表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三国志の関興に転生してしまった  作者: タツノスケ
第三部・荊州争乱編
51/271

45.劉備、博望坡で夏侯惇を迎え撃つ

博望坡はくぼうはの戦いと言えば、三国志演義では、荊州に侵攻した夏侯惇率いる大軍を寡兵の劉備軍が火攻めで鮮やかに撃退した、軍師・諸葛孔明の神のごとき衝撃のデビュー戦として名高い。


だが実際の博望坡はくぼうはは、州境の(えん)城のさらに北にある丘陵地帯だから、夏侯惇の軍が荊州に侵攻したため劉備がやむなくこれを迎え撃ったという、三国志演義お得意の“劉備善玉史観”は成立しそうにない。


正史『三国志』によれば、戦端が開かれたのは、どうやら劉備が先に仕掛けたせいらしい。すなわち、袁軍閥討伐のために曹操が留守にした許都を狙って、新野を発った劉備が荊州の境であるえんを超え、曹操の勢力圏であるしょうの地にまで進軍したのだ。


えんの城は、かつて劉和が袁術に捕らえられて殺された地。あるいは、曹昂(そうこう)が父・曹操を庇って張繍ちょうしゅうに殺された地でもある。

ちなみに“三顧の礼”より前の出来事なので、実際には諸葛亮は博望坡はくぼうはの戦いには関与していない。


そしてこの世界でも、劉備軍はしょう近郊のとりでをちょこまかと襲う(ねずみ)働きで曹操軍を幾度となく挑発しているのだ。


というか、劉備はなぜ今ごろ許都を襲おうとする?

いくら曹操が留守だからと言って、高幹が謀叛を起こした直後に二番煎じを狙っても、敵の警戒度は否が応でも高まっているはずだから、奇襲が成功する見込みは限りなく低いだろうに。


しかも新野に駐屯する五千人程度の寡兵で奇襲するなんて無謀すぎる!先日、許都を襲った高幹ですら二万の兵を率いていたのに。

こういう空気の読めないところが、劉備が戦下手と称される所以ゆえんなんだよ!


あ。もしかして荊州牧・劉表の許しを得ないまま、劉備の独断で許都の襲撃を画策したとかいうことはないだろうな?


「……。」


マジか?!


「興、それ以上麋竺(びじく)を責めるな。彼は我が軍に救援を依頼に来た使者のお立場。彼に開戦の責任はない」


関羽のおっさんがたしなめるがオレは構わずに、


「おおかた西平の戦いで父上が大活躍したこと、そして平兄ちゃんと劉表殿の娘との婚約が成立し、父上と荊州牧・劉表殿との関係が深まったことに焦りをおぼえた劉備将軍が、一発逆転の勲功を狙って許都奇襲をたくらんだ、というのが動機なんでしょ。違いますか?」


麋竺は項垂うなだれながら、「……興坊ちゃんの推察どおりです」と認めた。


やっぱりな。劉備はあまりにも浅はかすぎる。徐庶はそんな無謀な奇襲を止めなかったのか?軍師のくせに何をやってるんだ?


「なれど劉備将軍の頼みとあれば、我々は援軍を断るわけには参るまい」


関羽の言葉に麋竺は頭を下げて、


「かたじけない」


「その前に、これまでの戦いの経過を教えてもらおうか」


「はい。ご存じのとおり、博望坡は草が生い茂る丘陵。趙雲がおとりとなって敵を誘い込んだところに、伏兵として茂みに潜んだ張飛らが襲いかかる、というのが軍師の徐庶が立てた作戦でした。

敵将の李典は計略を疑い、「あれはおとりの退却だろう。ここは道が狭く草木が深く茂っているため、敵は火攻めの罠を仕掛けるに違いない。追うべきではありません」と進言しましたが、夏侯惇は聞く耳を持たず、おとりの趙雲を追撃して来ました。まんまと作戦が図に当たり、火攻めは成功、伏兵を繰り出して夏侯惇軍を大破できました」


「よかったじゃないか!劉備将軍の勝利だ。俺の出番は不要だろう」


関羽のおっさんは安堵する。だが麋竺は首を振り、


「いえ。戦いはこれで終わりませんでした。李典の陣には参謀の賈詡(かく)が控えていたのです」


博望坡の戦いに負けて退却した夏侯惇に対し、賈詡(かく)は叱咤して、


「何をしているのです?!今すぐ反転して劉備を追撃しなさい!」


「しかし我らは負けたばかりで……」


「大丈夫です、追えば必ず勝ちます。さあ、李典殿も早く!」


半信半疑で追撃する夏侯惇と李典。会心の勝利に油断していた劉備は、後方から攻め寄せた曹操軍一万に散々に打ち破られ、命からがら新野に逃げ戻った。


「現在、劉備将軍は兵四千で新野城に籠城。対する夏侯惇と李典が率いる曹操軍は約一万で城を包囲しております」


ハアッと大きく溜め息をついた関羽のおっさん。

気持ちは分かるぞ、オレも同感だ。机上で兵法を論じるだけの徐庶が、呂布・曹操・袁紹を翻弄し続けた百戦錬磨の賈詡(かく)に実戦で対抗できるはずがない。


おそらく賈詡(かく)は、初めから徐庶が仕掛けた罠を見破っており、短慮の夏侯惇がおとりを追撃して返り討ちに遭うことまで計算したうえで、戦勝におごって油断している劉備を討ち破る作戦を組み立てたのだ。


「出陣の用意を頼む。兵は六千準備してくれ」


「しかし父上。我ら唐県の屯田兵を新野に派兵すれば、夏侯惇らと真正面から対峙することになり、我らも無傷とはいきません」


「それは分かっておる。だが、曹操閣下への対抗勢力の旗じるしとして、今劉備将軍を失うわけにはいかぬ」


くそっ。劉備の奴め、いい迷惑だぜ。こっちはとんだとばっちりだ。


「荊州牧・劉表殿にも出陣をお願いしてはいかがですか?」


「しかし、それでは劉表殿の許しを得ないまま、劉備将軍の独断で許都を襲撃しようとしたことが発覚し、劉備将軍がとがめられる恐れが……」


麋竺が劉備の保身に走る。

オレ、劉備のそーゆー所が嫌いなんだ。自分のケツくらい自分で拭けよ!それができないなら、戦下手の無能らしく、戦争回避という劉表の指示に黙って従えっつーの!


オレは、イライラ感を抑えながら努めて冷静に、


「麋竺殿、安心してください。劉備将軍に恥をかかせるような真似は致しません。

父上。この際、平兄ちゃんに結婚してもらいましょう」


「いきなり何を言い出すんだ、興?」


「平兄ちゃんと劉表殿の姫との結婚ですよ!元服まで待っていられません。

三日後に、漢水を挟んで襄陽の対岸の(はん)城にて結婚式を執り行います。姫の輿(こし)入れのための護衛として、襄陽の兵五千を(はん)城まで渡河させれば、曹操軍の斥候の目には、劉表が襄陽の兵五千を援軍として派兵したと映るはずです」


「うーむ。面白い作戦とは思うが、そううまく行くか?敵軍には賈詡(かく)がいるんだぞ」


関羽のおっさんが疑念を抱く。


「実戦に長けた賈詡(かく)は、虚を実に見せる詐術にはひっかかりません。ですが、実を実のまま勝負すればどうでしょう?

曹操軍一万に対し、我が荊州軍の総数は、新野に籠る劉備の兵四千+唐県の援軍六千に、劉表が姫の輿(こし)入れのための護衛五千を加えた一万五千で、我が軍が有利。

しかも我ら唐県の援軍六千が敵の退路を断つ布陣を示せば、賈詡(かく)は不利を悟って新野の囲みを解き、速やかに(しょう)に帰還するでしょう」


「分かった。おまえに任せる。頼んだぞ、興」


◇◆◇◆◇


実際のところ、花嫁衣装の仕立てが間に合わないことや披露宴の準備も整っていないことから、劉表は娘と関平君との拙速な結婚式については渋った。ただ、三日後に婚約の儀を執り行なうことには同意し、(はん)城に向かう姫の護衛のために襄陽の兵五千を送ってくれた。

襄陽に潜む曹操軍の斥候は、劉表軍の兵五千が渡河したことをただちに夏侯惇に知らせた。


一方、兵六千を率いて唐県を発った関羽のおっさんは、新野城の内と外から夏侯惇を挟撃する作戦を喧伝し、矢文で援軍の到来を知らせて籠城する劉備軍の戦意を鼓舞しつつ、敢えて北寄りに進路を取って敵の退路を断つ構えを見せた。


案の定、戦いに利あらずと見た賈詡(かく)は、新野城攻略を断念し夏侯惇を説得して、我が荊州軍の陣立てが整う前に(しょう)に退却した。


やれやれ。

こうして唐県の兵士を一兵も損ねることなく、夏侯惇軍の撃退には成功したのだが……。



その夜、曹操軍の使いと名乗る者がふみを届けに来た。


見なくても内容は分かる。

どうせ、おまえは虎賁中郎将・唐県侯として曹操閣下に多大な恩義を受けているくせに、劉備の味方をするとは何事だ!とのお叱りのふみだ。

あーあ、面倒くせ。

なんて返事を書こうかなと悩みながらふみを開くと、


――唐県■関興殿へ こたびの■■■()()()()()について()()の話がある。明朝、我が陣へ()()に来られたし 賈詡(かく)


うっわ。黒塗りのふみだ。唐県()と書いたのが分かるように、わざと薄い墨で塗りつぶしてある。さすが策士の賈詡(かく)だなあ。


狙いは関羽のおっさんとオレの不和だろう。


唐県には荊州牧の劉表から正式に()()に任命されている関羽殿がいるのに、あなたの息子の関興君(←秦朗と同一人物だと内偵済ね 笑)は、曹操閣下から唐県()に任命されて勝手に受諾しているんですよ。

えっ、関羽殿は知らされていなかった?

あーごめん、関興君。県令より県侯の方が立場が上だよね。なのでせっかく君が秘密にしていたのに、つい筆が滑って本当のことを書いちゃったよ(笑)。父上は不快に思うだろうけど、謝っといて。m(_ _)m


……という罠が一つ。


もう一つの罠は、「作戦の不備」とか「弁明」とか「内密」とか、荊州軍のオレと曹操軍の賈詡(かく)がいかにも裏で繋がっていそうな語句をわざと使っている。作戦名らしき部分もご丁寧に黒塗りにしちゃって。

まあこんなふみを見たら、誰でもオレが曹操軍のスパイじゃないかと疑うわな。


賈詡(かく)はたったこれだけのふみで、二重に張り巡らせた離間の計を策しているのだ。そりゃ、潼関の戦いで馬超と韓遂はだまされて不仲になるはずだよ。怖えー。


オレは関羽のおっさんには曹操からもらった爵位のことをちゃんと報告しているし、そもそもおっさん自身が曹操の“埋伏の毒”として働いているから、こんな悪意に満ちたふみをもらったところで、なんのやましさも感じない。

ふみを見た関羽のおっさんは心配そうに、


「興、賈詡(かく)の陣へ行くのか?」


「もちろんです。ここで逃げたら男がすたります!」


オレはそう意気込んだ。


次回。凄腕の策士・賈詡(かく)は、関興に黒塗りの文を送りつけて関羽との離間の計を図るも、関興に適切に処置されて失敗に終わった。ならばと賈詡は、博望坡の戦いの裏事情について関興に告白する。裏で操っていたのはまさかの……。お楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ