17.関羽、劉備と義兄弟の契りを結ぶ
仇を討つこともならぬ。殉死することもならぬ。劉和様の生前の希望を叶えるために、天子様をお救いすることもならぬ。
これから先、俺は何を希望に生きて行けばよいのか。
投げやりになった俺が、幽州の荒野を宛てもなくトボトボと歩いていると、義勇軍の一団が通りかかった。
「あれっ?貴公は……汜水関で華雄を討ち取った関羽殿では?」
俺が振り返ると、人懐っこそうな顔をした少年が、
「やっぱり!僕はあの時汜水関で貴公の活躍を見ていました。幽州の涿郡で組織された義勇軍に所属している田豫と言います」
「……」
知らぬ。見覚えがない。
「関羽殿のような超有名人が、どうしてこんな幽州の片田舎に?
あっ、そうだ。うちの義勇軍の首領に会ってくれませんか?劉備って言うんですよ。なんと、昔の天子様の十何代目かの末裔らしいんです。凄いでしょう!」
べつに凄くないわ。そんなの経歴詐称じゃないか?
田豫は嫌がる俺を無理やり連れて、劉備とかいう首領の元に向かった。
「やべぇ、本物の関羽じゃないか。でかしたぞ、田豫!
改めましてお初にお目にかかります。俺の名は劉備。中山靖王劉勝から数えて十二世の子孫で、幽州を拠点に旗揚げした義勇軍の首領です」
「関羽でござる」
そっけない俺の返事にめげることなく、劉備は話を続ける。
「俺はあの盧植殿の塾に通っていたんですよ。知ってます、盧植殿?
都でも有名な清流派の名士で、逆賊の董卓に正論を吐いて官を辞めちゃった稀代の忠臣。俺、その人の門下生なんです」
ふーん、忠臣ねえ。なあ、知っているか?
暴虐な董卓が牛耳る朝廷に危険のなか留まり、天子様のそばにお仕えしてお守りしつつ、どれほど困難であろうと董卓の悪逆非道を押さえ、法外な要求に柔軟に対処しながら政治を投げ出さなかった、劉和様という本物の忠臣がいたことを。
貴殿は途中で逃げ出したエセ忠臣のただの門下生にすぎぬ。いったいどこに感心すればよいのやら。
「義勇軍に志願して俺が今までに倒したのは、黄巾賊の程遠志という者の首。朝廷から褒美として安喜県の尉を授けられました。
もっとも、面倒臭くなってすぐにやめちゃいましたけど。
その後は下密県の丞とか高唐県の尉とかに推挙されたんですけど、正直俺にとっては役不足なんですよねぇ。あっ、今は別部司馬として公孫瓚殿の傘下に所属しています。大した官職ではありませんが」
謙遜するように見せかけてマウントを取る。俺が苦手なタイプだ。
「俺は元塩賊上がりのしがない武人。他人様に誇れるような手柄をあげた実績はない。それに貴殿のような天子様の血を引く立派な血筋でもない」
「いやいや。汜水関で華雄を討ち取った関羽殿の名を知らぬ者など、中州にはおりますまい。誇れるような手柄がないなど、ご冗談を。
それに比べて、俺の取り柄は血統しかなくて。幽州刺史の劉虞様とは同族の誼みで親しくさせてもらっています。
どうですかな、関羽殿。俺が率いる義勇軍に加入してくれれば、いずれ幽州刺史の劉虞様にお目通りが叶うやも……」
「劉虞様には公務で先日お会いした。だが再びお目にかかる機会はあるまい」
「そ、そうですか。さすが関羽殿、顔パスで劉虞様に謁見が叶うとは羨ましい。俺ですら、宮殿の隅から一度ご尊顔を拝しただけなのに。
でしたら俺のツテで、いつか公孫瓚殿に紹介しましょうか?さっき、公孫瓚殿の別部司馬を拝命したって言いましたけど、ちょうど来月あたり徐州に遠征することが決まっていて……」
徐州か。劉和様の本貫だな。行ってみたい気がする。
「でしたら、白馬義従に入隊すればカッコいいと思いますよー」
「いや、公孫瓚への仕官に興味はない」
「ううっ。イケると思ったがこれもダメか……他に誰か知り合いがいたかな?」
なるほど。この劉備というミーハーな輩は、有名人と知り合いであることが一種のステータスだと思っているわけか。
だがこれは致し方ない点もある。在野の者が仕官しようと思えば、郷挙里選で太守の目に留まるか、親孝行して孝廉で推挙してもらう以外に方法はない。太守の目に留まろうと思えば、賊を討って手柄を立てるか、有名人と親しく付き合って推薦してもらうのが常道だ。
とはいえ、この劉備という輩は、一度会った程度の御仁を「親しい関係」だと自慢する、軽薄なホラ吹き野郎がその正体であろう。
「あっ、そうだ。たしか劉和様とかいう劉虞様のご子息とは、義兄弟の契りを結んだ仲なんです」
俺はハッと目を見開き、
「なにっ!それは真か?」
「えっ?!あ、ああ。実は本当なんですよ。
同じ劉姓でしょう?歳も近いし、幽州で出会ったのもなにかの縁。刺史のご子息と義勇軍の首領と立場を異にしていましたが、劉和様の方から気軽に声を掛けてもらいました。いい方ですよね」
「ああ、我々のような下々の者にも優しい立派な御方だ。それで義兄弟の契りを結んだのは、劉和様と貴殿の理想が一致したということだな?」
劉備は目を泳がせながら、
「えーと、そう。天子様のご正道をお助けし、力の限り戦って再び天下に大義を打ち立てましょう、みたいな。
ただ関羽殿、俺は貴殿とは異なり、古の皇帝の血を引く由緒正しき血筋の……」
劉備の自慢話など興味がない。俺はかぶせるように、
「なるほど。と言うことは、義兄弟の劉和様が亡くなられた今、これから貴殿は劉和様のご遺志を継いで、天子様をお助け申すと。こういうわけだな?」
「えっ?あ、あの……まさか本気にするとは思っていなかったっていうか、成り行きでそうなった時に考えるっていうか……」
そうだ!劉和様は「私の希望を叶えるために」命を賭けて天子様を救おうとしてはならぬとおっしゃった。ならば「俺の意志で」天子様を助けることは、劉和様のご遺言に反するわけじゃない!
――俺は劉和様の義兄弟と称する劉備と、義兄弟の契りを結ぶ。
そうして、ホラ吹き野郎の劉備が並べた出まかせの理想を実現すべく、天子様をお助け申し、力の限り戦って再び天下に大義を打ち立てることを誓うのだ!
俺の誓いが劉和様の理想と一致したって、それは偶然というものだ。
詭弁。そんなことは分かっている。
だが劉備の吹いたホラが、俺に生きる希望を与えてくれたのは確かだった。
「よかろう。劉備殿、俺は貴殿と義兄弟の契りを結びたい。そして貴殿の義勇軍に所属する。天子様をお助けするために、ともに力の限り戦おうぞ!」
「ほ、本当に?あの超有名人の関羽殿と俺が義兄弟?!
こりゃ運が向いて来たかもしれない。いや、光栄の至りです。どうぞよろしく!」
こうして俺は、劉備配下の武将として新たな人生の再スタートを切った。
◇◆◇◆◇
劉和様の仇である袁術は、劉和様が見抜いたとおり大逆を犯す謀叛人だった。
袁術は皇帝を自称するに際し、
「朕はかつて、侍中の劉和から密勅を手渡された。主上は天子の座から逃げ出したい、つまり朕に禅譲する――と書かれた密勅をな」
と告げたそうだ。
馬鹿馬鹿しい。董卓にむりやり長安に連れて来られた天子様が「ここから逃げ出したい」と仰せになった本物の密勅は、俺が預かっているのだ。
劉和様本人が、謀叛人の袁術に天子様の密勅を渡すはずがない。
袁術と戦う機会は何度かあった。だが、俺の仇討ちは叶わなかった。局所戦では勝つこともあったが、肝心の袁術はいつも取り逃がしてしまった。
結局、袁術にとどめを刺したのは曹操閣下だった。
天子様の救出は劉和様の悲願だった。俺は長安に向かうことすらできないまま、董卓とその残党は自滅した。
結局、天子様を長安から脱出させ許昌に迎えたのも曹操閣下だった。
俺は劉和様の理想を何ひとつ成し遂げることはできなかった。
「申し訳ありません、劉和様。俺には荷が重すぎたようです」
こうなっては、ホラ吹き野郎の劉備の軍に所属している意味がない。
もともと俺と劉備将軍は、劉和様とは義兄弟の仲だという彼の口から出まかせで繋がった間柄にすぎないのだ。
――私に成り代わり、今の世の塗炭の苦しみから民衆を救い出し、中州を慰撫してやってくれ。おまえにはその力がある。頼んだぞ。
劉和様が託された俺の追い求める理想と、劉備将軍の強欲な野心とは隔たりが大きい。それが明らかになった今、俺は劉備将軍と決別すべき時ではないか?
張遼率いる騎兵の来攻を待つ間、過去を回想した俺はそう決意した。
--関羽--
生誕 建寧三年(170) 34歳
統率力 84
武力 97+5
知力 75
政治力 80
魅力 88
アイテム 赤兎馬 青龍偃月刀
結局、天子様の密勅には何と書かれていたのか?――答えは劉虞と天子様のみが知る。
次回。張遼率いる騎馬隊の来襲。関羽の獅子奮迅の一騎討ち!そして関羽に降伏を迫る張遼。それを阻止せんと、木の上から狙撃を試みる関興が放った会心の矢は……?!お楽しみに!