239.裏切りの顛末
翌日。オレ達は、南鄭城を囲んだ劉備軍を懲らしめに向かう。
孟達率いる輜重隊二千の壊滅の知らせは、すぐに南鄭城に伝わった。騎兵に襲われたと聞いた参謀の法正は、顔を青ざめさせて、
「馬鹿な…どこにそんな援軍が?まさか羌族か?」
大ハズレ。諜報能力の差だな。
さらに追い打ちをかけるように、オレは騎兵同士の間隔を開けて、馬に柴を引っ張らせて砂埃を巻き上げさせながら進軍した。あたかも大軍を率いて援軍が来たように偽装するためだ。案の定、逃げて来た輜重隊の兵から噂を聞いていた劉備軍は、遠目に濛々と立ち上る砂埃を目にすると、大軍の救援軍の存在は本当だったと思い込み、いよいよ南鄭城に近づいて来ることに恐れ慄いた。
張飛よ、おまえが長坂で失敗した偽装工作は、これが正しいやり方なのさ!
[劉備軍]
[兵力:26,784人]
[訓練度:80]
[士気:40]
その途中、狼煙を上げて作戦成功を城内の張遼に伝えると、
「諸君、劉備軍の攻撃はもはや長くは続かぬ。我々の友軍が敵の輜重隊を全滅させ、兵糧も強力な攻城兵器も南鄭には届かぬからだ。きょう一日を乗り切れば、こちらの勝利は目前だぞ!」
張遼の鼓舞に城内から「うおおぉーっ」と歓声が上がり、我が軍の士気は倍増、弓や落石での防衛に力が入る。寄せ手の兵はバタバタと倒され、見る間に戦意を削がれていく劉備軍。
[張遼軍]
[兵力:13,627人]
[訓練度:60]
[士気:98]
[劉備軍]
[兵力:24,912人]
[訓練度:80]
[士気:20]
ついに士気が20を割った劉備軍は浮足立ち、逃亡兵が出始める。黄忠や張飛が怒号を浴びせて必死に戦線を立て直そうとするも、一度パニックに陥った兵の潰走は止まらない。チャンスと見た張遼は、決死隊二千を率いて城門を開き、劉備軍の掃討に向かう。オレたち後方からやって来る鮮卑騎兵との挟み撃ちが成立だ。
先を争うように逃げ惑う兵は、挟み撃ちにあって前も後ろも塞がれ、殺到した後続の兵に踏みつぶされて命を落とす者が続出する。
[劉備軍]
[兵力:20,365人]
[訓練度:80]
[士気:10]
卑しい根性の劉備のことだ、こうなっては兵卒を盾にして隠れ、自分だけが逃げ延びようとするに違いない。そうはさせるか!
「皆の者、あの金色に光る天玉鎧を身に纏うのが劉備だ!」
そう叫ぶと、優秀な鮮卑の騎兵はザコには目もくれず、大将目がけて一気に劉備を追い詰める。
今はこれまでと、劉備をかばい、黄忠が一騎討ちを仕掛けて来た。
「敵大将はどこにおる?我が雄姿に恐れをなして臆したか。いざ尋常に勝負せい!」
「老いぼれめ。万に一つの僥倖に賭けて命を散らすとは浅はかなり!」
SS級武将の張遼が名乗り出て勝負に挑む。
が、その前に。
この期に及んで一人逃げ出そうと図る劉備を威嚇するため、オレはスキル【一箭双雕】で弓を射た。放たれた矢は二筋に分かれて、寸分たがわず劉備の顔から左右1cm離れた場所に命中する。「ヒイッ」と情けない声を発して、身動きが取れず立ちすくむ劉備。
その声が合図となったかのように、黄忠は白くなった髪を逆立て、馬をあおり、自慢の七十斤の戟をかざして奔馳する。張遼もすかさず馬を寄せて剣を振るう。両将が交差するや、刃と刃が激突し、火花が散る。再び馬首を巡らし、互いに敵へ向けて突進する。黄忠は「死ねぃッ!」と吠えて必殺の一撃を張遼に放つ。すでに黄忠の力量を見切った張遼は、難なくアイテム[青釭の剣]で受け止めると、咆哮とともに戟を弾き飛ばす。がらん胴の黄忠に渾身の突きを放てば、さすが名剣、鎧ごと貫き、鮮血を宙に飛ばした黄忠の骸は馬の鞍からばさっと地上へ叩きつけられた。
一騎討ちは張遼の圧勝に終わった。
頼みの黄忠を殺され逃げ場を失った劉備に加え、張飛・法正・馬謖・孫乾・麋竺ら従軍武将を残らず捕獲したオレは、
「よくも我が領土の漢中に侵攻し、大事な領民を戦火に晒してくれたな!戦下手のくせに、荊州軍に勝てると思ったか?」
と大喝した。劉備はふてぶてしく「おまえさえいなければ」などと負け惜しみをほざく。
バ~カ。戦いに if なんか通用するか!
「正直に答えろ。今回の卑劣な作戦を立てたのは誰だ?徐庶か?」
「い…いえ、新たに参謀に就任した法正です。徐庶殿は作戦に非を唱えて参謀を解任されました」
と麋竺が答える。ギロリと法正を睨んだオレは、
「そうか。では、おまえには漢中の領民を危険に晒し、彼らの暮らしを破壊した罪を償ってもらわねばならぬな」
白洲の前に引きずり出された法正は慌てて、
「お待ちください!それがし、知略には自信があります。
加えて益州の劉璋軍にも通じており、それがしの人脈と頭脳を駆使すれば、必ずや関興殿のご期待に添える結果を…」
「黙れ!盟友に兵を向けるような進言を平気でする奴が信用できるか!それに、劉璋を裏切り劉備に乗り換えたあげく、今度は劉備を捨てて我が荊州軍に鞍替えしようと図る。あまつさえ、元の主君に刃を向けるなど言語道断!オレは卑しい性根の持ち主なんか嫌いだ。斬れっ!」
オレは問答無用で法正の首を刎ねた。知力91の“使える”武将すら無慈悲に処刑した蛮勇に、劉備軍から「ヒイッ」と悲鳴が上がる。
「さて、いよいよ大将の処罰であるが……」
言うまでもなく、劉備推しの女神様と、(本当かどうか知らんけど)劉備とは義兄弟の仲の関羽のおっさんの顔を立てて、はじめから劉備を殺すつもりなんか無いけどさ。
「ま、待て。待ってくれ!
のう関興。わしはそなたが幼い頃から知っておる。わしが主君で、関羽は臣下。そなたはその息子じゃ。臣下は主君を敬うのが儒の教え。いったい君臣の忠はどこへ行ったのやら?
それに、そなたは知らぬかもしれぬが、わしと関羽それに張飛の三人は、幽州の涿県で桃園の誓いを結んだ仲じゃぞ。我ら三人、生まれし日時は違えども、義兄弟の契りを結ぶからには心を同じくし、同年同月同日に死すことを願わんと。
そなたがわしを殺せば、関羽は盟約を破ることになる。父に汚名を着せるのじゃぞ。孝に背いてもいいのか?
だいたい、わしとそなたは赤壁の戦いでともに曹操の大軍を迎え撃った仲ではないか!」
はぁ?何言ってんだ?三国志演義に描かれる仁者の皮をかぶった偽善者の劉備も虫酸が走るほどキモいけど、五十を過ぎた加齢臭漂うオヤジが忠孝の論理にすがり、泣き落としにかかるのも醜いもんだ。
「……オレは孟子の教えなんて糞食らえでな。管仲はこう言っている。「君、君たらざれば、臣、臣たらず」。形骸化したとはいえ盟友との約定を、最初に破ったのはおまえの方じゃないか!そんな主君など敬うに値しない!」
自分は悪くない、忠や孝に背くオレが悪いだなんて開き直られたら、なんかムカつくんだよな。
裏切者がどのような顛末になるか、本当の梟雄たる劉備に身をもって教えてやらなければ、コイツは何度でも繰り返す。領地没収の上、配下武将ともども放浪の旅に追放する(劉備に従うのは張飛と簡雍だけだろうけど)罰が妥当だろうが、さてどうしたものか?と思案していると。
突然、鋭い一閃がうなりを上げてオレに襲いかかる。オレは咄嗟に上半身をのけぞらせて槍の一撃を躱す。刃先がオレの頬をかすめ、肉を削ぎ落した。薄っすらと血が滲む。
「興!」
張遼が慌てて駆けつけ、突きを放った槍の持ち主に[青釭の剣]を向ける。
「よォ、弟。必死だな(笑)」
と言って、姿を現したのは。
「……花関索か。ずいぶん手荒い歓迎じゃないか?」
「手荒い?おいおい、これでも手加減してやったんだぜ。かわいい弟への挨拶代わりにな」
クックッと笑いを漏らす花関索。怒りにまかせて張遼が剣を振り上げる。
「よせ、張遼!」
「おっと。軍神・関羽の息子なら、これぐらい余裕で笑って許してくれなきゃ困るなぁ」
【鑑定】すると、花関索の武力はたしかに99+3のSS級。対するオレは87+4のA級。アイテム[李広の弓]のおかげで加算はあるものの、正面から戦えば到底敵わない。おまけに武力87と言っても、オレの得意は弩弓術であって、剣術の腕前は数字より劣ることを自覚している。
これで花関索が“手加減”しているのなら、本気になった花関索相手にまったく歯が立たないのは確実だ。武力95+5の張遼ですら厳しいだろう。血の滲んだオレの頬に冷や汗が流れる。




