162.董桃、献帝と対面する
●建安十六年(211)二月 許都 ◇董桃
話を聞いた華歆とかいういけ好かないジジイは呆れて、
「しかしこの女は、良家の男子を見境なく漁る不貞で一度断罪された身。罪人の平民が語った荒唐無稽な話と、そんなみすぼらしいブローチを証拠の品と見せられたって、信じられるわけが……」
失礼ね!人を淫乱扱いして。あたしが献帝の娘って認定されたら、あんたなんか真っ先にクビにしてやるッ。
「いや待たれよ」
と、話を遮る荀攸。
「私は骨董に興味があってな。華歆殿はみすぼらしいというが、小さいながら赤く輝く宝石と細工の精巧さは実にみごとで、上品に仕上げられた究極の一品だと思う。これが贋作とは考えられぬ」
「とすると、荀攸殿は董桃の与太話が事実だと?」
「それは私には判断がつかぬ。が、少なくとも董桃が持っているブローチは、朝廷で造られた本物に違いあるまい」
「結論は天子様に委ねるしかないわけか……」
面倒とばかり鍾繇が溜め息をつく。荀攸は、
「だが董桃よ、何故今ごろになってそのような重大な秘密を打ち明ける?帝立九品中正学園に入学する際に事情を語っておれば、おまえは平民枠の特待生ではなく、貴族として優遇されただろうに」
と詰問する。ほら来た。でもそんな質問、ちゃんと対策済よ。
あたしは目に涙を浮かべながらキッと睨みつけ、
「ママに『曹操閣下が死去するまで黙ってなさい』って口止めされてたの。本来のあたしは、曹操閣下に叛逆し処刑されるはずだった謀叛人の子、この世に生まれて来てはならない存在よ。もし秘密が知られたら、きっと殺されてたわ。そんなあたしが、今まで本当のことを告げられたわけないじゃない!」
と嗚咽する。どうよ?このアカデミー主演女優賞顔負けの演技。
司馬懿は、この辺が潮時とばかり慌てて取り繕い、
「これで、私が董桃を牢から出して皆様の前にお連れした理由をご理解いただけたのではないかと思います」
「……確かにな」
「あとは、この董桃が“本物”かどうか、天子様へ直接お確かめに上がるほかないかと。私も董桃の付き人として同行しますので、天子様へのお目通りの手配をお願いしてもよろしいでしょうか?」
華歆と鍾繇は顔を見合わせて、
「厚かましい!と言いたいところだが、天子様にご確認申し上げるお役目は、侍中である我らしかおらぬ。やむを得まい。参るか」
-◇-
「確かに、このブローチは朕が妃に渡した物である」
鍾繇の問いに漢の天子様はあっさり肯定してくれた。呉範のおっさんは伏皇后からもらった本物のブローチだと自慢げに語ってたけど、正直言うと私は信じていなかったの。とりあえず第一関門突破ね、感謝するわ。
「それで、桃と申すか。面を上げよ」
あたしは献帝の仰せの通りに顔を見せる。
「ふむ。美人ではあるが、朕と似てはおらぬな」
そりゃそうよ。だって本当のあたしは、ヒロインちゃんと名前が同じ董桃と言うだけの、弘農出身のただの平民。天子様との血の繋がりなんて、これっぽっちも無いんだもの。
「あ…あの、陛下」
「これ、不敬であるぞ!」
「よい。申してみよ」
「あたしが陛下の娘ということぉ、認めてくれるんですか?」
あまりに不躾な物言いに苦々しく思ったのか、華歆のジジイは、
「控えよ!無礼であろう!」
と叱りつけた。何よ、いつもあたしを見下して。覚えてらっしゃい!
すると天子様は機嫌よく笑みを浮かべ、
「朕の娘の董桃を見つけた者は、そこに侍る司馬懿と申す者であるか?礼を言う」
「ありがたきお言葉。もったいのうござる」
平伏しながら答える付き人の司馬懿。
「ここで不躾ながら、陛下に申し上げたき儀がございます。皇女・桃様は、こちらにおわす曹公の世子・曹丕と恋仲にありまする。陛下におかれましては、お二人の仲をお認めいただければ、劉氏と曹氏の絆も安泰と浅慮致します」
天子様は頷き、
「なるほど。これ、桃」
「はぁい」
「そなたは曹丕を愛しておるのか?」
「もちのろんで~す」
嘘だけど。あたしはイケメンのお金持ちが好きなの。顔だけで言えば、人気ナンバーワンの攻略対象・あの憎らしい曹沖が完璧なのよね~。それから攻略対象の中では、あたしと価値観を共有できそうなチャラ男の夏侯楙とかナルシストの何晏も好みのタイプ。脳筋の夏侯覇みたいな暑苦しいキャラとか、反対に知的でクールな荀粲みたいな頭脳派キャラは苦手かも。
でもまぁ将来皇帝になるって話が本当なら、曹丕でも悪くはないわ。皇后陛下になって大金持ちで皆からちやほやされるなんて素敵じゃない!?
「分かった。許す」
ラッキー☆ いっぽう天子様直々の許しを得た司馬懿は、
「誠にかたじけのうございます。曹丕ともども、深く感謝致します」
と再び平伏する。すると天子様はふと思いついたかのように、
「ところで。丞相の曹公は息災かな?世子のめでたい話、いつもなら公は自ら進んで朕に願い出ると思うのじゃが……」
「「!!」」
曹丕ならびに侍中の華歆と鍾繇は、何と答えたものか顔面蒼白となる。その様子を見て確信した天子様は、勺を口にあてると声を潜めて、
「ちと小耳に挟んだのじゃが、曹公は涼州の反乱を鎮圧に出向いたものの、蒲坂の津で敗れ、行方も知れぬとか。この噂は真であるか?」
「……」
華歆と鍾繇は冷や汗が流れ出る。
「どうなのじゃ?華歆,鍾繇、そなたらは口が利けぬと申すか?」
「お、恐れながら……真偽のほどを確認中でございまして、その……」
「ほう。朕はその方らの問いに真摯に答えたのに、朕の問いにその方らは答えたくないと申すか?いったい侍中の位とは、朕より偉い立場なのかのう?」
と皮肉たっぷりに窺い見る。そうだ、ここが華歆のジジイを貶めるチャンスよ!
「あたし、さっき司馬懿とこのおっさんたちが話してるのを聞いたわ。曹操は、あの憎らしい曹沖と一緒に死んだって。フン、あたしを悪者にして牢屋に閉じ込めた罰が当たったのよ!ざまーみろ☆」
とうっかり(笑)機密をバラしてやった。天子様はニヤリと笑い、
「ほう。朕の娘にそのような不敬な振る舞いを…これは聞き捨てならぬな!即刻、曹公と曹沖を召し出せ!」
「そ、その儀ばかりは、平にお許しを……」
「ならぬ!華歆、その方はかつて伏后の不敬を声高に言い立て、朕の目の前で伏后に無礼を働いたことを忘れてはおるまい。朕の命令である。即刻、曹公と曹沖の二名を連れて来るのじゃ!」
華歆はついに観念して平伏し、
「恐れながら、それは叶いませぬ。と申しますのも、陛下がお聞き及びの通り、曹公と太子の曹沖は蒲坂にて命を落とされた模様。現在、全力で真偽のほどを確認中でございまして……」
天子様は一瞬呆然とした顔の後、袖で顔を覆い、
「なんと……曹公が死んだのが真であると!
朕は実に哀しい。曹公とは立場を異にすれど、互いに分かりあっておった。世の乱れを正さんと、志を同じうする頼りになる丞相であったと、な」
ほろりと涙をこぼす。
だけどあたしは、その言葉と裏腹に、天子様がうつむいた瞬間ニヤリとほくそ笑んだのを見逃さなかった!やっぱり天子様も曹操を嫌ってたのね。
そんな思惑に気づかず、天子様の流した涙にもらい泣きした曹丕と華歆・鍾繇は、
「もったいなきお言葉、痛み入りまする」
「曹丕よ、今後は朕の娘婿となるそなたが曹公の仕事を引き継ぐのであろう?亡父の代わりは、その方が立派に務め上げよ」
天子様はそう告げた。




