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三国志の関興に転生してしまった  作者: タツノスケ
第六部・哀惜師友編
200/271

183.曹麗、関興に命じる

ラブコメだと一番の見せ場になりそうなんだけどなぁ。俺にはこれが精いっぱい。

●建安十六年(211)三月 許都・後宮 ◇曹麗


まだ冬枯れの木々に囲まれ、しんと静まり返った庭園。

(しん)(らく)(こう)(あん)の脱出を見送った皇后の曹麗は、独り佇んでいた。


――友と呼べる者は、皆いなくなってしまった。


沖はお父様の身代わりとなって戦死し、秦朗は許都を追放になった。唯一そばにいた(こう)(あん)も、(しん)妃を安全な場所に亡命させるため一緒に旅立った。


私は政略結婚で、愛してもいない皇帝陛下に嫁がされた身。

そんな中、お父様が朝敵にされたあげく、遠く陳倉の地で敗色濃厚に追い込まれてしまった現在、私は陛下のお渡りなんて一度もないまま後宮に軟禁されている。

それでも憎き陛下に決して弱味は見せまいと、ずっと気丈に振る舞って来た。“漢帝の犬”に堕した丕兄さまに成り代わり、曹家の総領として妃や妹弟たちに指図し、陰ながら逃亡をサポートして来たけれど、もう限界。

次に狙われるのはこの私だろう。


《形だけにしろ私は漢帝の皇后、玉体よ。たとえ丕兄さまであろうと、私を害することなんてできやしないわ》


杏にはそう強がってみせたが、私が邪魔なのは他ならぬ皇帝陛下なのだ。


《朕はそなたの父とは違う。たとえ曹操が逆賊として討伐されたとしても、そなたを連座で巻き込み誅殺しようなど微塵も考えておらぬ。朕の優しさに感涙するがよい》


憐憫?いや、(さげす)みの眼差しでそう語る陛下の魂胆は知れている。

馬超・司馬懿・丕兄さまに包囲網を敷かれたお父様が捕らえられれば、頼る者のいなくなった邪魔な私は、皇后の座を追われるだろう。


それだけで終わればよい。

が、かの邪智暴虐(じゃちぼうぎゃく)の陛下の意向を忖度した佞臣どもが、理由をなんなりとこじつけて、必ずや私を弑殺する手はずを整えているに違いない。鴆毒(ちんどく)を飲まされるのか、帯で首を絞められるのか、黒覆面の賊が押し入り喉を搔き斬られるのか……。


――怖い!


私は(しん)(らく)(こう)(あん)が出て行った鴛鴦(えんおう)門に向かって、嗚咽を漏らす。


――(こう)(あん)、沖、秦朗。私一人だけ置いて行かないで!


牢獄のようなこの後宮から今すぐにでも逃げ出したい。

そんな感情が湧き起こるたびに、決まってお父様の声が頭の中にこだまするのだ。


――ならぬ。乱世を終焉に導き、漢帝に禅譲を決断させるまでがわしに課せられた使命。そのためにおまえを漢帝に嫁がせたことを忘れるな!


かつてお父様が私に語った悲願を思うと、なかなか一歩が踏み出せない。

孤独・恐怖・義務。様々な感情が重圧となって、私を押し潰す。


(誰か私を助けて!)


言葉にできない叫び。

そんな私を慰めようとしたのだろうか、西に傾いた夕日が突如枯れ色だった林を茜色に染める。背後でカサッと落ち葉を踏む音が聞こえた私は、


「誰?」


と振り返った。馬鹿ねぇ、もう皆いなくなったのに誰もいるわけないじゃない。そう自嘲した私の眼には、木立の間から現れる近衛兵のいでたちをした男の姿が映った。


!!

鴛鴦(えんおう)門より内側は後宮で、男性は陛下か玉無しの宦官しか入れないはずなのに。それとも刺客がもう私を(あや)めに来たのかしら?私は恐怖のあまり叫んだ。


「だ、誰かっ…助けて!」


「バカヤロー!なんであの時、今と同じように「私も助けてくれ!」って言わなかったんだ?!」


「えっ?」


近衛兵の恰好をした男は――秦朗だった。

孤独じゃなかった。私はあふれた涙を手で拭い、


「こんな所で何をやっているの?元服した男性が後宮に入るのが見つかったら、理由を問わず死罪になる(おきて)を知らないわけじゃないでしょ?!」


と叱った。秦朗はあっけらかんと、


「はん。バレなきゃいいんだろ。オレはそんなヘマなんかしねぇもん」


まるでかくれんぼが得意な、いたずらっ子のような笑みを見せる。釣られて思わず笑った私は、


「秦朗、バカヤローはあなたの方です」


と言ってやった。


「私はあなたに(しん)妃と(こう)(あん)の護衛を命じたはずよ!」


「ああ、孫紹の軍船に預かってもらったから二人は心配いらないよ。

 そんなことより、いつも気丈な曹麗様の姿にかまけて、今のあなたの苦しみ、哀しみ、寂しさに思い至らなかった鈍感なオレを許してくれ」


と詫びを入れる秦朗。


「けど、これだけは言わせてくれ。血の繋がりはないがオレはあなたの弟だぞ!あなたが弱音を漏らしたって、オレはちゃんと受け止めてやる。ひとりで抱え込まずに、困った時はいつだって頼ってくれていいんだ。

 もしも曹麗様が《ここから私を逃がしなさい!》と命じるなら、オレは今からだって血路を開き……」


駄目。私が生き延びるために誰かを犠牲にするなんて絶対に認めない。そんなことをしたら、私は一生自分を許せないと思う。私は秦朗がそれ以上言葉を口にしないよう、人差し指をそっと秦朗の唇にあてて、


「それは無理な相談ね。私は曹操の娘。敵に背を向けて生き恥をさらすような真似はできないわ。相手があの邪智暴虐(じゃちぼうぎゃく)の陛下とあれば、なおさらね。どんな結末を迎えようとも、最期まで逃げずに毅然とここで踏み止まってみせる。

 ありがとね、秦朗。あなたが私を見捨てず、ここに来てくれたことを嬉しく思うわ。さぁ、誰にも見つからないうちに早く戻りなさい」


と微笑んだ。秦朗は眼を見開き、


「どうして逃げようとしないんですか?!諦観ですか?それとも曹家の誇りを賭けた覚悟ですか?いずれにしても、オレには到底受け入れられません」


「……」


必死に説得を続ける秦朗の気持ちは正直うれしい。おかげで、さっきまで抱いていた孤独と恐怖の感情も薄れた。けれど私は黙って首を振り、すでに死を覚悟したことを秦朗に伝えた。


「くっ……それがあなたの本心なわけないだろ!

 曹家の誇りを守るために黙って死を受け入れるだなんて、オレは絶対に許さないぞ。曹麗様自身は本懐を遂げて満足なのかもしれないが、あなたは残された者の気持ちを考えたことがありますか?

 あなたが死んだら、あなたを慕っていた(こう)(あん)ちゃんはあなたを救えなかった不甲斐ない自分を呪って、一生悲しみを抱えたまま生きて行く。(しん)(らく)副会長だって曹沖の死から立ち直れず、いまだに思いを引きずって苦しんでいるのに、あなたまで犠牲にして自分が生き残ったと知ったら……。

 オレはこれ以上、大事な人たちが悲しむ姿を見たくない!

 曹麗様、どうか生きて下さい。

 逃げることは恥じゃない。

 曹操だってまだ諦めちゃいない。生き延びようと陳倉で籠城して必死に抵抗しているんだ」


「!!」


そうだ。劣勢とはいえ、お父様も諦めずまだ必死で戦っている。ここで私が諦めてどうするのよ?!


史渙(しかん)の野郎がさっき言ってた。徐蓋(じょがい)を父親の徐晃将軍に生きて会わせてやってくれ、と。

 曹操だって、(むくろ)となって変わり果てた姿のあなたより、たとえ皇后の座を追われても生き延びた曹麗様に会いたいはずだ。

 へそ曲がりのオレは、「曹操を救出に行け」なんて命じられても従う気は更々ないが、あなたに「生きて曹操に会いたい」と頼まれたら、後宮から逃げ出せないあなたに代わり、あいつの首根っこをひっ捕まえて、引きずってでもここまで連れて来てやる」


「秦朗……」


私の眼から再び大粒の涙が零れ落ちる。


「以前、オレは母上に、いくら曹操のことが気に入らなくても敵の敵は味方なんだから、漢帝や司馬懿という共通の敵を倒すために今は曹操と手を結びなさい、と(さと)された。おまえの実の父親かもしれないんだから助けに行くのが当然だろ、と忠孝の論理を振りかざされるよりは全然マシだけど、なんか心がモヤモヤするんです。

 でも、単に曹操を助けに行くわけじゃない、曹麗様にもう一度生きて曹操と会わせるために、奴をここまで連れて来るんだ。曹操が許都に戻って来れば、臆病な献帝はビビってあなたを害そうとはしないだろう。結果的にあなたが死ななくて済む――これなら、オレが曹操を救出しに行く動機として、自分自身を納得させられそうなんです。

 だから曹麗様、どうかオレにお命じ下さい。

 曹操を生きてここに連れて来い、と」


秦朗は騎士の礼で(ひざまず)き、下命を待つ。私は涙を拭くと、


「秦朗に命じます。お父様を陳倉まで迎えに行きなさい。そして私のもとへ連れて来るのです。頼みましたよ」


と声を掛けた。


「はっ!このオレ様にお任せを☆」


秦朗はおどけてそう口上を述べると、林の中へ駆けて行った。


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