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三国志の関興に転生してしまった  作者: タツノスケ
第六部・哀惜師友編
184/271

168.曹操、仙人の婁子伯と出会う

曹操は生きていた!

と、まあ予想どおりの展開です。


●建安十六年(211)二月 馮翊(ひょうよく)


ところが、曹操は生きていた。

蒲坂(ほはん)の林で曹沖を身代わりにして単騎で逃走した後、五里ほど北の渡し場に(いかだ)があった。曹操が逡巡していると、曹沖の後を追って来た夏侯淵と精鋭百騎が追いついた。


「殿、よくぞご無事で!」


「おお、夏侯淵か。裏をかいたつもりが、敵の方が一枚上手じゃった。馬超に背後を突かれてこのザマよ」


「敗戦の弁なら、後からいくらでも聞きます。今は一刻も早くこの死地から脱出することをお考え下さい。ただ、この兵数で敵陣を突破し、弘農まで撤退するのは危険です。(いかだ)に乗って対岸の馮翊(ひょうよく)にいる徐晃・朱霊らと合流する方が、助かる見込みがありましょう」


曹操は頷き、夏侯淵と兵百騎とともに黄河を渡った。


先行して馮翊(ひょうよく)で陣を建設中だった将軍の徐晃は、対岸で烽火(のろし)らしきものが一瞬上がったことに気がつくと、すぐさま朱霊を応援にやった。

朱霊と合流した曹操は、苦心の末ようやく馮翊(ひょうよく)に辿り着いた。徐晃の先遣隊は軍師の賈詡(かく)と一万の兵を有しており、これで急場をしのげると安堵したが、楽観するのはまだ早かった。


騒乱を聞きつけた匈奴が、北方から一万の鉄騎で来襲したのだ。

曹操は敵の襲撃を避けるために、陣の周囲に即席の逆茂木を巡らせ、荷車を障害物として置き、ひたすら陣に閉じ籠って耐えるしかなかった。


そこへ、婁子伯(ろうしはく)と名乗る仙人がふらりと訪れて、


「日暮れを待って急ぎ土壁を造りなさい。時は真冬の二月。水をかければ寒さで凍り、一晩で強固な(とりで)が完成するでしょう」


と伝授した。曹操は婁子伯(ろうしはく)の教えに従って(とりで)を築き、匈奴の襲撃を防ぐことに成功した。鉄騎による突撃は無意味と判断したのか、一週間も過ぎると匈奴の騎兵は馮翊(ひょうよく)から姿を消した。


後で知ったことだが、并州の雁門関を預かる将軍の甄逸(しんいつ)(曹沖の妃・(しん)(らく)の父親)が、匈奴の本拠地が手薄になったのを知って、果敢に出撃したらしい。本拠地からの危急を告げる伝令により、曹操の陣を囲んでいた匈奴は慌てて撤退したのだそうだ。


再び夏侯淵のもとへ現れた婁子伯(ろうしはく)の姿を見た曹操は、声を掛ける。


「いやぁ、老師のアドバイスのおかげで命拾いした。この曹操、一生恩に着る。なんなりと褒美を取らせよう」


「……私はべつに褒美など欲しませぬ」


「それではわしの気が済まない。いくら老師が世を捨てた仙人だろうと、漢の丞相たる曹操の名前くらい聞いたことがあろう?富貴は老師の望みのままじゃ。ほれ、遠慮せずに申してみぃ」


と催促したが、仙人の婁子伯(ろうしはく)は怪訝な顔で、


「はて?貴公が漢の丞相ですと?!都の噂では、馬超に敗れた曹公が死んで曹丕が後を嗣いだとか。そんな話であれば、世を(はかな)んで終南山に籠る私も耳にしておりますが。

 ははあ。知らぬは本人ばかりなり、とは哀れなものですな」


それを聞いた曹操は青ざめ、


「ば、馬鹿な!現にわしはこうして生きておるぞッ!」


と反発する。婁子伯(ろうしはく)は冷ややかに答え、


「さあ、どうでしょうか?

 丞相の地位を追われた貴公は、政治的にはもはや死んだも同然。

 曹公よ。無道な行いを続ければ、臣民の反発を招いて貴公の「終わりの始まり」になるやもしれませぬとの予言をお忘れになられたか?」


「……なんじゃと?」


「私を目の前にしても、まだお気づきになりませぬか?

 仙人の婁子伯(ろうしはく)とは世を忍ぶ仮の姿、私は、漢を滅ぼし帝位簒奪を目論む貴公に諫言し、お怒りを買って死を賜った荀彧です」


「じ、荀彧……まさか、本当に生きておったとは!?」


曹操は驚きのあまり声が裏返る。婁子伯(ろうしはく)こと荀彧は、


「あの時、私に贈られた菓子箱は空っぽではなく、中に「追放」と書かれた指令書が一枚入っておりました。夏侯恩からは恩着せがましく『長年仕えた私に対する貴公の恩情』で命を救われたのだと言われましたが、私はずっと疑っていた。

 案の定、今のセリフを聞くかぎり貴公は追放で済ますつもりはなく、私を殺す意図だったのですね」


「……」


「ああ、今さら貴公に恨みごとを言うつもりはありません。貴公の真意がどうあれ、私を見逃して下さったおかげで、今こうして生き長らえているのは事実ですから。その恩はずっと返したいと思っておりました。ですから、褒美など不要と申し上げたのです」


曹操は卑しい笑みを浮かべ、


「ならば荀彧、もう一度わしに仕えぬか?この災難を切り抜け許都へ帰還した暁には、再びそなたを尚書令に据えよう。悪くない提案と思うが、どうじゃ?そなたの知恵を貸してくれまいか?」


荀彧は表情を変えることなく、


「……貴公は何か勘違いをしているのでは?

 私は世を捨て仙道への修業を行なう身。今回匈奴の襲撃を防ぐ策を進言したことで、貴公への義理はすでに果たしました。これ以上貴公に関わるつもりはございません」


「そ、そなたは仁者のくせに、苦境に陥ったわしを見捨てるのか?!」


曹操がヒステリックに叫ぶ。荀彧はふるふると首を振り、


「仁や文徳を切り捨てた貴公が、今さら儒教の徳目に頼るのですか?私は忠告したはずです、仁徳や正道を軽視すれば最後に手痛いしっぺ返しを喰らいましょう、と。

 それに、曹公戦死の報を受けた許都の重臣らは、すでに曹丕殿下を後嗣ぎに定め、新たな体制を整えておるとか。たとえ戦死が全くの誤報だろうと、貴公はすでに政治的に死んだ“過去の人”なのです。貴公が許都に姿を現せば、新旧の両雄並び立たず、曹丕殿下との間に深刻な対立を生んで曹魏は内乱に陥る――そんな未来が見えているのに、私が貴公に手を貸すはずがないでしょう。

 貴公は忌まわしいゾンビとなってでも、再び(よみがえ)るおつもりですか?」


荀彧の厳しい叱責に怒り心頭の曹操は、プハッと吐血する。

曹操は唇の端から(したた)る血を手で拭い、


「だ、黙れ、荀彧っ!曹魏の生みの親はこのわしじゃ!臣下の者も、わしが復活すれば喜んで迎えてくれようぞ!」


「……貴公の人生です。貴公のお好きなようになさるがよい。私は御免こうむります」


とっくの昔に愛想を尽かしている荀彧は、曹操を突き放した。


「ただ、私には気になることがあるのです。貴公を影で(そそのか)しこのような苦境に陥れた黒幕の輩は、いったいどんなトリックで、百戦錬磨の曹公ともあろう者をいとも簡単に操ることに成功したのだろうか?と。

 かつて政治の中枢を担った者として、次代の天下を治める英傑のために、そのトリックを明らかにし、輩の野望を阻止しなければならぬ。それが私に課せられた義務(つとめ)と存じます」


「ふん。わしを操る黒幕じゃと?妄言も大概にせい!」


「本当の敵は外にあらずして邦の内にあり、黒幕の名は司馬懿。

 奴こそ、これまで積み重ねて来た貴公の徳行を全否定する策ばかり進言して来た、獅子身中の虫。

 貴公が戦死したと聞くや、皆が呆然とする中、真っ先に丞相府に乗り込み曹丕殿下を擁立した手際の良さ。まるで貴公の戦死をあらかじめ予測して動いておるようだったと、荀攸は述懐している。

 それから潼関の戦いでは、砦に籠る曹沖殿下に向かって、敵将の龐徳が《曹操はここにはおらず、別動隊を率いて黄河を渡り、蒲坂(ほはん)から馮翊(ひょうよく)へ迂回させ、背後から我が軍を挟撃しようと(たくら)んでいることくらい、お見通しだ!》と挑発したらしい。なぜ敵将に軍事機密が筒抜けになっているのか?」


「……」


「先ほど、夏侯淵殿が証言してくれた。あの時、龐徳は確かに《司馬懿から密書が送られて来た》と言い放った、と」


「馬鹿馬鹿しい。潼関の戦いでは、司馬懿には遠く離れた許都で留守を任せていたのだぞ!奴が賈詡(かく)やわしの(はかりごと)を知るはずがあるまい」


「ええ。だからこそ、司馬懿にはなんらかのトリックがあるはずなのです。恐れながら曹丕殿下の能力では、邪悪な輩の手玉に取られてしまうでしょう。()()には、今のうちにその芽を摘んでおく義務(つとめ)がある」


「くだらぬ。勝手にせい!」


「言われずとも。協力いただけぬのであれば、貴公とはこれにて永遠(とわ)の別れですな」


と残して、仙人の婁子伯(ろうしはく)こと荀彧は馮翊(ひょうよく)の陣を後にした。


荀彧も生きていた!

仙人の修業は仮の姿、司馬懿の野望を見抜きそれを阻止しようと動いている。

いずれ関興と接触する日が来そうな予感。

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