43.関興、天下三分の計(改)の構想を練る
「志を同じくする者と協力し敵を倒すと答えた俺は、では、どうやって同志を探すつもりか?力か、利か、法か?と尋ねられた。興、おまえならどうだ?」
難しい質問だ。最近、同志となった甘寧にはある意味「力」で脅され、鄧艾には彼の“智”に感心し「利」で誘った。荀彧には彼の“仁”に感銘し、張遼には彼の“勇気”に頼った。でも、共通するのは彼らが信頼できる大事な友だからだと思う。
一方、唐県県尉の潘濬は頭が固いけれども堅実、安心して領内統治を任せられる。劉巴は性格が悪いが、頭が切れ数字に強く、来たる孫呉との経済戦争を託している。でも悪いけど、二人とも友達になりたくないタイプだ。
「……オレには、同志を探す方法は一義的に決められません。人間関係は基本的にギブアンドテイクだと思ってるし。でも、最終的には「信」で選ぶと思います。相手にオレを信じてもらう。オレも相手を信じる。そういう一つ一つの積み重ねが大事じゃないでしょうか」
ちょっと的外れな答えだったかな?
だが、関羽のおっさんはうむと頷いて、
「人にはみな心がある。心に訴えなければ人は信服しない。人の心に響くのは情であり道理なのだと劉和様は言われた。
そして俺は思う、相手の心に訴えるには、己がまず揺るぎない信念を持たねばならない。
俺の信念、それは今の世の塗炭の苦しみから民を救い出し、皆が笑顔で生きててよかったと思えるような、戦乱のない平穏な暮らしを実現したいと願っている」
うっわ。そんな臭いセリフよく堂々と言えるなぁ、熱いまなざしで。さすが関羽のおっさん。だがその信念は、オレの行動目標の2番目とも重なっている。
「分かりました。オレも微力ながら、父上のお役に立ちたいと思います」
「そうか、おまえも一緒なら心強い。平も同意してくれた」
そうなんだ、関平君も。頼もしいな。
「父上には、漢の天子様を奉じて天下に号令をかける覇者になるとか、いやむしろ俺が天下を統一してやるとかの野望はないんですか?」
オレの不躾な質問に対して関羽のおっさんは呆れたように、
「アホか!俺がその器ではないことは、とうに自覚している。それに、御輿として担ぎ上げたい英傑も見つかったし、な」
誰だろう?やはり劉備?いや、そんなわけないか。
「戦乱のない平穏な暮らしを実現するために天下は統一されるべきだろうが、それは曹操閣下や劉備将軍(笑)を始めとする英傑の仕事だ。それに俺は元・塩賊、民を苦しめる塩の専売を課した漢の天子様に義理立てする筋合いはない」
そう。ここが義侠の関羽と儒者の荀彧との違いなのだ。
二人とも、今の世の塗炭の苦しみから民衆を救い出したいという願いは共通している。そのためには天下の統一が必要だが、自分には役不足なので、その事業は曹操(あるいは劉備かも?(失笑))という英傑に託したいと考えていることも同様だ。
二人の違いは、荀彧が、曹操には漢の天子様を奉じて天下に号令をかける覇者の座に留まることを期待しているのに対し、関羽のおっさんは今さら漢の天子様に忠義立てする気はない、とドライに割り切っている点だ。曹操の器が覇者に収まるとは思っておらず、帝位簒奪まで突っ走ることは十分予想できるし、自分はそれを容認してもよいという立場なのだ。
関羽のおっさんも荀彧もどちらの命も救いたいオレとしては、二人ともオレの同志になって協力してくれると嬉しい。
軍神・関羽の「武勇」と賢者・荀彧の「知略」が味方に加われば百人力だ。
荀彧が今のところ曹操の家臣である以上、ひとまず関羽のおっさんが“埋伏の毒”でもいいから、曹操に従ってくれるとスッキリする。曹操の義理の息子でもあり、秦朗の名前で虎賁中郎将・唐県県侯の爵位を授かった、オレの顔も立つしな。
だが、関羽のおっさんが反曹操側に旗幟を明らかにすると、オレは少々面倒くさい立場になってしまう。最悪、関羽のおっさんと親子の縁を切るか、オレ自身も曹操を裏切って反曹操側に立たねばならない。
その場合、荀彧をオレの同志に引き入れる唯一の機会は、建安十七年(212)に曹操の爵位が魏公に顕彰されるタイミングだ。帝位簒奪の野心をあらわにした曹操が荀彧に自殺を命じたまさにその時、オレは荀彧の儒者としての覚悟を踏みにじって、彼を生き長らえさせ、かつ、オレの味方に加わるよう説得しなければならない。
大丈夫。オレならできる!
やるしかないんだ。オレ・関羽のおっさん・関平兄ちゃんそして蘭玉のハッピーエンドのためにも。
◇◆◇◆◇
その前に。
オレは関羽のおっさんや荀彧と認識が異なる点が一つある。
乱世が終わらなければ民衆の苦しみは永遠に続く。乱世を終わらせるには、戦いに勝ち残って天下を統一することが必要だ、という点だ。
だが、果たしてそうだろうか?
三国志の歴史を知っている転生者のオレは、魏に代わった晋の司馬炎が最終的に天下を統一したが、その栄華は二十年と保たず、八王の乱・永嘉の大乱となって騎馬民族が台頭し、中国を破滅に追いやった歴史を知っている。
それよりも、孫呉の魯粛や臥龍・諸葛亮が提示した天下三分の計によって、普遍的ではないにしろ、天下統一が為されなくとも人々の平穏な暮らしが実現できたことを知っている。
いやもっと身近に、関羽のおっさんが治める唐県こそが、その成功例ではないか!
近隣の敵と不可侵の約定を結び、荒れ果てた農地の灌漑と開墾によって、農業生産を飛躍的に向上させる。余剰の穀物は曹操軍に密売して大儲けする。潤った財政により税負担を軽減することで、流民を呼び戻し人口の増加を図るとともに、傭兵を雇って武装を強化する。主君の荊州牧・劉表に恩を売り、絶大な信頼を得て荊州北部に割拠するための地盤を固める。
確かにオレが富国強兵を企画立案したが、それを実行したのは関羽のおっさん自身だ。自分の力を過小評価している関羽のおっさんには、まずそのことを自覚してもらいたい。
オレの天下三分の計(改)の構想はこうだ。
(1)無理やり天下を統一する必要はない。史実どおり、魯粛や諸葛亮が唱える天下三分の計を是とする。
(2)劉表亡き後の荊州は、曹操・孫権・劉備の争奪戦になる。赤壁の戦いも勃発するだろう。女神様の神通力によって、曹操軍の負けは確定だと思う。それは致し方ない。
が、史実のとおりでは荊州の民や兵士が何万人も命を失うことになるから、オレは曹操軍の損耗を最小限に止めて曹操に恩を着せるとともに、関羽のおっさんを担いで荊州に割拠し、曹操の威光を借りて孫権・劉備の侵略を阻止する。
(3)おそらく、曹操は帝位簒奪の野望を剥き出しにするだろう。漢の帝室をお守りしたい荀彧と決裂するに違いない。タイミングを見計らって荀彧を助け出す。ただし、その方法については要検討。
(4)当面の敵は孫呉。基本は武力を用いず経済戦争を仕掛けて、内部からズタズタにして自滅させる作戦を取る。曹魏と蜀漢の間をうまく立ち回りながら、史実では関羽と関平が殺される建安二十四年(219)を無事にやり過ごす。
その後は、キャスティングボートを握る荊州が曹魏と蜀漢のいずれに身を寄せようと、関羽のおっさんの判断に委ねる。
これなら史実を大幅に改変するわけでもないから、女神様の天罰【雷天大壮】を喰らうこともないだろうし、オレの行動目標も達成できる。まあ、三国志的にも穏当じゃないか?あまり面白味はないけど。
>役不足
秦朗君は言葉の意味を間違っていると思いまーす。たぶん「力不足」の誤りじゃないですかぁ?
次回。あまり面白味のない関興の天下三分の計(改)。それに対して関羽は、劉備と曹操を利用しながら、着々と荊州割拠に向けて手を打つ。果たしてその秘策とは?!お楽しみに!