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三国志の関興に転生してしまった  作者: タツノスケ
第六部・哀惜師友編
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206.関興、長安を陥とす

雍州牧の馬超の支配下に置かれる長安の城壁には、馬の文字が刺繍された緑色の軍旗がはためいている。VR歴史シミュレーションゲームの設定で、オレたち荊州軍閥は藍色、曹操は黄色、漢は朱色という風に、軍旗の色はあらかじめ決められているようだ。


オレは市場から藍色の布をあるだけ買わせて「関」や「荊」の文字を墨で書き記し、五斗米道が運ぶ千台の荷車に高々と結び付けると、


「荊州の関興が、長安へ米を運んで参りましたぁ~」


と大声で叫びながら、長安へ向かって隊列を組んだ。


あ、そうだ!忘れずに、狼煙(のろし)がわりに発煙筒を焚いて、例の旅の商人・鮑凱へ知らせておこうっと。


「関」や「荊」の文字がはためく軍旗を掲げた千台の車列は壮観だ。本当はさっき市場で買った ただの藍色の布なのだが、事情を知らぬ者たちの目には、藍色をした荊州軍の本物の軍旗を掲げた輜重隊と映る。

何事かと城外へ出て荷車の列を見に来た領民の一人が、


「あんた、荊州の人って本当かよ?荊州は馬超様の敵じゃないか。なんで荊州のあんたがここ長安に米を運んで来たんだい?」


と訊ねる。まさかオレが遠回りして漢中を通り、秦嶺を越えてやって来たとは誰も思うまい。オレは澄まし顔で、


「そりゃあ、曹公に味方する荊州軍が、馬超軍に勝ってここ長安まで進軍して来たからに決まってるじゃないか!知らないのかい?三日前に荊州軍は馬超を大破したんだよ。旅の商人も噂してるから、聞いてみるといい。

 本隊はすでに長安を素通りして、曹公が籠もる陳倉へ直行している。オレたち輜重隊は遅れて陳倉へ向かってるというわけさ」


と喧伝した。半分は真実、半分は真っ赤な嘘。善良な人を騙す詐欺師の常套テクニックだ。案の定、それを聞いた長安の城民たちは、街を焼かれ馬超の支配に渋々従っていたせいか、嬉々として、


「荊州軍が涼州軍から長安を解放しに来てくれたってわけか?!」

「じゃあ、わしらはもう暴君の馬超にヘコヘコ頭を下げなくてもいいのかい?」

「そうらしいぞ。おいらもさっき、別の旅人からそんな噂を聞いただ」

「よっしゃあー!荊州軍万歳!」


と歓喜の声に包まれた。まるでラスボスの魔王を倒し、熱烈な歓迎を受ける勇者の凱旋みたいだ。馬超め、ここまで領民に嫌われているとは!己の悪行を悔い改めるがいい。


そこへ先ほどの旅の商人・鮑凱が狼煙(のろし)を見て駆けつけて来た。


「やあやあ兄ちゃん、ご苦労さん。ずいぶん早く、五斗米道が運んで来た兵糧隊の列を見つけてくれたんだね。おや、この騒ぎはいったい……?!」


鮑凱は不審に思ってオレに尋ねる。


「あなたが五斗米道の兵糧を使って大儲けを企んだように、オレも五斗米道の兵糧を使って長安を陥とそうと悪だくみを思いついたんですよ。

 陳倉に追い詰められていた曹操は、オレの手ですでに脱出に成功させました。荊州に攻め込んだ馬超は、オレの配下の甘寧と鄧艾によって新野で返り討ちに遭いました。この二つが事実であれば、二城を結ぶ間に位置する長安に突如、荊州軍が現れたって不思議じゃありません。

 領民には、五斗米道の運ぶ荷車に荊州軍の軍旗らしき藍色の布をはためかせただけで、まんまと荊州軍の輜重隊と錯覚してもらうことに成功しましたよ。

 あとは彼らの熱気と興奮に後押しされて、長安へ入城するだけです。あなたはこのムーヴメントに乗って、兵糧を高値で買い取ってやろうとは思いませんか?」


「に、兄ちゃん。あんたいったい何者……?」


ワナワナと震える鮑凱に向かって、オレはにっこりと微笑み、


「申し遅れました。オレの名は関興、荊州刺史・関羽の息子です。以後お見知りおきを」


と答えると、鮑凱は地面にヘナヘナと座り込んだ。


 -◇-


オレが先頭に立って進軍する荊州軍の輜重隊――実は藍色の布を掲げただけの五斗米道の兵糧を積んだ荷車千台――は、あっけなく長安に入城した。


もともと馬超大敗の報せは長安にも届いていたらしく、腐れ役人どもは尻尾を巻いてさっさと逃走したようだ。まあ、馬超という虎の威を借る狐にすぎない木っ端役人だけでは、荷車千台×1台あたりの人夫5人=五千人もいる「荊州軍」の軍勢には敵わないだろうし、領民のあの歓声を聞けば、戦う前から負けを認めるのも無理はない。


オレは緑色の軍旗をすべて撤去させ、墨で「関」の字が記された藍色の旗を城壁に掲げた。こうして本物の荊州軍を一兵も使うことなく、あっさりと長安の陥落に成功したのだった。


ついでに、旅の商人・鮑凱は米一俵あたり金百二十銭で買い取ってくれることに同意した。

五斗米道にすればもともとの金二百銭にはほど遠いが、相手先の馬超が逃走して取引が雲散霧消するよりはマシなのと、これまで儲けの半分を佞臣の楊松が懐にガメていたのを考えると、決して悪くない取引価格に落ち着いたと思う。


鮑凱にしたって、蝗害や洪水で不作だった州の商人に転売すれば大儲けできる仕入れ値には違いないし、荊州軍閥にオレというコネを労せずして得たことは十分収穫だろう。

これぞ「三方善し」の商いだ。




長安では思わぬ拾い者もあった。杜襲だ。


史実によれば建安二十二(217)年、劉備が曹魏の領土であった漢中を攻撃する際、占い師の周羣から《漢中の土地を手に入れても住民は手に入らない》と予言された。結局、二年かかって劉備は漢中の攻略に成功するのであるが、周羣の予言もまた的中した。駙馬都尉に任命された曹魏の杜襲が漢中の住民を手なずけ、城が陥落する前に八万人もの者を関中に移住させたからである。


そんな杜襲を見つけて抜擢し、オレは今後の見通しを語った。


「今回の荊州軍の任務は、あくまでも陳倉に籠もる曹操の救出が目的。長安解放のために遠征したわけではない。我々には、残念ながら長安城を恒久的に守るための兵の余力がないのだ。たとえ今一時的に長安を占有しても、司隷を治める敵の司馬懿が反撃に来てすぐに奪回してしまうだろう。

 その前に、長安の領民に荊州に移住したいと望む者を募り、彼らを連れて秦嶺を越え漢中へ脱出して欲しい」


「でも私は抜擢されたばかりで、そんな大任が務まるでしょうか……」


「大丈夫、おまえならできるさ」


と励ました。関中から漢中へ。史実の逆を行なうのだ。ひとりじゃ無理なら、陳倉には郝昭や楊阜も残っている。頼りになる彼らと協力させよう。漢中まで来れば、あとは船で荊州まで送り届けてやればいい。


「若様はどうなさるので?」


「オレは恩人の荀彧を探しに、終南山と蒲坂(ほはん)へ行ってみるつもりだ。一か月後に漢中へ戻るから、五斗米道の祭酒たちの帰国に合わせて、おまえもそれまでに漢中にやって来て欲しい」


「分かりました。やってみます」


結果的に、杜襲は三万の住民を連れて長安から漢中へ移住させることに成功した。たった一か月足らずでそれだけの人を募ったのだから、やはり杜襲の行政手腕は素晴らしい。が、それはまた別の話。

終南山へ足を運んだオレは、仙道修行をしている者たちに荀彧が名乗っているという婁子伯(ろうしはく)のことを訊ね回った。が、今年の二月に出掛けたっきり、誰も姿を見ていないらしい。


期待していただけに、何の手掛かりも得られずがっかりして終南山を後にしたオレは、気を取り直して蒲坂(ほはん)へと向かった。


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