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三国志の関興に転生してしまった  作者: タツノスケ
第六部・哀惜師友編
176/271

160.曹丕、曹魏の後継に擁立される

●建安十六年(211)二月 許都


「なに?それは真か?!」


弘農から将軍の張郃(ちょうこう)の使者が(もたら)した内密の報せを聞いた尚書令の荀攸は青ざめた。蒲坂(ほはん)の渡し場にて馬超軍の急襲を受け、魏公の曹操と太子の曹沖が戦死したと言うのである。


荀攸はすぐさま華歆(かきん)鍾繇(しょうよう)を呼び出し、今後の対応を協議する。と、そこに現れたのは曹丕と司馬懿ら四名のご学友。曹魏の軍師を兼任している司馬懿が口を開く。


「大変なことが起こりましたな。しかしまずは漢帝国すべての者の人心収攬を図るのが鉄則。我ら司馬懿・陳羣・呉質・朱鑠の四友は、こちらにおわす亡き曹操閣下のご嫡子・曹丕殿下を後継者に任命することを提案します」


「……無論、その議について否応はない。これまで丕殿下は曹公の後嗣ぎとなる最有力候補でもあったのだからな」


荀攸の返答に華歆(かきん)鍾繇(しょうよう)も同意する。曹丕は満足げに、


「うむ。その方らもよろしく頼むぞ」


と頭を下げる。


「しかし気に入らぬのは、丞相府で文官最高の地位を占める我ら三卿が、曹公の死を今知ったばかりであるのに、曹丕殿下をはじめ貴殿ら四友がなぜ斯様に早い段階でそのことを知っておるのか?という疑問に尽きる。まさか貴殿らは……」


荀攸の厳しい疑問に、司馬懿は笑みを浮かべて、


「ああ、その件ですか。丕殿下に代わり、私が説明しましょう。

 丕殿下は許都に謹慎中の身とはいえ、曹公のご嫡子ですぞ。時折、公と(ふみ)のやり取りを交わしておられた。こたびの蒲坂(ほはん)を通る迂回作戦についても、もちろん事前に伺っておったのです。

 しかし丕殿下と我ら四友が詳細に検討した結果、作戦には穴がある。もし馬超が機動力を生かして渡河中の蒲坂(ほはん)津へ急行すれば、いかが対処されるおつもりか?と懸案事項をまとめ、曹公へ届ける使者を派遣しました。ところが一歩間に合わず、曹公らの軍勢は我らの懸案どおり蒲坂(ほはん)で壊滅。その使者が引き返して、曹公や曹沖殿下の行方が知れぬと一報を伝えてくれたのです。

『春秋』の建前では、社稷を安んじ国家に利益を(もたら)す場合には、将軍は軍事に関して専断で事を行なうことが許される、と申します。まして曹丕殿下は曹公のご嫡子。一刻も早く国家の安寧を維持するために、三卿の御方々に了解を取り付けたうえで、専断権を行使しようと考えた次第です」


司馬懿の言い訳に一応納得した荀攸は、


「仔細は分かった。して、丕殿下はこれからどう対応する心づもりですか?」


と尋ねる。答えに窮した曹丕に代わり、司馬懿が進み出て、


「お待ち下さい。神のごとき叡智の曹公なればこそお一人で監督できた国家の運営を、替わったばかりの丕殿下一人に責を負わせるのは酷というもの。

 今は馬超との戦時中。国家の危機に廷臣・将兵・領民の動揺を落ち着かせるには、軍事力の掌握が喫緊の課題でしょう。

 臨時の処置として、曹丕殿下を冀州・兗州・青州・豫州の四州の都督に、曹彰殿下を幽州の都督に、曹植殿下を徐州の都督に、曹熊殿下を揚州の都督に、曹仁殿を現況どおり荊州の都督に、夏侯惇殿を并州の都督に、そして不肖この司馬懿を司隷の都督に任命くださいませ。並びに使持節を假して、まずは各州の治安の維持に全力を傾けたいと存じます」


ここで“都督”とは、州の軍事一切を統轄するの権限を持つ官職。一般に高位の将軍号とセットで与えられる。ちなみに、“刺史”は州の内政を統括する官職であり、州の軍事・内政を一体で統轄した“牧”の発生が後漢末に群雄が割拠して乱世を招いた元凶であるとして、魏では“将軍”・“刺史”・“都督”の職を同時に任命されることは慎重に避けられていた。


また“使持節”とは、皇帝の許可を仰ぐことなく州刺史・郡太守を含む二千石以下の臣民を死刑にできる、強力な専断権を持った令外(りょうげ)の官。史実では、強力過ぎて州の軍事的な独立を招きかねないため、魏の時代には都督とセットで假されることはなく、それは晋の時代から始まったとされる。


ところがこの世界では“使持節都督諸軍事”の権限を持つ将軍は、すでに司馬懿の発案で出現(荊州の都督・曹仁)している。かつて荀彧は、


――“使持節都督諸軍事”を()し与える妙案も、将来的に自ら令外(りょうげ)の官に就いて軍事専断権を振るい、実は曹魏の内部から侵食するトロイの木馬やもしれませぬ。司馬懿にはお気をつけあそばせ。


と忠告していた。今まさに、その懸念が緊急事態を理由として実現しようとしているのだ。


「おおむね適切な人事であろう。だが貴殿が司隷の都督になることには承服しかねる。ご一族の中にふさわしい御方はおられるであろう。例えば曹真殿や曹洪殿……」


鍾繇(しょうよう)が苦言を呈する。司馬懿はすかさず反論し、


「私は好きで司隷の都督に立候補したわけではありません。逆にお聞きしますが、曹公ですら敗北を喫した逆賊の馬超に対抗できる方がおれば、是非ご推薦願いたいものですな。前の司隷校尉であった鍾繇(しょうよう)殿でも一向に構わないのですぞ」


「そ、それは……」


鍾繇(しょうよう)は黙ってうつむいた。


馬超が攻め込んだ長安・潼関は司隷の管轄に含まれる。司隷の都督に任命されれば、必然的に、猛威を振るう彼らの侵攻を撃退する義務を負うのだ。馬超率いる涼州軍は強い。もし失敗すれば罪に問われる。そんな所の都督に曹真や曹洪などの大物を指名すれば、彼らに恨まれるのがオチだ。かと言って、鍾繇(しょうよう)自らが都督になるほど軍事的な才能に自信があるわけではない。


「やむを得まい。但し、あくまでも臨時の措置である。曹魏の各州の治安維持と曹丕殿下の権力継承がスムーズに行なわれた後は、“使持節都督諸軍事”の拝假は速やかに解除するものとする。これで宜しいのではありませぬか?」


華歆(かきん)が妥協案を提示する。荀攸・鍾繇(しょうよう)は頷きもしない替わりに否認もしなかった。


「問題は「魏公」の爵位継承についてだ。

 知ってのとおり、董昭が掲げた帝位簒奪のロジックに従って、曹公は功績を上げて爵位を「魏公」から「魏王」に上げ、最終的に皇帝の位を禅譲してもらうつもりであった。

 曹公がお亡くなりになった今、曹魏の権勢が減退したと見る漢の天子様が、曹丕殿下に易々と「魏公」の爵位継承をお認めになるとは考えられない。

 ここにおられる華歆(かきん)鍾繇(しょうよう)の二卿は天子様に仕える侍中でもあるが、仮に朝廷の御前会議で諮ることに成功しても、日和見の残りの三卿が賛成票を投じる可能性は低い。根回しには金と時間が必要である」


と荀攸が指摘する。曹丕は緊張のあまり流れる汗を拭いながら、


「吾もすぐに「魏公」の爵位を継承できるとは考えておらぬ。ここは一から立て直そう。荀尚書令の言うとおり、コツコツと実績を重ねつつ、漢の天子や侍中らに根回しを……」


「いや、その件ならご心配なく。すでに手を打ってあります」


と自信ありげに司馬懿が応じ、扉の向こうに呼びかけた。


「どうぞこちらにお越しを」


扉の向こうにいるのは誰だ?

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