表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三国志の関興に転生してしまった  作者: タツノスケ
第六部・哀惜師友編
170/271

154.曹沖、兵法を講じる

再び両軍は潼関で対峙したまま、一週間が過ぎる。


「敵は先日の夜襲の失敗で懲りたせいか、固く関門を閉じたまま撃って出ようとはしません。完全に戦線が膠着してしまいましたな」


賈詡(かく)の皮肉まじりの指摘に曹操が苦笑し、


「うーむ。確かにあれは結果的に失敗だったな。寄せ手の敵兵の逃亡に乗じて潼関に潜り込む作戦だったはずが、まさか全滅させてしまうとは……」


と夏侯淵の指揮の巧さがかえってあだとなった反撃を悔やむ。


「しかし涼州軍の(よろい)(かぶと)の鹵獲には成功したわけですから、あながち失敗だったとは申せません。いずれ味方の兵が、敵の偽装兵となって敵陣に潜入するためには必須の装備となりましょう」


「どうだ、沖。賈詡(かく)軍師の転んでもタダでは起きぬ、見上げた根性は?」


曹操は、初陣に臨む太子の曹沖の緊張を解こうと軽口を叩く。


「成功は喜ばしいが、あまり勝ちすぎるのも良くない。たとえ失敗しても、次に繋げれば無駄にはならない。兵法とは奥が深い物ですね。とても勉強になります」


一を聞いて十を知る曹沖の感想に満足した曹操は、


「沖よ。おまえもひとつ局面を打開する計略を立ててみてはくれぬか?」


と問うた。

曹沖は、かつて関興が正面から建業を攻撃せず、遠く会稽に迂回して(から)め手から建業を衝いた“屋島作戦”を思い出し、それを応用する作戦を考えついた。


「潼関で両軍が睨み合う間に、曹魏軍の別働隊が黄河を渡って蒲坂(ほはん)そして馮翊(ひょうよく)へ迂回し、敵の背後に廻り込んで東西から馬超軍を挟撃する、という作戦はいかがでしょうか?」



挿絵(By みてみん)



曹操はチラッと軍師の賈詡(かく)を眺めやると、賈詡(かく)は「良い作戦です」とばかりコクリと頷く。曹操は賈詡(かく)のお墨付きを得た曹沖のみごとな計略に感嘆し、


「まだ子供だと思っていたら、いつの間にそんな知恵を身につけおったか!」


と手放しで喜んだ。

そして、河東出身の徐晃・朱霊に加え、三輔地方の地理に詳しい衛覬(えいき)を先導として、別動隊を組むことを決めた。


 -◇-


「沖殿下。少しよろしいですか?」


軍議の場を退出しようとした曹沖を賈詡(かく)が呼び止める。


「先ほど提案された蒲坂(ほはん)津を廻って敵の背後から挟撃する作戦ですが、あれはどなたかから教示された策でしょうか?」


荀彧のいない今、曹魏の筆頭軍師となった賈詡(かく)に隠しごとは通用しないと読んだ曹沖は、笑顔を作り、


「やはりバレちゃいましたか。そりゃそうですよね、賈詡(かく)殿は(裏)赤壁の戦いの折、秦朗とBチームを組んだ仲ですから。ええ、賈詡(かく)殿がお察しのとおり、秦朗が立てた“屋島作戦”に倣った計略です」


と告げた。ふうっと息を吐いた賈詡(かく)は、


「だと思いました。沖殿下には素直に打ち明けていただいて本当に良かった。この賈詡(かく)から沖殿下に二つお伝えしたいことがございます」


「何でしょうか?」


「まず一つ目は、沖殿下が組み立てた蒲坂(ほはん)への迂回作戦が、実は秦朗の“屋島作戦”に倣った物だという話は、なにとぞ曹公にはご内密に願います」


「えっ、何故ですか?

 僕は、昔のように父上と秦朗に仲直りしてもらいたいと考えています。父上はあれだけ僕を褒めてくれたのですから、オリジナルが秦朗の作戦と分かれば父上も彼の才能を認め、許都追放の罰をお許しいただけるんじゃないかと期待しているのです。その上で僕は晴れて秦朗を招聘し、僕の右腕となって政務を担ってもらおうと……」


「なればこそです!曹公は優れた才能を愛する御方。しかも度量が広く、敵であっても降伏すればこれを許し、自分の配下に組み入れることに躊躇しない。

 ですが、それはあくまでもその人物が()()()()()した場合に限るのです」


「あ……」


「荀彧殿をご覧なさい。仁者としてたぐい稀な政治力を持つ彼は、最期まで漢の天子への忠義を貫き、主君である曹公に逆らった。だから曹公に警戒され、味方であっても切り捨てられた。

 まして秦朗は曹公の純粋な配下ではないのです。沖殿下は、彼を荀彧殿と同じ目に遭わせたいのですか?あの生意気な秦朗が今さら曹公に屈服するはずがない。であれば、秦朗の才をこれ以上曹公にひけらかしてはなりません」


「……賈詡(かく)殿は、秦朗をそこまで買っておられるのですね」


そんな曹沖の言葉に、心底嫌そうに顔を(しか)めた賈詡(かく)は、


「まさか。私は兵法で真剣勝負して完膚なきまでに秦朗を叩きのめすまで、彼には簡単に死んでもらいたくないと思っているだけですよ」


賈詡(かく)殿、その感情をツンデレと言うらしいですよ、という言葉を曹沖は呑み込んだ。


「二つ目は、秦朗の立てた“屋島作戦”には大きな欠陥がある、という事実を沖殿下にはしっかりと認識いただきたいのです」


「欠陥?そんなはずは……」


「秦朗の作戦が成功したのは、たまたま好条件が重なったからにすぎません。まあ奴のことですから、あれは偶然ではなく、十分に勝算があると読み切った上で作戦を決行したのでしょうけどね。

 あの時の事情を振り返ってみましょう。


 第一の条件は、赤壁に曹魏の大軍が侵攻し、孫呉はこれを迎え撃とうと全軍を柴桑に集結させました。すなわち、孫呉の眼は完全にそちらに奪われ、会稽・呉・丹陽の()()()()()()なっていたこと。


 第二の条件は、赤壁の敗戦で曹魏が有する軍船はすべて炎上・壊滅し、長江を渡る手段がないと思われたのに、実は秘かに秦朗が()()()()()ていたこと。


 第三の条件は、秦朗が桐柏(とうはく)ダムを経由するルートを開通したことで、淮河を下って敵の空白地帯に()()が可能となったこと。


この三つの条件が重なったからこそ、秦朗は無人の地を縫うように敵の本拠地(=建業)を陥落させることに成功したのです。

 つまり“屋島作戦”とは、高速移動が可能な機動力を有し、敵の思いもよらぬ方角から攻め込んで敵を惑乱させる長距離奇襲の戦法であると言えます。

ところが今回、沖殿下が策を立てた蒲坂(ほはん)への迂回作戦の場合、敵の涼州兵の方が高速移動できる機動力を有しており……」


「あ。騎兵!」


「そのとおりです。仮に作戦が馬超軍に見破られれば、敵は騎馬を駆けて蒲坂(ほはん)の渡し場へ急行し、渡河中の別動隊を襲って逆に我が軍に大損害を与える危険性がある」


「!」


賈詡(かく)の鋭い反論を聞いて青ざめる曹沖。だが賈詡(かく)は優しく微笑みかけると、


「沖殿下が秦朗を妄信しすぎるのが心配で、少し脅し過ぎましたかね?

 ですが、今回の作戦に問題はありませんよ。沖殿下の構想を()()()()()()し、万全の態勢で来たる馬超との決戦に臨むことにしました。私の懸念はあくまでも、敵軍に作戦が見破られた場合に生じる危険性を指摘したにすぎません。そう、敵に計略が漏れなければ……」


◇◆◇◆◇


「残念。私がもう馬超に漏らしちゃったんですよねぇ…」


とつぶやいて、司馬懿はクックッと独り笑う。曹操の考える作戦などお見通しだ。【風気術】師の呉範を殺して正史『三国志』を手に入れ、これから起こった未来の史実を【先読み】できるのだから。それによれば、


――建安十六年(211)、曹公は西方征討へ赴き、馬超らと潼関を挟んで陣を敷いた。曹公は厳しく彼らと対峙する一方、ひそかに徐晃・朱霊らに命じ、蒲坂(ほはん)津を渡り黄河の西岸を占めて陣を築かせた。曹公は潼関から北に渡河した。渡り切らぬうちに、馬超は曹公の乗る船に向かい激しく戦いを仕掛けて来た。騎兵が執拗に追いかけながら弓を射、雨のように矢が降り注いだ。諸将は曹公の軍が敗北したのを目の当たりにし、また安否も分からず皆恐懼した。ようやく渡河に成功して姿を現した曹公は、「今日は危うく賊の小()っぱに不覚を取るところだったわい」と苦笑いした。


とある。

史実では、馬超は局所戦では勝ったが曹操を討ち漏らした。だが、今回は事前に曹魏軍の作戦を知らせてやったのだ。よもや馬超が曹操への仇討ちに失敗することはあるまい。


「曹操にはさっさと死んで、魏公の座を曹丕へ譲ってもらいましょうか。私の指し手どおりに駒が動くことを期待しましょう」


頃合いや良し、とばかりに司馬懿の野望が牙を剥くのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ