238.潰えた野望
オレはふうっと大きく息を吐いて、
「……ま、女神様の懸念は分かった。けど、心配いらねーよ」
「どうして?」
「花関索の野望は天下統一なんだろ?
オレも関羽のおっさんも、天下統一なんて大それたことを望んでいないもん。亡き荊州牧の劉表の遺志を継いで、荊州の領地と領民を豊かで幸せにするのが願いなんだ。
仮に、花関索が野望を隠して荊州の配下武将に埋伏したとしても、女神様の所から家出した時みたく、そんな小っぽけな願望に構ってられるか!と呆れて、すぐに出奔するだろうさ」
「そうだといいけど…」
女神孔明は不安そうにつぶやく。
「大丈夫。関羽のおっさんは強い。アイテム[青龍偃月刀]のボーナス加算で97+5のSS級チートなのは、花関索と同じだ。もし花関索に一騎討ちを挑まれても、幾多の戦いで培った経験で関羽のおっさんは互角以上に闘える。関平兄ちゃんの身もそばで守ってくれるだろう。
それに、三国志演義と異なりオレが花関索の弟である限り、遺産相続のためにオレの命が花関索に狙われる恐れはない。この時代、長子相続が基本なんだからな。だろ?」
「……」
「おまけに孫権が簡単に手出しできないように、内部分裂を煽って孫紹を独立させたり、牛渚の戦いで孫呉の軍船を壊滅させたり、贋金をバラ巻いて経済を混乱させ、弱体化を謀って来た。あいつが雇っていた知識チートを持つ転生者の呉範だって死んだんだ。今さら史実どおりに、孫権が荊州へ侵攻できるとは思わん。一応、警戒は怠っていないが、な」
「関興、大事な話があるの。あのね、実は…」
「っつーわけで、あんたは荊州軍とは無関係なんだ。二度とオレ達に近づくな!」
「なにそれ?私を危険から遠ざけてやってるつもり?だったら尚さら聞いて!あんたは私と一緒に天下統一してもらわなきゃ困…」
「あーもう聞かねぇ!オレは天下統一なんて興味ねぇって言ってるだろ!それに、劉備の軍師であるあんたに、こっちの手の内を知られるわけには行かないんだよ。ほら、用が済んだらさっさと帰れ!オレのせっかくのお楽しみタイムを奪う気か?!」
さっきまでチ〇コを弄ってローション塗れの左手を、「ほれほれ☆」と女神様に近づける。
「ひゃあっ!もう、最低!セ、セクハラよっ!」
と悲鳴を上げながらも、
「……けど、本当に気をつけてね。関興」
と気遣いの言葉を述べて、女神孔明は帰って行った。やれやれ。
(ありがとよ、女神様)
ほんの少しだけオレは感謝した。
さ、邪魔者は消えたし、続きをやろうっと。
………………
…………
……あ。
さっき、あのまま女神様にキッスしてもらえばよかった。柔らかい唇とベロチュウは十分オカズにできただろうに。
今ごろになって後悔するオレだった。
-◇-
蝉弗がもたらした情報は、にわかには信じ難いものだった。
「南鄭城を攻める劉備軍は、兵糧も攻城兵器も持っていないのか?」
「そうでーす。野営している劉備軍に潜り込んで直接見て来たから、間違いないっすよ (^o^)v。兵糧と井欄・衝車などの攻城兵器は、後から孟達とかいう武将が輜重隊を率いてやって来るんだって」
劉備の奴、こっちが籠城の準備を整える前に一気に南鄭城を攻略するつもりか?
けど、劉備軍には兵法を学んだ徐庶だっているんだ。素人じゃあるまいし、そんな場当たり的な一発勝負を仕掛けるだろうか?
それにしたって、輜重は後回しだと?兵糧を民から略奪して現地で調達するつもりなら、なおさら“清野”の策による反撃が効果的だ。かの天才・ナポレオンもロシア遠征でやられた焦土作戦。飢えと寒さに苦しみ、士気が衰えてなんの成果もないままついに撤退に追い込まれてしまった。それがナポレオン転落の始まり。
これに倣って劉備軍の補給線を断ち切れば、南鄭城を包囲する劉備軍も同じように飢えに苦しむ。張遼が五日ほど籠城戦に耐えれば、劉備軍の士気は衰えて撤退を始めるかもしれない。……いやいや、あまりに楽観的すぎるだろ。
蝉弗の知らせを疑うわけじゃないが、罠のにおいがプンプンする。徐庶が企んだのか?
「あ、噂では徐庶って人は解任されて、別の人が参謀になってるらしいっすよ」
う~む、分からん。知力の高い徐庶を格下げするなんて、劉備はいったい何を考えてるんだ?
そこへ白水関の偵察に出掛けた段翼が戻って来た。
「ちょうど僕が白水関に到着した時、劉備軍の輜重隊が兵糧と攻城兵器を運んで通過して行きましたよ。隊長は孟達、兵力はおよそ二千。この先は険しい山中で逃げ隠れできる場所もありません。我々が攻撃するならチャンスだと思います」
!!
蝉弗の報告のウラが取れた。つまり劉備軍は、「兵は神速を貴ぶ」という兵法に杓子定規に従い、速戦即決を狙って軽装のまま最短の時間で南鄭城へ侵攻するつもりなのだ。そのため足の遅い輜重や攻城兵器は後から運ばせる方法を取った。陽平関の無能な守将・楊柏が別動隊を率い、孟達の輜重隊を襲うことはないと賭けて。
わはは。この戦い、オレたちの勝利が見えたな。
敵はオレと張遼の存在に気づいていない。
もともと劉備軍の漢中侵攻は無理があったんだ。
攻城兵器を用意して南鄭城を攻め取ろうとすれば、三百里もの距離の運搬には多大の時間がかかる。その間に守備側の我々は、荊州から援軍を呼び寄せればよい。救援軍の来訪は城の守備兵を鼓舞し、士気を倍増させる。甘寧や鄧艾ら戦上手が兵五千を率いて駆けつければ、城の内外から挟撃された劉備軍は、ほうほうの態で逃げ帰るしかないだろう。
逆に、荊州軍の救援を恐れて今回のように速攻を仕掛ければ、足の遅い攻城兵器と兵糧の運搬を後回しにするほかない。兵糧を現地調達するつもりなら、守備側は焦土作戦をとればよい。攻城兵は飢えに苦しみ士気が振るわず、早晩撤退に追い込まれるはずだ。
唯一成功の可能性は、南鄭城の守将が無能で、敵の突然の来襲に右往左往し、なんの応戦もできぬまま白旗を揚げるという、極めて幸運なケース――まあ、たしかに張衛や楊柏だけなら劉備軍の作戦は成功したかもしれんが。
だが、統率力に優れ籠城戦もレベルAの張遼に南鄭城の防衛を任せるかぎり、そんな可能性はゼロだ。残念だったな。
オレは慕容部の首魁の莫護跋に、劉備軍の輜重隊を攻撃する騎兵の応援を頼んだ。
「もちろんだ。大将たっての頼みとあれば断るわけには参らん。鮮卑慕容部の名に懸けて、討ち死に覚悟で加勢する」
「いや、戦闘らしい戦闘にはならないだろう。敵の兵糧をすべて燃やし、攻城兵器を叩き壊すだけだ」
そうして鮮卑の騎兵百騎を率いて、オレは劉備軍の輜重隊を追う。
張魯が任命した陽平関の無能な守将・楊柏が動かないことも幸いした。敵将・孟達は参謀の法正の読みが当たり、輜重隊を襲う別動隊なんか来るはずもないと高をくくっているのだ。
「いたぞ。一斉に騎射!」
うおおぉーっと雄叫びを上げ、オレは先頭に立って劉備軍の輜重隊二千を攻撃する。大将の孟達を一刀に斬り捨てると、あとは一方的に蹂躙し、あっという間に兵を蹴散らす。輜重隊は兵糧を積んだ荷車と井欄・衝車などの攻城兵器を捨てて散り散りに逃げ出した。
「おっと。おまえ達が逃げる先は南の葭萌関じゃない。北へ向かって南鄭城に行き、兵糧と攻城兵器が全滅したことを、劉備のクソ野郎に伝えるのだ!」
そうしてオレは兵糧の山に火を放った。黒煙がもうもうと立ち上る。鮮卑兵に命じて、攻城兵器もすべて取り壊した。これで劉備の野望は潰えたことだろう。




