201.褒斜道
漢中の統治はこれまでどおり張魯ら五斗米道の幹部連中に任せ、オレたちはいよいよ秦嶺山脈を越え、曹操救出作戦を開始する。
とはいえ、この先は特に馬超の索敵に引っかからぬように軍隊は率いず、少人数で旅人を装った方が無難だろう。なんたって、張遼の武力ステータスは93,オレはアイテム・青釭の剣の効果が加算されて92。そんじょそこらの山賊を蹴散らすくらい朝飯前だ。徐蓋にしたってあの徐晃の子、足手まといにはなるまい。
そういうわけで、連れて来た五千の兵は漢中に留めて参軍の鄧芝に統括させ、軍船の管理と(万が一張魯が裏切って、背後からオレたちを襲うなんてことがないように、念のため)城の監視を怠らぬよう命じた。
四月二十二日。
オレ,張遼それに徐蓋の三人だけで陳倉へ向けて出発。
蜀の桟道|(褒斜道)を行く道すがら。
「関興君って、曹操閣下思いの忠義に篤い人だったんですねぇ。僕、感動しました!」
徐蓋が素直に感心する。張遼は心配そうに、
「騙されるな!コイツは古の蘇秦のごとく、舌先三寸で人をタラシ込むのが得意なんだ」
と徐蓋に教え諭す。
失礼だな。おまえに泣きつかれて、イヤイヤ曹操救出へ同行してやってるのに。
「言うな、俺は泣いてなんかねぇし!
だが正直、「他の誰もが背を向けても、関興だけはきっとわしを助けに来てくれるだろう」のセリフはおまえの作り話だと分かっていても、ぐっと来たぞ。案外曹公も本気でそう思っているかもしれん」
「ンなわけないだろ。っていうか、美人の曹麗様ならともかく曹操なんかにそう思われたって、オレはちっとも嬉しくねぇわ」
「相変わらず可愛げのない奴め。それで、いつまでこの急峻な山道は続くんだ?」
「うーん。たしか魏延が十日の行程と言ってたような……」
そう。正史『三国志』によれば、諸葛亮が北伐に際して慎重に事を進めようとしたのに対し、魏延は一路長安を目指しこれを急襲しようと主張した。その時進言した積極策が「子午谷を通って十日も経たぬうちに長安を陥としてみせる!」なのである。
「ていうか、荊州にいる魏延がなんでそんなことを知ってるんだよ?」
あっ、やべ。つい史実をカンニングをしてしまった。張遼が不審に思うのももっともだ。
「魏延じゃなくて、エンギ…エンホ…そうそう、張魯配下の閻圃が教えてくれたんだ」
なかなか苦しい言い訳だな。だが質問じたいが、きつい上り坂を登るつらさを紛らわせるために発した物だったから、張遼も深くは追及せず、
「そっか、十日の山越えか…なかなか骨が折れるな。まあ途中からは、下り坂に変わるんだろうけどよぉ。
あ、そうだ!曹公の救出に成功したら、褒美は思いのままだろう。興、おまえは何を願うつもりだ?」
「べつに欲しい物なんてねぇよ。オレは曹麗様と交わした約束を実行するだけ。
あいつの首根っこをひっ捕まえて許都の曹麗様の元に引きずって行き、生きて再会を果たさせる。褒美はその時に曹麗様から貰うさ」
「さすがに曹公に対してそんな雑な扱いは、俺が許さんぞ」
と苦言を呈する張遼。
「それはそうと、雲長殿は冗談めかして、
――俺たちは危険を冒して曹公の救出を援護するのだ。相応の報酬を貰わねば割に合わぬ。救出に成功した暁には、俺は大将軍、興には三公の地位でもねだってみるか。
と言っておったが、その辺はどうなんだ?」
「さぁ?関羽のおっさんは案外本気なんじゃねーの?意外とブラックなところもあるんだぜ。こないだも孫権の野郎と小競り合いした時に……」
と語り出したところで、張遼が「しっ!」と立てた指を唇に当て、急いで木陰に身を隠すよう促した。
遠目に森の奥でうごめく三、四十騎の黒影が見える。
「山賊か?」
「羌族の部隊だ。奴らは集落を襲っては食糧や金品を強奪して、女・子供を攫って行く。まあ、山賊のようなものだな。くそっ、何だってこんな所に?」
「ど、どうしましょう?敵は多勢。隠れてやり過ごしましょうか、それとも見つかる前に逃げましょうか?」
徐蓋は震えながら訊ねる。張遼は即座に、
「殺るしかないだろ。興、何人殺れる?」
「公平に3分の1…と言いたいところだが、奴らは騎馬、おまけに多勢の敵に対してこちらは三人。まともに戦っては分が悪い。《騎兵には遠距離攻撃の弩兵で対抗しろ》の格言どおり、まずは弓矢で敵の戦力を削れるだけ削ろう」
「分かった。幸い、敵はまだこちらの存在に気づいておらぬ。弓で先制攻撃した後は擒賊擒王、賊の首領に狙いを定め連繋して突撃を仕掛ける。これで行こう」
作戦は決まった。初陣ではないものの、実戦経験に乏しい徐蓋は、
「ふ…二人ともなんでそんなに冷静なんですか?!ぼ、僕は恐怖でチビりそうなんですけど」
と涙目になる。張遼は、
「ビビってんじゃねぇよ!キ○タマをひっ掴んでろ!」
と言うが、そうじゃねーよ!戦いへの恐怖心を薄れさせるためには経験を積むしかない。経験を積むには、場慣れした者が適宜サポートしてやる必要がある。オレは宥めるように、
「オレはあの木の上から片っ端に矢を射かける。囮みたいなもんだ、敵が気を取られて背を向けたところで、徐蓋君は背後から襲って殺ればいいさ」
と戦術をアドバイスした。
「ほら、行くぞっ!俺が付いてるだろーが!」
……まあ、あいつも悪い奴じゃないんだよな。張遼に連れられ配置につく徐蓋は、ようやく覚悟を決めたようだった。
-◇-
馬超が羌族との混血児であることから、羌族は涼州軍との関係が良好だ。ゆえに曹魏を敵視し、曹操に忠誠を誓う陳倉近郊の集落を襲っては、領民を殺し食糧や金品を奪い去って行く。
オレは前世が日本人だから、羌族のような(中華にとっての)異民族に対して偏見はない。前世好んでプレイしていた歴史シミュレーションゲーム『三國志』でも、自陣に侵攻して来た異民族は片っ端に殺すようなことはせず、捕虜にして自軍の配下に登用していたくらいだ。
だが、領民に迷惑を掛ける盗賊まがいの異民族なら、生かしておくわけにはいかない。
さあ、戦闘開始だ。
オレが樹上から放つ矢が、にわかにそして次々と羌族の部隊に襲いかかる。土煙を上げて馬が倒れ、乗っていた盗賊はどうっと投げ出される。
(て、敵襲だ!)
(怯まず迎撃しろ!どこだ、敵は?)
どこからとも知れず飛んで来る矢に数体が倒され、一時パニックに陥ったものの、混乱を鎮めた羌族の首領はキョロキョロと辺りを見回し、樹の上から矢を射るオレの姿を発見した。
(あそこだっ!あいつを仕留めろ!)
羌族の賊三名が馬を下り、木登りを始める。
「それっ、今だ!」
敵が背を見せた後ろから斬殺した張遼は、乗り手が不在となった馬に自ら跨がると、同じく馬を奪った徐蓋を従えて、戟を片手に羌族の部隊へ突進した。逃げ惑う賊を追うように縦横無尽に駈け廻り、右に左に薙ぎ払う。覚悟を決めた徐蓋も、「やあーっ!」と雄叫びを上げながら賊を一人倒した。
オレも二人に後れを取ってはならじと樹から飛び下りると、すぐさま馬に跳び乗り短戟を構えた。
「逃げるな!オレが相手だ」
(笑わせおって!きさまのような小童っぱにわしが倒せるか!)
賊は小柄なオレを侮りせせら笑ったが、オレの武力ステータスは92。数合と保たずオレの短戟に身体を刺し貫かれ、
(くっ、馬鹿な…なぜこんな小童っぱごときに負け…)
と呻いて絶命した。南無。
一方、敵の十騎あまりに囲まれた張遼は、果敢に決戦を挑み、馬を勇躍 戟を振り回すと瞬く間に六体の首級が飛んだ。馬を駈け抜けて囲みを突破すると、筒から取り出した矢をつがえ騎射して残りの賊を射殺する。
残るは羌族の首領。
張遼・徐蓋・オレの三人に囲まれた賊は逃げ場がないと知ると、
(舐めるなーっ!)
と吠えながら小柄で最も弱そうなオレに突進し、渾身の一撃を繰り出した。非力なオレはなんとかふっ飛ばされずに受け止めたが、さすがに筋骨隆々の首領相手に鍔迫り合いは分が悪い。反動を利用しながら後ろに跳ね退くと、羌族の首領は狙いが当たったとばかりにニヤリとほくそ笑み、間合いが離れた隙をついて囲みをすり抜け逃亡した。
「逃がすか!」
オレは矢をつがえると、ひょうっと一矢で首領の肩を射抜いた。そうして馬を走らせざま弓を投げ捨て青釭の剣に持ち替えたオレは、敵に追いつく拍子に一閃、首を斬り飛ばした。




