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三国志の関興に転生してしまった  作者: タツノスケ
第二部・許都青雲編
32/271

29.関興、荀彧に謀られる

前回のあらすじ

関興が腐れ儒者どもを論破したら、逆ギレされて牢屋に入れられてしまった!


なんてこった!本当に牢に入れられちまった!

これだから、陰険な腐れ儒者は嫌いなんだ。


「あーあ。どうしようかなあ……」


関羽のおっさんが雇った元・盗人のましらに教えてもらった鍵抜けのスキルを使えば、こんな錠前くらい簡単に開けられる。

が、牢破りして逃げ出せばオレは確実にお尋ね者だ。それはそれで面倒くさい。


「小僧、食え」


見回りに来た牢番から貧相な飯が与えられる。冷えた麦飯と干し肉のかけらだ。


「本当だったら、今ごろ田豫様に豪華な晩飯をおごってもらえたのになあ」


ブツブツ文句を言いながら干し肉をかじる。まずい。

(むしろ)の上に寝っ転がっていると、牢の向こう側から、


「ほう。牢に入れられても泣かずにふて寝しているとは、噂にたがわぬきもの座った子供ですね」


と声がした。誰だろう?薄目を開けると、身なりの良い士大夫が立っていた。そしてオレに声を掛ける。


「関興君、十分反省したかい?」


「反省?オレが何を反省しなければならないんです?」


「君の才能と度量は大したものだと思う。だけど、目上の者にはそれを包み隠し、たとえ君が正しくても相手に合わせるような器量を身に着けなければならぬ。

特に君は曹操閣下から直々に招聘を受けた、都で注目の的になっている“五歳の天才児”だ。君をよく思わない陪臣も大勢いることを忘れなさんな。

さもないと、今回のようにわざわいを招くだけだからね」


と、その士大夫が訓戒する。


「あのう、あなたはいったい誰なんですか?」


「ああ、申し遅れた。私は漢の侍中・万歳亭侯で尚書令の荀彧だ」


うっわ!すげえ、(なま)荀彧だ!オレは牢の中で平伏し、


「お初にお目にかかります。荊州は唐県から県令・関羽の代理として参りました、関興と申します。よろしくお願いします。

荀彧様。あなたは平生、公明で正直、誠実で信頼の厚いお方だと天下に鳴り響いておられます。それなのにどうしてオレには信念を曲げて、腐れ儒者どもに迎合しろと諭されるのですか?」


と尋ねた。荀彧はフフッと微笑んで、


「私は主上の思召しや曹操閣下のご信頼を得ている偉い人。一方、君はぺーぺーの新参者。周りの者の扱いに差が出るのは当然だよねぇ。

そして君がイキがって対抗した結果がこのザマだ。馬鹿馬鹿しいだろ。

ま、これに懲りたら、たとえ君は間違っていると思っても、いまはぐっと我慢し、適当に周りの者に迎合する処世術を覚えた方がいいよ」


ぜんぜん釈然としねえ。だけど、牢から出してもらうためには仕方ない。


「はあ、分かりました。反省しています」


「よし。関興君は十分反省もしたようだし、これにて無罪放免!」


と言って、荀彧は牢番に鍵を開けるよう指示した。


◇◆◇◆◇


夜になってようやくシャバに出られた。


「ありがとうございます。でも、どうして荀彧様みたいな偉いお方がわざわざ牢屋にお越しに?」


「うん?礼なら彼に言ってね」


と言って、荀彧は鄧艾を指差した。


「お帰りなさい。若、ご無事でなにより」


「ああ、うん。なんかよく分からないけど、ありがとな」


「……」


いや、なんか言えよ!

鄧艾はじーっと荀彧の顔を見つめる。オレはハアッと溜息をついて、


「すみません荀彧様。こいつ、オレの従者で鄧艾と言うんですけど、驚くほど無口なんです。聞かれたことには答えるんですが、如何せん、オレも事情がまったく分からないので質問のしようがなくて。

申し訳ないですが、荀彧様から経緯を教えていただけませんか?」


「ふうん。変わった子だね。まあいいや。

ことの起こりは、関興君が見知らぬ官吏に連れて行かれ、なかなか帰って来ない。

心配になった鄧艾君は、隣室の田豫殿に相談するけれど、宮殿に行ったのならそのうち帰って来るさと相手にしてもらえない。

そこで鄧艾君は一計を案じ、表通りに出て「五歳の()さらわれた!」と大声で叫んだ。すると皆が不安になって騒ぎ出した。

すぐに警察が動いた。計吏報告に上がった県令の家族が誘拐されたとあっては一大事だ、都の沽券に関わる。

ところが捜査が進んだ段階で、鄧艾君が白状した。実際には五歳の()ではなくて、曹操閣下に招聘された噂の“五歳の天才児”らしい。しかもいなくなった原因は分かっていて、どうやらどこかの官吏が宮殿に連れて行ったという。

嘘の供述で騒ぎをあおったとして、鄧艾君は警察に大目玉を喰らった。

だが警察が動いた以上、やむを得ず調査を進めたところ、公式にはそんな呼び出しは発令されていないことが分かった。

となると、宮中の士大夫の誰かが噂の“五歳の天才児”を()()()宮殿に呼び出したことになり、法令に違反している可能性がある。

どうしましょうか?という相談が、光禄勲を通じて尚書令の私の所に上がって来た。知った以上は、士大夫を統括する私が動くしかあるまい。

宮中の者に事情を聴いたところ、十人ほどの儒学者が集まって、器量を試すために関興君を呼び出したと言う。そうして、桓楷殿の逆鱗に触れた関興君は衛兵に捕らわれて、牢屋に閉じ込められていることが分かったわけ」


うわー鄧艾のヤツ、確信犯か。危ない橋を渡りやがるなあ。だけど、おかげでオレはこうして助かったんだもんな。


「鄧艾、ありがとな。でも他人に迷惑をかけるような真似は駄目だぞ」


コクリとうなずく鄧艾。そしてオレは荀彧の方に振り返り、


「改めて、荀彧様、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。それと、助けていただきありがとうございます」


「ま、いいさ。君には貸しにしておくよ」


へー荀彧って意外とフランクなんだね。

すると荀彧は、まじまじとオレの顔を眺め、


「ところで関興君ってさ、本当に曹林様に似てるよね。ちょっと勝ち気でやんちゃな感じにした曹林様みたいな」


「そうなんですか?曹操閣下にもそう言われましたが、オレは会ったことないのでよく分かりません」


「会ってみたくない?」


「いえ、べつに」


「いやいや、そんなに遠慮しなくても。というわけで、曹林様とのご対面の日時を決めちゃったからね!あっ、これは貸しにするつもりはないから安心して!」


というか、曹林に会うってことは、絶対()妃とも顔を合わせないといけないじゃないか。オレを捨てた母親に、どんな顔すればいいか分かんねえよ!


「荀彧様。オレは本当に、曹林様にも母上にも興味がないんですってば!

それより曹操閣下との面会はいつなんですか?さっさと終わらせて唐県に帰りたいんですけど」


「あれ?言ってなかったっけ?

曹操閣下は袁尚を攻撃するために、去年の年末から華北に出征しているんだ。

だから今は許昌の都にいないよ。

そう、関興君はそんなに曹操閣下に会いたいんだ?

じゃあ、閣下が戻って来るまで都に滞在するってことで話を進めておくよ」


いや、オレは曹操に会いたいなんて一言も言ってない!

おのれ、荀彧め!

さては最初からオレをたばかるつもりで、腐れ儒者どもとつるんで今回の牢屋閉じ込め作戦をたくらんだな?!


ちょっと頭いいからって、なにが品行方正で徳の備わった天下の賢才だ!


「だから腐れ儒者って嫌いなんだ」


恩着せがましいし、優しいフリをして平気で罠にめるし。

荀彧だけじゃない、董昭・華歆・桓楷。おまえらもだ!

上から目線でオレの品定めしやがるし。卑しい金儲けとか人を逆撫でするようなセリフを平気で吐くし。綺麗ごとの正論を口にするだけの、偉そうぶった役立たずのくせに。


オレのつぶやきを聞いた荀彧は苦笑し、


「君のお怒りはごもっともだよ。

でもね、曹操政権は後漢末の混乱を経て、名士層・地方豪族層・地主層・新興財閥層などの連中に幅広い支持を集めて成り立っている。

儒者は名士層には絶大な影響力を持つ人たち。そちらの方面にウイングを拡げるためには、彼らの力が是非とも必要なんだよね。

そして彼らの世論を満遍なく聞いて、最大公約数的な落としどころを取捨選択して実行するのが政治なんだ。

昔、鄭の子産はこう言った。


――私は、人々が政治の得失を批判することは歓迎すべきことだと思います。その中で人々が善いと言うことを行ない、悪いと言うことを改めるように、批判を薬として政治の参考にすべきなのです。気に入らないからと言って、人々の批判をやめさせるのは、川の流れをき止めるようなもの。堤防が決壊するとその害は甚大ですから。


という子産のありがた~い訓戒を、忘れてはならないよ」


いや、荀彧の言わんとすることは分かる。だけどね。


「それにしたって、小童一人を呼び出し、大の大人が寄ってたかって舌戦を仕掛けるような、大人げない態度は許せないんだろう?

あれはね、彼らが降将という立場だからなんだよ」


「降将?」


「そう。曹操閣下は寛容だから、敵から降伏した人材を多く重用しているんだ。

華歆殿は豫章太守だった時に、孫策に攻められて無血で城を明け渡した。

桓楷殿は、荊州牧の劉表に反旗を翻すよう長沙太守・張羨をそそのかしたけど、彼らが失敗するとさっさと見捨てて曹操閣下の元に逃亡した。


一方関興君は、領地に攻め寄せて来た大軍を舌先三寸で撃退した。曹操閣下はフェイクだと見破っていたが、君の機転と度胸を褒めて都に呼び寄せた。

彼らにすれば、君の功績がうらやましかったんだろうね。自分にはできなかったことを、たった五歳の子供が成し遂げたんだから。


ついでに董昭殿は、主上の御ためと称して袁紹→張楊→曹操閣下と渡り歩く、劉備のような変節漢だ。舌戦を聞いたけど、おまえがそれ言う!?って感じ。笑っちゃうよね。


とどめは舌戦で語った君の最後の言葉だ。


――もしもオレが敵軍におもねるような不忠者だったら、閣下がそんなオレを気に入って都に招くと思いますか?牢に入れられると聞いて、屈服するような臆病者だと見損なわないで下さい。


考えてごらん。降将の彼らが関興君の言い分を認められると思うかい?

認めたら最後、彼らは自分を不忠で臆病者だと告白したようなもの。だから殊更、関興君に対して強硬なスタンスを取らざるを得ないんだ。

そういう事情を汲んでやるのも、武士の情け、惻隠そくいんの情というものだよ」


知らなかった。


「オ、オレは……あの人たちを傷つけちゃったかも」


荀彧は、肩を落とすオレの頭を優しく撫でて、


「大丈夫。ちゃんと反省できるなんて、君は幼いのに本当に賢いなあ」


と慰めてくれた。


次回。漢の侍中・郗慮が主催の晩餐会が開催され、パーティーで出された食事の中に毒が仕込まれていたのか、趙忠と5人の県令が苦しみ出した。翌朝、自宅で毒殺死体で見つかった趙忠。関興の推理は……お楽しみに!

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