212.自爆
「仇討ち?」
「はい。甄妃様は今でも曹沖殿下のことを思って悲しみにとらわれ、後を追って殉じなかった自分を責めて苦しんでおられます。オレはそんな姿を見ていられない。甄妃様の悲しみ・苦しみを少しでも和らげてやりたい。曹沖殿下の仇討ちなんかで、それを払拭できるのかどうかは分かりませんが」
そんなオレの言葉に気を悪くしたのか(←何故だ?)、女神様はやさぐれた様子で、
「フ…フン。なによ、惚れた女にいい所見せたいだけなんじゃないのぉ~関興?そうよね、甄洛に自爆プロポーズするくらいなんだし」
「な、ななな…何言ってんだよ?!」
「やだ、図星!?聞いて、荀彧。関興ったらガキんちょのくせに、もうファーストキッスの経験済みなのよ!お相手はなんと甄洛だって☆」
「う…うるさいっ、茶化すな。少し黙ってろ!
えーコホン。先ほど告白したように、史実ではこの先、曹操は天下の3分の2を有しながらも漢を滅ぼそうとはせず、周の文王のごとくその生涯を終えます。
跡を継いだ曹丕が献帝に迫り、禅譲を受けて新たに魏王朝を開きますが、酷薄冷淡な彼の治世は名君とは言い難いものでした。曹丕は在位六年と短命でしたが、仮に長生きしたとしても、父の遺産で皇帝になることができただけの彼の能力では、天下統一の事業はどのみち不可能だったでしょう。
次の聡明な明帝が専守防衛に徹して魏の国力を温存したからこそ、魏の乗っ取りに成功した司馬氏の晋が鼎立した三国の最終的な勝者となった。その明帝とは曹沖殿下と甄妃様の愛の結晶、曹叡様なのです!」
……本当の父親は(この世界では)曹丕らしいがな。
「司馬懿の暗躍のせいか、史実とは大幅な狂いが生じておる現在ですが、我々荊州軍が庇護している曹叡様を皇帝に擁立することができれば、改変されていた史実も元の鞘に納まり、めでたしめでたしというわけです」
聞き役に徹していた荀彧は、ようやく口を開いて、
「なるほど、君の壮大な計画は分かったよ。だが、その大事業を君たち荊州軍だけで成し遂げるつもりかい?曹公すら手玉に取られた司馬懿や献帝を甘く見ない方がいい」
「たしかにオレの手で曹操の救出に成功した以上、漢の献帝や司馬懿とオレたち荊州軍との対立は決定的になるでしょう。彼らが豊かな中原を押さえている以上、我々の劣勢は否めません。
しかしながら、荊州単独では漢の献帝や司馬懿に対抗することは難しくても、幽州の曹彰や青州の曹植それに忠誠心の篤い夏侯惇は、曹操の呼びかけに応じて兵を挙げるはず。というか、大将の曹操を青州に送り届けて、立ち上がらざるを得ないように仕向けてやる(ニヤリ)。
彼らと同盟を結び四方から攻撃を仕掛ければ、敵の兵力は分散され翻弄されて、たとえ兵力が劣っていても互角に渡り合うことができるんじゃないかと。
曹沖殿下を弑した司馬懿の悪辣さ、血の繋がりのない傾国の美女・董桃を皇女と偽り曹丕を誑かした献帝の狡猾さを暴露すれば、敵の動揺を誘い、日和見を決め込んでいる中立勢力を我々の味方に付けることも可能になる。
そうなれば形勢は俄然我々の有利に傾き、最終的な勝利も見えて来るでしょう。
なので、漢献帝や司馬懿が行なった不正の明白な証拠を集めておく必要があります」
「分かった。及ばずながら、僕も君の計画に協力するよ」
やれやれ。これで荀彧の説得も無事済んだと思った矢先。
「ところで関興君。君が皇帝に擁立しようとしている曹叡様のことなんだけど、もしも曹沖殿下が……」
マズい!勘のいい荀彧のことだ、曹叡の実の父親が曹沖殿下じゃないことに薄々気づいて確かめようとする質問なのでは?
と、その時。顔を真っ赤にして仁王立ちの女神様にむんずと肩をつかまれると、
「ちょっと関興、下僕の分際でよくも女神であるこの私を無視してくれたわね!甄洛、甄洛って、こっちの気も知らないで。この色ボケ野郎!覚悟はできてるかしら?」
とか訳の分からん叱責が始まった。
「曹沖を襲った蒲坂の災厄、あれの原因に心当たりがあるんじゃない?半径100mのきれいな円形の範囲だけが燃え尽きてる。私の勘ばたらきだと、あれは絶対に自然災害じゃなくて、人為的に引き起こされた【落雷】なのよねぇ」
と不敵な笑みを見せる女神様。
~~~っ!こっちは【落雷】コマンドを使ったのが女神様だと踏んで、せっかく触れずに誤魔化して荀彧の鬼化を回避しようと必死だったのに。女神様のヤツ、人の気も知らないで余計なことを蒸し返しやがって!
だがこの場合、ナイスアシスト…なのか?
「し、司馬懿がやったんじゃないんですかねー?」
「ないない(笑)。転生者でも神仙でもない司馬懿ごときに【落雷】コマンドが使えるはずないじゃない!」
ちょ、女神様っ?!せっかくオレが道化になってやったのに、肝心のあんたが否定してどーすんだよ!
「考えてみなさい、このVR歴史シミュレーションゲームのパワーバランスが崩れちゃうようなスキルを、造物主の私が許すわけないでしょ?ちょっとは頭使いなさいよ、ヘタレのくせに色ボケの関興!
だいたいさ、何でもかんでも司馬懿のせいって、バカの一つ覚えみたいに唱えるのは思考停止だと思うのよね~。それに、近ごろの荊州軍のド派手な勝ち戦ってば、私のライバルの龐統かトンガリ目の鄧艾が練った計略によるものばっかりじゃない?最近、関興の活躍が地味っていうか、謀りごとがセコいっていうか、なーんかつまらないのよねぇー。荀彧もそう思わない?」
よーし、分かった。あんたがそんな態度なら、オレだって本気出してやるッ!
「おい、女神様。今、あんた自分の口で言ったよな?【落雷】コマンドは“世界のパワーバランスが崩れちゃうようなスキル”だって。つまり、【落雷】コマンドを所持してる武将は限られる。終南山での神仙修行でスキルを手に入れた荀彧様と諸葛孔明、あんただけだ!
そして、曹沖殿下を可愛がり、その仇を討ちたいと願う荀彧様には、曹沖殿下を殺す理由は存在しない。ということは消去法で、犯人はあんたしかいないんだよっ!観念しろ!」
名探偵をきどったオレは女神様に向かってビシッと指差す。フッ、決まったぜ。
「えー私じゃないわよ。だって私には完璧なアリバイがあるもん」
「完璧なアリバイだと?言ってみろ」
「蒲坂の戦いが起こった時、私は敵情視察のために自ら現地取材を敢行していたわ。ちょうどその時、曹操の身代わりを買って出た曹沖が、馬岱率いる涼州軍の長槍兵に囲まれ絶体絶命のピンチに陥ったの」
「ほら見ろ、犯行現場にいたんじゃないか!何が完璧なアリバイだ?往生際が悪いぞ。さっさと自分がやったと認めろよ!」
「けど、かよわい乙女の私は人が殺されるシーンって苦手なのよね。だから曹沖が長槍で突き刺される瞬間を目にする前に、【ワープ】コマンドを使って現場から立ち去った」
「ケッ、白々しい。誰がそんな証言なんか信じるか?!あんたが【落雷】で曹沖殿下を噴き飛ばした後で、【ワープ】を使って殺害現場から逃亡し完全犯罪を装ったんだろーが!」
「……あのさぁ関興、基本的なルールを忘れてない?歴史シミュレーションゲーム上の制約で、この世界は1ターン1コマンド制なの。私が【ワープ】コマンドを使って蒲坂から立ち去ったのなら、同じターンで【落雷】コマンドは使用できなかったことの証明になる」
「!!」
確かにそのとおりだ。このルールは159話の注記であらかじめ、
――このVR世界では、歴史シミュレーションゲームのように1ターン1コマンド制を採用しているためです。つまり、いくらチート能力を持っているとはいえ、【ワープ】コマンドで蒲坂から唐県に移動した女神様は、このターンではもう別のコマンドを使うことができないのです。
と説明されている。




