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三国志の関興に転生してしまった  作者: タツノスケ
第四部・赤壁炎上編
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81.劉備、当陽で曹操軍の追撃を受ける

「なんと!丕殿下は蟄居(ちっきょ)謹慎中の秦朗めを外に出してやったと?」


「まあ、その……なりゆきで、な」


曹丕は気まずそうに頬をポリポリと()く。参謀の程昱は呆れて、


迂闊(うかつ)でしたな。虎に翼をつけて野に放つようなものですよ!」


「程昱、おまえの考えすぎだ。奴はまだガキだぞ」


「秦朗めにまんまと(だま)されましたな。あやつは曹沖様と同様、丕殿下のライバル。せっかく捕らえた秦朗がこのまま逃げて、再び劉備たちと結託したら?」


「いやぁ、秦朗はちゃんと帰って来ると言ったし……」


ハアッと溜息をついた程昱は、


「仕方ありません。私どもでなんとか秦朗を押さえ込む方法を考えましょう」


 -◇-


そして襄陽の幕府では、程昱と董昭が曹操にお目通りを願った。


「降伏した荊州を新たに我が領地に組み込んだばかりで、丞相が内政にお忙しいのは分かりますが、至急片付けなければならぬことがあるのではないかと存じます」


「何じゃ、急を要することとは?」


曹操は思い当たらず程昱らに聞き返す。


「荊州から逃げ出した劉備です。斥候の報告によりますと、荊州の軍事拠点であった江陵を占領して、曹操軍と対決するつもりだと吹聴しているとか。現在、難民十万を連れて南下しておるそうです」


「いかん!程昱・董昭、すぐに劉備を追う手筈を整えよ!」


「ははーっ」


と、そこに。「お待ちください、曹丞相!」と曹操を止める将軍がいる。張遼だ。


「かつて西平の戦いの折に、関羽は丞相が仕掛けた“埋伏の毒”となって、劉備の孫呉撹乱を後押ししろと命じられたはずです。その時、丞相はおっしゃいました。


――関羽よ、おまえは劉備のそばに付いておれ。あの兎野郎に搭載された自動乗っ取り機能が発動するのを、ただ黙って見守っておればよい。荊州乗っ取りが失敗すれば、次にあいつは必ず孫権の元に逃れようとする。おまえも付いて行け!


と。今まさに、劉備は南に向かって孫権の元に逃れようとしております。劉備と関羽はこのまま放置すべきではありませんか?」


張遼の進言をうんざり顔で聞いていた曹操は吐き捨てるように、


「フン、くだらん。

 張遼、おまえが親友の関羽を(かば)いたい気持ちは分かる。だが、あの時とは事情が変わったのじゃ。

 わしは今、天下九州を手に入れた。涼州・交州の辺境を除けば、天下の十分の八がわしの物じゃ。わしの天下一統に反対し抵抗する者はもはや劉備のみ。奴さえ抹殺すれば、残る揚州の孫権も益州の劉璋も、必ずやわしに屈服する。

 今さら兎野郎を孫権の元に追いやって、内部撹乱させる意味などない」


「しかし……」


「くどいぞ、張遼!わしはもう決めたのじゃ!」


曹操は程昱と董昭に命じて、曹純とともにひとまず騎馬隊五千を遣ることにする。董昭が尋ねるには、


「曹丞相、江陵の占領と劉備の始末はどちらを優先させましょうか?

 先日我らに降った元荊州の重臣・蒯越の話では、江陵には軍船数千隻のほかに、武器・兵糧・金銀財宝が蔵いっぱいに積まれているとか。劉備のような雑魚など放っておいて、いち早くこれらを回収するのが先決かと」


「うぬぬ……迷うところではあるが、兵糧に悩む我らにとって江陵の貯えは無視し難い。とりあえず兎野郎を追え。追撃むなしく兎野郎を取り逃がした場合は、やむを得ぬ。決して金銀財宝に目が眩むわけではないが、江陵の占領を優先しろ」


と指示を出し、逃げる劉備の後を追わせるのだった。


◇◆◇◆◇


難民十万を後ろに連れてのろのろと南下する劉備一行の歩みは、一日に十里も進まなかった。苛立つ劉備は、


「孔明よ、江陵はまだか?」


「ここは当陽という砦。江陵までようやく半分を過ぎたところです」


「襄陽を去ってからもう十日は経つぞ。こいつら愚民の足が遅いせいで、曹操軍に追いつかれたら本末転倒ではないか?!」


(……それも計算の内)

と女神孔明は内心つぶやく。


遠くで馬の(いなな)きと兵士の雄叫びが聞こえるような気がした劉備がふと後ろを振り返って見ると、はるか後方から黒く煙った砂塵がもの凄い勢いで近づいて来る。曹操軍の追っ手が猛スピードで馬を駆けるために、()き上げられた砂ぼこりが黒く煙って見えるのだろう。


劉備は慌てて、


「いかん!俺らを皆殺しにしようと曹操の騎馬隊が殺意をみなぎらせて襲い掛かって来やがるぞ。孔明、どうすればいい?」


「ご心配なく、逃げ道は確保しています。ここから東に向かえば川が流れており、向こう岸とつなぐ橋が一本だけ架かっています。それが長阪橋です。張飛、かねて授けた作戦のとおり、我らが逃げおおせた後に長阪橋を落と……」


孔明の授ける作戦を耳にするやいなや、劉備と張飛らは我先にと馬を駆け、東に向かって逃げて行く。


「ちょっと、待ちなさーい!軍師の私を置いて行くなんて、どういうつもり?」


当陽の野にポツンと一人置き去りにされた女神孔明。

そして残ったのは、劉備に(だま)されて逃避行に加わった十万の難民の群れ。

そこへ劉備を追って来た曹操軍の騎馬隊が突入した。


「キャーッ!」

「うわぁぁ、助けてくれー」

「ひいぃっ、やめてー」


恐怖と絶望で泣き叫びながら、右往左往し大混乱に陥った十万の難民の群れは、女神孔明をも呑み込み、当陽の荒野を逃げ惑う。


「どけどけぇーい!劉備はどこだ?邪魔をする奴は斬るぞ!」


曹純指揮下の軽騎兵はそう叫びながら、群れる難民たちを追い払い、姿の見えぬ劉備を懸命に探す。だが、難民を見捨ててとうに東に逃げ去った劉備が見つかるはずもない。しびれを切らした参謀の董昭が、


「ええい、このままでは(らち)があかん。邪魔な難民どもは斬り捨てい!」


と無差別殺戮を命令した時、後方から兵士の歓声がどっと沸いた。よし、さては劉備を見つけたか、と期待しながら将軍の曹純と参謀の董昭が近づいてみれば、


「あっちの方で、金が降って来てるらしいぞ!」

(やぐら)の上から誰かが金をバラ撒いてるようだ」

「梁玄の奴、三百銭も拾い集めたんだって。さっき自慢してた」

「なに!?こんな一銭の得にもならないような面倒な仕事なんか放っておいて、俺たちも金を拾いに行こうぜ!」


と話しながら、軽騎兵たちがどんどん離脱して行く。その間に、難民たちは追っ手から離れて遠くへ逃げ去る時間の猶予が生まれた。


「おいこら、馬鹿者っ!戻れーっ!」


と董昭が叫ぶが、誰も聞く耳を持たない。程昱がハッと悟り、


「いかん。これは計略だ!」


「なに?」


「人の金銭欲につけ込み惑乱させる計。見よ、まんまと我らの兵は劉備を追わず、金を拾い集めに走っている」


「おのれっ、何奴の謀りごと?!」


曹純と董昭は怒りに満ちて、誰かが金をバラ撒いていると兵士が噂する当陽の(とりで)(やぐら)の下に来てみれば。


「あっ!し、秦朗……!」


「きさま!何をやっておる?」


と曹純が叫ぶ。オレは(やぐら)の上から平然と、


「華歆殿の命令なのです。曹操軍の足しになるよう二百万銭を寄付しろと申されたので、オレは曹操軍の兵士の皆さんにこうして金をバラ撒いているだけ。

 さあ、まだまだ金ならありますよ!ほれほーれ!」


(あお)りながら、五銖銭の束を(やぐら)の上からどんどん()き散らす。


騎馬隊の兵士たちは、歓声を上げながら落ちて来る金を漁った。彼らは本来の命令――劉備の追撃や難民の殺戮のことなど、きれいさっぱり忘れていた。


「やめろっ!きさまの行為は俺たちの任務の邪魔でしかない!」


オレは悲しげに、ふうっと溜息をつくと、


「オレは降将の身。“勝ち組”の華歆殿に課された、二百万銭を払わなければ首を刎ねるという不条理な命令にさえ、従わざるを得ません。しかも全額自腹なのです。

 でも、華歆殿はいつどこで曹操軍のどの部隊に寄付すればいいのか、何も指定されなかった。困ったオレは、用意が整った今日たまたまこの当陽の地で曹操軍を見かけ、こうして寄付行為に及んでいるわけです。苦情は華歆殿にお願いします」


オレのヘリクツを苦々しげに聞く曹純。


――まあ、自腹なんてウソだけど。


三国志演義モードの(2)南へ逃げる劉備を慕って同行する荊州の民十万は、曹操軍の追撃に当陽で追いつかれ、無差別に殺戮される。


史実と異なり無残に殺される彼らを、オレはなんとか救ってやりたいと考えた。

ちょうどその時、腐れ儒者イヤミ三銃士の一人・華歆がオレに二百万銭を供出しろという、むちゃくちゃな要求を突きつけやがった。オレが贋金作りで稼いだ金を全部吐き出せばたぶん支払えるけど、奴の嫌がらせに唯々諾々と従うのは腹立たしい。


その時、オレは悪知恵を思いついた。

曹操の金蔵から金を拝借(笑)しそれを曹操に寄付してやろう、と。

幸い、オレの配下には盗人上がりや錠前破りなど、裏稼業に手を染めた悪党が名を連ねている。金蔵から金を盗み出すことなど朝飯前だ。


これに程昱が名づけた「金銭欲につけ込み敵を惑乱させる計」を組み合わせれば、オレの懐は痛まず、金に目が眩んだ敵軽騎兵の気を()らして、難民の命を救うというオレの目的が達せられる。


ちなみに、金銭欲につけ込み敵を惑乱させる計としては、三国志では曹操と馬超が対戦した潼関の戦いで、曹操の危機を救うため丁斐が使った謀略が有名だ。

 曹操が単独で渡河しようとした時を狙って馬超軍が騎兵で襲いかかり、あわや曹操が捕らえられそうになった。丁斐は多くの牛馬を放して敵兵の気を逸らしたため、曹操は無事渡河して徐晃・朱霊らが守る陣に入ることができた、という事例がある。


今、劉備に付き従う十万の難民が曹操軍に追いつかれるのは、前世の記憶で当陽だと分かっている。

地図を見れば分かるように、我が唐県から当陽まで金を運ぶよりも、金銀財宝が貯えられている江陵から当陽へ運んだ方がはるかに近い。どうせ、江陵はもうじき曹純に()とされるんだし。


そこでオレは悪党を誘って江陵の金庫からまんまと二百万銭を盗み出し、それを当陽で気前よく敵の騎兵たちにバラ()いてやった、というわけだ。



さて、難民たちも無事に逃げおおせたし、そろそろ潮時かな。


「曹純殿、オレなんかに(かか)ずらっていても良いのですか?丞相のご命令では、劉備を捕らえろ!もしくは、早急に江陵を占領しろ!だったと思いますが……」


ハッと本来の任務に気づいた曹純に向かってオレは、


「劉備のクソ野郎なら、東の長阪橋の方に百騎ほどで駆けて行きましたよ。オレは曹純殿が来る前からこの(やぐら)で見ていたから確かです」


と親切に教えてやった。曹純はバラ()かれた金を意地汚く漁る兵どもに、


「劉備を逃がすな!追え、追えーっ!追わぬと斬るぞ」


と命令すると、再び集まった騎兵らを率い、長阪橋の方に進撃して行った。


すみません、仕事の都合でしばらく投稿が不定期になりそうです。


次回。劉備に置き去りにされた上に、曹操軍の騎兵に追い立てられ逃げ惑う難民の群れに巻き込まれた女神孔明がピンチに陥る!

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