46.賈詡、関興と腹を探り合う
>裏で操っていたのはまさかの……
とか期待持たせときながら、黒幕はバレバレやん!ごめんなさい。
明朝、オレは従者の鄧艾ひとりを連れて、一万の兵で宛城の郊外に構える賈詡の陣に向かった。鄧艾は半泣きでオレに抗議する。
「若、曹操軍一万に襲われたらどーするんですか?いくら孫武や呉起でも絶対に勝てませんよ!今からでも遅くありません。帰りましょ、ね?」
「フン。本当に襲って来たら、兵どもには「馬鹿者!曹操閣下の息子に刃を向けるとは、おまえらいい度胸だな!?」と叱りつけてやるわっ!」
「そんなブラフに騙されますかね?」
「さあな。その時は、従者のおまえがオレの盾になってくれよ」
「ひいぃっ!どうせなら、俺は御曹司の婚約披露パーティーで美味い物を食ってから死にたかった……」
そんな実りのない会話を交わしながら馬を駆けると、いつの間にか賈詡の陣に到着してしまった。
「関興でござる。こたびの作戦の不備とやらについて、賈詡殿の弁明を伺いに参った」
と大声で口上を述べると、陣の奥から賈詡が笑いながら現れた。
「おや。関興君、本当に来たのですか?律義ですねえ」
「ええ。挑発から逃げて、賈詡殿に舐められたくありませんから」
賈詡の従者が腰に下げた剣に手を掛ける。賈詡はそれを手で制し、
「しかし、従者一人だけ連れてやって来るとは大胆不敵な。もしや、関羽殿から疑われて追放されましたかな?クックッ」
「ご心配なく。貴殿からいただいた文を父上に見せたところ、「さすが天下の奇才。策がエグいわ~」と感心していましたよ」
苛立ちを抑えてにこやかに返答すると、賈詡はつまらなそうに、
「ふーん、関羽殿と関興君の離間の計は不発か。私の完敗ですね」
と負けを認めた。そして従者にお茶の用意を命じると、オレと鄧艾に椅子を勧めて、
「関興君。せっかく来てくれたんだから、将棋のように感想戦をしましょうか。君には少し興味があるし」
「はあ。オレは構いませんが……残念ながら、前哨戦の博望坡の戦いについては、オレも父上も戦いの概要を劉備将軍配下の麋竺に聞いただけで、詳しい経緯は知りません」
「ああ、そうなの。ということは、荊州軍が州境を超えて我が軍の砦を襲ったのは、劉備が独断で許都の襲撃を画策したわけね?」
やばい。たったこれだけの会話から核心を衝いて来た。さすが賈詡、恐るべき洞察力だ。オレはできるだけ表情を変えずに、
「さあ、どうなんでしょう?さすがに劉備将軍もそこまで愚かではないと思いますが……(冷や汗)。
ただ言えるのは、少なくとも父上やオレは博望坡の戦いには関与していないこと、また開戦に至った原因は、先に州境を超えて挑発した劉備将軍にあり、個人的には曹操閣下に申し訳ないことをしたと遺憾に思います」
「ねぇ君、本当に五歳?回答にソツがなさすぎるんだけど」
賈詡は率直に驚きを口にする。そりゃ、前世社畜リーマンで営業職だったオレだもん。相手に言質を取らせない交渉術など、お手の物だ。
「オレの方から賈詡殿にうかがってもいいですか。貴殿は博望坡で徐庶が仕掛けた火計の罠を、もちろん見破っていましたよね?」
「ええ、もちろん。というか、誰でも思いつくでしょ。武人の李典殿ですら見破りましたし。道が狭く草木が深く茂っているような地形は火計を仕掛けやすい、というのは兵法の初歩です。あれしきの罠を計略と称するなんておこがましい」
賈詡は鼻で笑う。おーい徐庶、馬鹿にされてるぞ(笑)。
「しかし、夏侯惇殿はその初歩的な罠に引っ掛かりました」
「あの方は直情一直線だから。李典殿が止めるのも聞かず突っ込んで行き、案の定、伏兵に遭って撃ち破られました」
「貴殿はそこまで見越して次の手を用意していた、と?」
「まあ、正直に言うと、そうですね。進言しても夏侯惇殿が耳を傾けないのは分かり切っていましたから。敵の罠に嵌って敗北すれば、ようやく自分の考えが間違いだったとお気づきになる。
軍師である私の出番はそこからです。
私の経験上、なまじ知略に自信のある敵が相手の場合には、定石どおりの作戦よりも、通常兵法のセオリーでは考えられない作戦の方が有効なのです。
一度撃退した敵軍がすぐに再び攻めて来るなど、戦下手の劉備と兵法家の徐庶?という輩には思いも寄らなかったでしょう。
張飛や趙雲は、凱旋気分で悠々と先頭に立って兵を率いているはず。不意を突いて後方から攻め寄せれば、勝ちに驕り油断して緩み切った軍隊など、いくら将軍の武力ステータスが高かろうと簡単に撃ち破ることができます」
賈詡は自信満々に答えた。
「なるほど。たいへん勉強になりました」
オレは心にもない賛辞を述べる。
「ところで、貴殿が進言しなかったせいで夏侯惇殿が罠に嵌り、その結果、劉備軍に殺されてしまった兵士が何人いるか、貴殿はご存じですか?」
「さあ?気にしたこともないですね」
賈詡は平然とそう述べた。だろうな。
裴松之よ、あなたの論評どおり、荀彧と賈詡の人柄は夜光の珠と苧殻の灯りほど違うようだ。
「そうですか。亡くなった兵士にはまだ生きる権利があったし、彼には愛する家族や恋人がいたんですよね」
「……何が言いたいのですか?」
「べつに。貴殿とは同志になれそうにないな、と思ったものですから」
賈詡は一瞬きょとんとした後、腹を抱えて大笑いし、
「ハ、ハハッ……こりゃ曹丕様が危機感を抱くはずだわ」
「?」
「あーごめん、あまりにも可笑しくて。あの曹操閣下の身内に荀彧様のような仁者モドキが現れるなんてね。正直に話すと、今回、劉備を新野城に追い詰めたのは、関興いや正確には秦朗君を戦場に誘い出すためだったんですよ」
「オレを?」
「そう、曹丕様に命じられてね。
劉備を追い詰めれば、その友軍の関羽が応援に駆けつける。それを我々が叩いて敗走させれば、秦朗君の知略は大したことがないと曹操閣下は思い知るだろう、ってね。あわよくば秦朗君が戦死してくれればベストだって」
「オレ、曹丕様に死んで欲しいと願われるほど嫌われるようなことしたかなあ?」
と首を傾げると、賈詡はあっさりと、
「太子の座ですよ」
と告げた。
「太子の座?」
「ええ、曹操閣下の後継者の座です。曹昂様亡き今、曹操閣下の次の後継者をめぐって、政権の裏で熾烈な争いが勃発していることを知りませんか?」
えっと……曹丕と曹植の争いのことかな。こんな早い時期から始まっていたのか?あ、そう言えば曹操が可愛がっている曹沖もまだ存命だな。
「自覚なし、か。まあ、いいでしょう。
先日、曹操閣下が鄴を陥とした時に、ふとお漏らしになりました。
――丕にわしの跡を継がせようと思っていたが、考え直さねばならぬ。沖と秦朗の二人は、将来が楽しみだ。
この発言がどういう意味を持つか、聡明な君なら分かりますよね?」
「!」
待て待て。曹丕と曹沖の後継争いなら分かる。
何故そこにオレが絡む?おかしいだろう!秦朗は生母の杜妃が曹操の妻である以上、曹操の義理の息子にあたることは認めるが、曹操との血の繋がりはないぞ、たぶん。
「本命は曹丕様でしょうが、閣下のあの発言で対抗馬の曹沖様の勢いがグンと伸びました。
君はまだ大穴の扱いでしょうが、なにしろバックに荀彧様が付いていますからね。しかも曹沖様とも仲が良さそうだ。危険な芽は早いうちに刈り取っておかねばならん。
――とまあ、曹丕様がそうお考えになられても不思議ではない」
「……確かに」
「でしょう!?君はこのまま黙って曹丕様に命を狙われ続けるつもりですか?いっそ、秦朗君の方から先制パンチを繰り出しては……」
オレはふうっと大きく息を吐いて、
「賈詡殿もお人が悪い。オレを誑かして謀叛を焚きつけても無駄ですよ」
「あれっ、分かっちゃいました?」
悪びれる様子もなく、いけしゃあしゃあと白状する賈詡。
史実でも賈詡は、曹操に袁紹と劉表の失敗例を挙げて、嫡男に跡を継がせるべきだと進言するくらい曹丕びいきなのだ。後に魏の皇帝となった曹丕は、後継者争いに終止符を打った賈詡の進言に感謝して、三公の一つ・大尉に任命した。
そんな賈詡が、親しい間柄でもない初対面のオレに、曹丕の不利益になるようなことを懇切丁寧に教えるはずがない。これは罠だ。
「曹丕様にお伝えください。オレは後継者争いに関わるつもりは一切ありません。そもそもオレは曹操閣下の血を引いていないので、そんな資格がないのです、と」
「それは君の本心と考えていいのですか?」
「ええ、結構です。ただし、曹沖様や兄の曹林の命を狙うような真似をすれば、オレは絶対に曹丕様を許しませんから。その時はお覚悟を」
「なるほど、安心しました。関興君は手ごわい。君と対立すれば、きっと私自身も危険に晒されるに違いない。それでも最終的には私が勝つ自信はありますが、できれば戦いたくありませんからね」
と賈詡が言った。
次回。お口汚しの番外編。久々にお色気担当(?)の甘寧が登場。本当は武勇に優れた武将なのに、なんか申し訳ない。孫呉に亡命せず、関興を脅して無理やり仕官したばっかりに(笑)。




