０３．関興、心に誓いを立てる
実は、三国志演義で語られる“桃園の誓い”のストーリーとは異なり、史実の劉備と関羽は互いに忠誠を誓った義兄弟の関係ではなく、関羽は主家である劉備に従属する（半）独立勢力だったのではないかと疑う説がある。
つまり寄親と寄子の関係、例えば袁術とそれに仕えた孫策や、日本の戦国時代における細川氏と三好氏のような関係ではなかったか？
というのも、正史『三国志』を注意深く読めば、関羽と劉備が行動をともにした記述は意外と少ないのだ。
張飛が常に劉備のそばに侍っているのに対し、関羽は徐州で置き去りにされ、その結果、二人は曹軍と袁軍の敵味方に分かれて戦う。
その後二人は荊州で再会するが、曹操軍が攻め込んで来るや、劉備は張飛・諸葛亮を率いて徒歩で逃亡する一方、関羽は別隊を率いて船で江陵に向かったとある。
また、劉備が巴蜀の地を奪い益州を支配するようになっても、劉備は関羽を成都に呼び寄せようとはしなかった。
この点、関羽は劉備の右腕として、要害の地である荊州の都督を任されていたためだ、との反論があるかもしれない。
しかしながら、劉備が益州を占領すると、それまで荊州にいた諸葛亮をはじめ張飛・趙雲・黄忠・馬良・蔣琬ら多くの人材を成都に呼び寄せ、彼らに巴蜀の統治を任せることにした。
一方、残った関羽が守る荊州には、彼らが抜けた穴を補うために、新たな人材を派遣しようとはしなかった。関羽とともに荊州に残った有能な人材は、後に呉の太常となる潘濬だけだった。
これより以前、呉の孫権は、益州牧の劉璋が治める巴蜀の地をともに攻略しようと劉備を誘ったことがある。
だが、益州と荊州を領有して曹魏・孫呉に対抗する天下三分の計を胸に秘めた劉備は、「自分と同じ劉姓の益州牧を攻撃するなど倫理に反する」と正論を述べて、孫権の誘いを断った。
ところが、その劉備が単独で益州を奪い取ってしまった！
出し抜かれた孫権は怒り心頭、ならば貸してやった荊州を返せと主張する。劉備の回答は「涼州を手に入れれば、荊州を譲ってやってもいい」。
そりゃ孫権も怒るわな。火に油を注ぐ劉備の失言のせいで、呉・蜀は一触即発の危機に陥る。宥和派の魯粛と関羽が会合を重ね、荊州を三郡ずつ分割する痛み分けでいったんは武力衝突が回避されたが、孫権の怒りは鎮まらない。
そして建安二十四年（２１９）、関羽と関平は劉備と同盟を結んでいたはずの孫権に裏切られ、荊州の麦城で魏と呉の挟み撃ちにあって殺されてしまうのだ。
その時、劉備はどうしていたか？自ら漢中王を名乗り得意の絶頂にあった劉備は、窮地に陥った関羽に援軍を送る気は一切なかった。
孤軍奮闘、荊州を治めていた関羽に対して、劉備はあまりにも冷淡すぎると思うのはオレだけか？
もしかしたら荊州に拠った関羽は、益州を奪った劉備に従属していたのではなく、魏・呉・蜀に次ぐ第四の勢力として独立していたのかもしれない。
この世界の二人のように、劉備と関羽の盟友関係には亀裂が入り、実際には仲が冷えきっていたのかもしれない。
思いあたるフシはある。
劉備は息子の劉禅のために、張飛の娘を二人娶らせ、後に皇后の位に即けている。もう一人の息子の嫁は馬超の娘だ。
それなのに、関羽の娘に対しては、劉家の嫁に迎えようとはしていないのだ。
あの孫権ですら、関羽の娘を息子の嫁にぜひ欲しいと望んだことが、正史『三国志』に記されているのに。
……やはり、そういうことか。
関興に転生したオレは、心に誓った。
オレの大切な家族の関羽のおっさんや関平兄ちゃんが、同盟軍の裏切りにあい、友軍に見殺しにされるなんて、そんな悲惨な未来はごめんだ。
オレは史実を知る者として、麦城での二人の危機を絶対に回避してやる！
孫権はもちろん、劉備も信用ならない。絶対に潰す！
あ、そうだ。懸念はもう一つあるんだった。
実はオレ、関興自身も正史『三国志』に登場するのだが、将来を嘱望されていたものの若死にするらしいんだ。まあ、嫁が二人いて子をもうけたそうだがな。
フフン、この世界のオレは童貞じゃないんだ。
ただしオレが若死にする原因は記されていない。魏との戦いで討ち死にするのか、政敵に暗殺されるのか、不治の病いで死んでしまうのかは不明だ。
優れた医者も薬もなかったこの時代、病気で死ぬのは避けようがないが、討ち死にや暗殺なら回避することは可能だ。武術を鍛えてオレ自身が強くなればいいんだからな。あるいは敵軍の罠に嵌ったり、政敵に陥れられないように、知力を高めることも必要だ。
幸いなことに、荊州が曹操軍に侵攻されるのは建安十三年（２０８）、まだ八年の猶予がある。オレが九歳になる年だ。
子供だからといって馬鹿にしてはいけない。なにしろオレの“中の人”は前世２４歳の大人で、正史『三国志』に記された歴史を知っている。
まして、オレは軍神・関羽の息子の身体に転生したんだ。武術の才能だって受け継いでいるに違いない。
もしかしたら、転生特典だって備わっているかもしれないしな。
