18.関興、敵将・張遼と対峙する
建安八年(203)、西平の戦い。関羽が州境で張遼率いる騎兵を迎え撃つ場面に戻ります。語り手は近くのイチョウの木の上に隠れ、戦況を見つめる関興です。
遠くから蹄の音が聞こえる。峠に向かって登って来る道沿いにもうもうと砂煙が舞い上がる。やがて姿を現した騎兵らに向かい、青龍偃月刀を握り締めた関羽のおっさんは雄々しく吠えた。
「河東の関雲長見参。ここを通りたくば、俺を倒して行くがいい。命を惜しまぬ者は前に出よ!」
「おのれ、小癪な!この蔡陽が目にもの見せてくれる!」
蔡陽とかいうザコ武将が叫びながら関羽に襲いかかった。関羽が敵の槍をひらりと躱したその刹那、蔡陽は首から血飛沫を上げて絶命した。そこには青龍偃月刀を薙ぎ払った構えをした、関羽の勇姿があるだけだった。
すげえ!いったいどんな技を繰り出したんだ?関興は関羽のおっさんの鮮やかな技に驚く。
「クククッ。関羽とやら、なかなかやるようだな。だが、我ら王氏三兄弟には太刀打ちできまい」
続いて一騎討ちならぬ三騎が進み出て、関羽のおっさんを囲んだ。
先端に重さ十斤の分銅が付いた鎖・流星鎚を操る長兄・王双、騎射を得意とする次兄・王鳳、狙った敵を三尖刀で仕留める三弟・王紀霊。
流星鎚と弓矢の飛び道具に警戒しているのか、三兄弟の息の合ったコンビネーションに翻弄され、関羽はなかなか攻撃のきっかけをつかめない。
王双は流星鎚を振り回しながらタイミングを見計り、えいっと関羽に投げつける。
「ふははっ、きさまの青龍偃月刀を搦め取ったぞ!これできさまも身動きできまい。王鳳、やれ!」
騎乗のまま王鳳が弓を構える。得意げになった王双は、流星鎚を手繰り寄せて青龍偃月刀を奪い取ろうとするが、関羽の腕力が勝りびくともしない。
「なんだ、ご自慢の流星鎚とやらはこの程度か。俺を倒そうなんて百年早いな」
関羽は流星鎚をむんずと掴んで引っ張り、逆に王双を自分の方に引きずり寄せる。
狙いすましたように王鳳が関羽目がけて矢を射かけるも、関羽のおっさんは王双を片手で軽々と持ち上げ、矢を防ぐ盾代わりとした。額に矢が刺さった王双は「ひぎいぃっ!」と呻く。
「黙れ、よく鳴く豚めっ!」
関羽は罵倒し、王双に頭突きを喰らわせた。
「ぐわああーっ」
前歯が折れ、口と鼻から血が吹き出す。痛みにのたうち回る王双。関羽は王双を地面に叩き落とすと、冷酷に赤兎馬で踏みつけて圧殺した。
続いて関羽は赤兎馬を駆って疾風のように、残る二人の敵をめがけて馳せ下る。王鳳は慌てて弓を構えるが、もう遅い。駆け抜けざま、関羽は王鳳を一刀のもとに斬り捨てた。王鳳の首が刎ね飛ばされる。
王紀霊は三尖刀で刺し殺そうと関羽の後を追うが、関羽のおっさんは突然馬首を返し、青龍偃月刀をぶうんと振り回して、
「死ねやっ!」
と一喝した。その迫力たるやまさに鬼神かと見紛うほど。王紀霊は恐怖のあまり、「ひいぃっ!」と情けない悲鳴をあげた。
恐怖が伝染したのか、王紀霊の乗っていた馬は恐れおののき、向きを変えて逃げ出す。関羽は王双から奪った流星鎚を振り回し、逃げる王紀霊に投げつける。流星鎚は馬の後脚にからまり、王紀霊は馬から振り落とされた。関羽は地面に転がった王紀霊を青龍偃月刀で突き刺した。
関羽の凄まじい武勇に圧倒され、声を上げることもできない残りの敵騎兵。関羽はぐわんと偃月刀を振り回して威嚇した。
「どうした?俺に挑もうとする者はおらんのか?!」
その時、
「あいかわらず見事な腕前だな、関羽殿」
と言って、敵の大将がパチパチと拍手しながら関羽に近づいて来た。
「世辞などいらん。張遼殿答えろ、五千の騎兵でいきなり我が唐県に攻め寄せて来るとはどういうつもりだ?」
関羽のおっさんは、青龍偃月刀を張遼の目前に突き出す。
「おお、怖っ。せっかく近況を訪ねに親友がやって来たのに、おまえそんな物騒な応対しちゃうわけ?つれないなぁ」
緊張感なくヘラヘラと笑って質問をはぐらかす張遼。
「ふざけるな!おまえほどの将軍が、俺と朗陵県令の田豫殿が相互不可侵の約定を結んでいることを知らないはずはあるまい。その約定を一方的に破るとは、どういう了見かと聞いている!」
関羽の剣幕にふうっと溜め息を吐いた張遼は、
「やれやれ。友達思いの俺の優しさが伝わらないとは寂しいねえ。
関羽殿、おまえが富貴も名誉もなにもかも捨てて曹操閣下の元を離れ、もとの主だった謀反人の劉備の後を追った過去は今さら問うまい。
だが、その劉備はおまえをどのように遇した?今の境遇に不満はないのか?」
正直オレも、敵とはいえ張遼将軍のセリフに同感だ。関羽のおっさんが、どうしてこんな仕打ちをされてまで劉備に仕えるのか、不思議でならない。
関羽は張遼を睨みつけたまま、沈黙を続ける。
「関羽殿、降伏しろ」
「!」
オレは息を呑んだ。この野郎、いきなり父上に何てことを言いやがる!許せん。
オレは弓に矢をつがえ、死角となっているイチョウの木の上から張遼を射殺そうと決意する。
「俺の率いる騎兵は五千。後詰で歩兵三万がこちらに向かっている。おまえの兵力では多勢に無勢。我々に屈したとしても恥でもなんでもない」
「お、俺は……」
関羽は言い淀む。オレは木の枝にしっかと足を踏ん張り、弓を引き絞った。呼吸を整え狙いを定める。――三、二、一、
「悪いことは言わん。もう一度、曹操閣下の元に戻って来い」
オレの射放った矢が、一直線に張遼を目掛けて飛んで行った。
よし、もらった!
……と思いきや。すかさず剣を抜いた張遼は、飛んで来た矢を難なく叩き落し、それと同時に木の上に隠れるオレに向かって反撃の飛刀を投げつけた。
「うわっ!」
顔スレスレの所を飛刀が横切る。とっさに避けたオレは、バランスを崩してイチョウの木の枝から落下した。
「興!」
関羽のおっさんが叫ぶ。大丈夫。もと軽業師の斥候・鼫に師事したオレは、一回転して無事に着地する。
「馬鹿者!今すぐ逃げろと言っただろうが!」
「ご、ごめんなさい。けどオレは父上が心配で……」
「張遼殿が手加減してくれたから良かったものの、心の臓に飛刀が刺さっておまえは死んでいたかもしれないんだぞ!」
と言って本気でオレを叱る。
「いやあ、こんなチビちゃんが俺を狙っていたとはね。結構、結構。なかなかの腕前だったぞ。関羽殿の息子か?」
関羽は申し訳なさそうに頷く。張遼は上機嫌で「中堅将軍の張遼だ。よろしくな」と言って、オレの頭を撫でようとした。オレはその手を払い除けて、
「触るなっ!オレはチビじゃねえ!関興っていう父上がつけてくれた立派な名前がある!
くそっ。どうして……オレは死角に隠れていて、張遼将軍からはオレの姿が見えなかったはず。なのにオレの放った矢は見透かされるなんて、どうして……」
悔しそうに語ったオレに、張遼は自分の耳を指差し、
「飛来する矢を叩き落すなど造作もない。弓を引き絞る音、弦をはじく音、矢羽根が空気を切る音。それに殺気を感じ取れば、軌道を読むのは容易い。なあチビちゃん、おじちゃんのこと、殺したいほど憎いか?」
オレはこくりと頷いた。
「はっはっは。えらく嫌われたものだ」
「……父上に降伏しろなんて言うから」
「興……」
関羽が情けなさそうな顔でつぶやく。張遼はオレに向かって諭すように、
「だがな、お父上にとっても悪い話じゃないと思うんだ。四年前までお父上が曹操閣下の配下にいたことは知っているだろ?」
「はい」
「謀反人の劉備とは違い、関羽殿は曹操閣下を裏切ったわけじゃない。曹操閣下もそれはご存じだ。今ならまだ間に合う。俺からも口添えしよう。どうだ?」
「……だけど、張遼将軍は父上を裏切ったじゃないか!
父上と田豫様が交わした、相互不可侵の約定。オレが父上に勧めたばっかりに、父上は県城に城壁を築かず籠城もできないまま、こうして張遼将軍に攻められ、単騎で兵五千と対峙して降伏を迫られている。
浅知恵を弄してしまったオレは、父上に申し訳なくて……」
溢れて来る涙を拭うオレ。
「チビちゃん……じゃないな、関興君。四歳児とはいえ、君はすでに一人前の立派な武将だよ」
父上への忠節に感動した張遼は、オレの頭をよしよしと撫でて慰めてくれる。
「だからオレは、張遼将軍に伝えなければならない。
降伏するのは張遼将軍、あなたの方だ、と。後方の崖上をご覧じろ!」
張遼率いる五千の騎兵がいるこの峠から聳える左右の崖の上に、“趙”と“陳”の字をあしらった荊州軍の旗が掲げられた。
「なっ、なんだと?!」
「左右の崖に趙雲・陳到の兵を五百ずつ配した。オレの合図とともに、岩を落としてあなた方騎兵隊の退路を断ち、雨のように矢を放つ準備ができておる。そして前方からは――」
関平兄ちゃん率いる我が唐県の屯田兵三千が現れ、魚鱗陣を構えた。
「形勢逆転だ。この三千の兵を率いるは一騎当千と名高い関雲長!
さあ張遼将軍!あなたは包囲された。いかが致す?」
--張遼--
生誕 建寧五年(172) 32歳
統率力 91
武力 93
知力 82
政治力 65
魅力 80
次回。カウンターが決まった関興の前に、小柄な男が現れます。崖の上の兵は偽装だと見破る彼の知謀に、関羽と関興は……。お楽しみに!