50.諸葛孔明、天下三分を予言する
なかなかうまく書けない。
「改めてお尋ねしますが、劉備将軍はどのようなご用件で私の庵にお越しいただいたのでしょうか?」
と尋ねた諸葛孔明に、劉備が訪問の理由を述べた。
「知恵者と名高い臥龍先生に相談したいことが二つあります。
一つは天下国家に関すること。
黄巾の乱に始まる乱世の到来で漢の王朝が衰微し、至る所に群雄が割拠しました。
かつて、私も僭越ながら徐州の刺史を拝命しておりました。呂布に敗れ刺史の座を追われてからは、敢えて曹操・袁紹の懐に入りなんとか一州を得んと画策しましたが、夢叶わずここ荊州に逃れ、長い雌伏の時を過ごしております。
そして現在、天下十三州のうち辺境の涼州・交州を除けば曹操が六州,袁家の兄弟が二州,孫権・劉表・劉璋が各一州を領有し、姦雄の曹操が抜きん出た勢力となっています。
曹操は漢の主上を戴いて天下に号令をかけておりますが、奴は獣の心と牙を隠し持ち、いずれ帝位簒奪を胸に秘めているのは必定。
漢の社稷にとっても、天下万民にとっても、曹操の天下は不幸にしかなりませぬ。
私は非才の身でありながら、この状況をなんとか覆したいと志すも一州すら保てず、流浪の身のままこうして荊州牧・劉表の客分の地位に甘んじていることが口惜しくてなりません。
臥龍先生、この先私が進むべき道をお示しいただけませんか?」
ケッ。偉そうに。要は、今まで強そうな曹操・袁紹の下に付いておこぼれを狙っていたけど、自分は無能なので失敗続き。臥龍先生、今回の荊州乗っ取りが成功するよう協力してくれませんか?ってことだろーが!!あさましい奴だな。
孔明はゆっくりと頷いて、
「劉備将軍は、天下三分の計をご存じですか?」
「かつて楚漢戦争の折に、謀士の蒯通が斉王韓信に授けた策のことですか?」
「ええ、そのとおりです。蒯通は言いました。
――今、項羽と劉邦が天下をめぐって争っていますが、その実、韓信殿が味方をした方が勝つという状況です。仮にどちらにも味方をしなければ戦線は膠着し、項羽の楚も劉邦の漢もともに動けなくなります。つまり、韓信殿こそがキャスティングボートを握っているのです。
将軍、この機会に三国鼎立を図りなさい!
楚漢いずれにも与せず、韓信殿は斉を本拠として趙と燕を従え、双方に休戦を訴えるのです。そうすれば韓信殿の徳は天下に鳴り響き、諸侯は争って将軍に帰順するでしょう。天下は項羽でも劉邦でもなく、韓信殿、あなたの物になるのです。と」
うげっ。オレの考える天下三分の計(改)の構想にそっくりだ。まあ、後発のオレが真似したことになるのだが。
女神様の扮する孔明は、
(あんたが関羽を韓信に見立てようとしている魂胆なんか、とっくにお見通しよっ!)
と言わんばかりにオレの方をチラ見して、
「今の中州の状況は、かつて秦が崩壊した後の楚漢戦争の一場面に酷似している。
私は予言します。天下は鼎の脚のごとく、曹操と孫権,そしてその他勢力の三つに収斂する。
その第三の勢力に立つのは誰か?
荊州牧の劉表?益州牧の劉璋?ともにそんな器量はありません。
私は韓信の出現を待っているのです!
そんな人物が私の目の前に現れてくれれば、掌を返すごとく私が天下を手に入れて見せましょう」
と述べた。劉備は喜色を浮かべて、
「おお!臥龍先生は私に、第三勢力に名乗りを上げよ、と?」
「もし貴公にその器量がおありならば、私は持てる頭脳を駆使して、ご助力申し上げることにやぶさかではありませんが……」
孔明は明言を避け、話の続きを促した。
「それで、もう一つの相談とは?」
「はい。卑近な話で恐縮ですが、先日、私は檀渓で刺客に襲われました」
「存じております」
「えっ?」
「劉備将軍を襲った賊は三人。貴公は剣を振るってみごと返り討ちにしました」
「そのとおり……ですが、臥龍先生は何故そのことをご存じなので?」
「貴公と対峙する賊に向かって、どこからともなく矢が射かけられたでしょう?あれは私がそこの童子に命じて劉備将軍を援護させたのです」
くそっ、女神め。オレと甘寧の援護を自分の手柄にしやがって!
「そうでしたか。いささか武芸の心得がありますので、1対2なら私一人でも楽勝だったでしょうが、やはり刺客相手の1対3では女神様の援護が心強うございました」
オレと甘寧の援護などありがた迷惑、自分一人でも倒せたのにと言わんばかりの劉備のセリフ。いちいち癇に障る奴だ。
「そこで臥龍先生に相談なのですが、私を襲った刺客の正体と言いますか、刺客を雇って私を襲わせた黒幕が誰なのかを知りたいのです。どうして私の命が狙われるのか、理由がとんと思い浮かばないもので……」
は?刺客に襲われる理由が分からない?
そんなの決まってるだろ。劉備が荊州を乗っ取ろうと謀んで、良からぬ工作をしているのを知った重臣らが、劉備を警戒して殺そうとしてるんだよ!つまり自業自得ってわけさ。
――と罵ってやりたいのだが、如何せん、女神様に貼られた口の×点テープが邪魔して発言できない。
孔明は澄まし顔で、
「刺客を放った黒幕に、劉備将軍はお心当たりがありますか?」
「さて?真っ先に思いつくのは曹操ですが……。
徐庶――ああ、先生のご友人でしたね――に同じ質問を訊ねたところ、荊州牧の劉表殿や、かつて私の部下で今は独立して隣の県令をしている関羽も疑わしい、と思いもよらぬ答えが返って来たので、私はいささか戸惑っておるところです」
ケッ。しらじらしい!徐庶のせいにするとは呆れた奴だ。
「なるほど。では仮に、関羽殿が劉備将軍の命を狙う黒幕だとして、彼が将軍を襲う理由は何だと思われますか?」
「うーん。嫉妬、ですかね?」
おいおい。関羽のおっさんが劉備に嫉妬だって?!馬鹿馬鹿しい。逆だろ、劉備が関羽のおっさんの成功に嫉妬してるんじゃねーか!
「私が誇れるものと言えば、漢の中山靖王の子孫という血統くらいしかありませんが、そんな私を慕って張飛・趙雲など一騎当千の武者がそばに侍し、新野の城を守ってくれております。また孫乾・麋竺・簡雍といった文官も非才の身の私に付き従ってくれるので、私は安心して彼らに新野領内の政治を任せております。
さらに徐庶が軍師として戦の指揮を執り、先日も博望坡では見事に敵軍の撃退に成功し、劉表殿から金二万銭の褒美をいただきました。まさに我が軍は人材豊富と言っていいでしょう。
それに対して私の元から独立した関羽は、河賊上がりや盗人・掏摸・流民などを雇って兵士の数を水増しし、荊州牧の劉表殿に歳費を過大に請求したり、貧しい牛飼いだった鄧艾やらガラの悪いチンピラの首領・甘寧やらを配下に加えて陣容を整えたフリをしている。哀れですな。
あげくの果ては、美少年なのを武器に息子の関平を劉表殿の娘と婚約させ、縁戚となって荊州の内政を牛耳ろうとする始末。まさに女衒のような卑しい根性なのです。
私は関羽の不埒な行為を何度か咎めましたが、まったく聞き耳を持ちません。それどころか劉表殿の寵愛をいいことに、かえって私の悪口を吹き込んでいるようでして、劉表殿や重臣たちの私への風当たりが日に日に強くなって来ております。
私は荊州牧・劉表殿に忠誠を誓い、この身を盾として曹操軍の侵攻から荊州を守っておると自負しています。
臥龍先生、君側の奸・関羽の甘言を信じた劉表殿が、新野の城から私を追放することのないよう、なんとか私にご助力をお願いできないでしょうか?」
やれやれ、劉備のくだらない妄言がやっと終わったか。話が長いので途中で眠くなったぞ。それにあまりにも馬鹿馬鹿しすぎて、反論する気も起きないや。
さて、女神様はなんと返事をするだろうか?
「なるほど。確かにクソ野郎ですね」
「そうでしょう!?あいつはそういう奴なんですよ!」
「いえ、劉備将軍。貴公が、です」
次回。かつて部下だった者が自分と同格、いやそれ以上に出世したため、嫉妬で関羽を目の敵にする劉備。「いいひと」の仮面を剥ぎ取られ、今のままでは第三勢力の旗頭を担うには不適格だと孔明に告げられる。そして劉備は……お楽しみに!




