153.潼関の戦い
曹魏軍:曹操・曹沖・許褚・賈詡・徐晃・朱霊・夏侯淵・張郃・衛覬ら
その頃。
父を殺された怒りにまかせて長安の惨状を招いた馬超は、ようやく冷静さを取り戻し、命を長らえた城の住民たちに遅まきながら食糧を配給する。
「御曹司よ、やってしまったことは仕方がない。今さらそのような慈悲は焼け石に水。ここは潔く長安を放棄し、さらに東の潼関で仇敵を迎え撃ちましょうぞ!」
後悔に苛まれ、韓遂の提案に力なく頷く馬超。
「なあ龐徳。俺は悪業の報いを受け地獄に落とされよう。やはり韓遂を頼ったのは間違いであったか」
「もう申されますな。あの策を献じたのは謀臣の皇甫酈であり、涼州兵に殺戮と略奪を命じたのは韓遂です。御曹司はそれを黙認しただけ。気に病む必要はありません」
と言って龐徳が慰める。
だが、賈詡の読みどおり、この先馬超がいくら逆賊の曹操誅滅・漢の再興を訴えようとも、長安で暴虐の限りを尽くした涼州軍の正当性を、領民たちのみならず、荊・揚・益の群雄が認めることは決して無かった。
-◇-
曹操は十万の兵を率いて弘農を発ち、馬超軍が籠る潼関の東の野に布陣した。
対する涼州軍は、関を背に騎将が一列に並び陣鼓とどろく中、身に銀の鎧甲をいただき鮮紅の袍を着た馬超が、白馬に乗ってさっと駈け出して来る。
曹操は自ら声を張り上げ馬超の非を糺す。
「馬超よ!漢の天子の威光に叛して乱を起こすとは不忠者め!求めて逆賊の名を受けたいか?!」
「黙れ!我もとより漢に天子あるを知るが、天子の名を犯して朝廷の威光をかさに着、暴威を振るう賊あるとも聞く。盗っ人猛々しいとは曹操、おまえのことだ!」
「わしには漢の天子の詔勅が下され、百万の大軍がついておる。大義なき西の戎夷の兵ごときに漢の正規軍が破れると思うてか?!」
「痴れ者が!我が軍の大義ならいくらでも数え上げられる。上を犯す罪、罪無き我が父を殺めた罪。おまえが天人倶に許されざる賊であることは、中華の良民なら誰もが知る所。誰が馬超を不義の乱と誹ろうぞ?」
馬超の口上に曹操は怒り、
「ぐぬぬっ!誰ぞある?あの生意気な童っぱを討ち滅ぼせ!」
「オウッ」と吠えて勇んで飛び出したのは、張遼と並ぶ勇将と名高い徐晃。武力ステータス89の上にアイテム大斧(+2)を有しておるので、天下に名を知られた猛将の馬超(武力92)と互角の一騎討ちを繰り広げる。
カァアアアーン!
徐晃は馬上、敵へ迫り、火花を散らし槍を砕きながら鏘々と斬り結ぶ。馬超もまた悍勇、さながら火焔を噴くような烈しい得意の長槍を、眼にも止まらぬ早業で突き捲くって来る。だが徐晃はその攻撃をすべて躱してみせた。あり得ないという表情で驚く馬超。
「なかなか、やるな」
「お主こそ」
ふぅ、ふぅーと肩で息をする両者。徐晃は「ヤァッ」と気合を発し、重量をものともせず再び大斧を振り回す。二十合あまり互いに刃を交えた後、徐晃が大きく振りかぶった一瞬の隙を狙い、馬超は敵の胸板に向かって渾身の一撃を突いた。
「いかん!」
と曹操が心配の声を発するも、徐晃は「掛かったな」とばかりニヤリと笑い、敵が突き出した長槍の穂先を大斧で粉砕した。そう。徐晃の大斧は、かつて彼が荊州・唐県を訪れた際に、関興が招いた天才発明家・馬釣の工房でチタンコーティング加工を施された、鉄をも断ち斬る強力なアイテムに生まれ変わっていたのだ。
自慢の長槍が破壊された馬超の眼に、恐怖の色が宿る。
「御曹司が危ない!」
龐徳は弓を引き絞り徐晃を狙ってひょうと矢を放つ。放たれた矢は徐晃の頬をかすめて外れた。徐晃が一瞬怯んだ隙をついて、龐徳は声を張り上げ、
「今のうちです御曹司。急ぎ、離脱せんことを!」
龐徳に促されるまま、馬超は助かったとばかり馬に鞭をくれて遠ざかった。
「それっ、退散する馬超を追えっ!あの卑怯者を生け捕りにするのだ!」
徐晃の勝ちに乗じて、曹操は逃げる馬超の後を兵に追わせ、涼州兵も大将の危機とばかりに出撃した。敵味方入り混じる乱戦となるも、かえって曹魏の兵が散々に討たれる始末。夏侯淵の忠告どおり、涼州兵の精強さを見せつけられた曹操は、慌てて退却を命じ、砦に引き返した。
-◇-
妙手に欠けるせいか、馬超は潼関、曹操は砦に籠ったまま、戦線は膠着した。互いに罵声を浴びせて敵を誘き出さんと挑発するが、両者ともにじっと我慢で守りを固め、一戦交えることは禁じられた。
「ふぅむ、やはり涼州の騎兵は精強。馬超の小童っぱめ、一筋縄ではいかぬ敵だな」
曹操は唸る。そして、
「誰ぞ、馬超を討ち破る良き計略を持つ者はおらぬか?」
と問うと、許褚が進み出て、
「いったい西戎の兵は騎馬の術に長じ、長槍を得意としております。それゆえ接戦となると剽悍無比ですが、弓・石火箭などの遠距離攻撃には慣れておりません。専ら弩弓や投石をもって一戦仕掛けてはいかがでしょう?」
と述べた。曹操は顔を顰めて、
「そのようなことは百も承知。戦うも戦わぬも、わしの腹ひとつになければならぬ。これほど奴を挑発しておるのに、誘いに乗ろうとせぬことが困り事なのじゃ」
「ならば夜襲を試みる、とか?」
「どうやって固く門を閉ざしたあの潼関の中に入るのじゃ?それができたら苦労はせん」
と夏侯淵の案をにべもなく却下する。
「とは言え、敵も同じことを考え、我が陣に夜襲を仕掛けて来よう。気象を見るに、おそらく今晩の暮れ方から夜半にかけて大風が吹く模様だ」
と述べてニヤリと笑うと、夏侯淵の耳元で一言二言ささやいた。
果たしてその夜。妙に陣中がざわめき出すと、
「敵襲だっ」
「火だ、火が上がったぞっ」
と騒ぐ声が聞こえた。もうもうと煙が立ち上り、燃えさかる火の手も見える。驚いた朱霊が急ぎ本営に赴き、
「丞相、一大事です!敵の夜襲です」
「朱霊か。大丈夫、慌てるな」
「しかしあの喊声、あの火の手、由々しき騒動です」
「問題ない、これはわしの計略だ。敵襲だと叫ぶ声も、出火だと告げる声も、ふた色ぐらいな声でしかない。おそらく、陣内に潜り込んだ敵の斥候が我が軍を撹乱するためにやった雑な仕事だろう。それに乗せられて混乱する味方自身の方がはるかに危険だ。
朱霊よ、おまえはすぐに火を鎮めに行け。みだりに騒ぐ者は斬るぞと触れまわれ」
朱霊が去ると間もなく、夏侯淵が二人の男を縛って連れて来た。曹魏陣営の撹乱を目論んでたちまち看破されてしまった哀れな敵斥候だった。
「馬鹿め。斬れっ!」
二つの首は夏侯淵の手で無造作に斬って捨てられた。――とも知らず、今宵の夜襲を示し合わせてあった涼州軍寄せ手の一軍と、それを率いる韓遂と程銀は、
「しめた。皇甫酈の作戦どおり火の手が上がった!」
とばかり曹操の籠る砦へ殺到した。
あらかじめ夜襲のあることを曹操に告げられておった夏侯淵は、味方の兵にわざと「敵襲だ」「火だ」と至る所で連呼させながら、西の一門を敢えて内側から開かせた。
「それっ、夜襲は成功ぞ!皆の者、突入じゃ!」
韓遂と程銀は喜び勇んで、手勢の先頭に立って西門の中へどっと駆け入った。とたんに、砦の城壁の上や櫓の陰から矢が降りそそいで来た。
「いかん!敵に見抜かれておった!」
程銀は首領の韓遂を庇って退路を開くが、一挙に射掛けられた矢は程銀の全身に刺さり、まるで針鼠のようになって、寄せ手の兵と共にあえない最期を迎えた。韓遂はただ一騎、ほうほうの体で潼関に逃げ帰った。




