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三国志の関興に転生してしまった  作者: タツノスケ
第六部・哀惜師友編
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203.寂寥

蜀の桟道はなおも続く。夜は野宿し、食糧は狩りや魚釣り、野草や木の実の採集で調達という本格的サバイバルだ。前世の学生時代に涸沢カールでキャンプの経験しかない現代っ子のオレには、さすがに獣の解体は無理だった。たまらず草むらに駆け込んだオレに、


「なんだ興、だらしねぇな」


と嘲笑う張遼。こればっかりは面目もない。


カットされた肉塊になれば料理はお手の物だ。角切りにした肉を串に刺して炭火焼きにしたり、(ジャン)と呼ばれる醤油と味噌の中間のような調味料に酒と砂糖で味付けすき焼き風にしてみたり、小麦粉と油脂を弱火で炒め野生のヤギ乳で伸ばしながら自家製ホワイトソースを作り、さらにヤギ乳を加えてクリームシチューにしたり、骨の部分を煮て出汁をとり米を入れて雑炊にしたりと、なかなか豊かな食生活を送ることができた。


火の番をしながら、張遼は昔話をしてくれた。一騎討ちなら天下最強と言われた呂布との思い出や烏丸遠征に行った時の苦労話、官渡の戦いで関羽のおっさんとともに顔良や文醜を仕留めた話など、史書の三国志には載っていないような面白い裏話が聞けた。


「そう言えば、おまえ昔、俺の娘を嫁にくれとかフザけたことを抜かしていたな?」


ああ、あれか。美少年の関平兄ちゃんが変態の甘寧に食われそうになったので、急きょいい女と結婚させようとあれこれ動いていたんだっけ。


「その話なら、もう片付いた。いろいろ迷惑かけたな」


「なにぃ?俺の娘が気に入らねぇとでも言うのか!?」


どっちなんだよ?!面倒くさい奴だな。


「ほら、オレは曹操の敵か味方か分からないような奴だぞ。いざおまえと敵対するようになったら、悲しむのは娘さんだ。おまえだって、かわいい娘さんをそんな目に遭わせたくないだろ?」


と言い訳すると、オレと鴻杏ちゃんの悲しい別れを知っている徐(がい)は「関興君……」と告げたまま絶句し、グスッと涙ぐむ。


「ま、そんなわけで、オレはおまえの娘と付き合うわけにはいかないのさ」


「……おまえが曹魏の将になればいいだけの話じゃないか」


と張遼はつぶやいたが、その気がないオレは聞こえないフリをした。



同じ釜の飯を食った仲とはよく言ったもので、一週間も共同生活を送るとしだいに情が湧いて来る。オレは張遼の立場を理解するようになったし、張遼もオレのスタンスを尊重するようになった。


「興、諫言は致し方ないが、頼むからくれぐれも曹公の勘気を被るような真似はするなよ!?ソフトに、ソフトに、なっ?」


「フン、分かってるよ。おまえに迷惑は掛けないさ」


「あっ、麓に城が見えて来ました!」


と徐(がい)が声を上げる。

あれが曹操のいる陳倉の城。魏延は十日と言っていたが、隊列を組んでの行軍ではなく軽装だからだろうか、八日で秦嶺を超えることができたようだ。それも一日大雨で動けなかった日をカウントしているから、実質もっと短かった。






四月三十日。

ついに陳倉に到着した。辺境の地に籠城を余儀なくされていた曹魏の将兵は、脱出路を切り開いてくれた援軍を大喜びで迎え入れた。


ーーが、そこにオレの姿はなかった。


「オレは『おまえの顔なぞ見たくもない』と曹操に嫌われ、許都を追放された身ですから」


とイヤミを言って、ひとり幕舎に籠もったのだ。挨拶がわりに軽~くジャブを放ってみたが、さぁ奴はどう出るか?

ら、すぐに賈詡が使者となって現れた。


「秦朗。あなたのことですから、きっと迎えに来てくれると思いましたよ。南から秦嶺山脈を越えて、ね」


あいかわらず油断のならない嘘くさ~い笑顔で。


「曹公があなたに礼を言いたいとお待ちですのに、いったい何を()ねているんです?」


()ねてなんかねぇわ!オレは曹操に腹を立ててるんだ。だいたい、礼を言いたいなら、そっちから出向いて来るのが礼儀だろ?オレは曹操の臣下じゃないんだぜ」


「お怒りはごもっともですが、そうも行かない事情があるんですよ。曹沖様を失い、曹丕に裏切られて失意の曹公は、あれ以来体調が思わしくなく……起き上がることもままならないというか……」


と言ってうつむく。思いも寄らぬ理由を聞いたオレは驚いて、


「大丈夫なのか、あいつ?」


「……そういうわけで真に申し訳ないのですが、秦朗の方から足を運んでもらえないでしょうか?」


「わ、分かった。なぁ、曹操はそんなに悪いのか?」


オレは焦った。まずいな、曹麗様に生きてあいつに会わせてやるって約束したのに。


「あなたの顔を見たら、元気が出るかもしれませんよ」


「冗談はよせ。すぐに行くぞ!」


オレは慌てて曹操のいる場所へ向かった。オレが来たと知ると、奥から曹操がーー髪の毛は真っ白に変わり、櫛で()くこともせず、寝間着を着たまま今までベッドに臥せていたと一目で分かる姿で、両脇を侍女に抱えられながら現れた。


「し、秦朗か……よう来てくれた。他の誰もが背を向けたとしても、おまえ…秦朗だけはきっとわしを見捨てずに、助けに来てくれるだろうと信じていたぞ」


「ケッ!なにを白々しい……おい、大丈夫なのか?」


曹操は首を振って、


「どうやらわしもここまでのようだ。最後におまえの顔が見れただけでもうれしい」


と言い、涙を流しながらオレの手をギュッと握る。だが、その手には力がこもっていなかった。

ふざけんなよ!おまえはこんな所で終わるような奴じゃないだろう?!


「まだだ!オレはおまえに言いたいことが山ほどある。忠臣の諫言に耳を貸さず、佞臣のおべんちゃらに惑わされ、性懲りもなく武力で天下を統一しようと目論んで失敗したマヌケなおまえにな!」


ウン、ウンと頷くだけの曹操。


「曹沖様の件だってそうだ。優しいあいつのことだから、きっと自分から身代わりを申し出たんだろう。けど、あんないい奴を身代わりにしておまえの方が生き残るなんて、おまえが死ねばよかったんだ!」


「おい、無礼だぞ!」


と誰かが咎める声が聞こえたが、気にするもんか。

けど、あれほど息巻いて乗り込んだのに、曹操は「すまぬ…すまぬ……」と泣きながら詫びるばかりで往年の貫録を微塵も感じられなくて、オレは憐憫というか、寂寥感というか、なんとも言えない感情が湧き起こって、


「くそったれ!これじゃ何のためにはるばる陳倉まで来たか、オレ自身が分かんなくなっちまったじゃねぇか!?

 オレは曹麗様と約束したんだよ、生きておまえに一目会わせてやるって。オレはなんとしてもおまえを許都に連れて帰らなきゃならない。だから、まだ死なないでくれ。頼むから…」


何故だろう、逆に曹操を慰める羽目になるとは。


「…わしを許都に連れて帰ってくれるのか?秦朗、このわしを許してくれるのか?」


(すが)るような眼で見つめる曹操。


「ば…馬鹿言え。そ、それとこれとは話が別だ!

 オレは母上に言われたんだ。敵の敵は味方、今は手を組むべきだ、ってな。残念ながら、オレたち荊州軍だけでは漢の献帝に対抗できないのは事実。仕方がないから、おまえを救出しに来てやっただけだってことを忘れるな!

 オレは仁徳を軽んじ、荀彧を害そうとしたおまえを絶対に許さない。あいつの前でおまえに詫びを入れさせないと気が済まねぇんだよ。肝心の荀彧がどこにいるのか、まだ掴めてないがな。だが近いうちにきっと探し出して……」


「荀彧なら、わしは会ったぞ」


と曹操は告げた。


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