に割拠する――を実現できそうな絶好の機会だから、というのが本音なのさ。



ま、口で説明するより、オレが影の主役となったこの世界における“赤壁の戦い”の裏話を聞いてくれ。


曹魏軍と孫呉軍が長江を挟んで睨み合っている中、関羽のおっさんは長沙を攻めて医者の張仲景を訪問し、曹魏軍に流行している傷寒病を治療して欲しいと頼んだ。


三国志演義の話の中では、赤壁の戦いの後に()()は手勢五百を連れて()()()()()するのだ、老将・黄忠と一騎討ちを演じたりして。長沙を攻めるタイミングを少し早めるくらい、史実改変のバチは当たるまい。


そうして烏林の本陣奥で病に()せる曹操の前に、関羽のおっさんが姿を現した。


「丞相、お久しぶりでござる」


「げえっ。か、関羽……でっ、出あえぃ!賊の狼藉(ろうぜき)じゃ!」


だが護衛の者は主君のピンチに誰も駆けつけて来ない。それもその筈、本陣にはもはや誰一人動ける者は残っていなかった。


「き、許褚(きょちょ)はどうした?」


許褚(きょちょ)殿も体調が優れぬようですな。もしや傷寒病に(かか)っておるのでは?あの剛の者は三合であっさり倒せましたぞ」


無慈悲に答えた関羽にあせる曹操。


「関羽……わ、わしを殺しに来たか?」


「……そうですな、返答次第によっては」


「やよ、関羽。――英雄も病には勝てず惨憺(さんたん)たる有り様じゃ。まったく進退ここに(きわ)まる。一死は惜しまねど、英雄の業、なおこれに思い止るは無念至極。どうか昔の恩を思い起し、わしの危難を見逃してくれ」


関羽のおっさんは、吉川英治をオマージュした芝居チックな曹操の言い回しに思わずプッと吹き出す。が、すぐに真顔に戻って青龍偃月刀を構えると、


「俺は荊州動乱に際し、興だけでもなんとか無事に生き残ってもらいたいと願い、丞相にあいつを預けたつもりだった。なのに丞相は今、興を粗末に扱っているそうですな。なんでも、唐県の牢に幽閉しているとか……」


「ヒィッ。だ、だが牢に閉じ込めたのはわしではない!丕じゃ!」


軍神に返答次第では殺すと宣告された曹操は、慌てて曹丕に責任をなすりつける。


「俺の望みはただ一つ。興は俺の子だ。今すぐに返していただきたい」


「秦朗を?よ、よいとも!それでわしの命が助かるのなら」


「ならば、俺は興を牢から救い出すために今から進軍しますが、ここ烏林から唐県までの領地は切取り次第ということでよろしいですな?」


「そ、それは欲が過ぎる……ヒイッ!」


文句を言いたげな曹操をジロリと睨んだ関羽は、殺気を漂わせて、


「もともと荊州は亡き劉表殿の治められた土地。俺は劉表殿に遺言で、荊州の領民と領地を守って欲しいと託された者。お返しいただきましょうか?」


「わ…分かった!荊州はおまえに譲るッ。だから、わ、わしの命は……」


「交渉成立ですな。“俺の無能なるため、丞相はつい討ち洩らしてござる”。そういうことにしておきます。それでは先生、丞相の看病を頼みます」


と関羽は医者の張仲景に一礼して、烏林から立ち去った。

助かったと安堵した曹操だったが、医者の張仲景は厳しい声音で、


「傷寒病の患者は、完全に治癒するまで一か月間隔離しなければなりません。傷寒病に(かか)った将兵数万人が駐屯する、ここ烏林の地をロックダウンします。もちろん、曹丞相も例外とはまいりません」


「なんじゃと?そ、それではわしは秦朗と同じ目に……」


「残念ですが、そういうことになりますな。

 また、傷寒病のこれ以上の感染拡大を防ぐために、感染源となる病人の糞便・吐瀉物は焼却処分する必要があります。無念にも亡くなった患者の遺体も同様、火葬に付さなければなりません。ですが、毎日数万人分のそれらを処理するのは甚だ困難です。どこかに密閉貯留するしか道はありません」


「くそっ…そんな場所、船しかないではないか!」


哀れ、烏林に停泊している旧荊州水軍の楼船は、傷寒病患者のウ〇コを貯める容器として使われることになった。


 -◇-


「善哉、俺は決めた。いざ孫呉に向かって出陣じゃ!」


と勇ましい号令を掛けた曹丕であったが、曹操の宿将らはこぞって反対した。


「丕殿下、お待ちあれ!丞相はわしの病が癒えるまで持久の策を徹底しろと仰せになった。いかに丕殿下の仰せであろうと、我らは丞相の作戦に反する号令に従うわけにはまいりませぬ」


と江陵に布陣する曹仁が出陣を拒否する。水軍を指揮する徐晃も、


「それに主力だった水軍は、烏林に停泊しております。彼の地はロックダウンされ、江陵に残っている百隻の楼船・数百隻の艨衝もうしょうだけでは、百戦錬磨の周瑜にはとうてい対抗できません。今は持久の策を堅持し、決戦は後日に期するのが良いと俺も思慮いたします」


と諫言する。もちろん、盟友・史渙(しかん)もそれに同調した。


「うぬぬ……じゃが、程昱が孫呉の将・黄蓋(こうがい)の調略に成功して、寝返りの承諾をもらっておるのだぞ!千載一遇のチャンスではないか!」


「果たして黄蓋(こうがい)とやらの内応が信用できますかな?戦は机上で(めぐ)らせるだけのものではありませぬぞ!」


と首を傾げ、拙速をたしなめる徐晃。軽くあしらわれた曹丕は、


「ええいっ、もうよいわ!おまえらには頼まぬ。誰ぞ俺の作戦に賛同し、出陣したいと願う者はおらんのか?!」


と怒声を上げる。座が白ける中、于禁がすくっと立ち上がり、


「さても弱気な諸将方よ。周瑜の戦上手に()()づいたか?!曹魏の兵は八十万ぞ。たかが数万が疫病に倒れたとて、なにほどのことやある?丕殿下、五虎将の筆頭たるわしにお任せを!」


と名乗りを上げた。

八十万って。まさか于禁は、額面そのままの数字を本気で信じているんじゃないだろうな?敵どころか己を知らずに戦いに臨もうとは、大丈夫か?

なのに曹丕は喜び、


「おお、さすが于禁将軍よ!もしも次の会戦に勝利し孫呉を倒せば、鎮南将軍に任ずるよう父上に口添え致そう」


と破格の恩賞を呈示した。恩賞に目が眩んだのか、毛玠(もうかい)や蔡瑁らも参戦に手を挙げた。

おいおい。鎮南将軍は、曹操が孫呉を屈服させた後に関羽のおっさんに授けると約束した恩賞なんだけど。勝手に先走ったら大変な問題になると思うが……ま、赤壁の戦いでは曹魏は負けると決まっているから、そんなのどーでもいいか。


程昱・董昭は、于禁・毛玠(もうかい)・蔡瑁に、江陵に残る全軍船を率い烏林に布陣するよう策を授けた。


「そうすれば、実際は動けないものの烏林に停泊する楼船数百隻とあまたの軍営を背後に従え、あたかも重厚な布陣のように見せかけて孫呉軍を威圧できまする。

黄蓋(こうがい)が約定どおり内応すれば、とても(かな)わぬと見た孫呉の諸将は、雪崩を打って我が曹魏軍に寝返りを図るに違いありません。

これぞ“戦わずして勝つ”孫子の兵法の正しい応用でございます」


関羽は三合で倒したと言っていますが、たぶん許褚(きょちょ)は死んでいません。義侠心の厚い関羽のおっさんは、病を堪えながらも主君の曹操を守ろうとする許褚(きょちょ)の男気に感じて、命だけは見逃してやろうとするはずです。きっと青龍偃月刀の柄で身体を突き、許褚(きょちょ)を失神させるに止めたのでしょう。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >きっと青龍偃月刀の柄で身体を突き、許褚を失神させるに止めたのでしょう。 というか、チフスの症状の下痢で・・お漏らししないように 尻の穴に力を入れてすぼめながら内股でよちよち歩く許褚…
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