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三国志の関興に転生してしまった  作者: タツノスケ
第七部・勧君更尽編
238/271

219.完勝

牢に監禁された胡蝶は、祭酒(長老)に化けたオレと二人きりになると、


「きさま、いったいどういうことだ?!」


と詰め寄った。


「何の話です?ああ、この格好ですか。

 オレは五斗米道の教祖・張魯殿とは昵懇(じっこん)の間柄。急いで天水郡の県城に駆け込み、教団から祭酒の衣装を借りたんですよ。けっこう似合ってるでしょ?」


「そんなことを聞いておるのではない!私を助けに来たのではないのか?!きさままで一緒に牢に入っては、ここから逃げられぬではないか!」


「しーっ。敵を欺くには、まず相手を油断させることが大事。あっ、ほら聖女様。踊りをやめると羌族の者たちに不審に思われますよ☆」


オレはへらへらと笑いながら、胡蝶に舞の続きを催促してはぐらかす。


「くっ、聖女はよせ。いや、そんなことより…あの黒き闇の正体はいったい何なのだ?」


「あれぇ?聖女様は自分が起こした奇跡を信じないのですか?」


「……きさま、あとで絶対殺す!」


と胡蝶が凄んだので、オレは慌てて両手を挙げ、


「おお怖っ。種明かしをすると、あれは日蝕ですよ。きょうは月の朔日。数年に一度生じる、ただの自然現象です」


そう。日蝕は、太陽の光が地球に達する前に新月が太陽の前を横ぎるため、月の影によって地球に届く太陽の光が隠される現象だ。だから日蝕は、太陰暦の世界では必ず朔日(ついたち)に起こる。今日はちょうど六月()()なのだ。


「その日蝕が今日この日この場所で起こると、何故きさまが知っておる?」


「それは秘密。ズル賢い漢族の知恵ってヤツです。

 ああそうだ、さっきの質問に答えましょう。莫護跋(ばくごばつ)殿と示し合わせて今宵、慕容部の決死隊が夜襲を仕掛けます。騒ぎに紛れてここを脱出しますので、お嬢様もそのおつもりで」


「父上が?きさまを選んで私を追い出したのに、何故?」


「うっわ、ニブいなぁ~。分からないければ、あとで直接莫護跋(ばくごばつ)殿にお尋ねになればよろしいのでは、聖・女・様?」


オレはここぞとばかり、胡蝶を揶揄してやった。


 -◇-


夜になって、莫護跋(ばくごばつ)は手筈どおり決死隊十人とともに羌族の部落を襲った。十人全員に十本の篝火を持たせ、大軍で囲んでいるかのように見せかけた。そうしてありったけの銅鑼や太鼓を打ち鳴らし、


「うおおーっ!」


と雄叫びを上げる。突然の敵の来襲に、寝入り端を叩き起こされた羌族は算を乱して逃げ出す。莫護跋(ばくごばつ)らは柵を乗り越え敵陣に乱入し、牢に囚われの身となっていたオレと胡蝶を助け出した。


「すまぬ!大将には危険な目に遭わせた上に、救出が遅くなった!」


「何をおっしゃいます?約束どおり、莫護跋(ばくごばつ)殿には救出に来ていただき感謝しています。それに、オレの配慮が足りずにお嬢様を危険な目に遭わせた以上、オレが責任を取るのは当たり前じゃないですか!さあ、ひとまずこの死地から脱出しましょう!」


オレは慕容部の決死隊十人と胡蝶とともに、羌族から奪った馬に乗って野営地へ駆け出した。

やがて羌族は落ち着きを取り戻し、逃げ出した者たちは徐々に部落に結集した。


夜が白み、莫護跋(ばくごばつ)らの奇襲が少人数で、五斗米道の祭酒と(奴が聖女が称した)昼間捕らえた女が逃げ出したことを知ると、羌族の首魁(ボス)は激怒し、


「あの贋者のクソ祭酒めっ!よくも騙しやがったな!わしは最初から怪しいと思っておったのじゃ!

絶対に許さん!ただちに奴らを追いかけてなぶり殺せ!女は捕らえて、おまえらで替る替る犯してやれ!」


と命じた。羌族はすぐさま千騎で追撃を開始する。

オレたち十二騎は、地理が分からず慣れぬ道を行くため、必然的に馬の速度は落ちる。しかも、体力が回復していない聖女(笑)の胡蝶を連れているのだ。


「すまない。不甲斐ない私のせいで、このままでは敵に追いつかれる。こっちは十二騎、そうなっては多勢に無勢だ」


胡蝶が謝る。確かにここで敵に追いつかれるのはまずい。


「やむを得ませんね。オレと蛾洵(がじゅん)殿が一旦ここで敵を食い止め、時間稼ぎします。すぐに追いつきますので、莫護跋(ばくごばつ)殿はお嬢様を連れて先をお急ぎ下さい」


「だが……」


莫護跋(ばくごばつ)は逡巡する。


「ご心配なく。オレはこう見えても【弩弓術】のスキル持ち、騎射の腕はAランクです。羌族の雑魚兵には負けません」


「分かった、ご武運を祈る。蛾洵(がじゅん)、大将を頼むぞ」


「はっ。この身に代えましても」


以前はオレを敵視していた蛾洵(がじゅん)がそう答える。少しは認めてくれたということだろう。




「待て、こらーっ!」


迫り来る羌族の追っ手に向かって、オレは馬を駆けながら弓を構える。五十歩の距離から二射三射、放たれた矢は正確に敵兵を射抜き、馬から撃ち落とす。そして後退しながら再び弓を構え、追いすがる敵を冷静に射抜いていく。


「あ…あんた、鐙がなくて騎射ができるのかよ?!しかも命中するなんて…」


「あれだけ皆の前で大見得を切った以上、ちょっとはカッコいい活躍を見せないと、ね」


それがどれほど高度な技か、騎馬民族である蛾洵(がじゅん)は痛いほど分かった。


「へっ。なら、わしも本気を出すとするか」


次々と射倒され地面に投げ出された馬と兵を避けようと、後方からやって来る追っ手がスピードを緩めて左右に分かれたところを、すかさず蛾洵(がじゅん)が各個に矛を振るって血祭りに上げる。

そうして相手が怯んだところで二人はスピードを上げて退却。ためらう羌族の追っ手は、首魁(ボス)の逆鱗に触れて追撃を続行。再び、オレと蛾洵(がじゅん)のコンビプレーの餌食に…を繰り返す。


そう。多勢に無勢で押されているように見せかけ、後退しながら追っ手を騎射でちまちまと倒し、敵の怒りを煽って伏兵の待つ場所へ誘導する偽装退却パルティアン・ショットの作戦だ。


同じ塞外民族でも、匈奴や鮮卑などの北方系が得意とする戦法である。対して羌族や氐族は、草木の茂る山野に少人数で隠れながら、ゲリラ的に敵を襲う戦法を好む。鮮卑族とは初顔合わせの羌族なら、勝算は高い。


オレと蛾洵(がじゅん)は先行していた莫護跋(ばくごばつ)や胡蝶ら十騎と合流すると、やがて狭い谷に入った。追撃して来た数百の羌族の兵は、頭に血が上っているのか地形には目もくれず、狙いどおりに縦一列に並んで追って来る。


「それっ、今だ!」


谷の上部から巨大な岩が何体も落ちて来た。

もちろん偶然なんかではない。砦を守る曹魏の兵が伏兵となって、谷に潜んでいたのだ。


(うわあぁぁぁーっ!)

(岩が…や、やばいぞっ!)


隊列のちょうど中間が落石で分断。敵は圧死する者多数。

その惨状を目にして恐慌に陥った羌族の部隊に、落石の仕事を終えた曹魏の伏兵たちが、武器を弓に持ち替えて一斉に矢を放つ。バタバタと斃れる敵兵。


退路を断たれて混乱し、指揮系統の乱れた前方の羌族の追っ手には、オレたち慕容部の十二騎がとって返して突撃を敢行し、敵を斬って斬って斬りまくる。


羌族の首魁(ボス)は流れ矢に当たって戦死した模様だ。命からがら戦場から逃げ出すことができた敵は十のうち一,二。一方、こちらの損害は軽微。決死隊十人のうち、二人が軽い傷を負ったのみの完勝だった。



こうして羌族の一部族を壊滅させた曹魏麾下の天水郡は、以後平穏が訪れた。


>日蝕が今日この日この場所で起こると、何故きさまが知っておる?

後漢書献帝紀に、「六月庚寅晦、日有食之」と記されています。ここでは六月の晦日(つまり七月の朔日)とありますが、この物語では話の都合上、六月一日に日蝕が起こったことにしました。また、日没時の日蝕ならば、確実に太陽が月に侵食されて赤黒くなる現象が見えるだろう、と創作したものです。


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