06.諸葛孔明、関興に恩を着せる
おちゃらけ回です。
赤ん坊の関興の前に、ウザい人が登場します。
晩秋。気温がぐっと下がり、冷たい北風が新野の地に吹いた。
寒い。赤ん坊のオレは毛布にくるまれ、籠に入れられて訓練を見学している。
というか、ベビーシッターに預けているんだから、こんな寒い日まで外に出さなくてもいいだろ!
「だってパパ、興ちゃんと一緒に過ごしたいんだもん!」
オエッ、気持ち悪。おい関羽のおっさん、オレにウインクするのはやめてくれ!
ちなみに関平君は、暖かい部屋で家庭教師に学問を教えてもらっている。オレもそっちの方がいいんだけど。
今日の屯田兵たちは、耕した土地に駐屯地から運んで来た糞尿と藁を犂込み、種蒔きをした。小麦だろうか?
昼飯を食べたら、いよいよ鬼捕子の始まりだ。
「おまえら、準備はいいか?鬼に捕まったら、腹筋・腕立て各二百回な」
「昨日までの俺たちとは一味違うぜ。隊長たちこそビビんなよ!」
自信ありげに答える馬鹿な兵隊ども。
笛が鳴った。
確かに、今日の兵たちの動きは昨日までとは違う。どうやら真剣に逃げる役とそいつらを鬼から防御する役に分けたようだ。
逃げ役は壁を作った防御役に守られながら逃げに徹し、防御役は鬼の猛進を止めるべく、自らを犠牲にして関羽のおっさんや佰長にタックルを仕掛けて来る。
「うりゃああーっ!」
だが佰長たちも手慣れたもので、防御役を次々に足蹴にぶっ飛ばしながら、逃げ役の兵を追走する。あーあ、鼻血出して倒れてる奴もいるじゃん。かわいそうに。
関羽のおっさんに絡んだ防御役の兵はもっと悲惨だ。タックルを軽々と躱した関羽に、宣言どおりお返しの手刀を漏れなくお見舞いされている。「ぐはッ」と呻いて倒れる者、「痛ぇっ」と叫び打たれた肩を押さえて転がる者。怪我人続出じゃん。
だけど皆、楽しそうだ。昨日まで嫌々鬼捕子に参加していた兵隊たちが、真剣に勝負しているのがオレの目にも分かる。
ま、馬鹿な兵たちが考えたにしては良い作戦だと思うぞ。
個々が自分だけ助かろうと思って逃げたって、腕力に勝る者から逃げきるのは不可能だ。しかし、目標に向かいチーム一丸となって協力し合えば、救うべき者を守って逃がすことは決して不可能ではない――うっわ、くっせぇ青春ドラマだな。
まあ、あいつらヘタレ兵の防御ごときで、軍神と呼ばれる関羽のおっさんの猛攻を止めることは不可能だろうが。
やれやれ。試合後の関羽のおっさんの講評も想像できるし、昼寝でもするか。
◇◆◇◆◇
居眠りを始めた赤ん坊のオレに、ベビーシッターが小声で話し掛けて来る。
「ねぇ関興」
うるさいなあ。人がせっかく眠りについたのに。聞こえないフリをしていると、
「ちょっと、起きなさいってば!」
と言って、赤ん坊のオレの身体を激しく揺する。
「えぇい、鬱陶しい!オレは眠いんだよ」
「はあ?神様の私に向かって、なんて口の利き方をしてるのよ!あんたをせっかく転生させてあげたのに。クソ生意気なガキのくせにムカつくわね」
慌てて目を覚ますと、さっきまでベビーシッターだったはずの娘が金髪ツインテールの美女に変身(?)して、籠の中のオレを覗き見ていた。
「……誰?」
「だから私は、あんたを転生させてあげた偉い神様なんだって!もっと私を敬いなさい!」
はいはい。それはどうもありがとうございました。
「ふん、分かればよろしい。それでね、下僕のあんたに大事な話があるの」
いきなり下僕扱いかよ。いったい何の用だ?赤ん坊のオレに。
「知ってのとおり、ここは私の作り上げた三国志の世界。あんたには、私の命令どおり働いてもらうわ」
「ちょっと待て。ここが三国志の世界なのは薄々気づいてはいたが、あんたの作ったこの世界とやらは、史実の三国志なのか?それとも三国志演義なのか?あるいは歴史シミュレーションゲームの世界か?」
ここはきっちり押さえていなければならない重要な点だ。
史実の世界ならば、俺は現代から過去の三世紀にタイムスリップしたことになる。そしてモブにすぎない関興の実力では、歴史の流れに身を任せ生きるしかない。なにしろ正史『三国志』には、オレは一行しか登場しないからな。
関興は、少くして令聞有り。丞相の諸葛亮、深く之を器重す。弱冠にして、侍中・監軍と為すも、数歳にして卒す。
【訳:関興は若くして秀才との評判を立てられた。丞相の諸葛亮は関興の才能を認めて重く用い、若輩ながら侍中・監軍に任命したが、数年後に関興は死んだ。】
それが三国志演義というフィクションになると、関興は文武両道に秀でた若武者として、孫呉相手に八面六臂の活躍。夷陵の戦いでは、父関羽の仇である馬忠・潘璋を血祭りに上げるなど、多くの将軍を倒すのだ。
さらにゲームの世界では、関興は若死にすることなく、蜀漢軍のエース級将軍として諸葛亮の北伐に参戦し武功を上げるなど、数々の奮闘を見せるのである。
「あんたバカぁ?過去にタイムスリップして歴史をやり直すなんて、科学的に無理に決まってるじゃない!ここは神様である私が新たに構築した、バーチャルリアリティ・歴史シミュレーションゲームの舞台。ただし各群雄の戦力も登場武将も、限りなく史実に近いと考えてもらってかまわないわ。少なくとも今までは、ね」
「今までは?ということは、これからあんたが介入し、この世界に別の歴史を歩ませるつもりなんだな?」
神様を名乗る美女は、満足そうに微笑んだ。
「そうよ。思ったとおり、物分かりが良くて助かるわ。
この世界の主人公である私は、なんと蜀漢の宰相・諸葛孔明なのでーす!
シナリオの開始は章武三年(223)。後漢の再興と天下統一の夢を私に託して劉備が白帝城で憤死した年ね。私はボンクラ君主・劉禅を支えながら、劉備の遺詔を叶えようと魏・呉を相手に奮戦するのよ!腕が鳴るわ。
あ、それであんたを下僕の関興として採用することにしたの」
うへぇ。なんかすごい面倒くさいことに巻き込まれた。