240.正義について
まじめ回です。
「……で。兄のあんたがこのオレに何の用だ?」
冷や汗を流すオレが花関索に問う。
「ちょっとばかり頼みがあってな。弟よ、俺の味方になれ」
「味方?何のために?」
「フン、鈍い奴だな。俺様の天下統一に手を貸せって言ってんだよ」
やっぱりか。女神様に教えられたとおりだ。
《聖女の董桃と天下を獲るんだよ!あいつは漢献帝の皇女。俺はチート級の猛将。二人が組めば最強だろ?》
だっけ。だいたい、董桃が漢献帝の皇女なのはガセなんだけどな。
オレは首を振って、
「あいにくだな。オレは天下統一なんて興味がない。もちろん、あんたが董桃とつるんで天下統一を狙おうと止めるつもりは一切ない。そっちで勝手にやればいい。オレはごめんだ」
花関索も初めからオレの答えが分かっていたかのように、手を頭の後ろで組んで、
「あ~あ~つまんねぇ奴だなぁ。関羽と同じこと抜かしやがる」
「関羽のおっさん…父上に会ったのか?」
「まあな。曹操に面白い取引を持ち掛けていたぞ。曹操が再び天下八州に君臨した暁には、おまえを奴の後継者に据えて領地を相続させる。その条件を呑むなら曹操を後援してやってもいい、ってな」
「馬鹿馬鹿しい。そんな冗談……」
「冗談なもんか。おまえさ、曹操の子として転生したんだろ?」
ふん。曹操の子かどうかはともかく、転生者なのはバレバレか。
「おまえはいいよな。女神の祝福ってやつのおかげか?チート能力を持つうえに周りの者に愛され、曹操から天下の三分の二を譲られる。今、天下獲りに最も近い存在。
そんな恵まれたおまえが「天下統一には興味がない」だなんて、三国志のルールを分かって言ってんのか?偽善者ぶるのも大概にしろっ!」
「三国志のルール?あんたが言ってるのは、歴史シミュレーションゲーム『三國志』のルールだろ。昨日今日転生したばかりのあんたには、兵士や領民なんてただの数字にしか見えないだろうが、彼らにもれっきとした人生があるんだ。
そして、荊州刺史・関羽の子として転生したオレには、自国の領民たちに平和と安寧な暮らしをもたらす義務がある。それは無理に天下統一を目指さなくても実現できるとオレは信じている。
知っているか?先の宛の戦いで漢の献帝が支払った戦費は一億銭。天文学的な数字だ。
一億銭の戦費を出す余裕があるなら、オレは戦乱で故郷を追われた者たちのために、家を建てて住処を造り、荒地に水路を掘って灌漑し農地を耕す。衣食足れば、人は望みもしない争い事をわざわざ起こす必要がない。敵を一人殺すくらいなら、オレは武器を取らざるを得なかった兵の手から武器を取り上げて、人間らしい暮らしに回帰させる方を選ぶ」
「そんな悠長な真似をしていたら、いつまで経っても天下は統一されねぇじゃないか!」
花関索は気色ばんで反論する。
「天下を統一しなければならない理由がオレには分からん。無理やり天下を統一しようとすれば戦争が起きてしまう。
戦争は哀しみと憎しみという負の連鎖しか生まぬ。だから決して自分から戦争を起こしてはならぬ。
これはな、前荊州牧の劉表殿が常々語っていたことだ。平和ボケ・日和見・脳内お花畑と揶揄されるが、それのどこが悪い?乱世にあって二十年もの間、荊州に平和をもたらした英主だぞ。ただの無能に務まるもんか!彼の願いを受け継ぐことが荊州の、ひいては中華の生き残る道。
それを忘れてパワーゲームとマネーゲームに興じるような無能な漢帝が、天下統一にうつつを抜かすなんて片腹痛いんだよ!」
「不敬だぞ!おまえには漢の皇室を敬う忠誠心がないのか?!」
「フン。漢帝国はすでに統治能力を失って久しいのだ。あんたが漢献帝の後継者になりたがるのは勝手だがな。権力を振りかざしたいがために、せっかく秩序を回復しようと試みた曹操を切り捨てるような無能な献帝など、オレにとっては忌むべき存在。
同じ転生者の誼み、あるいは“兄弟”だからと言って、あんたに手を貸すつもりは毛頭ない」
花関索は白けた様子で、
「へいへい、ご高説を熱く語っていただきご苦労さん。親子そろってウザい奴らめ。
なら、関羽やおまえを味方にするのは諦めてやるから、劉備を解放してくれないか?漢中侵攻は、漢帝国の再興を目指す善玉の劉備が中原回復を目指したものなんだ。大義のためなら笑って許してやるのが、盟友ってもんだろ☆」
「なにが善玉だ?劉備が盟友のオレ達を裏切り、漢中を襲った行為は正義だと言うのか?」
「熱くなるなってー。たかがバーチャルリアリティの歴史シミュレーションゲーム上での出来心じゃん!?」
こいつ、全然分かってない。
「何度も言ってるように、この世界はゲームとは違うんだ。
なら、史実に基づいた話をしようか。
この後、劉備が劉璋を騙し討ちにして益州を乗っ取った史実はどう解釈するんだ?無能な劉璋のせいで無秩序な混乱状態に陥っていた益州を、正義の味方の劉備が救済に現れて、安定をもたらしてやったとでも言いたいのか?住処を破壊し、家族の生命を脅かす侵略者に抵抗する行為は悪なのか?劉備の侵略に抵抗して死んでいった劉璋軍の将兵は悪なのか?
そんな理屈がまかり通るなら、オレには、善玉(笑)の劉備にそんな野蛮な侵略行為を強要した漢帝国の再興という理念こそが、諸悪の根源にしか見えないのだが」
戦争に正義なんてあるはずがないんだ。
征服欲・支配欲・金銭欲……互いの利己的な欲と欲がぶつかりあって、抑制が効かなくなった結果が戦争だ。
――人の本来の性質に従い感情の赴くままに行動すると、必ず争奪が生じ、真心や誠実さが失われ、条理が犯され乱れて、秩序が崩壊してしまう。ひとたび乱世になれば、乱の原因を取り除かないかぎり世の中は治まらない。そしてその方法は、社会に礼義を教化する以外にない。
荀子の教えのとおりだ。そのためにはどれだけ迂遠だろうと、
――倉廩実つれば則ち礼節を知り、衣食足れば則ち栄辱を知る。
と管仲が述べるように、領民たちの衣食住を保証してやることが第一歩なのだ。
漢末の乱世は、桓帝・霊帝ら無能な漢の天子が統治を疎かにし、宦官も外戚もそして清流派と名乗る腐れ儒者たちも、己が権力を握ろうと欲をかいたせいで始まったのだ。せっかく曹操が戦い抜いて秩序を回復したのに、またぞろ権力欲に取り憑かれた献帝が乱世に逆戻りさせようとしている。
そんな漢帝国を再興することが正義なわけがないだろう!
「ぷっははははは」
花関索は腹を抱えて笑い出し、
「あ~あ。史実を改変しまくって悦に入ってるおまえに、“正義”について説教されるなんて、なんの冗談だ?蜀漢の歴史を忠実に再現してやろうと骨を折ってる俺様は“悪玉”だって!
くだらねぇ。“正義”だの“悪”だの、人の価値観によって定義はたやすく変わるもの。おまえの“正義”とやらをゴリ押しされてもうんざりだ」
「!!」
史実改変を咎められては、オレには反論の余地がない。
「……そうか。あんたとはどうあっても分かり合えそうにないらしい」
そう強がりを言うのが精一杯だった。
「だな。珍しく気が合うじゃないか。
これから正義の味方の俺様は、無能な劉璋のせいで無秩序な混乱状態に陥っている益州を、征服に行く。その大義名分として、劉璋に益州の警護を委嘱された劉備を史実どおり旗頭にするつもりだ。おまえが捕虜にしている劉備を渡してもらおうか」
正直、劉備なんかどうでもいいが、花関索の言いなりに劉備の身柄を引き渡すのはシャクに障る。オレは思わず「断る」と返事してしまった。
「どうあっても?」
「ああ」
「なら仕方ない。代わりに、俺を騙してこんなクソみたいな世界に連れて来やがった元凶を始末しないと、腹の虫が治まらねぇや」




