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三国志の関興に転生してしまった  作者: タツノスケ
第七部・勧君更尽編
266/271

246.覚悟

曹麗を乗せた馬車は博望坡を離れ、オレは新野で事の成り行きを見守っていた。


「ご命令どおり、無事曹操を連れ戻して参りました」


「うん。お手柄だったね、龐徳」


種明かしすると――


馬超の贋者の正体は龐徳であった。

荊州に侵攻して来た涼州軍を甘寧と鄧艾が大破した新野の戦いでは、副将だった龐徳は騎兵一万とともに捕虜にされた。その際手に入れた緑色の“馬”の軍旗と涼州兵の(よろい)(かぶと)を身に着ければ、馬超とその配下の兵に成りすますなど容易(たやす)いものだ。

だが、ここは荊州に降った旧涼州軍の龐徳にぴったりの活躍の場。馬超のフリをして、華歆から曹操の身柄を奪回する任務を与えたのだった。


「それにしても龐徳は馬超のモノマネが上手いなぁ。あの抜け目ない華歆があっさり騙されるとは」


「馬超は長年そばで仕えた主君ですから。…アッ!」


「よいよい。これからは馬超ではなく、荊州のために働いてくれ。頼むぞ」


「ははっ。ありがたきお言葉」


龐徳とのなかば儀礼的な臣従の誓いを終え、


「さてと。これで曹麗様も機嫌を直してくれるかな?」


と呟いたオレは、ご立腹中の曹麗が乗る馬車の扉をノックした。


「曹麗様、少しお話してもよろしいでしょうか?」


「……あんたなんか顔も見たくないわ」


「荊州到着まで同乗をお願いしたい方がおります。よろしいですね?」


「はあ?勝手に決めないでよ!どうせあんたの悪行を「あれは仕方のないことだった」とか、言い訳名人にでも説得させるつもりなんでしょ?!

 そりゃね、理屈としてはあんたの行動は正しいかもしれない。

 第一あんたはお父さまの本当の子じゃないんだからね。

 あんたは荊州軍閥の次男なんだし、領内の平和の方が大切だってことも分かっている。

 だけど私が許せないのは、私を救うためみたいにダシに使われた娘の私の身になってよ!これからどの面下げて生きて行けばいいの?お父さまを犠牲にして生き延びた親不孝者と陰口を叩かれながら、一生を過ごさないといけないのよ?!

 賢い秦朗だったらこのくらい解決できると信じていたのに、完っ全に期待はずれもいいところだわ!」


あーもう、いつまで愚痴が続くんだろう。面倒くさいから開けちゃっていいよね?


「ちょっと秦朗!顔も見たくないって言ったでしょ?!勝手に開けないで……って、お父さま!」


龐徳の手により連れ戻された曹操の姿を視認した曹麗は、驚きの声を上げる。


「お父さま。よくぞご無事で……」


「………………」


曹操は相変わらず曹麗の言葉に耳を傾けようともせず、目を瞑ったままひたすらブツブツと呟いている。曹麗は真っ青になって、


「お父さま?まさか本当に狂人になってしまったの…?」


いや。

オレも最初は、曹操がここから逃げ出して再起を図るために狂人を装っていると疑っていたが、事実はそうじゃない。


オレがそう悟ったのは、曹操が一心不乱にブツブツと呟くそれが、浮屠(仏教)のお経だと気づいたからだ。

己の盾となって死んだ曹沖や夏侯淵の菩提を弔うためか、これまで多くの将兵を殺戮して来た人生を悔い改めるためか、来世への転生を願うための祈りなのか、曹操の真意は分からない。


しかし改めて曹操の行動を振り返ってみると、腑に落ちることが多々あった。


オレが秦嶺を越えて陳倉で曹操救出に成功した頃。

許都では献帝が反曹丕のクーデターに失敗して洛陽へ逃亡し、皇后に嫁がせていた曹麗が一人許都に置き去りにされる事件が起こった。このままでは、曹丕と太子の座を争った曹沖と親しかった曹麗に対し、逆恨みした曹丕がいつ刃を向けるとも知れぬ。


曹操は自らの命と引き換えにしてでも、なんとか曹麗の身を救い出したいと思った。そこで無謀な荊州乗っ取りを計画し、仮に成功すれば勢いに乗じて許都へ攻め込み、曹麗を奪回するつもりだったのではないか?


ところがその計画は関羽のおっさんと龐統に察知されて、敢えなく失敗。曹操は荊州で捕らわれの身となり、牢に幽閉されてしまった。


漢を滅ぼした曹丕が新たに建てた曹魏は、四方の軍閥すべてが敵となった。荊州がこのまま曹魏と戦争になれば、秦朗なら曹麗の苦境を案じて真っ先に許昌を占領し、曹麗を救出してくれるかもしれない。曹操は期待しただろうが、意に反して、荊州は反曹丕連合には加わらず中立を保った。


その頃から曹操は狂人を装う。

もはや荊州の役に立ちそうもないお荷物になり果てたと放逐されればいい。どうせ帝位簒奪の野望は潰えたんだ。わしにはもう天下の覇権を握る野心もない。そうだ、一路許都へ向かい、曹麗を救出するために大暴れしてみるか!


そうとは知らぬ牢番は、曹操がうつろな目で一日中ブツブツと呟く姿を見て、本当に気が狂ったかと驚き慌てて関羽に報告した。面会に来た関羽のおっさんは曹操の演技にものの見事に騙され、曹操の配下であった張遼と徐晃を呼んだ。


「曹公、曹公!…駄目だ、我らの声はお耳に届かぬ」


杜妃と子の曹林・曹(こん)もやって来た。


「父上、正気に戻って下さい!」

「きゃああーっ。は、早く秦朗を呼んで来て!」


なんでオレが呼ばれるんだよ?!

どうせ姑息な曹操のことだ。またオレ達を騙し、ここから出してもらって再起を図ろうと浅知恵を廻らして、狂人を装ってるだけだろうに。


オレは杜妃に悪態を吐きながら牢屋を訪れた。


――是の如く我聞けり。或時、仏、王舎城の耆闍崛山中に菩薩声聞の衆と倶にましましければ、比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷、一切諸天の人民、及び龍鬼神等、法を聞かんとて来り集まり、一心に宝座を囲繞して、瞬きもせで尊顔を仰ぎ見たりき。


なんだ、ただのお経じゃねーか。


たしかこの時代の中国は仏教が伝来したばかりの黎明期で、一般には馴染みがなかったもんな。なので皆、曹操の気が狂って不気味な呪文を唱えているとしか思えなかったのだろう。(一応書き下し文で記したが、実際には節をつけた梵韻でお経は読まれるため、不気味な呪文のように聞こえるのだ)


「フン。いくらおまえがお経を唱えて改心したポーズを取ったところで、オレはもう騙されんぞ!」


曹操のこめかみが一瞬ピクリと動く。そして何事もなかったかのように、曹操は一心不乱に呟きを続ける。異父弟で神童の曹(こん)が驚いて、


「あ…兄上は、父上が何を呟いているのか理解できるのですか?」


「ええ。これは浮屠の者が唱える、天竺出身の釈迦が説いたお経です。ちょうど中国における書経や易経のようなもの」


「なぜ兄上が異国の教えを?…いえ今はそんなことより、父上は世を(はかな)んで浮屠の教えに帰依したのでしょうか?」


さあ、それはどうだろう?陳倉でオレを騙しやがった曹操をそう易々と信じる気にはなれないが。

オレは曹袞の問いに答えず、曹操の呟きに耳を傾けた。


――是の時、仏、則ち法を説きて宣わく、一切の善男子・善女人よ、父に慈恩あり、母に悲恩あり。そのゆえは、人の此の世に生るるは、宿業を因として父母を縁とせり。父にあらざれば生れず、母にあらざれば育てられず。父母の恩重きこと天の極まり無きが如し。


ケッ。よりによって『父母恩重経』かよ!?

生み育ててもらった親に感謝し、子は父母の恩に報いるべしと説くお経だ。


曹操め。親子の情に訴え、オレに恩を着せてここから出してもらおうって魂胆か?

だが残念だったな!オレの父親はおまえじゃなくて関羽のおっさんなんだ。誰がおまえを牢から出してやるもんか!


……ところが曹操は『父母恩重経』の一節を繰り返し唱え続けた。



――若しそれ子のために止むを得ざる事あれば、自ら悪業を造りて悪趣に堕つることを甘んず。己れ生ある間は、子の身に代らんことを念い、己れ死に去りて後は、子の身を護らんことを願う。


我が子のためにやむを得ないことがあれば、あえて自ら悪業を行ない甘んじて地獄に落ちようと決意する。生きている間は我が子の身代わりになり、死して後さえも我が子の身を護りたいと願う。それが親という者だ。




曹操の心の叫びを知ったオレは、


「おいっ!おま…“子の身に代らん”って……。おまえの願いはどっちだ?曹丕か?曹麗様か?曹操、答えろっ!」


と問うた。


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― 新着の感想 ―
[一言] こんな曹操を描いた作品は天下広しといえど本作だけですね。
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