158.IF
「なりふり構わずお金を稼がなきゃならないの!」と身も蓋もないことを言う女神様。
「戦争にしろ外交にしろ、敵味方問わず正確な情報が命でしょ。となると、史実を知ってる私は断然有利よね。年表を見て事が起こりそうな場所へ斥候を派遣して、仕入れた情報を客に売りつけるの。必要なら私自身が取材に出ることもあるわ。【ワープ】コマンドも使えるようになったし。今だって蒲坂からここまでひとっ飛びなのよ!」
「ワープ?ずるいぞ!自分ばっかりチート能力持ってるなんて…」
オレの苦情に対し、女神様は悪びれることもなく、
「いいじゃない。だって私、神様だもん!
当陽の戦いの時みたく、ザコキャラの山賊に襲われそうになるなんてひどい目に遭いたくないし。なので、神仙界に行って修行して来たの」
修行って…だからたまにどこかへ姿を消していたのか!
そういや女神様、当陽で劉備に置いてけぼりにされて危ない目にあってたもんな。あの時露わになった女神様のおっぱいをチラ見しちゃって……あ、やべっ。溜まってるせいか、思い出しただけで鼻血が出そう。
「あんたに助けられたあの時から、秦朗のことを意識するように…じゃなくて!下僕のあんたが私を助けるのは当然の義務なんだけど、いつもあんたに助けられてばかりなのは、神様的に屈辱なのっ!
け、決してあんたにいつでも会えるようにって必死で修行したわけじゃないんだからねっ!」
はいはい。分かってますって。
「あ、そうだ!取っておきのネタがあるの。金300万銭…と言いたいところだけど、関興にはお友達価格で100万銭(10億円)で教えてあげる。どう?聞きたくない?」
「マジか?!ンなもの、10万銭でも高いと思うのに、100万銭とか超ボッタくりじゃん!誰が買うんだよ?」
「あら、漢の天子様はいつも気前よく払ってくれるわ。常連のお客様だもん、お礼にちょっとしたアドバイスを添えてあげてるの。知力100の軍師孔明のアドバイスだから、決して損はさせないし。あんたもどう?今回は正真正銘の特ダネなんだから!」
「いらねぇ。オレも斥候を放ってるし」
「ちぇっ。秦朗のケチ!ちょっとくらいお金を融通してくれてもいいじゃない。ついでに、ハグして頬っぺにチュッ♡ってしてくれたら、なお嬉しいんだけど……」
そうやって甘い言葉で誘惑しつつ、美人局みたくオレから搾れるだけ金をゆすり奪ろうという魂胆だな?
「お断りだ。用件は済んだろ?さぁ、帰った帰った」
「待ってよ!本題はここからだってば!ねぇ、この世界の現状ってどう思う?」
現状?
ああ、なるほど。女神様の推し・劉備による益州乗っ取りがうまく行かない現状を憂えているわけか。史実と違って我が荊州軍閥に属する腹黒軍師の龐統が、裏で劉璋に軍需物資を融通して、思いっきり邪魔してるもんな。ちなみに、その龐統からオレが聞いた話によると――
益州の劉璋から北方の米賊(五斗米道の首魁・張魯)の討伐を依頼された劉備は、徐庶と黄忠らを伴って蜀に乗り込み、葭萌の地に留まったまま半年が過ぎた。劉備は張魯を討伐するよりも領民たちの人心収攬を図り、来たるべき益州占領に向けてじっくりと機会を窺った。劉璋配下の楊懐と高沛はそんな劉備の行動を不審に思った。
……とまあ、ここまでは史実と同じだが、この世界の劉備は、楊懐と高沛の猜疑の目を逸らすために、涼州刺史の馬超と同盟を結び、ともに漢中の米賊を討とうと持ち掛けて断られたらしい。
当たり前だ。馬超はもともと張魯と同盟を結び、兵糧を調達している。遠く離れた蜀の客将にすぎない弱小勢力の劉備と同盟を結んで、馬超に何のメリットがあると言うのか?そういう大局が見えていないところが、劉備が戦下手と揶揄される理由なんだ。
「それで女神様は、オレに劉備のクソ野郎の手助けをしてやれとでも?」
オレの問いに、女神孔明はううんと首を振る。
「玄徳様のことは、正直もうどうでもいいの。あの人の本性が垣間見えたって言うか、なんか違う気がして熱が冷めちゃったし、私自身気になる人が別にできちゃったし。
あわわ……そ、そうじゃなくって、つまり赤壁の戦いの後であんたが勝手に動いて孫呉を叩き潰しちゃったせいで、史実の世界とはまったく異なるIFストーリーを歩むことになっちゃった現状をどう思うか?って話」
ふーん。女神様にも好きな人ができたんだ。まぁ美人だしな、黙っていれば。
それはさておき、オレの認識では、この世界は史実のやり直しでも何でもなく、女神様が新たに構築したVR歴史シミュレーションゲームの世界。女神様の目的は、白帝城で無念の死を遂げた劉備の遺志を継いで、後漢の再興と天下統一の夢を叶えるって話だっけ?
「ああ、そっか。つまり、女神様が主役となって本格采配するシナリオ開始時の章武三年(223)には、後漢が滅んで天下は統一されておらず、魏・呉・蜀の三国が鼎立している状況になっていなければならないのに、今の現状は果たしてどうなんだ?って言いたいんだな?」
「そうよ。分かってるなら話が早いわ。あんたが余計なことをしてくれちゃったせいで、私が作ったこの世界は、史実とはまったく異なるIF展開しているの。
魏の曹操は強大な勢力を保ったままだし、呉の孫権と蜀の劉備は全然振るわないし、代わりにあんたが在籍している荊州の関羽が台頭している。いったいどう落とし前つけてくれるのよっ?」
「そんなことオレに言われても……歴史シミュレーションゲームって、そんな物じゃないのか?もとはと言えば、女神様がシナリオどおり章武三年(223)から始めればよかったのに、生・三顧の礼を体験したいとか、生・赤壁の戦いの一大スペクタクルを見たいとかわがままを言って、スタートを遡らせたのが原因じゃん」
「う、うるさいわね!そりゃ私だって、ちょっとは責任を感じてるわよ!でも、95%はあんたのせいなの!」
うへぇ。たった5%しか責任を感じていないのか、女神孔明は!呆れたヤツだな。
「そうよ!あの時、あんたが赤壁の戦いで曹操が負けたまま放置していれば、こんな混沌として先がまったく読めないIFストーリー展開になんてならなかったのに……。
ねぇ秦朗、あんた怖くないの?」
「怖い?何が?」
「史実どおりに進まなければ、せっかく前世で覚えた知識チートが全然役に立たない。いつどこで戦いが始まるか分からず、それに巻き込まれて殺されちゃうかもしれないのよ!」
そりゃ怖いさ!
だけど、オレをそんな世界に転生させたのは女神様じゃん。何を今さら分かり切ったことを。オレだって、簡単に殺されないためにこの12年間、武力を鍛え知力を養って来たんだ。
あの時、曹操が赤壁の戦いで負けたまま史実どおりに歴史が進めば、オレが領地開拓した荊州は、魏・呉・蜀による血みどろの係争地になってしまう。領民は殺され、領地は戦火に焼かれてめちゃくちゃにされる。そんな悲惨な未来を知っているのに、何もしないで放置するなんて、オレにはできなかった。ただそれだけだ。
「仮にオレが動かなくても、きっとこの世界は史実と異なるIFストーリーに進んでいたと思うぞ。だって、歴史を改竄して孫呉による天下統一を夢見ていた呉範が転生していたんだし。あいつはもう死んじゃったけど。
それに、先が見える人生を歩んで何が面白いんだ?せっかく女神様がこの世界に転生させてくれたんじゃないか。オレには守りたい物もある。いちいち不安や恐怖に怯んでいる暇はないよ」
オレは生まれた時から、関興=秦朗なんて一人二役を演じさせられているんだ。前世の秦朗って名前から安直に、曹操の嫁の連れ子である秦朗の生い立ちを負わされた身にもなってみろよ。少しのことでは動じないって。
「オレはこの世界の歴史を、同盟している孫権に裏切られて関羽のおっさんを殺され荊州を失陥してしまうような、史実どおりに展開させる気はさらさらない。だから、史実と異なるIFストーリー展開は、今のオレにとって願ったりだ。
とは言えオレだって、転生させてくれた女神様には一応感謝してるんだぞ。女神様が望んでる章武三年(223)開始のシナリオに齟齬がないように、それ以前に曹魏が天下統一を果たしてしまわないよう、必死に抵抗してるんだ。
安心しろ。女神様の手で後漢の再興・天下統一を成し遂げたいのなら、邪魔するつもりはないから」
「何言ってるのよ?!邪魔はしないって、私は秦朗を頼りにしてるんだから。あんたも一緒に来てくれないと、私が困るのっ!」
あれっ?昔はオレのことを下僕とか言ってたくせに、女神様の中でオレの評価が少しは上がったのかな。




