198.龐徳、甘寧と対決する
前回お伝えしたとおり、書き貯めていたストックがパーになったので、「こういう展開だったような気がする」という記憶を頼りに再度書き直しました。いつも以上にダラダラ&ご都合主義のストーリーとなっていることをご了承下さい。
場面は再び鵲尾坡の砦。龐徳と甘寧の対決シーンに戻ります。
龐徳は小舟に飛び乗ると、戟を構えて一人軍船に立ち向かい、
「大将の関興に一騎討ちを所望する!俺は西涼の龐徳と申す者。いざ尋常に勝負されたし!」
と大声で叫ぶ。
「ウゲッ、厄介なのが出て来やがった!しかも一騎討ちを所望とは。チビちゃん…じゃねぇ、若から龐徳は絶対に殺さず、生け捕りにせよとお達しが出てるのによォ……」
軍船を指揮する甘寧が頭を抱える。
なぜ龐徳を殺さず、生け捕りにしなければならないか?
一言で言えば、禍根を後世に残さぬためだ。史実では、龐徳は樊城の戦いで捕らえられるも、曹魏に忠誠を誓って「我は国家の亡霊となるとも賊将にはならぬ」と降伏を拒絶し、関羽に首を討たれた。時は流れて景元四年(263)に蜀漢が滅ぼされた際、龐徳の子・龐会が父祖を殺された恨みを晴らすと言って、関興の子孫である関彝とその妻子を皆殺しにしてしまうのだ。そんな未来は絶対に避けなければならない。
……とか小難しい理屈は抜きにして、純粋に龐徳のステータスが高く(武力87)、粗暴な涼州軍の中では常識的で忠誠心も高いから、配下武将に加えたいというのが本心だけどな。
「なぁ坊ちゃん、試しに一騎討ちに出てみるか?」
甘寧は、隣に立つ秦朗に尋ねる。「ヒイッ」と情けない声を発し、涙目でブルンブルンと首を振って拒絶する秦朗。
「だよなぁ。坊ちゃんをそんな危険な目に遭わせるわけにも行くまいし」
「親分、砦の裏手から小舟が一隻逃げて行きますぜ。こっちの奴は陽動なんじゃないっすか?」
遠目の利く錦帆賊の一人が甘寧に告げる。
「あーいいんだ、馬超なんかに用はない。……いや、待てよ。龐徳を生け捕りにするためには、搦め手から攻める手もあるか」
甘寧は龐徳の挑戦を無視して、砦の裏手から逃げる小舟を追った。そして百歩(約130m)離れた船上でアイテム・養由基の弓を構え、矢を放った。
矢は狙いすましたように、小舟に乗って逃げる馬超の兜に命中する。
「おおっ、当たった!俺、天才じゃね?」
矢を放った甘寧自身が驚く。
そりゃそうだ、アイテム・養由基の弓のおかげで、スキル【百発百中】が発動してるんだもん。ただ、さすがに百歩は離れすぎ。兜に命中はしたものの、馬超は(精神的にはともかく)物理的にはノーダメージ。
《強弩の末、魯縞を穿つ能わず》
(強弩から放たれた矢も、終いには薄絹すら貫くことができない)の格言どおりだ。
「よし、もう少し近づいてから射てみるか」
「させるかーっ!」
龐徳は全速力で、軍船と逃げる馬超の小舟の間に割って入り、甘寧が養由基の弓を構えた射程に両手を広げてその身を晒す。
「チッ。殺してはならねえとこっちの意図を知ってか知らずか、龐徳の奴、邪魔しやがって!」
甘寧は舌打ちして構えを解いた。その隙に、馬超は兜に矢が刺さったまま逃げ去って行く。
龐徳はそのまま自ら乗る小舟で激しく軍船に体当たりしたものの、圧倒的に運動エネルギーの劣る小舟は転覆し、濁流に投げ出され波間に漂っているところを錦帆賊の者に捕縛された。
-◇-
助け上げられた龐徳は、
「……殺せ」
と告げる。
「一騎討ちで大将の関興にせめて一太刀と思ったが、それも叶えられず、無様に敵の捕虜となってしまった。生き恥を晒すのはもうたくさんだ。
良将は死を恐れて生き延びることはせず、烈士は節義を失ってまで生を求めないと聞く。今日は俺の死ぬ日だ!」
「困ったねぇ……」
と甘寧が頭をポリポリと搔く。
「あんたを死なせたら、俺が若に怒られちまうんだ。だいたい、俺はあんたの望みどおり馬超を見逃してやったんだぜ。こっちの頼みを聞いてくれたっていいだろう?」
「知るか!」
「頑なだなぁ。あんたを犠牲にし兵を置き去りにして、一人戦場から逃げ出すような恥知らずの馬超なんかに、なんでそこまで忠義を尽くそうとする?」
「……」
龐徳は痛い所を衝かれたのか、ピクッと頬を引き攣らせる。
「まあいいや。あんたが頼みを聞いてくれないなら、俺にも考えがある。捕虜の涼州兵を使ってあんたを脅すまでだ。クククッ、せっかく降伏して命が助かったのにな」
「きさまーっ!あいつらにいったい何をする気だ?」
龐徳は、自分の目の前で一人ずつ部下だった涼州兵を嬲り殺しにされる光景を思い浮かべ、激しく反発する。
「さぁて。部下思いのあんただ、いったいどこまで耐えられるか見ものだな」
甘寧の命令で、ガラの悪いチンピラのような錦帆賊徒が鞘から刀を抜き、舌舐めずりしながら生け贄の到来を待つ。
やがて、捕虜となった元部下の涼州兵が縄で縛られたまま、龐徳の目の前に連れて来られた。口には猿ぐつわが噛まされ、恐怖のせいか皆その目は潤んでいる。
「よ、よせ……」
龐徳の願いもむなしく、勝利の儀式を執り行うかのように勇ましく刀が振り上げられたかと思うと、時を置かず捕虜に狙いを定めて振り下ろされた。
「やめろーっ!」
龐徳は叫んだ。そして目を伏せた。俺を慕って最後までついて来たせいで、こんな悲惨な目に遭うとは。無惨に斬り殺され、血に染まった部下たちの哀れな姿を直視するなど、龐徳にはできそうもない。
「将軍!」
「……?」
聞き覚えのある声に呼びかけられ、思わず顔を上げる龐徳。
荊州軍のチンピラ兵が刀で斬ったのは、捕虜の首ではなく縛っていた縄だった。
あらかじめ、「龐徳を翻意させることができれば全員の命を助けてやる」と伝えられていた涼州軍の捕虜たちは、もともと龐徳に懐いていたこともあり、必死になって龐徳の説得を試みる。
「将軍、死ぬなんて言わないで下さい!」
「最後まで馬超の御曹司を庇おうとした将軍の雄姿、格好良かったですぜ」
「あなたがいたからこそ、俺たちはこうして生き残れたんだ」
「あんたに死なれちゃ、ワシらはこれからどうすりゃいいか…」
「せっかく助かった命、いつか皆でもう一度涼州の土を踏みましょう!」
「将軍。どうかこれ以上、独りで抱え込まないで下せぇ!」
龐徳を助けたい一心で必死で説得する者、龐徳の忠義を熱く讃える者、龐徳にこれまでの感謝を伝える者――動機の差こそあれ、彼らの思いは確実に龐徳に届いたはずだ。
「おまえら……」
龐徳はあふれる涙を拭おうともせず、部下の涼州兵ひとりひとりの言葉に耳を傾ける。そして甘寧の方にふり返ると、
「聞きたいことがある。関興殿はなぜ敵の俺たちをかように遇してくれるのだ?」
「んー実はあんた達だけじゃないんだよなァ。
かく言う俺も昔は河賊で、チビちゃん…じゃねぇ、若の首に刃を突きつけたのが始まりだった」
「なっ…!?」
甘寧の告白に龐徳は驚きを隠せない。
「それが今じゃこうして一軍の将に抜擢され、若のために働いている。俺だけじゃない。敵の曹操や周瑜も、危ないところを若に助けられた」
「……何故?」
「俺が知るかよ。――でも、変わってるだろ?荊州に仇為す者には容赦はないが、やむにやまれぬ事情があった者や改心して害を為さないと分かれば、たとえ敵であっても若は許してやるんだ。
たぶん、敵のスパイとして荊州に潜入した夏侯覇ですら、ケツ叩き十回くらいで許してやると思うぞ」
苦笑いする甘寧。
「荊州はいいぞ。なんたって食い物に困らん。前の荊州牧・劉表殿から続く二十年の平和のおかげで、民も兵も穏やかでのんびりしている。関羽の大殿や若が強いだけでなく、将兵を大切に扱ってくれるんで、いまだ荊州は負け知らず。戦死した者もおらん。
血に飢えた獣のように最初はイキがっていた俺も、今じゃすっかり荊州の風に染まってしまった。
ま、そんなわけで、あんたら涼州軍を“特別”待遇しているわけじゃねぇ。荊州ではこれが“普通”なんだよ」
龐徳は鵲尾坡の砦で甘寧が船上から一斉射撃を行った際、わざと外して涼州軍に降伏を勧告したことを思い出した。
そして甘寧の隣りにヌーボーと立つ秦朗に膝を屈する。
「参りました。西涼の龐徳、これより先は関興殿にこの身を捧げ、忠誠を誓いまする」
「あー違うんだよなぁ…」
甘寧はポリポリと頬を搔きながら、
「申し訳ないんだけどさ、この坊ちゃんは、顔は若にそっくりだけど若本人じゃねえ。実は、曹操の子息の曹林なんだ。スパイの夏侯覇の目を冥ませるために、若の影武者としてずっとついて来てもらったんだよ」
呆気にとられる龐徳。
「で…では、本物の関興殿はいずこに?」
ちょうどその時、斥候の猿がやって来て、
「申し上げます。西の京・長安がみごと若様の手に陥ちた模様!」
と報告した。
唐県を発ってちょうど30日目のことだった。
次回。いよいよ真打ち・関興が、まんまと長安を陥とした手口が明らかに。お楽しみに!(←と自らハードルを上げてみる。)




