181.救出
かなりご都合主義が入っています。
「な、なによ?司馬懿があたしを使ってどんな謀略を仕掛けるっていうの?」
董桃は声を震わせながらオレに訊ねる。
ふふっ、効いてる効いてるwww。
……じゃねぇ!
そろそろ切り上げてこの場から立ち去らないと、謁見を終えて宮殿を後にした孫紹に合流できなくなるし、もし合流できなかったら、孫紹のお供の行列の中にしれっと紛れ込んで安全に許都を脱出する計画もパーだ。それは非常にまずい。
そもそも、乙女ゲーム脳の董桃相手にまじめに史実と今後の見通しを語ったって、オレの一銭の得にもならないじゃないか!
とすれば、だ。
「――例えばそうだな、あんたはチャラ男の夏侯楙やナルシストの何晏ともイイ仲なんだろ?イチャイチャしている所をわざと曹丕に見せつけてるらしいな?」
オレは声を潜めて董桃に問うた。
「はん。それが何よ?」
「あんたは焦らして曹丕の気を惹いてるつもりかもしれんが、男は女のそういう駆け引き(?)なんてまったく理解できんぞ。嫉妬にかられた曹丕は、徐々に精神的に追い詰められるだろう。
一方献帝は、曹丕が頼りにしている家臣や身内を失脚させ、曹丕を孤立させようとする。すでに荀攸・華歆・鍾繇の三人の重臣が失脚し、弟の曹熊は自殺に追い込まれたんだ。
献帝の言いなりにふるまう曹丕は、巷では「漢帝の犬」と陰口を叩かれているとか」
何を隠そう、実はオレが(別の目的で)斥候の猿に命じて流言をバラ撒いたわけだが。
「話は変わるが、織田信長にいじめられた家臣の明智光秀が、謀叛を起こし主君を弑した事件を知ってるだろ?」
「馬鹿にしないでよ、本能寺の変でしょ」
「そう。ほかに、将軍・足利義教に罷免された家臣の赤松満祐が謀叛を起こし、将軍を斬り殺した室町時代の嘉吉の変や、スケールは小さいが、いじめに遭った赤穂の殿様が吉良の殿様を殿中で襲った忠臣蔵の例もある。
そんな折、司馬懿に唆された献帝が曹丕を蔑ろに扱えば――我慢ならぬ浅野内匠頭が殿中で吉良上野介に刃傷沙汰を起こしたように――精神的に追い詰められた曹丕は、逆上して宮中で献帝に斬りつけるかもしれない」
「!!」
「漢の献帝は曹丕に斬り殺され、司馬懿は謀叛を鎮圧するという大義名分で主君の曹丕に討伐令を出す。追い詰められた曹丕は、
《桃、俺と一緒に死んでくれ!》
と叫ぶと、あんたの首を絞め、自分も死のうと無理心中を図る。
《待て、曹丕!逆賊の分際で楽に死ねると思うなっ!》
《ぎゃあああーっ!》
そうして曹丕を討ち取った司馬懿は救国の英雄。漢と魏のトップを一挙に葬り、みごと廷臣に推戴されて帝位に登る……というシナリオだろう」
随分と安っぽい2時間ドラマみたいなストーリーだなぁ、おい。
だが董桃は、勘の鋭いオレの話をコロッと信じちゃったのか、
「嫌よ!あたしは殺されたくない!ねぇ秦朗、お願いだから助けてよ!あたしだって、天子様や司馬懿に騙された被害者なんだから……」
と涙ながらに懇願する。
さすがに脅し過ぎたかと反省したオレは、
「……ま、あんたが本当に助かりたいのなら、乙女ゲームのシナリオなんかに囚われず、自分の力で幸せになる道を探せばいいじゃないか!オレは協力は御免だけどな。おおそうだ、曹丕を大切にするのも一つの手だろう。呉範も言ってただろ、乙女ゲーム『恋@三』のシナリオからは外れるが、史実によれば曹丕は魏の皇帝になるって。なら今からでも遅くない、そのルートに賭けてみるのもいいんじゃないか?」
とアドバイスした。
ぐすっと泣き止んだ董桃は、手で涙を拭きとると、
「あーあ。やっぱりただのモブは駄目駄目ね。乙女ゲーム『恋@三』の攻略対象なら、《大丈夫☆桃ちゃんのためなら僕が命を賭けるよ》とか《よく頑張ったね。あとは僕に任せて☆》とか思いっきり慰めてくれるのに。あんた、前世で絶対モテなかったでしょ?」
反省撤回。やっぱりこいつはクソだ。
「でも、あんたのおかげで目が覚めたわ。ありがとね。あたし、自分だけの本当のハッピーエンドを目指してみる!」
と告げると、董桃はバイバイと手を振りながら去って行った。
やれやれ。やっと解放されたぜ。
「鴻杏ちゃん、お待たせ!甄洛副会長も長々と悪かったな」
「秦朗君!」「興ちゃん!」
(二人は顔を見合わせ、目から火花がバチバチと……って、なぜにラブコメ展開だ?しかもモブのオレを巡ってとか冗談だろ!?)
ようやく後宮の鴛鴦門を出ることができた鴻杏は、上目遣いでオレのことを探るように、
「秦朗君、さっきの話……」
「ん? なに?」
「えっと……秦朗君がさっき董桃さんに告白してた「オレが転生者だ」って話、あれ本当?」
ああ、あの話か。オレはにこやかに微笑んで、
「そんなわけないじゃん!ああでも言っておかないと、あのピンク頭はこの先もしつこく鴻杏ちゃんに絡んで来るだろうし、嘘も方便ってヤツさ☆」
と誤魔化した。鴻杏はホッとした表情で、
「そ、そうよね。董桃さんから私を庇ってくれただけよねー?
もし秦朗君が本当に転生者なら、昔、気になってた先輩の生まれ変わりのような気がして、そしたら直接本人に「私、前世でも秦朗君のことが好きでした」的な告白しちゃったことになるじゃない!?なんか気恥ずかしいっていうか軽く死ねるっていうか……。
なーんてね!やっぱり秦朗君って頼りになるわ。ありがと☆」
あ、ごめん。
本当はオレ、たぶんその先輩の生まれ変わりです。ポリポリ
とその時。
「おっと、待ちな!」
近衛兵の中から隊長らしきおっさんが声を掛けて来た。オレと董桃が揉めている間に、どうやら門番が、許都追放中のオレが再び現れたと告げ口したらしい。
「……史渙か」
「おう。久しぶりだな、クソガキ」
「オレは急いでるんだ、あんたに構ってる暇はない。悪りぃな」
と史渙を振り切ろうとしたが、
「そっちには無くてもこっちにはある。許都追放中の罪人に城内をノコノコと歩かれちまったら、近衛師団の面目が丸潰れなんだよ」
確かにそうかもしれんが、おたくの近衛兵がクレーマーの董桃に苦戦していたから、仕方なくオレが出て行って仲裁してやったんだろーが。
「もう用は済んだ。あとは帰るだけだ。頼む、見逃してくれ」
「フン、あいかわらずフザケた奴め。ここを通りたければ、俺を倒して行くんだな」
言わずもがなのフラグを立てると、史渙は腰の大剣を抜く。
仕方あるまい。騒ぎになる前にさっさと終わらせてズラかろう。【鑑定】によれば、史渙の武力ステータスは83。青釭の剣(+5)のおかげでオレの武力は92まで上昇している。十中八九負けることはあるまい。
オレは青釭の剣を温存し、使い慣れた短戟を手に構える。
開始の合図もなく、大剣を握った史渙はいきなり斬りかかって来た。
「もらった!」
一気に間合いを詰め、力まかせに剣を薙ぎ払うが――オレは上空に跳び上がって攻撃を躱し、史渙の背後に着地すると、振り向きざまガラ空きの背中に峰撃ちを入れた。
「ぐはっ……!」
まさに一瞬の出来事だった。言わんこっちゃない、余計なフラグなんか立てるからだ。
「さぁ、今のうちに!」
鴻杏と甄洛を促し、その場を後にしようと足を踏み出すと。
「ま、待て…。おまえ、いつの間に……」
痛みを堪えながら史渙が行く手を遮る。オレはイラッとして、
「しつこいぞ!オレは共に軍の指揮を執ったおまえとは正直戦いたくないし、今だって敢えて峰撃ちにしてやったんだ。見逃してくれないなら、本気で潰すぞ」
「いや、そうじゃない。いま張遼将軍が荊州に亡命しているそうだな。おまえ、許都には張虎を迎えに来たんだよな。なら、張遼将軍と力を合わせて曹操閣下を救出する決心がついたってことだろ?」
「はぁ?勝手なことを言うな!オレは曹操を助けるなんて一言も…」
史渙はオレの腕を取って、
「頼みがある。俺の師団の中に張虎と徐蓋を匿っている。ああ、徐蓋は曹操閣下に付き従う徐晃将軍の子息だ。荊州へ連れて行き、あいつらを生きて父の張遼将軍と徐晃将軍に会わせてやってくれ!」
うっざ。おまえみたいなむさ苦しいおっさんに頼まれたら、せっかくの気分が萎えるんだよ!
そこへ焦り気味の甘寧が戻って来て、
「やばいぞ、チビちゃん。学園に踏み込んだはいいが、肝心の張虎は姿を消してやがった。いったいどこへ……」
「大丈夫。そこにぶっ倒れてる史渙が、近衛師団の中に張虎と徐蓋を匿ってたんだって。オレたちと一緒に荊州へ連れて帰ってやれってさ」
「ああ、そうなのか。そりゃ手間が省けて好都合だ。サンキューな!というか史渙、おまえはこのまま近衛師団に残留でいいのか?」
と甘寧が史渙に尋ねる。
「フン、俺はここに残って城門の警備をする。許都から逃げ出したい者をこっそり見逃してやる人間だって必要だろーが!それよりおまえら、張虎と徐蓋を頼んだぞ」
「そうか。おまえの覚悟は分かったよ。けど、ヤバくなったらいつでも荊州へ逃げて来たっていいんだぜ。俺たちは喜んで迎え入れてやる。な、チビちゃん!」
↑クソッ。甘寧がさらっとカッコよく決めゼリフを言いやがった!
こうしてオレたちは、甄洛と鴻杏それに張虎と徐蓋を救出することに成功し、孫紹が宮殿から退出するのを待った。
>おまえ、いつの間に……
史渙は元服する前の関興の能力(武力ステータス:79)しか知りません。一騎討ちを挑めば勝てると思ったのでしょう。




