202.狡兎死して走狗烹らる
こうして、蜀の桟道の森の中に根城を構える羌族の部隊をみごと壊滅したオレ達だが。
「ケッ、一番美味しい所を持って行きやがって。斬った賊の数はおまえより俺の方が多いんだからなっ!」
まあ確かに、敵の3分の2を張遼が倒したことは否定しないが、ムキになってオレと手柄を張り合おうだなんて、張遼よ、おまえはお子ちゃまか?!
「はー怖かった。僕はまだ足がガクガク震えています」
「フッ。そういう時は、嘘でも武者震いが止まらないと強がれよ」
と呆れ顔の張遼は、
「だが父君の名を汚さず、よく頑張ったな」
と徐蓋にねぎらいの言葉を掛け、肩をポンと叩く。こういう所は好感が持てる奴なのだ。
すると、ピロリ~ンと戦場に似つかわしくない音が鳴り響き、
【クエスト達成。 張遼 に 武力ステータス+2 が加算されます。】
と表示されたスクリーンが宙空に現れた。
おい、ちょっと待て!たしかに一番多く賊を倒したのは張遼だが、敵ボスを倒したのはオレだぞ!最終的にクエストを達成したのはオレの功績。なんでオレじゃなくて、張遼にボーナスが+2も加算されるんだよ?!不公平じゃないか!?せめてオレと張遼で+1ずつ分け合うとかなら納得もするが。
「興、独りで何をブツブツ文句言ってるんだ?」
不思議そうに訊ねる張遼を、オレはジト目で睨んで、
「……クエスト達成ボーナス+2が加算されて、おまえは武力ステータス93→95のSランク武将に成り上がったんだ。自分ばっかりいい目に遭いやがって!どうせオレのステータス92は、アイテムでドーピングした邪道な数字だけどさ、これでまたおまえとの差が広がって、昔の借りを返せなくなっちまったじゃないか!」
「おまえが何を言ってるのかさっぱり分からん。ちょっとは頼り甲斐のある男に成長したかと見直したのに、やっぱりまだまだお子ちゃまだな。ハハハ」
「おまえに言われたくねーわ!あームカつくっ!」
と地団駄を踏むオレ。
「誤解するな、俺は貶してるんじゃねーぞ。大人びちゃいるが年相応の子供だと分かって、むしろ安心してるんだ。
だいたい、おまえくらいの年齢であれば、徐蓋や俺の息子の張虎のように、いざ戦に出るとなったらビビッて足が竦むのが普通だ。
それなのにおまえと来たら、軍師顔負けの作戦を組み立てるわ、やっかいな敵の軍閥を舌先三寸で丸め込むわ、手強い羌族の将兵を事も無げにやっつけるわ、まるで後漢の光武帝のような活躍。おまえの才をもってすれば、天下を狙うのも掌を返すように容易なんじゃないか?
まさか興、おまえは曹公に代わり天下に君臨しようとか、大それた野心を抱いてるんじゃないだろうな?」
「は? ンなわけねぇだろ!曹操が献帝を廃して天下を譲り受け新たな王朝を開きたいと言うのなら、勝手に皇帝にでもなればいいさ。オレにはまったく興味がない」
オレの即答に張遼は肩をすくめて、
「ま、おまえならそう言うと思ったぜ。
だが俺は、おまえが底抜けの善人ではないことを知っている。野心も抱いておらぬ、褒美も要らぬなら、何故あれほど嫌う曹公に手を差し伸べる?おまえの行動原理がさっぱり分からん!」
ま、端から見れば、オレの行動は支離滅裂に見えるだろうな。オレは即答、
「漢献帝より、曹操に天下を任せた方がはるかにマシだからだ」
そう。オレの理想とするエンディングは、
1.仁徳あふれる君主による天下統一
2.曹操・荊州の関羽・揚州の孫紹・益州の劉璋?・涼州の×× による天下五分の計
⁑
(越えられない壁)
⁑
3.武力によって曹操が天下統一
⁑
(論外)
⁑
4.後醍醐のように碌でもない政治を行う漢の献帝が復権
5.血も涙もない冷酷な司馬一族による、晋の天下統一
なんだ。4番より3番がマシ。
ただ、マシと言うだけで決して容認しているわけではない。
曹沖が王太子に立てられた時までは、オレの立てた目論見の1番が上手く行っていた。かえすがえすも曹沖が蒲坂で曹操の身代わりとなって死ななければ……と今でも悔やまれてならない。1番が挫折した以上、オレは行ける所まで秘かに2番の実現に向けて動くつもりだ。
「……それがおまえの嘘偽りない本音なのかもしれぬが、それだけじゃあるまい。どうせ、耳の痛い諫言を曹公にぶちかます魂胆だろ?」
オレを厳しく追及する張遼。
「フン、バレバレか。性懲りもなく、曹操が武力で天下を統一しようと企むのは奴の勝手だが、それならオレにも考えがある。
仁徳を蔑ろにし、武力による統一を諫めた荀彧を害そうとしたことだけは絶対に許せん。曹操の奴に、何としても本人の前で謝罪させなきゃ気が済まない。
その機会は奴に恩を着せれる今以外にないんだよ!」
「やめておけ。
俺だって荀彧殿の理想は立派だと尊敬しているし、曹公の荀彧殿への仕打ちは正直やり過ぎだと思う。だが俺は曹魏の一武将だから、中華の地に安寧と繁栄をもたらすために、武力で天下統一を成し遂げようと志す曹公の方法が間違っているとは思わん!
俺だけじゃない。陳倉で曹公に付き従っている、夏侯淵や徐晃・朱霊ら気の荒い将軍だっているんだ。諫言を聞いた連中が反撥して、おまえを手討ちにせんとも限らぬ。
荀彧殿が命を賭けておまえを守ろうとした厚意を無駄にする気か?!」
やかましいわ、誰がそんな脅しに屈するもんか!
だいたい、徐晃の息子の徐蓋君を助けてやったのはオレだぞ。おまけに夏侯淵の息子の夏侯覇は、敵のスパイとなって荊州に探りに来やがったので、鄧艾に命じて捕獲済だ。「オレの身に何かあれば夏侯覇の命はねえ」と脅せば、オレに手出しできるわけがない。オレだって、ちゃんと保険をかけてるんだ♪
それに荀彧の名前を出して、オレを翻意させようったって甘すぎるぜ。
「おまえさ、“狡兎死して走狗烹らる”の故事成語を知ってるか?」
狡兎死して走狗烹らる。
狩りの際、獲物のウサギが捕まったら不要となった猟犬は煮て食われる宿命のとおり、敵が滅びたあと、武功のあった者が邪魔にされ殺されてしまうことの喩え。
春秋時代、越の范蠡は大夫種と協力して越王勾践を補佐し、宿敵の呉を滅ぼすことに成功した。しかし范蠡は、王が自分の存在を邪魔に感じ殺そうと謀らむだろうと考え、すぐに越の国から立ち去った。そのまま越に残った大夫種の身を案じて、彼が手紙にしたためたのが “狡兎死して走狗烹らる” の喩えなのである。やがて范蠡の予想どおり、越王勾践は大夫種を殺した。
時は流れて秦末の動乱、楚漢戦争の終盤にて。
国士無双と呼ばれた韓信は、楚の項羽と漢の劉邦の両雄が対峙している隙に、漢に味方して斉を滅ぼした。この時、謀臣の蒯通が天下三分の計を進言して、斉の地に自立して両雄の間に割って入り、天下を目指す道を説く。
この時蒯通は “狡兎死して走狗烹らる” の故事を引き合いに出して、
《劉邦が項羽を滅ぼしてしまえば、戦の天才である韓信殿は恐れられ、やがて邪魔な存在となって消されてしまうでしょう》
と説得したが、韓信は劉邦を裏切れないと言って肯んじなかった。
やがて韓信が垓下の戦いで項羽を破り、劉邦は天下の覇権を握って漢王朝を開く。劉邦は「謀反の疑いあり」との讒言を口実に韓信を捕え、すぐに処刑した。蒯通の予言どおり、韓信は邪魔になったのだ。
「もちろん知っておるが……それがどうした?」
「分かってんのか?!荀彧を害した例に漏れず、曹操が天下を統一した暁には、武功に優れるおまえだってその身が危ういかもしれないんだぞ!ましておまえは旧呂布の部下で、譜代の臣ではないんだ」
「……」
「軍事的才能あふれる武将にとっては、曹操がヘタに天下統一してしまうよりも、多少手強い敵が残っていた方が幸せなんだよ。オレが唱える天下五分の計のように、な」
しばらく考え込んでいた張遼だが、ぶるんと首を振って、
「いかんいかん、危うくおまえの舌先三寸に丸め込まれそうになった!怖いわ~。やはりおまえは曹魏にとって劇薬だ」
オレは半分本気で張遼をスカウトしたつもりなんだけどな。まぁいいや、いずれその機会が再び訪れることもあるだろう。恩を売っておいて損はない。
>昔の借り
関興が小さな頃、張遼を殺そうと思って矢を射たが、軽くあしらわれた経験がある。




