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三国志の関興に転生してしまった  作者: タツノスケ
第六部・哀惜師友編
212/271

195.同志か手駒か

(えん)城で荊州軍との決戦に備える司馬懿のもとに、夏侯覇が飛ばした伝書鳩(実は鄧艾が夏侯覇の筆跡に真似て書かせた物)がやって来た。


――苦戦していたものの、馬超は鵲尾坡(じゃくびは)の砦を占拠した。新野の城を陥とすのも間もなくだろう。


との(ふみ)を読んだ司馬懿はとたんに不機嫌になり、


「秦朗もだらしないのう。せっかく(えん)城に罠を仕掛けて待ってやっておるのに、ここに到達する前に馬超ごときに屈するとは」


「おや、それでは司馬懿都督はどちらの味方か分かりませんね」


と秘書の蒋済が皮肉を口にする。


「味方?ハハ、私は秦朗も馬超もどちらも味方だとは思っておらぬ。両者が死闘を繰り広げ、共倒れになることを望んでおるだけじゃ」


上司の自分に遠慮せずズケズケと物を言う蒋済を存外気に入っている司馬懿は、正直に胸の内を語った。


「ははぁ、二虎競食の計ですか。その後、都督はどうなさるおつもりで?」


「決まっておろう。敗軍同然に落ちぶれた馬超は我が傘下の軍に組み入れ、蛮勇を振るう私の手駒として一生こき使ってやる。一方、馬超率いる涼州軍にズタボロにされた荊州は、もはや抗する力が残っておらず、新たに侵攻して来た我が軍によって易々と占領・支配される――という筋書きじゃ」


「残念ながら都督の目論見は、馬超将軍の活躍によって潰えそうですね」


「さればこそ、このまま馬超の快進撃を歯軋りしながら傍観するか、それとも劣勢の秦朗に救いの手を差し伸べてやるべきか、それが悩みどころよ」


と司馬懿は思案にふける。そこへ馬超からの早馬が到着した。


「馬超将軍は荊州軍の敷いた鉄壁の防衛線を見事に突破し、新野城下の鵲尾坡(じゃくびは)に到達しました。もう一押しで敵が籠る新野の城を陥とせそうです」


伝令の言葉を聞いた司馬懿はうんうんと頷き、


「たった一週間たらずで敵をそこまで追い詰めるとは、さすが天下無双の馬超将軍ですな」


と感心した。好感触を得たと感じた馬超軍の伝令は、


「そこで馬超将軍は、新野の城を陥とすために、なにとぞ一か月分の兵糧を支給たまわりたいと仰せでして……」


と要求した。一か月分は無理でも、半月いや十日分の兵糧支給には応じてくれればよいとばかりに「不躾な要求というのは分かっておるのですが」と言葉を加え、下手(したて)に出た。


(……やはり、馬超は私の野望を脅かしかねない危険人物。ここで潰さねばならぬ)

と決断した司馬懿は、柔和な顔は崩さず笑みを湛えたまま、


「おやおや、百戦錬磨の馬超将軍ともあろう御方が情けない。兵站の確保は司令官の重要な役目。その見通しも立っておらぬまま、敵の牙城へ猪突猛進を試みたということですかな?」


「耳が痛うございます。同盟を結ぶ張魯殿から兵糧は調達しておるのですが、なにぶん距離が遠く、我が軍の遠征先に届くまで時間が掛かっておる模様。それまでのつなぎとして、司馬懿都督がお持ちの兵糧を()()していただけませんでしょうか?」


伝令は()()ではなく()()と言葉を改めた。


「融通?つまり、借りた物を返す意志はある、と?」


「もちろんです。一か月とは申しませぬ、半月いや十日分で結構でございます。張魯から届けられる兵糧が到着すれば、そっくりそのまま耳を揃えてお返しいたしましょう」


司馬懿は大仰に嘆息して、


「足りぬのう」


「は?」


「我々が止めるのも聞かず、『兵は神速を貴ぶ』と時代遅れの格言を持ち出して無理押しを決行し、それが行き詰まったから手を貸せと。しかも借りた分だけの兵糧は補填するから、すぐに寄越せと。少々虫が良すぎはせぬか?」


「……」


「私が(えん)城に罠を張り、荊州軍を誘き出すのに要した費用がいくらかご存じか?金一億銭ですぞ!それだけの時間とコストを掛けた壮大な仕掛けが、馬超殿の拙速な新野攻撃によりすべてご破算になったのです。たかが兵糧十日分の利息で(まかな)える損失ではない!」


「そこを曲げてのお願いでございます!馬超将軍にとってもここが正念場。なにとぞ、なにとぞ司馬懿都督殿のお慈悲を賜り、どうか兵糧を……」


伝令は必死に頭を下げる。


「ふぅむ……馬超殿がこれまでに陥とした/これから陥とす新野の領地を、そっくりそのまま私に譲るという条件なら、兵糧を支給してやらんこともない」


「!! そ、それでは馬超将軍のこれまでの働きが無駄骨になるかと……」


司馬懿の法外な要求に伝令は青ざめる。


「そんなことは知らぬ。我々が止めるのも聞かず、兵站線の確保を怠ったまま戦いに興じた馬超殿の不手際だろうに。

 我々としては、兵糧が枯渇し撤退に追い込まれた馬超軍が、敵を(えん)城へ誘き寄せる餌となり果てるのを待ってもよいのじゃよ?壮大な「釣り野伏せり」戦法じゃな。

 そうなれば、私が(えん)城に仕掛けた罠が無駄にならず、秦朗率いる敵軍を叩き潰してカウンターで荊州に攻め込み、時間とコストを回収できるという寸法だ」


「つ、釣り野伏せり……馬超将軍と司馬懿都督は、漢の皇帝陛下に忠誠を誓う同志ではありませぬか!?それを“餌”呼ばわりするとは……」


「漢の皇帝陛下に忠誠を誓う同志?同志ねぇ……クククッ。馬超将軍は私の手駒にすぎませんよ。こちらの要求が呑めぬとあれば、交渉決裂ですな」


醜悪な笑みを浮かべた司馬懿は、馬超の要求をあっさり切り捨てた。

鄧艾の読みどおりだった。


◇◆◇◆◇


「我々は背水の陣を敷く。二日のうちに鵲尾坡(じゃくびは)の砦を陥とさないと、我々には後がない。だが後がないのは敵も同じ、頑強に抵抗して来よう。さればこそ、ここが正念場ぞ!者ども、かかれっ!」


馬超の号令とともに、うおおーっと雄叫びを揚げながら涼州兵は鵲尾坡(じゃくびは)の砦に突入した。が、予想に反して砦の中には一兵も姿が見えなかった。


「すわっ、罠か?!」


(ひる)むなっ!この雨では、敵は得意の火矢は使えぬ。白兵戦なら騎馬に乗る我々の方が有利ぞ!」


龐徳の鼓舞で徐々に動揺が収まり、固唾を呑んでしばし敵の反撃に備えたが、何も起こる気配がない。


「さては我らの威勢を恐れて逃げ出した、か?」

「俺たちの勝ちだ!」


うおおーっと勝ち(どき)を上げる涼州兵。馬超は誇らしげに、


「ほら見ろ、為せば成る!おまえが二日で陥とせるはずがないと言った鵲尾坡(じゃくびは)の砦が、ついに俺たちの物になった」


と龐徳に言い放つ。龐徳は畏まって、


「お見それしました。早速、敵の残していった輜重を回収します」


と言い、陣内に放置されている米俵の袋を集めに行った。皇甫(こうほ)(れき)は周りの地形を見渡すと、


「御曹司、さすがは関羽ですな。切通しであるこの場所に砦を築くのは真に理に適っております。ここを押さえれば、新野城の喉元に匕首を突き付けたも同然」


「うむ。陣取りでは我らが優位を占めたと言ってよかろう。者ども。この戦、勝ちが見えたぞ!」


馬超が喜んだのも束の間。

輜重を回収しに行った龐徳が慌てて戻って来て、


「御曹司、おかしいですぞ!米俵と思われた袋を開いて見ると、すべてただの土が詰まった土嚢。この砦には兵糧はまったく在庫がありません」


「なに?!」


そのとき兵の一人が猿ぐつわを噛ませられた男を連れて来て、


「将軍。敵の捕虜らしき人物を見つけました」


「あっ、おぬしは夏侯覇じゃないか!?」


馬超が急いで猿ぐつわを解いてやると、夏侯覇は息つく間もなく、


「やばいぞ!荊州の奴らは俺をスパイだと見抜いてやがった!これは罠だ。すぐにこの砦から離れろっ!あいつらはここを水攻めにするつもりだ!」


「なんだと?!」


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