26.関興、鄧艾を仕官に誘う
優秀な鋳物師は試行錯誤を重ね、本物そっくりの五銖銭を作ることに成功した。
贋金が世に通用するかどうか確かめるため、襄陽に出掛けて飲み屋と娼館で遊んで来いと言って、悪党・甘寧のチンピラみたいな子分にお小遣いと称し、私鋳銭を手渡した。
捕まることなく緩みきった顔で帰って来たから、問題なく使えたのだろう。ウヒヒ、うまくいったぜ。
あっ、この贋金は荊州で流通させるんじゃないぞ。
経済戦争の指揮を執る劉巴のアイデアによれば、旧大店の豫章支店に持ち込んで、孫呉との取引に使うそうなんだ。贋金を使ってあっちの産物(砂糖とか胡椒とか珈琲とか)を仕入れ、荊州で売り捌いて換金すれば、オレの手元には荊州で流通している本物の五銖銭が入って来る仕組み。古典的だが、立派なマネーロンダリングの完成だ。
うーん劉巴め、悪い奴だ!褒めてつかわす(笑)。
※良い子のみんなは真似しないでね☆
それから、船大工の謝玄が唐県にやって来て、褒美でもらったボロボロの楼船の修理を始めた。約束どおり楊賢らの工兵と村の木材加工を営む大工を現場に加えて勉強させ、船の構造を調べて設計図を描いたり、部品の加工や組立技術を学ばせた。
関羽のおっさんも現場を訪れ、興味深そうに修理の様子を眺めていたので、
「父上が艦長となる楼船を一隻造りましょう!」
と言ったら大喜びで、百万銭を気前よく出してくれた。
謝玄も楼船の新造を受注できて大喜び。納期は一年かかるそうなので気長に完成を待とう。
◇◆◇◆◇
建安九年(204)。オレ五歳。
いよいよ計吏報告の名目で都に上がる日がやって来た。憂鬱だ。
「いいなあ。僕は興が羨ましいよ」
関平君がちょっと口を尖らせて拗ねる。そんな顔もかわいいぞ、小悪魔め。
「曹操閣下のご指名だから致し方あるまい」
関羽のおっさんが関平君を慰める。
「お兄たん、早く帰って来てね」
くうぅ~っ、かわいい!妹の蘭玉がバイバイと手を振る。くそっ、行きたくねえ。待ってろ蘭玉、兄はおみやげを買ってすぐに帰って来るぞ。
「興、身体に気をつけるんだぞ。都での生活が嫌になったら、いつでも帰って来ていいんだからな」
どういう意味だよ?!オレはただ計吏報告に行くだけで、都に留まるつもりなんて一切ない。縁起でもないことを言うんじゃないぞ、おっさん!
玄関でオレは三人に「行ってきます」と別れを告げ、州境へと向かう。峠では朗陵県令の田豫が待っててくれるはずだ。
途中何事もなく峠へ向かう山道を登っていると、道端で熱心にスケッチをしているトンガリ目の少年に気がついた。ここってそんなに景色もよくないし、一体何を描いているんだろうと不思議に思ったオレは声を掛けた。
「何を描いてるの?」
「地図」
はあ?変わった少年だな。
「見せてもらってもいい?」
頷いた少年は画用紙をオレの方に見せた。
年輪のように縞々模様が描かれた、まるで白黒の抽象画っぽい絵のようだ。
「これって、ここの地形図?」
少年が頷く。
「君が測量して描いたの?」
少年が再び頷く。無口な少年だ。
「面白い?」
「建安八年十月に許昌を発った曹操軍三万五千は、西平から荊州に侵攻を開始。関羽が兵三千を率い州境で曹操軍を迎撃した。先鋒の騎兵に一騎討ちを挑み、たちどころに四将校を倒すと、敵は仁王立ちの関羽の武勇に怖れをなして一歩も動けず。その隙に、関羽は配下の兵の一部を割いて左右の高所に送り込み、敵騎兵五千を逆包囲。退路を断って集中的に矢を射かけ、敵が大混乱に陥ったところで三方から一斉に突撃した結果、五千の騎兵は殲滅され、敵将・張遼は命からがら身一つで逃亡した模様。
……と瓦版に書いてあった」
ちょ、ちょっと待って!
いきなりしゃべり始めたと思ったら、機械仕掛けの人形みたいに淡々と暗誦するんだもん。怖いよ。
「それって、もしかして去年の西平の戦いの記事?」
すると少年は、嬉しそうに目を大きく見開いて頷いた。
「戦場の地形図と瓦版の記事を見比べてみると、おかしな所がある。
峠の左右の高所は聳える崖。包囲して落石などで敵の退路を断ち、矢を射かけることはできるが、崖上に兵五百を配置できるようなスペースはない。
三方から一斉に突撃とあるが、あんな切り立った崖を人間が下りられるはずがない。よって張遼の五千の騎兵は殲滅されるはずがない。
あの記事は誤報」
ゲッ。当たってる!
「で、でも曹操は戦いの敗北を認め、「敵の出方を探っただけ」とか負け惜しみ的なコメントを残したんじゃなかったかな?」
オレがそう反論すると、少年はじーっとオレの顔を見つめる。
「俺の話に興味持ってくれた人、初めて」
「ああ、うん。すごく興味深い話だね。それで君の見解はどうなの?」
「この地で関羽VS曹操の大規模な戦闘は起こらなかった。
それなのに、張遼の五千の騎兵が殲滅されたという誤報が世間に流布し、曹操は戦いの敗北を認めている。
つまりこれは曹操の建てた計略だ。
次の戦いで曹操は、五千の騎兵の機動力を生かして敵を急襲するに違いない」
「曹操が次の戦いで急襲する場所って?」
「鄴」
うっわ。この少年、天才だ!
オレは西平の戦いの当事者だし、曹操から直接話を聞いたおかげで今後の戦略を知っている。でもこの少年は、地形図と瓦版の記事だけで推理を働かせて正解を導き出した。
もしやオレと同じ三国志フリークの転生者じゃないのか?!
いや、女神様はオレの他に転生者がいるなんて情報は言ってなかったし、もし他にいるとしても、この広い世界で転生者同士が出会うなんて、そんな偶然あるわけがない。
いずれにしろ、このまま少年を放っとけるもんか!
「オレの名前は関興。唐県の県令をしている関羽の次子だ。君の名前は?」
「鄧艾」
ひゃあ。大物だった!
景元四年(263)に劉禅を降伏に追い込み、蜀を滅ぼした将軍。
知勇兼備という形容がまさにぴったりな不敗の名将。郡の統治も完璧で、田畑を飛躍的に増やして兵糧を蓄え、東は運河を通して孫呉の侵攻を防ぎ、西は長城を修理して異民族の侵略を防ぐための砦を築いた名太守。
少年時代は戦乱を避けて荊州に疎開していたらしいが、まさかここで出会えるとはな。
「鄧艾君。残念だけど、オレは今から都に行かなければならないんだ。一か月後には帰って来る予定だから、戻ったらまた話を聞かせてくれないかな?」
と言うと、鄧艾は黙ったままじっとオレの顔を見つめる。
「嫌なの?」
ううんと首を振る鄧艾。
「そっか。次に会うのを楽しみにしてるよ。じゃあ、オレもう行くから」
オレが出発しようとすると、鄧艾がオレの服の端を掴む。
「?」
「……お、俺も行きたい」
「どこに?」
「都」
「オレと一緒に?」
鄧艾が頷く。本当に無口な少年だ。
「でもさ、鄧艾君はまだ子供じゃん。五歳のオレが言うのもなんだけど。勝手にいなくなったら、両親が心配するんじゃないの?」
「もういない」
「あ、ごめん。家族は?」
「叔父さん」
「じゃあ、叔父さんが心配するんじゃない?」
ううんと首を振る。
「叔父さんの家は貧乏。俺を育てる余裕がないので牛飼いに売られる」
「鄧艾君はそれが嫌なんだね?」
「……うん」
なんとなく、無口な鄧艾とコミュニケーションを取る方法が分かって来た。
「叔父さんの所に連れて行ってくれないかな?」
「?」
「鄧艾君に仕官してもらう。オレの従者として都に連れて行こう。そのために叔父さんと話し合いをするつもりだ」
鄧艾は嬉しそうに満面の笑みを見せた。
--鄧艾--
生誕 初平元年(191) 14歳
統率力 61→90 将来値
武力 57→78
知力 90→92
政治力 48→83
魅力 32→56
こうして鄧艾は、関興の従者として一緒に都に同行することになりました。
次回。関興は、田豫・鄧艾とともに都に向かいます。道中、過去の身の上や将来の目標を話して仲良くなる三人。田豫に古の儒者・子貢の真似をしているのか?と聞かれた儒者嫌いの関興は……お楽しみに!




